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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
4章 『裁縫少女と王都の怪人』編
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第292話 12歳(秋)…神をも恐れぬその所業

 この状況で木材を欲しがることを疑問に思っただろうが、サリスは余計なことは尋ねず速やかに手配を始めてくれた。

 正直助かる。

 素直に「祭壇を作るために必要なんだ!」と説明したとしても困惑されるだけ。すぐに理解してくれたのは……、そう、コルフィーだけだった。

 次にお願いをしたのはアレサとティゼリアの二人。


「布の都市でグーニウェス男爵から育ててもらっている生地を受けとってきてもらえますか。どれを使うかわからないので全部」

「全部ですね、わかりました!」

「あらら、男爵はびっくりするでしょうね」


 どれくらいの量があるかわからないため、念のため二人には妖精鞄を貸して早速向かってもらう。


「何を思いついたかわからんが……、俺はどうしたらいい?」

「えっと、ネロネロとダスクローニ、あとノファの連中の動向に注意していてくれ」


 ヴュゼアには状況の把握を頼む。


「じゃあ私はどうしようかしら?」

「ルフィアは……、コルフィーが巻き込まれているこの状況をある程度文章にまとめておいてほしい。記事にできるように」

「記事に? ふむふむ、了解了解」


 よし、今指示が出せるのはこれくらいかな?


「私は!?」


 残ったミーネが何かやることはないのかと迫ってくる。


「木材が届いてから一仕事だ。それまで休憩していてくれ」

「わかったわ!」


 皆に指示を出したあと、おれは木材が用意されるまでの空き時間を利用して自分の寸法に合わせた型紙を製作する。これはベルガミアへの訪問用にと用意してもらった衣装をバラして作った。

 やがて昼過ぎになると、サリスが手配した木材が運びこまれる。

 ミーネの出番だ。


「線のとおりに斬っていけばいいのね!」


 スパーン、スパーンとミーネが剣で景気よく木材を切断していく。

 若干目印の線からからずれていたりもするが、作るのはなんちゃって祭壇、そこまでの精巧さは求めない。

 メイドたちにも手伝ってもらって木材を組み立てていく。

 この作業はシアも出てきて協力してくれた。

 なんとなく「これやっちゃって大丈夫なんですか?」と言いたげな顔をしていたが、ここまで来たら止めるわけにもいかないと思っているのか、考え直せとは言ってこなかった。

 途中、アレサとティゼリアも帰還し、細かい作業を手伝ってくれた。

 こうして祭壇は完成。

 協力してくれたものの、みんなは「なんで祭壇?」といった表情をしているのだが……、すまない、話は終わってからだ。


「ねえねえ、これで完成になるの?」

「ああ。――あ、いや、もう一仕事頼む」


 おそらく祭壇はペカーッと光り始める。

 ただでさえ精霊たちのせいで「おたくの屋敷、夜光ってるんですけど……」なんてご近所さんに不思議がられているのだ、ちょっとは気を使わないとな。


「じゃあ土で覆えばいいのね?」

「頼む」


 仕上げに祭壇をすっぽり包みこむ土の祠を作ってもらう。

 よし、完成だ。

 見た目は大きな土のかまくら……、いや、大きさからしてこれは土を高く盛り上げた墳丘墓――古墳ってとこだな。


    △◆▽


 祠の内部に生地や裁縫道具、その他に明かりなどを運びこみ、いよいよ作業が始められる状態になった頃には日が傾き始めていた。


「これからおれはここに籠もって服を仕立てる。たぶん不思議なことになると思うが、まあそういうものだとあまり気にしないでほしい」


 不思議そうな顔をする皆に告げてから祠に入ると、すぐに入り口がミーネの魔術によって閉ざされる。まるで墓室だがちゃんと空気穴は開けるように言っておいたので――、って完全に埋まってる!? ちょっとミーネさん!? 即身仏になる人でも空気穴は用意してもらえるんですけど!?

 慌てていたら壁にポコッと顔を入れられるくらいの穴が空いた。

 よかった、ちゃんと覚えていてくれたようだ。

 ほっとしたところで、気を引き締めていよいよ作業に取りかかる。

 作業机と連結するようにある祭壇にはオークの仮面、それからコボルト王の魔石が置かれている。

 目印のようなものだ。

 あの魔石が無形の力へと還元されたとき、それはこの空間が錬成炉と化しているという証明になる。

 今回は何日もかけて聖別する余裕がなく、苦肉の策として錬成炉となるこの祠に籠もって一気に縫いあげることにしたため、ちゃんと力が充満しているかどうかの判断材料が欲しかった。

 あの魔石になんの変化も起きなければ、完成するのはただの魔装なのだろう。

 それではダメだ。

 クロアのために仕立てた『弟の服』や、シアに仕立てた『メイド服』のようなもの――超常の代物になってもらわなければならない。

 コボルト王の魔石を選んだのは、錬成炉の確認に思い至ったのがついさっきで、すぐに用意できる魔石がこれだけだったという理由でしかないが、もしかしたら魔石に宿る『王令召集』の効果が衣装にも影響するかもしれないという期待もある。

 精霊エイリシェは心を開けば精霊たちは力を貸してくれると言ってくれたが……、おれが心を開く? そんな展開は期待するだけ無駄な話だ。けれど魔石の効果が宿ったなら、ちょっと強引に力を借りることも出来るかもしれない。

 まあ、もし上手く行けばの話だ、過度な期待はしていない。


「よし、始めるか」


 目を瞑り、一つ深呼吸してから作業を開始する。

 まず用意した型紙を使い生地に線を、そして一気に裁断して必要なパーツを切り出す。

 さて、本番はここからだ。

 おれは〈針仕事の向こう側〉を使用、意識を加速させ時間を引きのばし、さらにその時間のなかでも迅速に動けるようにと〈魔女の滅多打ち〉も使用する。

 そして最初の一針を生地に通す前に強くイメージした。

 これから作られるのもの。

 そして完成させるもの。

 それはオーク仮面が身に纏う衣装。

 迷える幼子たちを助ける無敵のヒーローになるための――()()()()()()ための装束だ。

 意を決し、おれは静かに、しかしありったけの想いをこめて生地を縫い始める。

 だが――


「……、…………、……」


 なかなか作業が捗らない。

 ここまでお膳立てが出来ているのに意識が散る。

 雑念があるとでも言えばいいのか、意識を作業に集中させようとしていなければ手が止まりそうになる。

 集中するために集中力を使っているような状況だ。

 妙な――嫌気のようなものがおれにのしかかってきて、作業を止めてしまいたくなる。

 原因はおそらくこの作業のきつさだろう。

 一針縫うごとに体から力が抜け、意識が鈍っていくのがはっきりとわかるほど負担がある。

 これまでは聖別と裁縫、それぞれ別に行っていたものを、いっぺんに行おうとしている弊害だろう。それも〈針仕事の向こう側〉と〈魔女の滅多打ち〉の同時使用でとくる。

 だが、きついからとここで止めるわけにはいかない。

 ここで作業を止めることは、名前を変えることを諦めることと同義であると自分に言い聞かせながら、歯を食いしばるようにして生地を縫っていく。

 だが――ふとした瞬間に迷いがよぎる。

 この作業を止めさせようと、苦しさに負けた弱い自分が囁きかけてくるのだ。

 本当にこれでコルフィーが救えるのか?

 他にもっと良い手段があるのではないか?

 徒労に時間を費やしているのではないか?

 囁きに苛まれ、苦痛すら感じる苦悩に耐えながらの作業はただただ孤独だった。

 そんな時間をずっと過ごしていると、はたしておれは集中しているのか、それとも朦朧としてしまっているのかの判断も怪しくなってくる。


「…………」


 ふとひと休みするように――、いや、もう放棄するように手が止まり、うつむかせていた顔を上げる。

 が、そのとき、おれは見た。

 祭壇のコボルト王の魔石が、蒸発するようにボッと消滅するのを。


「…………ッ!」


 錬成炉は出来ている。

 出来ているなら、超常のものに手が届く可能性はある。

 いや、届く。届かせる。

 おれが心を込めて縫いあげたものは魔装になる。

 これまで何故そうなるのか謎だったが、コルフィーの考察によってそれは錬成炉――人工的に作りだした高濃度の魔素溜まりを使う魔装技術に近いものであると判明した。

 では、聖別の儀式を施しての衣装はなんなのだろうか?


『おそらく、あなたがバカみたいに祭壇という座へ力を注ぎ込むせいで、生地がよくわからないものになってしまうんですよ。たぶんそれは、力を宿した生地、ではなく、力が生地の形に留められたようなもの。いえ、生地の形をした錬成炉かもしれません。それも、まだ効果を与えられていない純粋な魔素溜まりとしての』


 錬成炉の器となった生地に、錬成炉としての役割を持つおれがさらにせっせと力を注ぎ込むことにより超常のものは生みだされる。


『たぶん主にあなたの力だけで行っているから無事にすんでいるんです。これを真似なんて……、錬成炉に錬成炉をぶつけるとか、もう正気の沙汰ではないです。想像を超えます。そんな恐ろしいことをしたら、何が起きるかわかったもんじゃありません』


 コルフィーはあきれながらに言った。

 それはまだつい最近の話だというのに、おれにはずいぶん昔のことのように感じられた。とても懐かしいことを思い出したような気分に包まれながら、おれはすんなりと作業を再開した。

 気づけば苦悩にまみれていたおれの心は晴れ渡り、と同時に圧倒的な開放感を感じた。まるでそれを待っていたように、おれの体の中からは光が溢れだし、祠の内部を目映く照らすほどに輝き始めた。

 もちろん幻覚だろう。

 かろうじて残る理性でそれは理解できる。

 しかし、確かに感じてしまうのだ。

 体中の骨という骨が金色の光を、脳髄から体の隅々まで走る神経が銀色の光を放つのを。

 いったいこれは何であるか?

 思いついたのは禅修行における『魔境』。

 坐禅中に意識が沈潜してくにつれて、今までは自分の深層意識の奥深くに抑圧されていたイメージや感情が、表層意識に急に突出してくるそれである。

 それは意識と無意識の境界線が曖昧になる現象。

 目覚めて見る夢。

 悟りへの到達を妨害する幻魔。

 だがおれは悟りなど必要としていない。

 無我? 無心? 無欲?

 違う。

 悟りきった意識など必要ない。

 今必要なのはこの魔境。

 肥大した自我、圧倒的な全能感を覚えるこの天魔。

 最も長い夜をも耐え抜く術を教えてきたあの力――狂気。

 ならば、今こそおれは狂気を自らの内より引きずり出し、この手にした針に宿し、糸を通して生地に縫いつけよう。

 そうして完成するのだ。

 オーク仮面の装束は。


※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/30

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/02

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/28

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/09/02


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