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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
4章 『裁縫少女と王都の怪人』編
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第283話 12歳(秋)…深夜の語らい

 尋問の成果はあまり芳しいものではなかった。

 どこかの誰かが、業者にダスクローニ家の警護、場合によっては殺害を依頼したというだけに留まる内容だ。

 なにしろ業者は騒動の中心に居るコルフィーの存在すら知らないときた。これでは業者を全員とっ捕まえて締め上げたとしても、コルフィーを助けることに繋がらない。

 役に立ったのは、ノファの連中は余計なことはしない――つまり仲間が捕まったからと救出や報復は行わず、引き続き任務を継続するというかなりドライな集団であるという情報だった。これならとち狂ってダスクローニ家を襲う、といった凶行に及ぶことはないだろう。場合によってはダスクローニ家の警護も考えていたが、それについては気にする必要がなくなった。

 尋問を終えたのち、おれたちは順番にお風呂へ入る。

 この屋敷はメイド見習いの子たちが寝泊まりする予定だったこともあり、お風呂はそれなり――五人くらいが一緒に入っても大丈夫くらいな広さがあるのだが……、今ミーネとアレサを一緒に居させるのは良くないかなーと思い、一人ずつということに。

 順番はまずミーネ、次におれ、そして最後にアレサ。

 最初はアレサを一番にしようとしたのだが、自分は最後でいいと遠慮して譲らなかったのでこの順番となった。

 下水路で汚水を浴びたおれとアレサは、ミーネが風呂から上がるのを玄関で待ちながら、ヴュゼアに来てもらって情報の共有をした。


「ノファか、確か国を股に掛けて暗躍する規模の大きい組織だ。なんでも古い言葉で『無貌(かおなし)』という意味らしい。そのエイブはもういらんだろう? あとでうちの者に引き取りに来させよう」


 捕まえたエイブはそもそも更正させる必要のない人物なので、尋問を終えたあと縄でぐるぐる巻きにして即席地下室に監禁してある。


「しかしこの騒動はやっかいだな」

「まったくだ。まだ黒幕が誰か、予想もつけられないときやがる」

「どこかにほころびがあれば、コルフィーさんは不当に奴隷にされた、奴隷法の違反ということで食い止めることも出来るのですが……、すいません、私、お役に立てていませんね」

「いやいや、そんなことはないですよ。さっきも嫌な役をしてもらったばかりじゃないですか」

「あれだけでは充分とは言えませんから……、それに、一番重要な役割をこなせませんでした」

「一番重要な役割……?」

「レイヴァース卿の身の安全を守ることです。下水路で、私はまったく役に立てませんでした。あそこは身を挺して――」

「あー、いや、あれはおれの油断が原因ですから。アレサさんはよくやってくれていますよ、来て早々にこんな騒動なのに、こうやって協力してくれてますし」


 反省するアレサを励ましていると、やがてミーネが寝間着姿で風呂からあがったことを知らせに来た。


「あ。ではおれはすぐに上がりますから、アレサさん、もうちょっと待っていてください」

「ああ、いえ、どうぞゆっくりなさってください」


 アレサはそう言うが、そういうわけにもいかない。

 おれはすぐに風呂に向かい、ヴュゼアはルフィアに話を伝えるため応接間へと移動した。

 手早く体を洗い、ついでにと持ちこんだプチクマをじゃぶじゃぶ洗ってぎゅぎゅっと絞った。

 するとプチクマから精霊がほわほわと抜けだし、動かなくなった。


「あれ!? 死んだ!?」


 いや、そもそも生きてないものだったが……、どうしよう……。

 ま、まあ、乾いたらまた精霊がもぐり込んで動き出すだろう、うん、きっとそうだ。

 風呂を出たおれは玄関で待機していたアレサに交代を伝える。

 ついでに屋敷から出てプチクマを紐で物干し竿にくくりつけた。


「……復活しなかったらどうしよう……」


 ミーネやメイドたちからめっちゃ責められそうだ。

 それからおれは応接間に行こうとしたのだが――


「……おん? どうした?」


 クマ兄貴がのっしのっしとやって来て通せんぼ。

 プチクマを昇天させたことを責めに来たかと思ったが、どうやらそれはおれの思い違いのようで、クマ兄貴はこいこいと手招きする。

 ひとまず後についていったところ、到着したのはミーネの部屋。

 部屋にはミーネがベッドに腰掛けていたが、ちょっと元気がない。

 クマ兄貴はこれをどうにかしろとおれを呼んだのか。


「どうした?」

「んー……」


 ミーネは歯切れが悪い。

 前まで行ってしゃがみ込んで見あげるようにしてみると、うつむいた表情はちょっと暗かった。

 困惑している――、なにか心の整理がつかず、どうしたらいいかわからなくなっている感じだ。

 一方――


「……ぁぅぅぅ……、ぅぁぁぁ……」


 隣の部屋でも心の整理がつかないのが叫んでいたが、あっちはおれが行くと逆効果そうだからそっとしておこう。

 しばし待ってみても、ミーネは困り顔のまま何も言わなかった。

 すると、キィ、とドアが少し開く。

 なんだと思ったら体に紐を巻きつけたままのプチクマだった。

 プチクマはぴょん、とクマ兄貴の頭に乗っかる。

 生きとったんかワレェ!

 と言いたくなったが我慢。

 今はミーネだ。

 そこでミーネが言いにくそうに言う。


「……ちょっと、アレサが恐くなっちゃって……」

「あー……」


 さすがにミーネでもきついものがあったか。

 悲鳴をあげてのたうち回る相手に、表情一つ変えず淡々と攻撃をくわえる様子を見たらさすがにな。

 ミーネは膝の上で両手をもじょもじょさせていたので、おれはその上に手を置いて言う。


「まあびっくりするのは仕方ないさ」

「あなたもびっくりした?」

「ああ、おれの場合はティゼリアの尋問だったけどな」


 うん、本当にびっくりした。

 ええぇぇ……、としばらく愕然としていた。

 だが、だからといってティゼリアを恐れたりはしていない。

 ちょっと面倒な人とは思っているが。


「ミーネは人から恐がられたいと思う?」

「え? 思わないけど……」

「うん、まあ普通はそうだよな。誰だって好き好んで人に恐がられたいとは思わないだろう。でもな、恐がられる必要があることを仕事にしている人もいるんだよ。それは自分が恐がられたいからじゃない。自分が恐がられることによって、人々が安心して暮らせるようになる可能性があるからだ」

「それが聖女なの?」

「そう。だから聖女は断罪を行うとなった場合、それを立ち会いのなかで行う場合が多い。聖女が動くほどの悪事を行った場合、いったいどうなるかを知らしめ、悪行を為す者を戒めるために。そして裁く者はここにいると、知らしめるために」


 一殺多生……は違うな、殺してないから一罰百戒か。

 一人の罪や過失を徹底的に罰することで、他の人々が同じような過失や罪を犯さないようその心に恐怖という戒めを施すのだ。


「それにいくら悪人とは言え、泣き叫んで許しを請う者に、それでも攻撃をくわえたいと思うか?」

「んー……、思わない……」

「そうだな。いくら悪人だからと、相手の心を破壊するほど攻撃し続けることは難しいことなんだ。それも、人々のために自分が恐れられ、場合によっては避けられ、嫌われることすらも受けいれる気高い精神を持つ人ともなれば、それは苦痛すらともなうだろう」


 悪人であろうと、その瞬間においてはただの弱者をひたすら叩きのめすという行動は――。


「けれど聖女はそれをやらなければならない。聖女ってのは、守り、庇護している者たちにすら恐れられる役目を負っている。アレサはおれたちとそう変わらない年齢だ。三つくらいかな? そんな年齢で、聖女として認められるだけの苦痛を受けいれてきた。大変だっただろう。確かにあれを見てミーネがびっくりしてしまったのも仕方ない。でもわかってやってほしい」


 アレサはあれを好き好んでやってるわけじゃない。

 心を軋ませながら、それでもコルフィーを助けようとするおれの手助けになればと、あの男を痛めつけた。

 自分にしか出来ないからと、やってくれた。


「だから――、そんなにあの人を恐がらないでほしい。もし聖女としての役目を果たさなければならないような者が居なくなれば……、きっとあの人はただの優しい女の子なんだ」

「…………」


 わかってもらえただろうか?

 ミーネは少し黙っていたが、ぽつりと言う。


「……私、どうしたらいいかな?」

「どうかしようとしなくていいと思うぞ? 友人として付きあえばいいんじゃないかな。おれたちには出来ない役割を引き受ける、とても立派で、強い、偉い人、それをわかっていれば」

「んー、そっか……、わかったわ」

「よし、じゃあおまえはこのまま休むといい。もう眠いだろ? 今日は頑張ってくれたし、あとはこっちにまかせて、な」

「シアがちょっとうるさいけど……」

「んー、それは大目に見てやってくれるか……」


※お風呂の広さについて加筆しました。

 2017/08/07

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/16

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/03

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/10

※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/19


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