第291話 12歳(秋)…そして斜め上へ
まずはコルフィーを落札し、それから無実であることを証明するという計画の破綻。
完全におれのせいである。
ヴュゼアは一足先に会場を後にしていたため、おれはティゼリアと共に屋敷へ戻って皆に顛末を報告した。
コルフィーを連れて帰ってくると信じていたメイドたちは一気に意気消沈、お通夜のような雰囲気に。
それから応接間にて話し合いが始められたが、陰鬱な様子のおれが気になっているようで活発な意見交換とはいかなかった。
これまでコルフィーを助けようと躍起になっていたのは、まずはただの親切心、それから悪神の呪いを受けている境遇の者を不遇な状況に陥らせてはまずいという予感からだった。
それは、逆に言えばコルフィーが幸せになるならなんでもいいということでもある。
黒幕のところに行くことがコルフィーの幸せに繋がるなら、それはそれで良い話になるのか? どう控えめに見てもろくでもないことをやっている奴のところに行くのが?
いや、善行だの悪事だのはこの際関係なく、要はコルフィーの気持ちの問題だ。
コルフィーを助けなければならないという、大前提のぶれ。
これがおれのなかで痼りになって考えがまとまらない。
「諦めるのは簡単よ。でもそれが間違いとわかったときにもうどうしようもない状況じゃあ困るでしょ? だから助けることを放棄しないで考えましょう」
困り果てていたところ、ティゼリアが言った。
話し合いに参加しているのはティゼリアの他、ミーネ、サリス、アレサ、ルフィアの五名だ。
シアはもうちょっとお休み。
ヴュゼアは一度こちらに戻ってルフィアに伝言を頼んでいた。
「これからの辺境伯の動向を探ってもらうよう、兄さんに伝えに行くって。それからね、強引な手段も考慮にいれるって」
それはつまりコルフィーの強奪すら視野に入れ、そして協力してくれるということだ。
まったく頼もしいかぎり。
もうこれからは『兄貴』と呼ぶことにしよう。
だがヴュゼア兄貴とてわかっているだろう。正当な奴隷の強奪は完全に犯罪である。それを、事情を知っているからと従聖女付きのおれがやっていいものか? それにもし決行し、成功したとして、相手方はすぐにおれが関わっていると目星をつけてくるだろう。その場合、問題はおれだけでなく周囲にまで被害が及ぶ可能性が高くなる。
家族はもちろんのこと、メイドたちにまでも。
それはレイヴァース家の当主となったおれがやっていいことか?
「はぁ……」
どうすりゃいいの、と思い悩んでいたところ、ドアが少し開いてひょこっとシアが顔を覗かせた。
シアは部屋の様子を確かめ、それからおれを見て言う。
「話は一度戻ったヴュゼアさんから聞きましたが――、あれですね、ご主人さま、もういいんじゃないですか?」
「……? コルフィーに関わるのをもう止めるってことか?」
言うと、シアはきょとんとして言い直す。
「いやいや、なに言ってるんですか。諦めていいわけないでしょう?」
「じゃあ何がいいんだ?」
「あー、すいません、言葉が足りませんでしたね。わたしが言いたかったのは、ご主人さまのことですよ。もう慣れない我慢をしてなくてもいいんじゃないかってことです」
「我慢……?」
妙なことを言うな、と怪訝に思いながら答える。
「してないだろ、べつに」
「そうですか? んー……、そうでしょうか? ちょっと離れて冷静になる時間があったからか、なんか『あれ?』って感じがするんですよね。なんかこう、このところご主人さまの感じがちょっと違ってきてるんです。うまく言えませんが、守りに入っているような感じです」
「……守り?」
「はい。でもそれが性に合わなくて、調子が出なくなっているような。自分ではわからないかもしれませんが、ご主人さまは基本、攻めですよ? それも誰にも出来ないような、場合によっては理解すら出来ないような。なのに、今のご主人さまは順当な手段で事を解決しようとしているので、うまくいかなくなっているような気がするんです」
「順当な手段……?」
「コルフィーさんが奴隷としてオークションにかけられるので、そこで買い取って助ける。ええ、今のご主人さまに可能だから、それをやろうとしたんでしょう?」
そりゃそうだ。
当然の話になる。
しかし、シアは言う。
「そこでひとまず助けられてしまうから、ご主人さまはそれ以外の可能性を考えることを放棄してしまっています」
「それ以外の可能性?」
「お金がなかった場合ですよ。お金がなかったらご主人さまはコルフィーさんをあきらめましたか? あきらめませんよね? 何らかの方法を捻りだして、それでもってコルフィーさんを助けようとしますよね? たぶん、そっちなんですよ、本来のご主人さまは。なまじお金を持っていたせいで、考えが偏ってしまったんではないでしょうか? お金がなかった場合なら、お金の工面と、別の手段の二段構えであたったんじゃないですか?」
「それはつまり……、おれが油断していたって?」
「油断ではないと思います。最初に言った通りですよ。注目を集める立場になってしまったせいで、自分で制約を作ってしまっているんじゃないかと」
「それが守りってことか」
はい、とシアはうなずく。
守りうんぬんが事実かは別としても、コルフィーを助ける手段を落札だけに絞っていたのは――、それ以外の方法を考えようとしなかったのは確かだ。
「ですから、まあ、調子が狂ってしまっているんでしょうね」
やれやれとシアはため息。
「コルフィーさんは買われていった方が幸せ? 馬鹿言わないでください。コルフィーさんの気持ちがわかってしまったご主人さま以外の誰がコルフィーさんを幸せに出来るって言うんですか。そもそも、ご主人さまはここで暮らしていたコルフィーさんの様子を忘れちゃったんですか? あんな楽しそうに暮らしていたのが演技だったとでも? あのコルフィーさんを見ていながら、そこで挫けないでくださいよ。そんなのコルフィーさんに何か吹き込んだ奴がいるに決まってるじゃないですか。幸せになりたいと言った? そんなの誰だってそう思ってますよ。本心に決まってます。コルフィーさんは心の内にずっと溜め込んでいたものをぶつけてきたようですが、ちょうど良かったじゃないですか。言えばよかったんですよ、おれが幸せにしてやるって」
「おれがって……」
「そもそも、そうするつもりだったんでしょう? 例えコルフィーさんに感謝されなくても、そうしてしまうつもりだったんでしょう?」
そのシアの問いかけで、ふと、おれのなかで合わなくなっていた焦点が定まり始めたような感覚を覚えた。
「ご主人さま、前にわたしに言った好きな言葉、覚えてますか?」
「好きな言葉……?」
「ほら、あれですよ。人事を尽くして?」
「……あとは野となれ山となれ……、か」
「はい。でも今のご主人さまにはその意気込みが感じられません。なんだか天命でも待っているような感じですよ?」
「……」
「ではでは、わたしはこれで」
そう言うだけ言って、そそっ、とシアは引っ込む。
いやもうこっちに参加すりゃいいのに。
しかし……、確かに状況に流されていた。
相手のシナリオに追従しながらコルフィーを助けようとしていた感じがする。英雄だとか、当主だとか、自分では気にしていないつもりでも実は影響していたのかもしれない。大金だの名誉だのを持ってしまっているから、それを活用して助けられないかなどと、簡単で軟弱な解決策を選んでしまったのかも――。
額を押さえ、深々とため息をつく。
おれのやってきたことは、どれもこれも、おれのためでしかない。
つまりそれは導名のため。
だが――
「コルフィー一人助けられないで何が導名だ」
ただ名声値が溜まって得られるだけの導名では意味がない。
セクロス以下の名前なんて願い下げだ。
それを忘れていたわけではない――、けれど、ぼやけていた。
家族がいて、メイドたちに囲まれて、そんな幸せの中で。
「コルフィーは助ける。嫌と言われても勝手に助ける。そう、おれはべつにコルフィーに感謝されたくて助けようとしているわけじゃない。全部おれの都合で、おれが望むように助けてしまいたいだけなんだ」
それをはっきり自覚していれば、あのときコルフィーに何を言われようが「うっせぇ!」と怒鳴り返して桁を一つあげるくらいやっただろうに。
まったく、今回は反省することばかりだ。
しかし一人反省会は後回し。
今はコルフィーを助けることに専念する。
これでお終いではない。
これからが本番だ。
そう気合いを入れ直していたとき――
「……妬けますね」
ぽつりとサリスが言う。
きょとんとして見ると、サリスは慌てて口元を押さえた。
そこでミーネが言う。
「大丈夫よ、サリスが困ったことになったときだって、ちゃんと助けてくれるから。ね?」
「ああ。もちろん」
するとサリスは苦笑。
「ありがとうございます。……あ、ミーネさんにはあとで何かおやつを用意しますね」
「うん? うん!」
△◆▽
気合いを入れ直したところでヴュゼア兄貴が屋敷に戻ってきた。
「ヴュゼア兄貴! 戻られましたか!」
「お前どうした!? とうとうおかしくなったか!?」
敬ったらめちゃくちゃビビられた。
おかしくなったわけではないと説明する。
「気色悪いからやめろ!」
怒られた。
それからヴュゼアを加えた七名で話し合いとなる。
まずはヴュゼアからネロネロの最新の動向が報告される。
「辺境伯にとってもあの高値は想定外だったようでな、大急ぎで金の工面に動き回っている。お前が競り合った意味はあったな」
頭金の支払い。
黒幕からすぐに全額が提供されないのであれば、金が届けられるまでの期間を得るため頭金を払う必要がある。頭金を払わないとコルフィーを引き取れない。頭金をかき集める数日間はコルフィーは奴隷商に預けられたままだ。
ならばその数日の間に、コルフィーを助ける方法を思いつき、実行すれば――。
「で、どうする?」
「奴隷商に押し入ってコルフィー連れてくる?」
ヴュゼアが尋ね、ミーネが言う。
「そ、それはちょっと……、聖女としては認めるわけにはいかないんだけど……、どうしようかしら……」
「先輩、ここは知らなかったことにしましょう」
「貴方ね……」
ティゼリアはあきれたように言うが、絶対に反対というほどではなく、もしおれがやると言ったら協力してくれそうな感じだ。
が、それではダメなのだ。
そういう解決法ではなく、おれが望むのは決定的にコルフィーを助け、そして陰謀に荷担した奴らを徹底的にぶっ潰す方法だ。
「そんな方法あるのか?」
「それをこれから考えるんだ」
「お前な……」
大丈夫か、と言いたげなヴュゼア。
「できれば記事にできる方法がよかったり」
勝手なことを言うルフィア。
「押し入っちゃえばいいのに……」
しつこいミーネ。
そんなに押し入りたいのか、そう言いかけたときミーネがさらに続ける。
「オーク仮面で」
「――ッ」
それを聞いた瞬間、おれの脳裏に閃くものがあり、すぐにそれを思考と言葉にしようとたぐり寄せる。
オーク仮面――どこの誰だかわからない第三者。
新聞によって拡散された都市伝説の怪人。
ならばオーク仮面に扮装して……、いや、それだけではさすがに無茶だ。
誤魔化しきれるものではない。
だが、本当にどこの誰だかわからなくすることが出来たなら?
例えばそれは超常の――摂理すらねじ曲げる力によって。
「……サリス、大急ぎで用意してもらいたい物がある」
「はい。何でしょうか?」
おれは深呼吸してから言う。
「木材だ」
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/30
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/18




