第280話 12歳(秋)…宵の密談
夜を待ち、精霊エイリシェの協力を得てダスクローニ家への潜入作戦は決行される。
向かうメンバーはまず当然ながらおれ、次に屋敷の敷地内に下から出るための穴を開けてもらう必要があるためミーネ。
なのだが――
「うぅ……、またあそこに行くの?」
自業自得ながら、酷い目にあったので珍しく渋った。
渋りつつも、まだ生乾きな服を身につけるあたりコルフィーを助けたい気持ちはちゃんとあるのだろうが、それでもやはり渋々。
「んー……」
穴開けにミーネの魔術は必要不可欠だが、士気の低さが悪い方に影響してもらっては困る。
仕方ない。
おれはオークの仮面を用意して被る。
「ふっ、情けない。では仮面を返却するのだな!」
「――ッ!?」
ミーネはびっくりしたように目を見開き、慌ててどたばたと自室に戻っていった、と思ったら帰ってきた。
「ふっ、まったく、私ともあろう者が。あやうくオークの誓いを違えるところだったわ。そう、私はレディオーク! 救うべき者がいるならばどこへでも向かうの!」
ミーネの士気が超あがった。
「うわー、そのテンションで行くんですかぁー……」
と思ったら潜入班の三人目、シアのやる気が低下した。
難しいものだ。
そんなシアが肩に乗せているプチクマは念力で鍵を開けてもらう役として同行する予定である。
「あの、私の分の仮面はないのでしょうか?」
同行すると言って聞かなかったため、アレサは潜入班の四人目、最後の一人となった。
なにやらオーク仲間にも入る気でいたが、生憎と残る仮面はどう考えても隠密行動に向かない代物。
いや、あんなの聖女様に被ってもらうわけにはいかない。
「ねえアレサ、本当に一緒に来るの? 下水路はひどいとこよ?」
ちょい、と仮面を外してミーネが言う。
そうか、ミーネはまだ聖女の聖女たる姿を知らないからな、単純に偉い人あつかいか。
「それはレディオークと同じですよ。救わねばならない人がいるならどこへでも」
「そっか。……っと。そう、仮面はなくてもあなたもレディオークなのね!」
仮面を被り直してミーネが言う。
以上、この四人と妖怪一匹が潜入班である。
そしてこの潜入班を念話でナビゲートしてくれるのがエイリシェだ。
「なるほど、そういうことだったんですね!」
エイリシェについて簡単に説明したあと、どうしてジェミナが念力で持ちあげられなかったかをシアに教えたところ喜ばれた。
シアのやる気が若干回復した。
△◆▽
下水路はうちの近くにも通っているが、何もここから臭い思いをして行く必要はないため、まずダスクローニ家の近くまで普通に向かう。
そして到着したのは貴族街に点在する公園だ。
『(大丈夫だよ、辺りには誰もいない)』
人気のない夜の公園だが、エイリシェは念のためか周囲の警戒を行い、念話で知らせてきた。
それからエイリシェの指示に従い、木々の植えられている場所に下水路へと通じる穴をミーネに開けてもらう。
完成したのは降りやすいよう傾斜を持たせた穴。
そこを下り、おれたちは下水路へと到着。
うん、臭いですね。
ひとまずミーネに魔術の炎を灯してもらい、そのなかで用意したランタンを点けようとしたところプチクマが発光し始めた。
「わわっ、光った!」
「え、えぇ……」
「おやまあ……」
金銀、そしてアレサがびっくりしている。
もちろんおれもびっくりだ。
「え、なに、おまえ明かりになってくれるの?」
うんうん、とプチクマがうなずく。
「そ、そうか、ありがとう」
何気に妙な特技を持っていやがったな、こいつ。
下水路は中央に水路、そして左右に人がすれ違える程度の歩道がある。向こう側へ行くには下水にダイブして渡るか、もしくは一定間隔で存在する石橋を使うかだ。
それからおれたちはエイリシェの誘導に従ってダスクローニ家の敷地近くを通る位置まで移動を開始。
下水路――ゲームならモンスターの巣窟にでもなっているところだが、実際はそんなこともなく、確認できるのは妖怪『光りクマ』に驚いて逃げていくネズミ、あとは通路や壁にみっちり張りついている虫くらいのものだった。
やがてダスクローニ家近くを通る場所となり、おれはミーネにお願いして敷地内へと通じる穴を拵えてもらう。
うっかり屋敷内に穴をぶち開けないよう、今回はエイリシェの声を仲介しつつ、時間をかけてゆっくりと穴を開けてもらった。
そして完成した地上への通路。
地上に出る穴は人一人がやっと抜け出せる程度の小さなものだ。
「じゃ、行ってくる」
光をひっこめたプチクマを肩に乗せ、おれは穴から這い出す。
『(屋敷の中は特に警備があるわけではないね。周囲には確かにいる。これからはその屋敷に意識を向けるから、そっちはおろそかになるがまあ大丈夫だろう)』
警備はないが、それでも家人に遭遇する危険はあるためエイリシェの指示に従ってこっそり移動。
まずは窓の鍵をプチクマに開けてもらい、そこから屋敷内に潜入。
いっそのことここでコルフィーの兄を攫えたら楽だと思うが……、現段階では怪しいというだけの話で、確証がない。アレサにもこっちに来てもらって真偽の判断をしてもらえればはっきりするが――
「(状況がどう変化するかわかんねえんだよなぁ……)」
兄の陰謀加担が判明した場合、予定していた流れにはならず、最悪オークションの出品中止、別の手段でコルフィーが引き渡されてしまうという事態もありえる。
こうなると後は時間との勝負。
コルフィーの足取りがわからなくなる前に、無実を証明して助け出さなければならなくなる。
おそらくちょっかいをかけてくる、護衛の連中をどうにかしながらだ。
「(さすがに厳しいな……)」
やはり本格的に攻めるのは、コルフィーを保護してからか。
『(さて、少し困った事態だ。夫人らしき人物がいる部屋の前に誰かいる。動かないことからして……、見張りのようだね。夫人は軟禁でもされているのかな?)』
向かい、廊下の曲がり角から窺ってみたところ、夫人の部屋の前には置かれた椅子に腰掛けて番をしている侍女がいた。
確かにこれは困った事態だ。
なるべく夫人と接触した者がいるとは知られたくないので、雷撃ぶっ放して昏倒させるという手段は取りたくない。
どうするか考えていたところ、肩に乗せていたプチクマがちょいちょいおれの頬をつついた。
「ん? どうした?」
横目で見ると、プチクマは自分の胸をぽすぽす叩く。
「まかせろって?」
本当にどうにかするつもりなのか、プチクマはうんうんとうなずく。
なら……、試しに任せてみようか。
動くぬいぐるみという理解を超えるものなら、うっかり寝入って夢を見たくらいに思ってもらえるかもしれん。
プチクマはおれの肩から飛び降りると、ててっ、と夫人の部屋の前、番をしている侍女のところへ。
曲がり角に隠れつつ見守っていると、なんと、プチクマは普通に侍女の前を横切ってさらに向こうへと走っていく。
「……? ……ッ!?」
侍女は通り過ぎるプチクマを二度見。
まあ、そりゃびっくりするわな。
「え、ええ? ええええ?」
侍女は突如出現した動くぬいぐるみに意識を持っていかれる。
プチクマは通り過ぎたところでぴたっと立ち止まり、一度侍女にふり返り、そしてまた走りだす。
「え、ちょ、ちょ」
誘われるように侍女は立ち上がりプチクマを追う。
そしてそのまま向こうの角を曲がる。
『(よし、いいよ。今だ)』
おれは急いで飛び出し、そのまま夫人のいる部屋の前へ。
っと、ドアはこちら側から鍵がされていた。
こりゃ侍女が戻って確認されたら気づかれるな。
急ごう。
おれは部屋に滑り込む。
と――
「……どなた?」
入ったところで椅子に腰掛けていた夫人に気づかれた。
おれはオークの仮面を取り、恭しく礼をして名乗る。
名乗りたくなかったが名乗る。
「ぼくはセクロス・W・レイヴァース。コルフィーの友人です」
「――――ッ!?」
夫人は目を見開いて驚くと、すぐ立ち上がっておれに近づいてきた。
「あの子の味方なのね? でも……、どうして?」
あの子の味方、ときたか。
この状況で自分に会いに来たのだから味方に違いない、ということなのだろうが、つまりそれは夫人がコルフィーの味方であるということにも繋がる。
おれはまずは夫人の信用を得るため、コルフィーと出会ってからの話をする。
裁縫の手伝いをしてもらうために雇ったこと。
そして今はコルフィーをめぐる陰謀を調査していること。
「ああ……、そう、そうなのね」
夫人は安堵したように微笑む。
「貴方は……、あの子が普通とは違うことを御存じ?」
「はい。特別な目を持っていることは」
「そう。あの子は貴方を信用しているのね」
「あ、いえ、信用して話してもらったわけではなくてですね……」
ついでに、どうして鑑定眼のことを知ることになったかも話す。
夫人はきょとんとしたが、すぐに小さく笑う。
「ふふっ、そう、そうなの」
「あなたも御存じだったんですね」
「ええ、私はあの子の母――ラーナから相談されて知りました」
「すぐにこの話になったということは、今回の騒動はそれが原因になったということでいいんですか?」
「そうです。一年ほど前でしょうか、あるときコルフィーを引き取りたいという話がありました。そのときはもう魔装職人としての才能――、いえ、適性があるとわかっていましたし、御父様も断ろうとしました。しかし、お礼として提示された金額はあまりの額。そこで私は思いました。これはコルフィーの目のことを知っての金額ではないかと。私はコルフィーを売ることに反対しました。この家に関わらせないよう、遠ざけることが出来なかったから、ラーナをあの男から守ってやれなかったから、今度こそはと」
夫人の話によると、そのときは大人しく引き下がったようだ。
「そこで私はあの子がこの家にいかに必要であるかを説きました。ただ、そのせいで息子はよけいにあの子を嫌う――、いえ、憎むようになってしまいましたが……」
夫人は悲しそうに言う。
苦労してんな、この人。
「そして今回の出来事となりました。始まりはコルフィーにネーネロ卿の依頼を引き受けさせてほしいという、妙な依頼でした。代理人が言うには、何かあった場合はすべて補償すると。そして前金としてかなりの額を置いていったらしいですね。何かの企みに関与することになるとはお義父様も理解していたと思いますが、よほど魅力的な金額だったのでしょう。反対――、いえ、邪魔をしてくると思ったのでしょう、私はこうして部屋に押しこめられているのです」
「わざわざあなたを軟禁する必要もないように思いますが……、理由などは思い当たりませんか?」
「そうですね……、前回は話が大きくなるまえに退きました。そして今回はこれだけの――、ネーネロ辺境伯のヴィルクを犠牲にさせてまで体裁を整えています。要は事が公になっても正当性を主張できる状況を作りたいのではないでしょうか?」
「なるほど……」
ではなぜそこまで正当性にこだわるか、という話になるが、夫人とてそこまではわからないだろう。
「わかりました。ありがとうございます。もともとコルフィーを助けるつもりでしたが、これでさらに決意が固まります」
「どうかあの子を助けてあげてください」
「はい。もちろん」
「ありがとう」
夫人はおれの手を取って言う。
「それと、もう一つお願いがあるの」
「なんでしょう?」
「あの子を助けてあげたら、どうかここには帰さないよう、あなたの家の養子にしてもらえませんか? あの子にとってこの家は牢獄でしかない……。だから素直で居られるあなたのところに置いてあげてはもらえないでしょうか」
提案されたことに、おれははっとする。
その案はありかもしれない。
父さんは呪われていたと言っていたが、今はもうその痕跡はない。
レイヴァース家の一員になれば、悪神の呪いについての問題も解決出来るのでは?
もしかしたらコルフィーの呪いも消えるのでは?
「そうですね、コルフィーが望んでくれたら、ぼくは家族に迎えようと思います。アレーテさん、あなたに会いに来てよかった」
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/30
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/10




