第282話 12歳(秋)…夜更けの尋問
エイリシェに警戒をしてもらいつつ、おれたちは屋敷へ帰還した。
捕まえた男はまだ気絶していたが、念のためシアとアレサに見張ってもらい、エイリシェには引き続き屋敷の周囲を警戒していてもらう。
以降は追っ手もなかったが、あの連中がここに辿り着き、仲間を救出――、もしくは始末しに襲撃してくる可能性も否定できない。
汚水を浴びたのですぐ風呂に入りたいところだが、まず捕まえた男から情報を引き出すのが先決。
そのためにはどんな大声を上げても漏れない場所が必要である。
屋敷でやるとメイドたちを怖がらせてしまうだろうし、近所迷惑になるだろう。
ということで、おれはミーネにお願いして屋敷の訓練場に地下空間を拵えてもらっていた。
ちょいちょいミーネに指示をし、地下室の構築を見守りながらつい思い出してしまうのは下水路での失態である。
「ねえねえ、これくらいの広さでいい? って、どしたの?」
「……ん? ああ、ちょっと反省をな……」
ほぼ出来上がった地下尋問室にいるのはミーネとおれ、あとは明かり役のプチクマだけだ。
「反省? でも仕方なかったんじゃない? よくわかんないけど、なんかつらかったんでしょ?」
「……まあな」
あの出来事について、珍しいことにミーネは詳しく尋ねようとしなかった。
「まああれのおかげと言うか、問題が浮き彫りになってな、それについてちょっと考えていたんだ」
「問題?」
「ああ、どうやらおれは自分で思っていたよりもずっと弱かったらしくてな。いざとなれば人も殺せると思っていたんだが――」
道徳やら良心の呵責やら、そんな話ではなく、おれ自身の欠陥によって殺せない。
はたしてこれは人だけなのか?
人に似たもの、知性を持つもの、……家族を形成しうるもの、そういったものに対しおれは殺意どころか攻撃にすら制限を無意識にかけているのかもしれない。
君は人を殺すことが出来るかな、というベリア学園長の言葉。
どうやらおれは無理っぽいことがわかったのだ。
しかしそれに対し、ミーネは「ふーん」と唸ったあと、素っ気なく言う。
「まあいいじゃない」
「なにがいいんだよ……」
たぶんおまえが思う以上にポンコツなんだが――、そんなことを言おうとしたとき、ミーネはさらに続ける。
「だって、だからパーティを組むんじゃない」
「…………」
言われたことにちょっと驚き、言葉が止まる。
「自分だけで全部やる必要はない。もう、これって冒険の書じゃ基本でしょう? 作ってるあなたが何をいまさら言ってるのよ」
そう言うミーネに、おれは何かを言おうとするが、それはうまく言葉にならなかった。
殺せない。
ならば、と殺させる。
それすらも理解しての発言であったなら、いったいこいつはどれほどおれを信頼しているのだろうか?
真っ直ぐに、揺るぎなく、出会った頃とまったく変わらない純真さでもって、おれのために敵を屠る。
まるで剣。
ならばおれは使い手として選ばれたのか?
それは実に名誉であり、そして恐れ多いことだ。
「おまえは良いお嬢さんだな」
「なによ、やっと気づいたの?」
ふふん、とミーネは得意げな表情をする。
それが妙に微笑ましく、おれはミーネの頭を撫でた。
ミーネはちょっとびっくりしたようだが、大人しくされるがままに。
「やっと気づくことが大切なことだったりするんだよ」
確かカレーの王子さまもそんなことを言っていた。
……いや、星の王子だったっけ?
まあいいや。
△◆▽
完成した地下室に昏倒したままの黒ずくめを運び込み、いよいよ聖女アレグレッサによる尋問が開始される。
立ち会うのはおれとミーネ、明かり役のプチクマ。
シアはと言うと、だいぶ調子がもどりはしたのだが――
「すいません! 今晩はちょぉーっと一人にしてもらえませんか! なんとか明日までには意識切り替えますんでぇー!」
と、赤みの差した顔で部屋に籠もろうとするので、ひとまず「お風呂に入ってゆっくり休んでください」と言っておいた。
こうしてシアは不参加。
できればミーネも不参加――立ち会ってほしくなかったが、参加すると張りきってしまっていたので渋々同席させた。
まずはミーネに換気用の穴を残し、地上に通じる入り口の大部分を埋めてもらう。
それからアレサが黒ずくめに触れる。
「……、んお!?」
すぐにハッと黒ずくめは意識を取りもどした。
「お目覚めですか? では、これから貴方の尋問を開始します」
言うやいなや、アレサは寝そべる男めがけメイスを叩き込んだ。
「うぐぁがああぁぁ――ッ! がッ! あががが……ッ!」
手加減なく振りおろされたメイスを喰らえば、そりゃあ痛いなんてものではない。
肉は潰れ、骨は砕け、その痛みは全身駆け巡り絶叫を上げてのたうち回ることになる。
黒ずくめはしばらく痛みに転げ回ったが、やがてその痛みも収まり茫然とした様子で仰向けになった。
「貴方の名前を教えてもらえますか?」
「……ッ、…………ッ、……ッ」
言うか、言うまいか。
最初の一撃の痛みがすでにその意志を挫き始めている。
しかしアレサは待つことなく再びメイスを振りおろした。
「ああぁぁ――――――ッ!」
アレサは男が落ち着くのを待ち、もう一度尋ねる。
「貴方の名前を教えてもらえますか?」
「エイブ!」
今度は男――エイブも即座に答えた。
即答でなければメイスを喰らわせられると、早々に学んだのだ。
「……ね、ねえ、あんなことしてたら、死んじゃわない……?」
隣のミーネがこわばった表情で言う。
「いや、死なない。聖女の尋問で死者が出ることはない。なぜなら攻撃による怪我はすぐに癒されるからだ」
ティゼリアの尋問にも立ち会ったことがあるが、その場合は攻撃と回復を順番に行っていた。しかしアレサはもう攻撃を終えた瞬間には回復してしまっているようだ。
尋常ではない治癒能力。
これがアレサが有望視されている理由でもあるのだろう。
それからアレサは順番に質問を続けていく。
エイブが即座に答えなければメイスが振りおろされる。
もうエイブはアレサの質問に正直に答えることしか出来ない。
エイブは『ノファ』という組織の人間。
どういう組織かはヴュゼアに聞いてみるとして、今回の仕事のためエイブを含めた三十七人が王都に来ている。
「では、貴方たちはダスクローニ家にちょっかいをかけてくる者たちを排除するようにと雇われた者たちなのですね?」
「そ、そうだ、それだけ……、いや、違う、それだけじゃない、話すから殴るな! それだけじゃなくて、もしダスクローニの者が余計なことをしようとした場合は始末しろと言われている!」
「余計なこととは?」
「何でもだ! 大人しくなすがままになっていなければだ!」
何度も何度もメイスを喰らい、のたうち回って男はようやく素直に話すようになった。
完全に理解したのだろう。
聖女は偽れない。
自身の記憶を改竄し、偽りを信じようともしたがアレサに見破られた。
聖女を前にしては死ぬこともできない。
口に隠されていた毒物を飲んでも、舌を噛んでも、その頭が砕けるほど地面に叩きつけても、男はまったくの健康体にまで治癒された。
質問に正直に答えなければ、いつまでもいつまでも苦痛だけが続くことを完全に理解したのだ。
しかしエイブはまだ楽な方である。
ただの尋問――、質問に正直に答えれば済むからだ。
これが断罪であったなら、聖女がその心に偽りなしと認めるまでひたすら攻撃され続けることになる。
その意志が、心が砕け、邪心が一欠片もなくなるまで苦痛を受け続けることになる。
聖女の断罪とは煉獄だ。
「………………」
ミーネはいつの間にかおれの腕にしがみついてちょっと震えていた。
おれとシアは半年ほど前にティゼリアの尋問に立ち会う機会があったのである程度なれているのだが、ミーネはこれが初となる。
聖女をただ善神に仕え、慈善活動をする女性とだけしか認識していなかったミーネには相当の衝撃になっただろう。
これはあとでちょっとお話した方がよさそうだな……。




