第287話 12歳(秋)…怒らせると恐い女性たち
朝食後の外出。
明日のオークションに参加するための登録をしにいくのと、ロールシャッハにお金の無心をするためである。
これに同行するのはミーネ、ヴュゼア、ルフィア、アレサ、ティゼリアの五名だ。
まずオークション会場へ向かっていたのだが、その道すがらヴュゼアがおれに言ってきた。
「お前、サリスには目をかけておいた方がいいぞ」
「なんだ唐突に」
「たぶんわかってないから言うが、朝食のときシャンセル王女はなかなかきわどいことを言ったんだ。それでサリスはお前や王女に注意を促したんだよ」
「……どゆこと?」
おれが首をかしげると、そこにティゼリアが加わる。
「あのままいくと、私もそこに加わる必要が生まれていたの。つまりね、貴方に対して六カ国の内の一カ国だけに便宜を図らせるわけにはいかないっていう、結構切羽詰まった問題になっちゃってたのよ」
「あー、そういう……」
それでパイシェがすぐに反応したのか。
おれに貸しを作る機会、優先的に協力させる理由。
例えばの話、各国それぞれでスナークの暴争が起きたとき『うちの方が金だしてんだからうちが先、おまえらは後な!』という状況も生まれかねない。
「シャンセル王女は厚意から言ったんだろうが、ちょっと考え無しだったな。極端な話、六カ国の不和を生む可能性もあった。サリスは王女に恥をかかせないよう、お前には気づかせないよう、やや強引に話を終わらせたんだ」
「おまえが喋っちゃってんじゃん」
「それも想定内だろう。要は今後、これについては知らない振りをしろってことだ。きっと今頃は王女にお説教しているんじゃないか? 王女としては迂闊で、メイドとしては主人を面倒の渦中に放りこもうとしていたわけだからな」
「そう言えばすごく良い笑顔で、シャンセルに後で話があるって言ってたな……」
あれ、怒ってたのか……。
そっかー、うかつに六カ国へ協力を求めたり、約束したりするのはまずいのか。
「……あ」
「どうした?」
「そう言えば、アロヴ――竜皇国の武官になにかあれば全力で協力するって約束しちまった」
「はあ? どうしてそうなった?」
隠す理由もないので、おれは一刻も早く母さんにお手紙を届けてほしかったことについてヴュゼアに説明する。
「んー、それならまあ……、そこまで問題にはならないだろう」
「そうなのか?」
「ああ、お前にとっては重要なことで、それを叶えられるのは竜だけだった。ならば他の国々も納得のしようがある。要はどの国でも協力できることを安易に求めるのがまずいということだ」
「聖女を貸して、って他の国に言ってもしかたないでしょう? 言われた国だって、そんなこと言われても……、ってなるじゃない」
「ああそういう……」
その国でなければならない理由があるなら協力を求めるのは自己責任で留まるが、でなければややこしい問題が勃発しかねないからやめろ、ということか。
サリスにはそのうちウサ子の別衣装を作ってあげよう。
△◆▽
到着したオークション会場は大きな建物だった。
建物正面の野外広場では明日の本番に先駆け、誰でも参加できるちょっとしたオークションが開かれていたりと賑わっている。
本来であればオークションには出品される商品を確認できる下見会というものがあるらしい。
しかし今回は祭りの一環としてのオークションなためちょっと特殊となり、前日である今日まで商品の持ち込みが受けつけられ、夕方に締め切り、そしてパンフレットが作られるようだ。
オークション会場は商品により部屋が分けられる。
美術・宝飾品、武器防具、魔道具などなど。
しかし『奴隷』という区分けはない。
「本来、奴隷は奴隷商の資格を持つ者しか参加できないオークションで扱われるのよ。こうした公のオークションで奴隷が出されるのは珍しいことなの」
「おそらくどこかの枠に組み込まれての出品となるだろうな」
なるほど……、ならおれはそこに参加登録すればいいわけか。
「競りのやり方は、払う金額を言っていけばいいのか?」
「金額を大きく上げる場合にはそうだが、基本は保証金の支払いの際に渡されるパドルを掲げるだけだ。それで設定されている基本の上昇額が上乗せされた提示額になる」
「じゃあおれはひたすらそのパドルを上げてりゃいいのか」
簡単だな、と思っていたらヴュゼアが苦笑して言う。
「まあそうだな。それと……、すぐには支払えないほどの落札価格となった場合、まず一割を頭金として支払うんだ。それから残りをどう支払うかの取り決めをする」
「ふむふむ」
「それとめったにないことだが――」
その一割すらも多額となり払えない場合は保証金が頭金の頭金になる、とヴュゼアは説明してくれる。
この保証金による頭金は期限があり、最大で三日。
もし払えなければ競りは無効――この場合、保証金は返金されない。
ただ損するだけに終わる。
「なるほどな。じゃあまずその一割を用意できればいいわけか」
一割さえ払っておけば、あとはグーニウェス男爵に育ててもらっているヴィルクを販売するなどして金を集めればいい。
セレスの服のための生地だったが……、すまぬ、妹よ。
△◆▽
参加登録のあと、おれは皆と別れてロールシャッハの所へ向かおうとしたのだが、アレサが同行すると言って聞かなかったので精霊門までは一緒に向かうことになった。
予定ではまず冒険者ギルド中央支店に向かい、エドベッカの権限で精霊門を使わせてもらおうと思っていたが、アレサがいれば聖女権限で使用できる。
なので手間が省けたと言えば省けたのだが……。
「門の前で待ってもらうことになりますよ?」
「かまいません! いつまででもお待ちします!」
なんだろう、何日でも待ってそうな気迫を感じる。
「でもレイヴァース卿、その向かう先は本当に安全なところなんですか?」
「おそらく世界で一番安全なところですから」
そんな会話をしながら精霊門へ到着し、おれはアレサを残して門をくぐり、シャロ様の屋敷へと訪れ――驚いた。
「んん!?」
屋敷は前に訪れたときとは打って変わってそこら中に様々な物が散乱――、いや、こんもりとした山が幾つも築かれ、ひどく乱雑な状態になっていた。
そして山のないスペースにはロールシャッハがおり、一抱えほどの箱から次々と物を出してはぽいぽい積んで新しい山を築こうとしていた。
「お? ああ、君か。すまんな、例の物はまだ見つからないんだ」
あ、そうか。
前に言っていた、神の恩恵を一時的に制御するための道具を探してくれているのか。
「あ、いえ、ありがとうございます。ただ今回はそのことではなくてコルフィーについてです」
「ふむ、どうかしたか?」
「面倒なことに巻き込まれています」
「面倒なこと?」
山作りの手を止めたロールシャッハに、ここ数日に起きた出来事を順番に説明する。
「エルトリア……、あのクソ魔導師か」
今回のことは魔導師カロランがコルフィーを合法的に手にいれるため企まれた計画ではないか、という話をしたところ、ロールシャッハは忌々しげに吐き捨てた。
「当然だとは思うだろうが、奴についてはこちらでも問題視している。しかし王族や貴族を人質にしているので迂闊に手が出せない」
「奴は国を乗っ取って何をしているんです?」
「それがよくわからん」
「あなたでもわかりませんか」
「ああ、不甲斐ないことにな。だが、どうせろくでもないことをやっているに決まってる。よくもシャロの定めた法を……!」
おっと、ロールシャッハもブチキレだ。
「ともかくコルフィーを渡すわけにはいきません。ぼくは絶対に競り勝たないといけないのですが、もし相手がその魔導師であった場合、下手すると一国の国庫と対決することになる可能性もあるんです」
「なるほど。わかった。君は好きなだけ積め。なに、これはシャロと私の喧嘩でもある。いざとなったらシャロが残した物を売ってでも金を作る。一国の国庫など吹っ飛ばしてやろう……!」
「…………」
この人は怒らせないように気をつけよう……。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/16
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/30




