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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
29/820

第29話 6歳(春)…魔導学の授業

 ミーネ居候生活二日目。

 その日の朝から母さんによるミーネの訓練が始まった。

 いや、まだ訓練する段階ですらないから、能力開発セミナーのようなものだろうか。

 まず母さんはミーネをつれて庭にでると、おれが三歳のころにやった診断を始めた。おれは少し離れたところで地面にあぐらをかいて座り、上に弟を座らせてそれを見学。

 今日は魔導学の授業の日だったが、母さんはミーネにかかり切りになるので講義はお休みになっていた。

 母さんとミーネは目を瞑った状態で向かい合い、手をつないで輪を作っている。


「……んっ、んんっ、あっ、あん、んん~」


 やがてミーネが六歳児のくせに妙に色っぽく悶え始めた。


「にーに、みーね、どしたの?」

「見ちゃいけません」


 おれは弟の目をそっと手でふさぐ。

 母さんに魔力を送りこまれているからだろうが、なんだあの反応は?

 おれはあんなことにならなかったんだが。

 あ、そうか。おれはあれだ。

 入っていかねえ、出てこねえ、発動しねえ、の残念三拍子だったからか。


「はい、もういいわ。大丈夫?」

「だ、だいじょうぶよ。へいき」


 ちょっと苦しそうな表情だったが、ミーネは気丈に振る舞う。


「私の魔力に反発して、あなたの魔力が活発になっているの。反応も大きかったし、あなたは才能あるわよ? じゃあ次は目を閉じて気持ちを落ち着かせてから、これに触ってみてくれる?」


 と、母さんは占い師の水晶玉のような球体をだす。


「はー、きれい……」

「水晶の精霊石よ。触れた人の魔力を増幅する特性があるの。そしてその魔力の特徴を光にして映しだしてくれるの」


 この世界には魔素というものがあり、シャロ様はそれが生物濃縮された結果として魔物が誕生したと考えていた。そして同じように、なんらかの要因によって魔素が蓄積した魔鋼や精霊石という魔力を秘めた鉱物がある。

 魔鋼とは主に魔力を宿した金属の総称、そして精霊石は宝石の総称だ。

 これらには天然物と人工物の二種類がある。

 天然物はまれに産出される貴重で高価なもの、人工物は持ち主の魔力が宿り魔綱化・精霊石化したものだ。おそらく母さんのだした精霊石は、母さんが育てたものなのだろう。あの大きさで天然物となったらおそらく常軌を逸した価値になると思われる。

 人工物があるならば天然物も価格は下がるのではないかと考えるところだが、人工物は基本的に魔力を送りこみ育てた人間にしか扱えない。魔鋼の武器、精霊石の護装飾といった加工物もその人間専用の品になる。例外はその人間の血縁者。子供、孫、といった子孫だ。

 そのため人工的に作り出せるとしても、天然物はそれらを寄せつけない価値を保持している。天然物によって作られた武器・防具・護装飾などは誰にでも扱えるという強みがあるのだ。

 ……あれ!?

 ミーネが使えたってことは、あの精霊石って天然の……!?

 おれが事実に気づいてガクブルすると、おれのあぐらの上に座っている弟もなにを思ったのかブルブル震えた。おれはしばし弟と一緒にブルブルして、そしてなごんだ。

 ミーネは水晶に見とれていたが、やがて目を瞑るとそっと水晶に触れる。

 おれのときはなにも起きなかったが、ミーネはどうだろうか。

 見守っていると、水晶の内部に光がともるのがわかった。

 光はゆるやかに明滅しながら赤青黄緑と変化する。


「ゆっくり目を開けてみて」


 母さんに言われてミーネはそっと目を開く。


「わぁ! これっ――、あ、きえちゃった!」


 水晶にともる光に驚き、尋ねようとしたところで光はふっと消えてしまう。


「集中がとぎれてしまったのね。気になるならまたあとでやりましょう。じゃあ最後にちょっと呪文を唱えてもらうわ」

「……ながい?」


 不安げにミーネが尋ねると、母さんはきょとんとしてから微笑む。


「そんなに長くはないわよ。えっとね……、其は目覚めを誘う柔らかなものにして暗闇をはらう頼もしきもの。実りと温もりをもたらす尊きもの。儚くも永劫を歩むもの――ライト」


 母さんが呪文を唱え終わると、その人差し指にぼんやりと明かりがともった。


「こんな感じね。じゃあやってみましょうか」


 ミーネは母さんに繰り返し呪文を教えてもらい始める。

 発動句だけが英語なのは、詠唱部もすべて英語だととっつきにくいからだったんだろうな。ってかそれなら発動句もこっちの言葉にすればよかったのに……シャロ様の意地かな?

 やがてミーネはなんとか光をともす魔法の呪文を覚えきった。

 とはいえ完全に短期記憶だろう。表面張力でなんとか水がこぼれないでいるコップを手にしているような顔――表情まで気にする余裕のない状態になっている。

 そんな状態ではあったが、ミーネは意を決して呪文を唱え始めた。

 そして――


「ライト!」


 発動句を叫ぶ。

 が、なにも起きない。


「……むー……」


 口を尖らせてミーネは自分の指先を睨みつける。


「まあまあ、もう何回か試してみましょう。出来なくても大丈夫だから」


 母さんにはげまされ、ミーネは再度チャレンジ。

 これですんなり魔術なり魔法なりを使えるようになれば万々歳だが、わざわざこんな森の中まで連れてこられるだけあって、そうは問屋が卸さないわけだ。


「にーにー、これ」


 もじょもじょなにか言っていた弟が呼んだので覗きこんでみると――


「ちょ!?」


 弟は指先にぼんやり光をともしていた。

 そういえば弟の魔導の才能は母さんゆずりだった。

 まだはっきりと呪文を唱えられないのにいきなり発動してみせるとかなかなかのものじゃないだろうか。ここは兄としては喜ぶべきである。しかし、今は場が悪い。

 おれは弟の指先をそっと覆い隠し、ひそひそ声で言う。


「……凄いぞクロア、ただ、いま気づかれるとちょっとややこしくなるから、あとで母さんにこっそり見せてやるんだ。母さんびっくりするぞ。父さんにも見せてやるんだぞ」

「……わかた」


 にこにこしながらクロアはうなずく。

 ひとまず気づかれて事態がややこしくなる危険は回避できた。

 母さんとミーネはこっちのやりとりに気づかず、話を続けている。


「この感じからして、あなたは魔術の才能があるみたい」

「魔術なの? 魔法は?」

「魔法は使えないみたいね。最後に呪文を唱えてみたでしょう? あれはほんの少しだけでも魔法の才能があれば発動するものだから、あれで反応がないとなると魔法を使うのはあきらめるしかないわ」

「魔法はつかえないのかー……」


 ミーネしょんぼり。気持ちはよくわかる。


「きっとあなたは魔術の才能が大きかったから、魔法の才能は押しだされてどっかいってしまったのね」

「ええーっ」

「こればっかりはどうにもならないのよ。魔法は使えなくても、あなたは普通の人よりも魔術の才能がある。それもいくつかの属性として。これは凄いことよ?」

「んー、ならいい」

「さて、ひとまず診断は終わったけど、問題はここからね。これくらいのことなら、魔導師であれば判断できることだし、わざわざ私のところまで来るまでもないもの」

「どうするの?」

「それなんだけどねー、どうしましょうか……」


 魔法はぶっちゃけ才能があれば、あとは呪文唱えれば初級程度ならなんとかなる。

 自分の中の魔力を呪文を唱えることによって起こしたい現象の種にする。そしてそれを自分の外――世界に満ちる魔素に植えつける。これが魔法――と母さんは説明した。

 おれのイメージは使いたいアプリをインストールしてダブルクリックで起動、という具合になっている。

 魔法が使えない人間というのはインストールが出来ない、もしくはダブルクリックができない人間ということになる。母さんの例えなら種を作れない、外にだせない者だ。

 魔法の才能というものは本当に先天的なものなのである。

 一方の魔術はというと、これがなんとも難しい。

 極端な話、この世界の人間は誰もが魔術の才能を持つ魔術者だ。

 それは火だの水だのとわかりやすく発現するものではなく、その自身の肉体によって行使されている。こちらの世界の人間では気づきにくいことだが、この世界の人間は鍛えれば身体能力が異様に――変態的に高くなる。それは肉体の限界を魔術によって突破するからだ。

 誰もが魔術者であり、誰もがそれぞれ得意とする魔術を持つ。

 それはこの世界において才能と呼ばれるもの。

 魔法が使えるというのも、実は魔術の才能のひとつなのだ。

 しかし元の世界でもそうだったが、自分の才能を見つけるというのはなかなか容易なことではない。才能に気づき開花させることができる者はまれなのだ。

 もし〈炯眼〉の効果が制限されていなければ一発でわかったかもしれないが、まあ家族じゃないし、これはどうにもならない。


「光の感じからして四大属性なのよね。ならここで生活して自然にふれあっていたら、ふとしたきっかけで使えるようになるかもしれないわ。魔術を使う感覚を一度でも体験できたらそこからは一気に使えるようになる……っていう話だし」


 ある日、子供が突然に火や水の魔術を使えるようになる。

 どうやったかと尋ねられても答えることができないが、そのとき火を熾していたり、水を汲みにいっていたりと、その才能にちょうど合致するものに関わっていた場合が多い。

 魔術を使う契機というものは確かにあるのだ。

 あるのだが……、母さんは自信なさげだ。

 まあこればっかりはなー。

 魔術とはどうしようもなく感覚なのだ。

 魔法が法学なら、魔術は芸術。

 規定と論理のソリッドと、想像と感性のリキッド。

 おれも雷をどうやってだしているかはっきり理解しているわけではない。

 なんとなく……、というより、使うということに意識をさくことはほぼなく、どういう形で行使するかを考えるくらいだ。歩く、走る。腕を伸ばす、手を開く。自分の体は意思に応え自動的と思えるほど自然に動く。おれにとって〈厳霊〉はこの延長だ。

 この自分ですら曖昧な感覚をつかませる訓練とか、さすがに母さんでも無理だと思う。

 不安そうな顔になってしまったミーネをなでながら、母さんは励ますように言う。


「大丈夫、きっと覚えられるわ。息子もある日いきなりだったしね」

「え?」


 ぱっと顔をあげて、ミーネがおれを見る。


「あなた魔術つかえるの?」

「ああ」


 ミーネに人差し指をぴんとたてて見せ、雷を綿毛のようにピリピリさせた。

 ピリピリピリ……。


「あい!」


 抱きかかえるようにしていた弟が興味を持ち、おれの指をむんずとつかんだ。超低出力なので触ってもくすぐったいくらいだ。弟はその雷の刺激を気に入ってしまったのか、触ったり、離したり、キャッキャと遊び始めてしまった。


「弟よ、掴むのはいい。だが力まかせはやめるのだ。期待にこたえられなくてもうしわけないが、兄ちゃんの指はそんな方向へは曲がるようにできていないんだ」


 たしなめるが、弟は聞いちゃいない。


「雷……、すごい……、のかしら?」


 とりあえず驚きはしたが、ふと有用性について疑問がわいたらしくミーネは眉間に皺をよせて首をかしげた。


「それなににつかうの?」

「ふむ」


 おれははしゃぐ弟を落ち着かせ、そばに落ちていた枯葉をそっとつまむ。

 そして「えいや」と雷を通してやるとすぐに燃え始め、やがて灰になった。


「火種を作れる」

「……ま、まあ、べんりよね……」


 ミーネからいたわりのこもった感想をいただいた。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/04/19


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