第293話 閑話…任務
エルフの父とドワーフの母の間に生まれたヴァイシェス・セファールの悩みは自分の容姿が母親似に偏りすぎ、すでに成人男性であるにもかかわらず可憐な少女のようであることだった。
幼い頃はいつか自分も男らしく成長すると信じていたが、残念ながらその希望は叶わず、そろそろ一人前と見なされる十五歳になってもヴァイシェスは可愛らしい少女でしかなかった。
だが中身は――その精神は立派な男性である。
ヴァイシェスはそう自負しており、それを証明すべく軍に入隊した。
幼少より逞しい男性になることを夢見て訓練を続けていたヴァイシェスは軍に入ってからさらに己を鍛え上げようとする。
が、現実は厳しい。
軍の訓練が過酷なのは覚悟していたが、自分が懸命に努力する姿にすっかり恋した同僚(同性)たちが突撃してくるのを日々撃退し続けなければならないという余計な苦労までともなうとは。
ヴァイシェスは戦い続けた。
性別の垣根を越えてしまおうと襲い来る同僚たちと。
ヴァイシェスの体は小柄であり、体力もそう多くない。
撃退は出来たが苦戦する。
だが、だからといって降参するわけにはいかない。
襲い来る同僚たちは自分を本気でお嫁さんにするつもりだ。
完全に頭がおかしくなっている。
負けるわけにはいかない。
それは自分のためにも、正気を失った同僚たちのためにも。
そんな状況のなかでヴァイシェスが身につけたのが『魔功』と呼ばれる、戦い続けられるための技術であった。
さらに『バロット』に所属するカルロ・ルーフォニアルと知り合い、実験段階にあった手甲型の魔導武具『ゼルファ』を貸し与えられた。
過酷な状況に身を置き続けた結果、ヴァイシェスはめきめきと実力を伸ばしていき、やがて軍部に広く知られるようになる。
将来を有望視されたヴァイシェスは、スナークとの戦闘経験を積ませるに値すると判断され、ベルガミアへと派遣された。
そして――、そこから色々おかしくなった。
派遣武官としてベルガミアに滞在していたヴァイシェスは、武闘祭決勝戦後から始まった対スナークの防衛戦において果敢に戦った。
それは幼い頃、自分が思い描いた戦士たる自分、その通りの姿だ。
容姿は少女のようだが、自分は――このヴァイシェス・セファールはとうとうここまで来たのだと、密かに誇っていた。
が、スナークの鎮圧後、母国に帰国しての会議の際――
「しかしその役をこなせる者が……、基準はレイヴァースに近い年代なのだろう? そのくらいで優秀な少女となるとな……」
「殿下、それでしたら適任がこちらに」
リマルキス国王とカルロの会話ですべて吹っ飛んだ。
すんなりと――あまりにすんなりと、ヴァイシェスはパイシェという少女になることが決定してしまった。
それまで味方だと、友だと思っていたカルロによるまさかの裏切り!
その夜、ヴァイシェスは密かにカルロの息の根を止めに行ったが、残念、すでにカルロは姿をくらましており、結局見つけることが出来ないままザナーサリーへ出立の日を迎えてしまった。
不本意極まる任務。
戦士たるべく、騎士たるべく、紳士たるべく――。
そんな、これまでの自分が抱いていた覚悟を裏切るかのような女装しての任務。
しかし、その重要性は理解している。
それにリマルキス国王――あの幼い陛下に「頼むぞ」と言われてしまっては「お任せください」と言う以外の返答をヴァイシェスは知らなかった。
そして始まってしまったレイヴァース家でのメイド生活だが、さっそくヴァイシェスは困り果てた。
今回、ヴァイシェスに与えられた任務はメイド見習いのパイシェとしてレイヴァース卿の屋敷に留まりつつ、メルナルディア王国と良好な関係を築けるよう働きかけることである。
さらにセクロス・W・レイヴァースという少年をよく知りたいと望む本国に情報を送る間者としての側面も持っていた。
しかし、それがヴァイシェスを困らせるのだ。
報告?
このレイヴァース卿を取り巻く異常な環境を?
そう、レイヴァース卿のまわりは異常だった。
まずこちらに到着して早々に膨大な数の精霊を目の当たりにすることになった。
その精霊たちはベルガミアを危機に陥れたあのスナークたちであり、そこにはバンダースナッチ・バスカヴィルまでも混ざっていた。
さらに直後、バスカヴィルは子犬の姿に変じ、メイドたちから可愛がられ始めるという事態。
さらにさらに話はまだ続き、今度はぬいぐるみに精霊が宿って自律行動を始めた。
もうここはお伽話の世界なのかと頬をつねりたくなる。
はたしてこんな状況を報告していいものか?
「(絶対、女装で心が病んだって判断されるだけですよねー……)」
とは言え、だからといって『レイヴァース家に異状なし』と虚偽の報告をするわけにもいかないのが宮仕えの悲しいところ。
だと言うのに、ここにきてさらなる異常事態が発生した。
コルフィー・ダスクローニ。
彼女をどう助けるかと思い悩んだレイヴァース卿は、サリス・チャップマンに木材を用意させた。
もうここで訳がわからない。
そしてその話の行き着いた先が『用意した木材で祠を作り、そこに籠もって衣装を仕立てる』というのだから、もう訳がわからないを通りこして「はあ、そうですか」としか言えなくなった。
レイヴァース卿は悩みすぎておかしくなったのか?
いや、違った。
ヴァイシェスは遅れて知る。
おかしくなるのはこれからだった。
レイヴァース卿が祠に籠もって作業を始めてしばらくすると、祠は光に包まれ始めた。
それとともに屋敷に宿っていた膨大な数の精霊が姿を現し、ふわふわと祠へ集まっていく。
やがて夜も更ける頃――、祠は煌々とした光に包まれ、辺りを目映く照らし始めた。
その祠のなかではレイヴァース卿が服を仕立てているのはわかるのだが、どうして服を仕立てるだけでこんな事態になってしまうのか。
そしてこんな状況のなかで完成する服とはどんなものなのか。
祠に集った精霊は渦を巻き、夜空を貫くような尖塔を形成している。
それはただただ美しい。
ベルガミアでのスナーク戦、レイヴァース卿により討滅されたスナークたちが膨大な数の精霊と化したあの光景は魂が震えるほどに壮大で美しく、もうこの先の人生でこれほどのものを目にする機会はあるまいとヴァイシェスは思っていた。
が、まさか一ヶ月後――それも服を仕立てるための作業でそれに近い光景を目にするとは思いもよらず、ヴァイシェスの胸中にはゲンナリと言うか、ガッカリと言うか、なんとも言えない困惑が生まれていた。
この異常事態に対し、同僚たちの反応は二つ。
一つは楽しんでしまっている者たち。
ぴょんぴょん跳ねては踊るぬいぐるみ――クーエルとアーク、そしてフィーリー、駆け回るバスカー、それに混じってミーネとティアウルとジェミナがはしゃぎ回っている。彼女たちはとても楽しげで、眺めているとなんだか癒されて思わず笑みがこぼれるのだが……、この状況に疑問とか抱かないのだろうか?
もう一つはただ茫然としている者たち。
ティアナ校長の他、サリス、リビラ、シャンセル、リオ、アエリス、ヴィルジオ、六人の同僚たちはぽかんと口をあげて眺めている。
「先輩、すごく綺麗ですね」
「そーねー……」
アレグレッサは素直に目の前の光景に感動していたが、ティゼリアの方は考えることを放棄しておごそかな表情だ。
「(……これについては報告はやめましょう。きっとその方がいい)」
輝く尖塔を眺めながら、ヴァイシェスは密かに心に決めた。
レイヴァース卿が祠を作り、そのなかで裁縫を始めたら精霊が集まってきて輝く光の塔が出来ました――、そんな理解不能な事実だけの報告など、きっと正気を疑われるだけなのだから。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/16
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/30
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/05




