第289話 12歳(秋)…オークション
シャーロット生誕祭初日。
オークション会場での同行者は二人までらしく、おれはヴュゼアとティゼリアを連れて向かう。
ヴュゼアはそろそろ『兄貴』と呼んだ方がいいんじゃないかと思えるくらい頼りになるし、ティゼリアは魔導師カロランに通じている可能性があるオークション参加者をその目で確認してもらわないといけない。
と言う訳で、同行したがったミーネとアレサには諦めてもらった。 おれの参加するオークションは美術品や宝飾品など高価な品ばかりが出品されるもの。
受付で保証金を渡し、引き替えに番号の書かれたパドルと商品のリストを渡される。
「コルフィーは最後だ――、な!?」
開始金額を見て目が点になった。
「1億て……」
こっちの世界はまだ物が高い。
何もかもが手作りで、運搬料が加わってとんでもなく高くなる。
要は物の価格が高いということなのだが、その感覚であっても1億という金額は相当なものだ。
「奴隷のお値段ってこういうものなの?」
「これほど高いのはそうそう無い。失敗をしたとしても、さすがは魔装職人ということなんだろう。これなら依頼を二十もこなせば元は取れるんじゃないか」
「えぇ、魔装ってそんなにぼったくるもんだったのか……」
なるほど、これなら損害賠償の補填のため、という建前もあながち無茶ではなくなるのか。
それからおれたちは会場へと移動していく。
警備員が左右を固める立派な扉が開かれ、そこからはまったく違う豪奢な作りの廊下が延びる。
その廊下を進み、会場となる広間に到着。
少し暗くなっている広間には立派な椅子が並べられ、その正面に照らし出されている舞台がある。
なんとなく小さな劇場のような印象を抱いた。
すでに大部分の椅子が埋まっており、おれは座る気分にもなれなかったので最後尾で立っていることにした。
この中にコルフィーを陥れた黒幕の手下がいると思うと、知らない奴らの近くに座る気にはなれなかったのだ。
すると参加者たちを眺めていたヴュゼアがそっと囁く。
「……おい、ネーネロ辺境伯がいるぞ……」
「……はあ? 無事に競り落とされるかの確認――」
と言いかけ、ハッとする。
「おい待てよ……、もしかしてあいつ自分で競り落とすつもりなんじゃねえか?」
「自分で……? ああ、代理か……! なるほど、奴にとっては好きなようにつり上げればそれが自身の懐に入るわけか」
なかなか舐めた真似しやがって……。
かなりイラッとしたが――
「……行けるわよぉ、やるなら合図して……!」
眉間をビキビキさせながらティゼリアが言うのを聞いて一瞬で頭が冷えた。
「いや、この場はまずいですから……」
ネロネロをとっ捕まえて解決するならティゼリア突撃兵に「GO!」と告げていただろうが、現段階では確証がない。
それに奴には魔道執事ロヴァンと魔道侍女アーシェラがついている。
ネロネロを捕らえるために戦闘は避けられず、他のオークション参加者はとばっちりを喰らうことになるだろう。
いくら悪人を捕まえるためとは言え、無関係の者を巻き添えにすることは聖女であろうと問題になる。
「ちょっと行ってくる」
おれがティゼリアをなだめていたところ、ヴュゼアはそう言ってネロネロのところに向かった。
おいおい何を、と思っていると、ヴュゼアはネロネロに自己紹介をするとそのまま会話を始めた。
まさか悪事に気づいているとは思わないネロネロは、気まぐれのようにヴュゼアとのお喋りを続ける。
気分がいいのか、声が大きく内容もよく聞こえた。
想像通り、奴はコルフィーを競り落とすための代理としてここにいるようだ。
「高くなれば高くなるだけこちらの得になる。まあ賠償額の足しになるよう、せいぜい良い競り相手に恵まれたいものだよ」
はん、とネロネロが言う。
「……ッ」
「はい、落ち着いて。落ち着いてねー」
さすがにビキビキきたが、今度はティゼリアがおれをなだめた。
あんにゃろう、そのツラ引きつらせてやる。
やがてオークションが開始され、まずはこの会場本来の競売品である美術品や宝飾品が紹介され、競りが進行してゆく。
まず開始金額が提示され、そこから参加者がひょい、ひょい、と自分の番号が書かれたパドルを掲げることによって設定されてある金額が加算されていく。
自分から金額を提示して一気に引きあげる者は居なかった。
映画のようにどーんと金額を増やし合うような展開にはならない。
地味だが、まあ実際はこんなものなのだろう。
金額の追加のタイミングは十秒程度。
意外と短い。
ぱっとパドルが上げられ、少し待ったあと競る者はいないかと進行役の確認が入り、無ければオークション・ハンマーがカツンと叩かれて落札となる。
そしていよいよラスト。
コルフィーが連れだされた。
舞台は参加者席よりも明るく照らされている。
あの場に立つコルフィーにはこちらが薄暗く見えるだろうが、うつむいている様子からして、そんなことを気にすることも出来ない状態らしい。
『こちらの少女はコルフィー・ダスクローニ。そう、ダスクローニと言えば魔装を生業とする家ですが、この少女は特に天才的な才能を持ち将来を期待されていました。しかし依頼品であるヴィルク製の衣装を消失させるという大失態により、こうして奴隷となることになりました。それでは――、1億から』
天才ではあるがヴィルクを消失させるという魔装職人としては致命的な失態。
しかしそれでも――
『1億1千。1億2千。1億3千――』
次々とパドルが上がる。
コルフィーを狙っている者はけっこう多かった。
手元に置き、魔装の仕事をさせればこれくらいすぐに元は取れると踏んでいるのだろう。
と、そこでネロネロが動く。
「2億だ」
ネロネロが急に金額をつり上げた。
一瞬、競っていた者たちの手がとまったが――
『2億1千。2億2千……、2億3千!』
まだ粘る。
しかし再びネロネロが金額を上げる。
「3億だ。もう競り上げの値幅を上げたらどうだ。面倒な」
横柄な態度でネロネロが言う。
そうかそうか、なら乗ってやろう。
おれはパドルを上げて言う。
「では4億で」
は? ――と会場にいた連中が一斉におれを見た。
「……?」
そこで初めてコルフィーは顔を上げて……、おれを見た。
精神的に疲労しているのだろうか、コルフィーはぼんやりとした表情で眼を細めている。
これにて終了、となってほしかったが、そうは問屋が卸さず戸惑ったネロネロはすぐにパドルを上げる。
『5億!』
おれはすぐにパドルを上げる。
『6億!』
そこからは予想していた通り、おれとネロネロの競り合いと相成った。
金額はぽんぽん上がっていく。
途中、ネロネロは控えめにつり上げたが、おれは気にせず淡々と競り上げを続けた。
黒幕は国庫を持っていても、それに対抗するような奴が現れるとまでは予想しなかったはずだ。
そしてネロネロは黒幕がどこまで資金を積むことを許すかなど、わかるはずもない。
やや焦りを覚えているような様子からして「必ず競り落とせ」とは言われたが「いくらであろうとも積め」とは言われていないのだろう。
ネロネロ自身はコルフィーの価値がわからない。
はたしてその金額まで上げていいのかわからないから――迷う。
そこからが勝負。
いくら何でも有り得ない、とネロネロが折れるまで粘る。
おれとネロネロは互いに金額を上げていく。
高くなれば高くなるだけ良いと言っていたネロネロの顔色が悪くなってくる。
おれは変わらず淡々と積んでいく。
ネロネロはかなり迷いながらパドルを上げる。
『25億!』
今ならとどめを刺せるか――、と、おれはさらに競り上げの値を上げようとする。
「じゃあ――」
だが、そのときだった。
「もうやめてください!」
突如としてコルフィーが叫んだ。
悲鳴のような振り絞った声で、おれを真っ直ぐに見据えながら。
「余計なことはしないで、ほっといてください!」
「……ッ!?」
なんで、とおれは固まる。
余計なこと……?
おれのやってたことは余計なお世話だった……?
突然のことに競りの進行が止まるが、コルフィーはお構いなしに叫ぶ。
「あなたが心配することなんて何もないんです! わたしは、確かに奴隷として買われるのは不本意ですが、それで幸せに暮らせるようになるならそれでいいんです! なのに! どうしてそれを邪魔しようとするんですか!」
黒幕に買われることにはコルフィーにとってもメリットが?
どんな話があったのか――、事故の後、オークションで競り落とすことにばかり意識を注いでコルフィーと連絡を取るのを怠った結果がこれということか?
「私は――、この町が嫌いなんですよ! ここには想い出しかない! その想い出にすがって生きていくしかない! つらいことばかりで何も楽しくも嬉しくもない……! 毎日が不愉快でたまらない! どうしてわたしはこんな思いをしたまま生きてなきゃいけないんです!?」
コルフィーが恨み辛みを叫ぶ。
なんとか落ち着かせたいと思うのだが……、なんと言葉をかけたらいいのかわからない。
「苦しいばかり! つらいばかり! わたしは苦しむために生まれてきたんですか!? 望みもせず、望まれもせず生まれ、そして一人で悲しみながら生きていくために生まれたんですか!?」
「…………ッ」
ああまずい、とおれは顔が引きつる。
錯乱するように叫び続けるコルフィーの思考が読める。
読めてしまう。
「母さんはどうしてわたしなんて産んだんですか!」
次に何を言うかがわかる。
「つらい人生を歩ませるためですか!?」
そしてその思考の行き着く先――
「そうではないと言うのなら――」
訴える言葉を、おれは聞きたくない。
聞きたくないのに――。
「なら! どうしてわたしを置いていったんですか!」
それはコルフィーがずっと胸に秘めていた叫び。
言うべき誰かがすでに不在の、呪いのようにいつまでもいつまでも心を蝕む嘆き。
置いていきたかったわけではない、それをわかっていても、それでも愛情の深さはそのまま悲しみの深さになり、それは場合によっては憎しみへと裏返る。
「…………」
ティゼリアに確認するまでもなく、あれがコルフィーの本心であることはわかっていた。
それをぶつけられ……、おそらく、おれの心は折れたのだろう。
コルフィーはおれに買われると不幸になると思ってしまった。
黒幕に買われた方が幸せになれるのではないかと思ってしまった。
挫かれた意志を立て直すことが出来ず、おれは茫然と立ちつくすばかりだった。
ヴュゼアとティゼリアがおれの体を揺すりながら何か言っていたがそれもどこか遠く――、そして最後に、カツンッ、と落札が決定したことを知らしめる乾いた音を聞いた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/16
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/30
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31




