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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
4章 『裁縫少女と王都の怪人』編
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第294話 12歳(秋)…神の苦悩

 我に返ると衣装が完成していた。

 ちょっと前までしんどい思いをしながら針仕事をしていたのに、ふと白昼夢に浸って気づいたら……、である。

 大冒険をする夢を見たあとのような、よくわからない充足感だけがじんわりと残るなか、おれは〈炯眼〉で衣装を確認してみる。



 〈オーク仮面の服〉


  【効果】其が得たものは仮面。

      仮面が得たものは衣。

      流出する夢幻。

      止められるものなど居はしない。



 なんだこれ?

 素で困惑してしまったが、遅れてこれでいいのだと思いなおす。

 そう、これだ。

 かつての『弟の服』や『メイド服』も効果が怪しい代物だった。

 ちゃんと超常の代物には化けたらしい。

 それからおれは道具や生地を妖精鞄にしまい、完成した衣装と飾っていた仮面を抱え、祠の壁を破壊して外に出た。

 外は夜闇に包まれ静まりかえっている。

 作業を始めたのは夕方くらい。朝を迎える前に作業を終わらせることが出来た、というわけではないだろう。


「ってことは、まる一日以上籠もってたのか……」


 ならば今はシャロ様生誕祭、二日目の夜か。

 辺りを見回し、周囲の家々に明かりがないことから現在はけっこう遅い時間と判断する。

 しかしうちの屋敷は応接間など、明かりが灯っている部屋がある。

 きっとおれが作業を終えるのを待ってくれているのだろう。

 では、こんな夜遅くからで申し訳ないが、さっそく作戦会議に取りかかろうか。

 そう祠から離れたとき――


「――――ッ!」


 圧倒的な気配が。

 思わず身をすくめるなか背後には強い光源が発生。

 ふり返って見たものは、天からの目映い光の柱。

 眼を細めて――、いや、なにが来るかは予想していたこと、おれが睨みつける先には押しつぶされた祠があり、そしてその場には――


「来やがったか」

「ああ、来たぞ、この馬鹿め」


 装衣の神――ヴァンツ。

 これまでの登場とは打って変わっての険しい表情で、その気迫が圧力となりのしかかってくる。奴が誰とは知らずとも、その威圧感だけで人々は恐れおののき跪いてしまうような存在感を発揮していた。


「言わなくてもわかっているな。さあ、それを寄こせ!」

「断る!」


 即座に叫ぶと、ヴァンツは鋭く舌打つ。


「ならば力尽くだな」

「やってみろ。これまではまあ仕方ないと諦めてきたが、今回だけは退くわけにはいかないんでな!」

「そんなにあの少女が大事か」

「はっ、寝ぼけたこと言ってんじゃねぞ。知らねえのか。このままコルフィーを助けられなかったら、大問題になるかもしれねえんだよ」

「知っているさ。知っている」


 小さくため息をついたヴァンツは忌々しげな表情で言う。


「魔王だろう?」

「……ッ!?」


 コルフィーに宿った悪神に関わる称号と恩恵。

 その意味はまだ仮説段階であったが――


「あの称号と恩恵があると、魔王の候補ってことになるのか?」

「概ねその認識で間違ってはいない」

「なら邪魔してくんな!」

「私とてしたくて邪魔をしているわけではない!」


 と、ヴァンツはおれの抱える衣装を指す。


「その服に宿る力は死神由来――神のものだ。それでもって奴のやっていることに干渉するのはより深刻な事態を引き起こしかねん。スナークはまあ貴様の領分だった。だが今回は違う! その服によって奴の領分を侵せばどのような問題が起きるか――、それはもう我々にすら予測できないものなのだ!」

「だからコルフィーを見捨てろって言うのか! あの子がいったい何をした!? あの子はなにも悪くない! あの子はただ裁縫が好きなだけの女の子だぞ! それにあの子は――」


 おれはさらに声を張りあげて言う。


「あの子はおまえの信徒だぞッ!!」

「そんなことは知っているッ!!」


 叫んだおれに叫び返すヴァンツ。

 激しい怒り――、いや、憤りの籠もった咆吼のような叫びだ。


「だが! だからといって! 神の力でもってあの子を救うわけにはいかんのだ! あの子一人を救うために、世に再び破滅を導くようなことがあってはならんのだ! そもそも貴様という存在の出現がどれだけ悪神の領分を侵害しているか! 緩やかな破滅の運命は覆された! だがその代償はより明確な危機だ! 一歩――、一歩間違えば破滅はすぐそこに現れる! そんな状況のなかでさらに危険を冒そうとするのを誰が見過ごせるというのか! さあ貴様は知ったぞ! それでも貴様はその服を纏いあの子を助けるというのか! なると言うのか、オーク仮面に!」

「…………ッ!」


 鬼気迫るヴァンツの言葉に、おれは思わず息を呑む。


「つまり、おれがオーク仮面になってコルフィーを助けると、結果的には悪神に有利に働いてしまうってのか? なあ、それは絶対にそうなのか? もし本当にそうなら……、おれは別の方法を考えよう。ここで一気にこの問題の息の根を止めるようなことはせず、時間はかかってもなんとかしよう」


 そう言うと、ヴァンツはそっと顔を背けた。


「可能性だ。だが……可能性でも充分なのだ」


 ヴァンツはコルフィーを見捨てたいわけではないようだ。

 しかし神という立場から、おれがオーク仮面となってコルフィーを助けることを認めるわけにはいかない。

 だが、ならどうしてこいつは今ここで現れた?

 コルフィーのことを知っているなら、おれが関わったところで注意を払うくらいのことはしていたはずだ、こいつなら。

 ならば作業に取りかかる前に止めに来た方が手っとり早かったのは間違いない。

 なのにこいつは完成を待った。

 そして今も問答無用で奪いにこようとしない。

 もしかして……、待っているのだろうか?

 自分を納得させるだけの何かを。

 それをおれが告げるのを。


「…………」


 ……そんなの無いんだが。

 たぶんこれで上手くいく――、その閃きでやったからな。


「ふん、何も言うことは無しか。ならば、それは回収してゆく!」

「ま――」


 これまでだ、とヴァンツが手をかざす。

 だが――


『否……ッ!』


 何者かの声が響き、バチンッとヴァンツが及ぼそうとしていた力が弾かれた。


「ほわ!?」

「な、なんだ!?」


 声の出所はオークの仮面だった。

 ならばヴァンツの力を弾いたのもそうなのだろう。

 おれとヴァンツが困惑に打ちのめされるなか、仮面は柔らかな光に包まれるとふわりとひとりでに宙へと浮き上がった。


『心配など無用……! これより先は我が領分……! 迷える子らに救いの手を差し伸べることが我が使命……! 我はオーク仮面……! 我こそがオーク仮面……! 悪神などに邪魔はさせぬ……!』

「おいちょっと待て貴様! いったい何を生みだしやがった!」

「え、え? ええ!?」


 ヴァンツは愕然として言うが、そんなんおれだってわかるもんか。

 すると仮面は律儀に答えた。


『我はオーク仮面……!』

「やかましい! それはもう聞いた!」

『我こそがオーク仮面……!』

「だから聞いたと……!」


 イラッとしたのか、ヴァンツが再び手をかざす。

 しかしだ。

 ヴァンツがしようとした何かは、やはりオークの仮面によって弾かれて掻き消える。


「これも防がれた!? 地上での……、威嚇ではあったが神の攻撃だぞ!? なんだ貴様は!?」

『我はオーク仮面……!』

「いやだからそれは聞いたってんだよ!」


 え、ちょ、どうしよう。

 なんかヴァンツが仮面と喧嘩を始めてしまった。

 するとそこでさらなる闖入者が登場する。


「はいはい、落ち着いて落ち着いて」


 現れたのは少年――遊戯の神であるハヴォックだ。


「いやー、二人が大喧嘩始めたら仲裁しようと思ってたんだけど、まさか仮面と喧嘩し始めるってのは予想できなかったなぁ」


 苦笑いしながらハヴォックは言う。


「ヴァンツ、君の心配もわかるけどさ、もうちょっと柔軟と言うか、大らかに考えようよ。もうさ、僕らがあたふたしてもどうにもならない段階なんだからさ、あとは人々を信じて待てばいいんだよ」

「貴様はただ分の悪い賭けを楽しみたいだけだろうが」

「うわ、心外だな。それを言うなら僕じゃなくてあの変態だろ? そもそもあいつの誘導だ。いまさら彼が不思議な仮面で張りきったって大した問題じゃないさ」

「どうしてそう呑気なことが言えるのだ! それに……、ああ、くそっ! なぜ私の周りには馬鹿と阿呆と変態しか居ない……!」


 苦々しい表情でヴァンツがうめく。


「類は友を呼ぶってやつなんじゃね?」

「黙れ馬鹿筆頭が!」

「なんでおれがバカの筆頭なんだよ!?」

「そこの仮面を見ながらもう一度同じことを言ってみろ!」


 そ、それは……。


『我はオーク仮面……!』

「いやそれはもういいから!」


 ホントにどうなってんだろう、この仮面。

 それからヴァンツは呪い殺しそうな形相でオークの仮面を睨んでいたが……、ふとおれに視線を移すと吐き捨てるように言う。


「一度……、一度だけ、オーク仮面とやらになることを認める!」

「――ッ!?」


 おれが驚いてヴァンツを見ると、奴は不機嫌そうに言う。


「何だ不服か」

「いや――、充分だ」


 おれだって好き好んで神と喧嘩を始める仮面なんぞ被りたくない。


「いいか、それを使うからには……、必ず、助けろ」


 そう言い、ヴァンツはもう付き合いきれんとばかりにさっさと姿を消した。

 物凄く不機嫌ではあったが、あっさり引き下がったし、やっぱり今回だけはオーク仮面を認めるつもりで来ていたのかもしれない。

 ヴァンツが消えると同時に、辺りを包んでいた圧迫感が消えて無くなる。

 するとそれを見計らったように仮面は浮かぶのをやめ、コトリと地面に落ちた。

 残ったのはおれとにこにこしているハヴォックだ。


「ねえねえ、僕が来なかったら君たちってまだ啀み合ってたよね? なら僕に何かお礼があってもいいと思わない?」

「……何が欲しいんですかね?」

「そりゃあ冒険の書の二作目、その原稿さ」


 仲裁をしたからお礼を求めているのではなく、お礼欲しさに仲裁に来たのだろうが……、収拾が付かなくなりそうなところを収めてくれたのは確かだ。


「わかりました。出来上がったらですけど」

「そこはちゃんとわかってるよ。商品として売りだされる段階になったらもらっていくね。それじゃ!」


 と、ハヴォックも消え失せる。

 そして残されたのはおれと、地面に転がったオークの仮面。


「…………」


 勇気を持って仮面を拾いあげるには、ちょっと時間を要した。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/03/30


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