第286話 12歳(秋)…資金繰り
コルフィーの事故から明けて翌日。
シャーロット生誕祭――コルフィーが奴隷として出品されてしまうオークションの開催日は明日に迫っている。
時間があれば証拠を見つけだして陰謀を暴くことも不可能ではないかもしれないが、あと一日ではいくらなんでも無理だ。
証拠がない以上はミリー姉さんに頼みこんでも、王家としてコルフィーの出品を差し止める、というわけにはいかないだろう。隣国を乗っ取っている魔導師カロラン・マグニータが黒幕かもしれない、では動きようがないのだ。
ともかく今やるべき――、やるしかないことは、明日に開催されるオークションでコルフィーを競り落とせるだけの資金を用意すること。
せっかくシャロ様の生誕祭だってのに楽しめねえ、ちくしょう。
「あ、レイヴァース卿! おはようございます!」
「わん!」
その朝も日課のお参りに行こうとすると、玄関にはすでにアレサが待機しており、しゃがみ込んでバスカーと戯れていた。
「調子はいかがですか?」
「特におかしなところはなく、普段通りですね」
「具合が悪いときは遠慮せずに言ってくださいね。不調くらいなら私が治癒することも出来ますので。病であればずっとお側で看病しますし、大丈夫、朝のお参りも背負ってお連れしますから」
「え、ええぇ……」
一晩たってみても、アレサは妙に世話を焼こうと張りきっている。
「ティゼリアさんは一緒に来ないんですかね?」
「先輩はお疲れのようでまだ眠っています。でも大丈夫!」
ふんす、とアレサは胸の前でガッツポーズ。
「先輩がいなくても、私がお守りしますから! 例え命を失ったとしても、アンデッドとなって起きあがってお守りしますから!」
「いやそこまでしなくていいですから! むしろアンデッドになったら安らかに眠ってください!」
どういうことだ。
屋敷で暮らすようになればいずれ落ち着いていくだろうと思っていたのに、出会った時よりもむしろ馬力が上がってるぞ。
よくわからないが、とにかく張りきるアレサ、それから意気揚々と付いてくるバスカーをともないシャロ様の像に向かう。
大通りの広場に到着してすぐお祈りと近況報告。
『(どうかコルフィーを助けられますように。シアの調子が戻っていますように。ミーネとアレサが仲良くやれますように)』
それから思いつくことをひたすらシャロ様にお願いした。
アレサは祈りは手短にすませ、ここに来ている人々に挨拶して回っている。
最近、聖女がここを訪れることが密かに広まっていたようで、腰が痛かったり足が痛かったりする爺さん婆さん、怪我したオッサンやら、母親に連れられた子供やらがけっこうな人数集まっている。
そんな人々に声をかけながら、アレサは軽く手を当てるだけでその症状を癒していった。
ティゼリアはアレサのことを『最も聖女らしい聖女』と言っていた。
確かに『聖女』という言葉を聞いて、おぼろげに人々が思い描くのはきっとあのアレサのような姿なのだろう。
そんな人をおれの御付きにしていていいのだろうか……。
「すいません。お待たせしました」
やがてアレサが戻ったので、暇つぶしに撫でくり回していたバスカーを解放する。
もっと、もっとだ、とバスカーはねだってくるが、それは無視して屋敷へと引き返す。
その途中、アレサはふと思い出したように言った。
「そう言えばちょっと気になることを聞いたんです」
「気になること?」
「はい。実はですね、あのシャーロット様の像なのですが、最近、夜になると仄かな光を灯すらしいんです。けっこうな人たちが目撃しているようです」
「…………」
なんだろう、すごく……、心当たり、あります。
「皆さんは異変――魔王誕生の前触れなのではと怯えていました」
「え、えっと、そんな不吉な前触れとかではない……と思いますよ」
「そうですか? レイヴァース卿が仰るのであれば、きっとそうなんでしょうね」
にこっとアレサは嬉しそうに笑う。
うーむ、アレサが妙に張りきっていたり嬉しそうだったりするのが謎で仕方ないが、やたら緊張していた最初の頃よりもずいぶん自然な感じになっているので良しとすることにした。
もしかしたらこれが本来のアレサかもしれないしな。
△◆▽
ちょっと前までおれと金銀、三人だけで朝食をとっていたが、今朝はそこにアレサとティゼリア、それから昨夜は泊まったヴュゼア、そしていつの間にか戻っていたルフィアの四名が加わっての朝食となった。
アレサはにこやかに料理を楽しみ、その隣にいるティゼリアはちょっと寝ぼけ気味のままゆっくり食べている。
ヴュゼアはルフィアと隣り合っており「はい、あーん」と食べさせようとしてくる婚約者にひたすら顔を引きつらせていた。
「……ッ!」
それを見たアレサは「閃いた!」とばかりにハッとして立ちあがろうとしたが、ティゼリアにガッと肩を掴まれて座りなおす。
もしかしておれに「はい、あーん」をやろうとしたのか?
ならティゼリアさん、グッジョブです。
ミーネは心の整理がついたのか、いつも通り料理を嬉しそうに平らげている。
そしてシア。
ちょいちょい料理をつつきながら、ちらちらこっちを見てくる。
あれはいまいち気持ちの切り替えが出来てねえな。
話をしようにも、追ったらすごい勢いで逃走して姿をくらましかねないので下手なことは出来ない。もしシアに動いてもらわなければならない状況が生まれたとき、行方知れずでは困る。
これはまだそっとしておくしかないか。
「それで、今日はどうするんだ?」
ヴュゼアがルフィアの「あーん」から逃れようと尋ねてくる。
「金の無心に行こうかと思う」
「ん? ああ、そうか。ヴィルクを消失させた魔装職人としてのコルフィーにどこまで金が積まれるかはわからんが、黒幕は絶対に競り落とそうとするわけだからな、資金はあるに越したことはないか」
「どれくらいいると思う?」
「ちょっと想像がつかんな。絶対に競り落とすつもりの人間が場に二人いることになるからな……。もし黒幕がカロランだった場合、下手するとお前は一国の国庫と競り合うことになるかもしれん」
「そいつは参るな……」
「いくらなんでもそこまでにはならんと思うがな」
すると、そこでミーネが食事の手を止めて言う。
「ごももも、もも、もふぁんももん」
手は止まったが、口に詰めこんだままなのでなに言ってるのかわからなかった。
「なんだって?」
「んくっ。私のお金を使っちゃっていいわよ、って言ったの」
「あー、そうか。ありがとう」
「ご主人さまー、わたしのもー……」
小さい声でシアが言う。
「わかった。ありがとう」
ミーネとシアは気前よく有り金を提供してくれる。
こいつら何気にすげえいっぱい金もってるんだよな。
一方、おれはと言うと、将棋や絵本などの特許料、コボルト王の討伐報酬、法衣製作の報酬がある。
ベルガミアでの活躍の報酬もあるのだが、こちらは一括ではなく月ごとに支払われる。総額ではかなりの金額だが、今回はあまり当てに出来ない。
他に金に替えられるものとしてヴィルクがあるくらいか?
おそらく何とかなるだろうとは思うが、相手が相手なので念のためにも金の無心に行った方がいいだろう。
無心する相手はロールシャッハ女史だ。
コルフィーが悪神の呪いを受けていることも知っているし、きっと資金提供してくれると思うのだが……。
などと考えていたところ、控えていたシャンセルが言う。
「なあダンナ、たぶんうちが貸せると思うけど……」
うちってことはベルガミア王家が、ということだろう。
するとそれを聞いたパイシェも続く。
「メ、メルナルディアも乗ってくると思いますよ……? ただあまりお勧めはできませんが……」
メルナルディアも場合によっては、か。
一考の価値有り、と思っていると、そこでサリスが言う。
「御主人様、あまり各方面に借りを作るのはお勧めできません」
「そうなの?」
「はい。確かにそれは御主人様にそれだけの信用があるという証明になりますが、御主人様をよろしくない状況に陥らせる危険性があります。コルフィーさんを助けようとする御主人様はとても立派です。しかしそのためにご自分の立場を悪くしては本末転倒です」
そう言うサリスは険しさのある真面目な表情。
コルフィーを助けることに躍起になっているおれに苦言を呈しているつもりなのだろう。
「当主となられた今この時は、御主人様の今後を左右する重要な局面です。ここで多方に助力を求めるような行動は御主人様の威を損ないます。もちろん実際にはそんなことはないのですが、御主人様を知らない者たちにはそう映ってしまうのです。端的に申しますと、舐められます」
舐められる、か。
ただでさえ子供だからと侮られているし、下手すると後々面倒なことになる案件だな。
「出過ぎたことを申しました」
「いや、ありがとう。おれはそういうことに疎いから」
助けてくれるだろうと、あまり手当たり次第は良くないか。
ふと見ると、パイシェは安堵したような表情だったが、シャンセルは口を尖らせてサリスをむーっと睨んでいた。
しかしサリスはにっこりと微笑み返して言う。
「シャンセルさん、あとでちょっとお話があります」
※脱字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/30
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31




