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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
4章 『裁縫少女と王都の怪人』編
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第288話 閑話…幸せの在処

 ネーネロ辺境伯の依頼が終わったら、お祝いもかねて生誕祭を一緒に楽しもう――。

 そうレイヴァース卿は言ってくれたが、自分の失敗のせいで台無しになってしまった、とコルフィーは思っていた。

 気乗りのしない依頼とは言え、細心の注意を払って準備を進めた。

 が、どこかに不備があったのだ。

 自分は『目』に頼りすぎていたのだろうか、とコルフィーは後悔を抱くが、もうすべて手遅れ――、一緒に祭りを楽しむというレイヴァース卿との約束は果たせない。

 ネーネロ家に伝わる家宝の服を消失させてしまったことは、謝ってすむような生やさしい問題ではなく、自分が奴隷にされて売られると聞いたときもコルフィーは納得するしかなかった。

 魔導学園の学園長室での話し合いが終わると、コルフィーはそのまま奴隷商へと連れていかれ預けられた。

 このまま二日後のオークションに出品されるのを待つばかり。

 もうレイヴァース卿と話す機会もないだろう。


「(……最後に、挨拶くらいしたかったな……)」


 失敗を犯したからといっても魔装職人――高額が予想されるからか、コルフィーが監禁されることになった部屋はずいぶんと立派だった。貴族が泊まる高級な宿屋を思わせる内装で、テーブルにはお菓子まで用意されている。

 しかし、好待遇なのはありがたいことだが、コルフィーにとっては立派すぎて逆に居心地が悪かった。とは言え落ち着かないから狭い部屋に変えてくれと言っても聞いてもらえるとは思えず、コルフィーは諦め、大人しく椅子に腰掛けて暇つぶしに部屋を見回す。

 立派な部屋だが、監禁するための部屋なので当然ながら窓はない。

 それがちょっと息苦しい。


「(逃げたりなんてしないのに……)」


 そう思いながら視線を部屋のあちこちに移動させていくと、扉の前に立つ守護像のごとき大男に視線が止まる。

 彼はコルフィーの世話係の男性だ。

 名前はダルダン。

 逞しく、見るからに護衛・監視役といった感じの人だった。

 しかしそんなダルダン、話してみると意外と誠実そうな人物だったのだが……、すぐに幼児偏愛・被虐愛好者であることがわかった。


「へ、変態!」

「うむ、よい罵倒である!」

「喜ばれた!?」


 ダルダンにとって、コルフィーの罵りなど犬にとってのおやつのようなもの。


「な、なんでこんな人が世話係……」

「コルフィー殿、案ずるな。我が輩、幼き子らに危害を加えるような真似は死んでもやらぬ。むしろ我が輩に危害を加えてもらいたいのである」

「変態!」

「うむ! もう一声!」

「もう一声!?」


 駄目だ、話していると頭がおかしくなると、コルフィーは恐れおののき、それからはダルダンと会話することを極力避け、時間がすぎるのをじっと待った。

 ただ時間が過ぎるのを待つなか、コルフィーは色々なことを考える。

 これから自分はどうなってしまうのか、ということが一番気になるのだが、これはいくら考えようと答えなど出ない。

 それに考えたところで……、結局は都合のいい想像にしかならない。

 それは母が亡くなったときに経験した。

 良いこともあるだろう――。

 そんな楽観はいずれ訪れる失望を大きくするだけだし、思い描ける不幸を一つ一つ並べていくのはただ不安をかき立てるだけ。

 だからコルフィーは想い出に浸る。

 胸の奥にある幸せだった時間を思い起こす。

 それは今日がつらく悲しいほど、明日が恐ろしく不安なほど、目覚めたら忘れてしまう幸せな夢のようにコルフィーのなかに温もりを残してくれる。

 これまでの想い出は母と暮らしていた日々の一場面だった。

 けれど今は――、ごく最近の出来事がそこに加わっている。

 やっとの思いで作りあげた自信作を買ってくれる人がいたと思ったらレイヴァース卿で、びっくりして逃げたら子犬が追ってきてスカートをはぎ取られるという酷い目に遭った。


「(あれ? あんまりいい想い出じゃない……。ああ、でも――)」


 そこからは――、レイヴァース卿に雇ってもらえると決まってからは、本当に楽しい日々だった。

 レイヴァース卿は凄い人だとみんな知っている。

 でもほとんどの人は知らない。

 あの人は変な人だ。

 わざわざ私のためにあんな格好して、オーク仮面だなんて、もうほとんど変態である。


「ぶふっ」


 おもわず思い出して笑う。


「おや、何か面白いことでも思い出したかね?」

「あ、え、えっと……、はい」


 押し黙っていたと思ったら、いきなり吹きだすとか、妙な子だと思われただろう。

 もしくは現在の状況を理解していないのかと。


    △◆▽


 事故から明けて翌日――オークションを明日に控えた日の昼過ぎ、コルフィーの部屋に奴隷商がやって来た。


「裁縫が得意な奴隷はいないかという人がいらっしゃいました。一応、貴方のことを説明してみたところ、オークションに参加することも視野にいれるので、少し話をさせてもらえないかと言われまして」


 そう奴隷商に案内されてきたのは三十手前と思われる男性。

 特別印象的な風貌ではなく、ダルダンと並ぶと視界から消えてしまうのではと思われるような影の薄そうな男性だ。

 唯一の特徴と言えば、その右目にあてた片眼鏡だろう。


「おや、本当にまだ可愛らしいお嬢さんですね」


 片眼鏡の男はコルフィーを見てそう言うと、奴隷商にお願いをする。


「少しの間、二人だけで話をさせてもらえませんか? 私の主は止ん事無い身分の方なのですが、今回のことは内密に進めることを望んでいます。なので話を聞かせる方は最低限にしたいのです」


 男の望むとおり奴隷商はダルダンも部屋から出し、結果、コルフィーは男と二人きりになった。


「さて、では話をする前にまずこれを見てもらえますか?」


 と、男は懐から不思議な宝飾品を取りだしてテーブルに置いた。

 目を近づけなければわからないような細かな文字――それがびっしりと刻まれた細い金属の棒が二十面体を形作り、その内部には中心に光を灯すガラスのような透明の球体がおさまっている。


「綺麗ですね、これは何ですか?」

「これは魔道具――、いや、正確には魔導器です。なに、恐ろしい物ではありませんよ。ただ、自分の気持ちに素直になれるというだけの代物です」

「素直に……、ですか……?」


 魅入られるように魔導器を眺めるコルフィーは、次第に自分の意識が曖昧になっていくことに気づくことが出来なかった。


「君は大変な目に遭っているようですね」

「……ああ、いえ、それは私が失敗したせいですから……」

「確かにそうかもしれませんが、まだ幼い君に辺境伯家の家宝を扱わせるのはいくらなんでも酷な話です。断ってもよかったと思いますよ?」

「……そんなこと出来ません、わたしはそうしないと、家に置いてもらえませんから……」

「そうですか。……君は家に居たいんですか?」

「……わからないです」

「本当にわかりませんか? 居たいか、居たくないか、それだけの話ですが、自分ではわかりませんか?」


 この問いに、コルフィーはしばし沈黙した後に口を開く。


「……あの家には……居たくないです」

「そうですか、わかりました」


 そう言い、男は穏やかに微笑んだ。


「であれば、奴隷になるのはある意味で都合が良かったのかも知れませんよ? これで君は家から解放されるんです」

「……解放……?」

「そうです。もちろん君を買う者によっては今よりもつらい人生が待っている可能性もあります。ですが安心してください、私は君が主の望む人材だと思います。主が君に任せるであろう仕事は、君にとってはなんでもない簡単な仕事になるでしょう。それ以外は君は自由に好きなことをしてかまいません。仕事に対する報酬も与えられます。奴隷という身分ではありますが、君はそこらの貴族の子弟子女よりもよほど恵まれた生活を送れるようになるでしょう」

「……本当に……?」

「はい、本当です。なのでまずはオークションで私が――、いえ、代理を頼むことになるでしょうが、君を競り落としてみせます。大丈夫、君を競り落とそうとする者は私の関係者です。安心して身を任せていてください。そうしていれば君はこれまでの辛い人生とは決別することができ、明日からは誰もが羨むような幸せな人生を歩むことが出来るようになるんです」

「……幸せ……?」

「そうです。君はこれまで苦労してきました。ですから、もうこれからは自分の幸せだけを願っていいのです。自分以外の誰が不幸になろうと、例え君が誰かを不幸な目に陥れることになろうと、そんなことに君が心を痛める必要などないのです。誰も君を苦しみから救おうとはしなかった。ならば、君も誰かを苦しみから救ってやる必要などないのです。君が苦しもうと悲しもうと世間は知ったことではないというのなら、世間がどうなろうと君が気に掛ける必要などないのです。いえ、むしろこれまで受けた苦しみを返してやるといい。それでこそ公平というものなのです」

「…………」


 そうだろうか?

 そうなのかもしれない。

 コルフィーはぼんやりと考えながら、頼りなくなったあやふやな思考でふと思う。

 きっとあの人もそれを歓迎してくれるのでは……、と。


※誤字を修正しました。

 ありがとうございます。

 2018/12/16

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/30

※さらに誤字を修正しました。

 ありがとうございます。

 2023/05/05


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