第281話 12歳(秋)…夜の下水路で
夫人と話をしているうちに侍女がまた部屋の前にスタンバイしてしまったことをエイリシェに知らされたため、おれは窓から飛び降りて屋敷を脱出した。
それから侵入した穴へそそくさと向かい、悪臭に辟易しながらも待っていてくれた皆と合流する。
プチクマは一足先に戻っていたので、あとはミーネに穴を埋めてもらい、公園まで撤収するだけだ。
「ご主人さま、なにか聞けましたか?」
「ばっちりな。コルフィーを狙う陰謀はあったようだ」
「では夫人にそれを証言してもらっては?」
「ダメだな。証拠がない。それにこの一連の騒動は連動しているだけで繋がってない感じがする。連動させているのは代理人だが、これが同一人物かの判断がつかない。黒幕に直接繋がっているかどうかも怪しいところだ」
「誰も彼も、依頼されてやったこと自体には罪はないってことですか。面倒くさいことしてくれますね」
「まったくだが……、あの事故が仕組まれたものであるという証拠が出れば話は別だ。せっかく屋敷に来たんだし、お兄ちゃんをどうにかしたかったんだがな……」
しかしここで欲を掻いて事態をさらにややこしくはしたくない。
おれたちは後手、黒幕の敷いたレールを必死に追走している段階でしかなく、このレールに分岐を作られては追うのが難しくなる。
「ともかく、まずはコルフィーを買い取ってからだ。それから汚名を晴らす。詳しくは屋敷に戻ってから話そう」
それに、まだ考えたいこともある。
コルフィーを欲しがる者はどうしてそこまで秘密裏――対外的に正当性を持たせようとしているのか、持たせる必要があったのか。
それはここまでの計画をしておいて最後の最後にオークション――第三者の介入も不可能ではない不確定要素を組み込んだのか、という疑問にも繋がる。
「じゃあ早く帰りましょう。またお風呂はいらなきゃ」
「そうだな、戻ろうか」
ミーネもうんざりしていたので、おれたちはすぐに発光するプチクマを照明代わりにしながら下水路を引き返していく。
しかし――
『(おっと、そちらを目指している者たちがいるね。位置までは把握していないようだけど、囲い込むようにそちらへと目指している)』
エイリシェからの念話があった。
侍女が動くぬいぐるみのことを報告したにしては、下水路にまで追っ手を寄越すのは的確すぎる。
夫人が窓から脱出しようとした場合に備えて、外から部屋を監視でもしていたのだろうか?
ならばおれが穴に引っ込むのも見ていたはずだ。
「(妨害とか出来たりしません?)」
『(出来るけど……、私も万能じゃないからさ、そこに居ないと手加減がうまくできない。その区画が崩壊とかそれくらいになるよ?)』
「(それは困ります)」
こっちでどうにかするしかないな。
「追っ手が来る。警戒してくれ」
まあ来てしまったものは仕方ない、覚悟を決めて告げる。
いや、むしろ来てくれて感謝すべきだろうか?
これでどう状況が変化するかは……、奴らをとっ捕まえて吐かせれば推測のしようもある。
連中が誰の依頼で、何をしていたか、こういった状況でどのような行動をするか、ポジティブに考えれば飛びこんでくる情報源だ。
「とっ捕まえて情報を引き出したい。ぶっ殺さないように」
「はーい」
「いきなり殺したりしませんて」
「痛くするのはいいんですね?」
ミーネ、シア、アレサと三者三様の反応をする。
警戒しつつ進んでいたとき、前方の横道からもう見るからにそっち方面の業者の方、という感じの人影――闇に紛れるための黒装束を身につけた者が現れた。
黒ずくめは通せんぼしながら、標的の発見を、そして位置を仲間に知らせるため、何かを口に咥えてピーッと笛音を響かせた。
『(む、他の者もそっちに向かい始めたよ。人数は……三人だね)』
ではあいつも含めたら業者の方は四人か。
「……あと三人来る。まずは適当に相手をしてくれ……」
おれは皆に小声で伝える。
初遭遇した黒ずくめはすぐにおれたちに襲いかかってくるようなことはなく、仲間を待つつもりだろう、今はただ逃さないよう警戒しつつこちらの様子をうかがっていた。
「んー、と……」
ミーネが辺りをぐるっと見回し、それから剣を抜いてすぐ横の壁をカツンと叩く。
すると、ボコンッと洞穴のような大穴が空いた。
「あなたはこの中にいて。私は穴の正面を守るから二人は道の左右をお願い」
魔術という遠距離・範囲攻撃ができるミーネは水路を挟んで反対側の通路にいる者を相手するつもりで、接近戦となるであろう通路左右からの相手はシアとアレサに任せるつもりらしい。
「あんまり気はのらないけど、集まってきたら水かけるから。あとはお願いね」
おれが雷撃ぶっ放して一網打尽、という作戦をミーネは提案。
なかなか的確。
こちらが陣形を整えたあと、残りの業者の方たちが現れる。
出口のある公園方面――穴にいるおれから見て右には最初の奴の他に、水路向こうに一人追加されて合計二人。
ダスクローニ家方面――おれから見て左からも同じようにこっちの道に一人、そして水路向こうに一人。
黒ずくめはおれたちがいる通路を左右一人ずつで封じ、水路向こうでは残り二人がこちらの正面に集まるようにして様子をうかがう。
おそらく左右から攻める二人でどうにかなると思っているのだろう。
油断してくれて何よりである。
やがて左右の二人がそれぞれシアとアレサに襲いかかった。
シアはまだ鎌が修理から返ってきてないので素手。しかしこの程度なら問題ないとばかりに、狭い通路でありながらやすやすと黒ずくめの攻撃をいなし、その腹に拳を叩き込んで膝をつかせた。
アレサは黒ずくめの攻撃を気にもせず、つるりとした球体が先についているメイスを叩き込む。カウンター気味に鈍器を喰らわされ、黒ずくめはそのまま叩き伏せられ、苦悶の声をあげた。
「んー、もう!」
それを見計らい、ちょっとヤケな感じでミーネは魔術によって水路の汚水を操り、周囲にまき散らす。
「よし、あとはまかせろ」
穴に引っ込んでいたおれはそこで強雷撃をぶっ放す。
おれの仕立てた服を着ているシア、ミーネ、アレサの三人はまったく平気だが、黒ずくめたちはそうもいかない。
倒された二人、さらに様子をうかがっていた二人もまとめて感電して戦闘不能となった。
△◆▽
黒ずくめが満足に動けない状態のうちに縛りあげ、ミーネの作った洞穴に集めた。
おれが入り口に立ち、その後にシア、洞穴の左右壁側にミーネとアレサが陣取って黒ずくめ四人を囲む。
ここで大人しく情報を教えてくれたら理想的だが、まあ業者の方だしな、そうやすやすと口を割ったりはしないだろう。
そうなると厳しい尋問となるのだが……。
「さて、どうしておれたちを襲ってきたか、その理由を話してもらえるか? あまり時間を無駄にしたくないんで、さっさと喋ってもらえると助かるんだが。あと、こちらには聖女さまが居るんで、適当なことを言っても即座にバレる。無駄なことはしないように」
業者の方なら聖女のこともよく知っているだろう。
「な、なあ、待ってくれよ。俺たちは依頼を受けてそれをこなすだけの者だ。特別な理由なんてねえんだよ」
すぐに一人の黒ずくめが口を開いた。
言っていることが嘘であれば、首を振ってもらうようにとお願いしてあるアレサに反応はない。
なるほど、なるべく嘘をつかずにやりすごす方針か。
だがそんなのは質問を詰めていけばどうにかなる。
「その依頼てのはなんだ?」
「ダスクローニ家の警護さ。妙なちょっかいをかけてくる奴がいたら追っ払う。場合によっては始末するって仕事だよ」
「依頼人は誰だ?」
「いや、待ってくれって。どこの誰かなんてわからねえよ。それだって言っちまったら、もう俺達はやっていけねえんだよ」
「警備隊に突き出すから、どっちにしろもう廃業だよ。ならここですべてを正直に喋って、少しはおれの心証を良くしておいた方がいいんじゃないか?」
「そうかもしんねえけどよ、そういうことじゃねえんだよ。喋ったなんてバレたら俺達は消されちまう。役人どもは俺達が死のうが生きようがどうだっていいんだ。守ってくれるわけがねえ」
そいつの言葉に、賛同する他の黒ずくめ。
ずいぶんとしおらしく、情けない風を装っているが、そこは油断できない業者の方々。実のところ、おれはいつ襲ってこられてもいいようにと〈針仕事の向こう側〉と〈魔女の滅多打ち〉を使用し、即座に雷撃をぶっ放せるような状態で会話をしていた。
「なあなあ、あんたたちだって俺達を守ってくれるわけじゃねえんだろ? それでも聞きだそうってのか? いや、これはここにいる俺達だけの問題じゃねえんだ!」
黒ずくめはおれが子供だからと泣き落としでどうにかしようとでも考えているのだろうか?
だとしたら、ずいぶんおめでたいのだが――
「残してきたガキどもがどうなるか!」
さらにバカバカしい命乞い。
それはもう笑ってしまうくらい――おれに効いた。
「――――」
何をどうしたわけではなかった。
ただ意識が霧散した。
臨戦態勢――〈針仕事の向こう側〉と〈魔女の滅多打ち〉が解けたわけではなかったが、頭が働かなかった。
そんな、おれの意識に空白が出来た瞬間に黒ずくめは動いた。
牙を剥くように口を開け、縛られた状態などおかまいなしにおれに襲いかかろうと跳びあがる。
が――
「かっ……!?」
うめき、ぐるんと白目を剥いてぐしゃりと崩れ落ちた。
そいつに一瞬遅れ、動いていた他三人。
一斉であったため、瞬間的に狙いをしぼれなかったミーネとアレサはそれを見過ごすことになったが、三人はおれの左右をすり抜けて下水路へと出ると、迷いなく逃走。
あっという間に姿を消した。
おれは唐突に昏倒して足元に転がった黒ずくめを眺めていたが、ふとその昏倒した理由に気づいてふり返る。
そこには険しい表情で目を見開いているシアがいた。
「……、おまえの……、威圧?」
ひと睨みで昏倒など、ほぼ『威圧』という魔技の極みだ。
あの瞬間に、おれを助けようという一心で体得したのだろうか?
シアは険しい表情で倒れた黒ずくめを睨んでいたが、やがて表情を落ち着かせるとおれを見た。
「あ、えと、助かった。ありがとう」
素直に礼を言ってみたが、シアの反応は薄い。
いや、薄いとかそういう問題ではなく、もうお礼とかそんなのはどうでもよくなってしまっていたらしい。
なにしろシアは急に表情をくしゃっと歪め、ぽろぽろ涙を流して泣き出してしまったのだから……。
「あ、あれは、あれはズルいですよ……、ズルいです……」
あれと言うのは、昏倒している黒ずくめが言ったことだろう。
あの瞬間に動けなくなってしまったおれのことをまったく尋ねようとしないのは……、まあ、そういうことか。
なんとなく予想はしていたが、これまで話題にはしなかった。
コボルト王との戦闘後、幼児退行していたおれは、いったいいつのおれであったかという問題。
この世界に来てからのおれに『幼児』という状態はない。
ならば……、それは前世での幼児、そしてシアに面倒を見てもらわなければならなかった時期となると……。
「はぁー……」
おれは深々とため息をつく。
これはおれの失態だ。
せっかく捉えた連中のほとんどを逃がし、おまけにシアまで泣かせることになるとは。
「ってか何でおまえが泣くんだよ」
「……、だって、……だって」
鼻をすんすん啜りながらシアが言う。
いかん、言い方がまずかった。
「いや、文句とかじゃなくてな、おまえが泣かなくてもいいだろうってことでな……、あー、もう、泣くな、調子が狂う。ほら、おれは何ともないから。大丈夫だから」
「……大丈夫じゃないです、わたしも、ちょっとはわかるんです」
そうか、こいつ両親殺されてたもんな。
「……だから、あんなのズルいですよ……」
シアはめそめそしながらおれに抱きつき、そのままめそめそ。
さすがにこれは泣き止むまで待つしかなく、おれはシアの背中を撫でながらひたすら困り果てた。
今のシアにはまったく勝てん。
放置しているミーネとアレサはどうなっているだろうと、ちょっと肩越しにふり返ってみる。
するとアレサは申し訳なさそうな顔で、なんかこっちも泣きそうになっており、そしてミーネはと言うと、まったく状況が理解できないという物凄い困惑顔をしていた。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/02
※さらに修正。
ありがとうございます。
2018/12/16
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/07




