第279話 12歳(秋)…黄昏のお伽話
こっちこっちとジェミナに手を引かれ、おれは会議室と化していた応接間から仕事部屋へとつれてこられた。
「バスカー。見張り」
「わん!」
ジェミナは勝手についてきたバスカーに部屋の前で見張りを命じる。
バスカーはこれを一声鳴いて承知した。
「じゃ、お話」
部屋に二人きりとなったところでジェミナが言う。
しかし――
「わんわん! わんわんわん!」
ドアの向こうでバスカーがめっちゃ吠えだした。
会話を中断して覗いてみると、金銀、そしてサリスがこの部屋の前に来ようとするのをバスカーに足止めされていた。
「ちょ、ちょっとお風呂に行く前に部屋に戻ろうとしていただけよ?」
「そうですよー、わたしもー。ほらー、部屋は正面ですしー」
「……んならちょっとアレサに来てもらって真偽を確かめてもらってもいいか? 嘘だったらしばらくおやつ無しな?」
「ごめんなさい!」
「ちょ!? ミーネさん!?」
ミーネが即座に折れて逃走した。
まったく……。
まあ金銀はこんなものなのだが――
「サリスまで……」
「え!? いや、私は二人を止めようと……!」
サリスのポーチから顔を出すウサ子がうんうんうなずく。
でもたぶん、なし崩しに盗み聞きすることになってたんじゃ……。
「だめ。まず主と話なの」
ジェミナが「め!」と言い、残った二人をすごすご退散させる。
そして改めて部屋に二人きりとなったところで、いったい何の話があるのかと思いきや、ジェミナは目を瞑ってあやしい踊りを始めた。
「……?」
何事かと思いつつも、ひとまず黙って見守る。
すると屋敷に住み着いている精霊たちが部屋のあちこちから湧いて出てきてジェミナの周囲に集まり、何重もの輝くヴェールのようになって囲み始めた。
ジェミナは光のヴェールに包まれながらしばらく踊り続けたが、やがてそれも終え、ゆっくりと目を開くと言う。
「初めましてレイヴァース卿。いつもジェミナが世話になっている」
「……ほへ?」
いきなり何を言いだしているのかと思ったが、普段のジェミナの雰囲気とはまったく違う別人、ただの冗談やイタズラとは思えない。
おれは目をぱちくりしながら尋ねる。
「えと、……あなたは?」
「私はこの地の精霊で、名をエイリシェと言う」
「精霊? それにエイリシェって、この都市の名前……」
「もちろん私の方が先だよ? ずっとここにあるんだから」
不敵な笑みを浮かべ、エイリシェは部屋の作業机にぴょんと跳んで腰掛ける。
「普段はこの地全体に広がってぼんやり夢心地なんだけどね、ときおり波長の合う者がいると、ちょっとこうやって体を借りたりする」
「あ――、つまり、それが巫女だと?」
「そういうことだ」
エイリシェは足を組み、左手で支えつつ右手を顎にやる。
やや挑戦的にも見えるはずの姿勢だが、姿がジェミナなのでただ可愛いだけだ。
「今はゆっくり話す時間もないことだし、簡潔にいこう。君が少し気にしていたネバーランド、その頭領たるピーターパン、実はそれ、私なんだ」
「あなたが……? あの、どうしてあなたのような精霊がネバーランドなんて組織を運営しているんです?」
「まあ趣味……、かな。うん、信念に基づく趣味だね。たぶん君なら共感してもらえるんじゃないかな? ほら、君の描いたオーク仮面のお話と同じだよ。『子供ってのは望まれて生まれてくることはあっても、望んで生まれてくることはない。だから自分で人生を決められるくらいまでは守ってやらなくちゃならない』ってね」
「なるほど」
「元々は巫女に協力してもらいながら孤児院を営む程度だったのだが、都市が発展しすぎてね、人が多くて多くてもう私だけではどうにもならなくなってきて、巣立っていった子供たちにも協力してもらうようになり、組織となった」
「あなたがジェミナをここに来させたんですか?」
「そう。ネバーランドとしては育った子供たちが働ける場所が増えるのは歓迎すべきことでね、君の提案するメイドもいずれ孤児達の働き口になるのではないかと、ジェミナをもぐり込ませたんだ。子供達を任せられるかどうかを判断するために」
「評価はどうです?」
「こうして現れたことから判断してもらいたいな。いや、実はもうちょっと早く出てくるべきだったなと少し後悔している」
「そうなんですか?」
「うん。ほら、ここにはあまりに精霊が集まりすぎて、今更のこのこ顔を出すのもどうかなと」
妙な事を気にする精霊だな。
「コボルト王を倒したあたりで出ておけばよかったよ。子供になった君を見て、どんな人物なのかだいたいわかったからね。私たちと志を共に出来る人物だと」
「そうですか……」
「はは、そんな嫌な顔はしないでくれよ。あれがあったからこうして出てきたのもあるんだ。いや、オーク仮面のお話もあってかな。あの言葉、たぶん続きがあるんだろ? きっとそれはあの幼い君が、今の君になるきっかけになったもの」
「…………」
「おっと、これは余計だったか。すまない、悪気はないんだ。言ってみれば老婆心のようなものだよ。可愛い子たちに囲まれているのに君はまったく興味を示さないから、ちょっと心配になってね」
「余計な心配ですよ」
「うん、そのようだね。ごめんごめん、この話はやめよう。君を苛めてるみたいでジェミナが怒ってる。……あー、えっと、他になにか聞きたいこととかない?」
エイリシェは急に愛想笑いを浮かべるようになる。
ジェミナに弱いのだろうか?
おれはため息を一つつき、せっかくなので尋ねてみる。
「ネバーランドというのは……、例えば仕事を持ちながら、必要ならば構成員として仕事をするような形態なんですか?」
「そうそう。シャーロットにはマフィアだなとか言われたが……、君はこれの意味はわかるかな? たぶん君、シャーロットと同じものだよね?」
「ええ。そうです。マフィアがなんなのかもわかりますよ」
「そうか。やはりシャーロットと同じものか」
「シャーロットとはお知り合いだったので?」
「もちろん」
シャロ様とも知己の間柄だったのか。
「まあネバーランドはそういう単純な組織なのだが、普通の組織とは一線を画する点がある。それはこの地の精霊である私の庇護下にあるということだ」
「なにか加護のようなものが?」
「そう神のようにはいかないな。ただ、私を想い、語りかければ声を届け合うことが出来るくらいのものだ」
この都市限定で、構成員同士でテレパシー通信できるってことか。
エイリシェはネバーランドについてあっけらかんと喋っており、まるで無害な組織のように思える。
しかし、きっとこれは今だからこんな感じで話せるのだろう。
今より昔、シャロ様よりも前の時代では孤児たちの互助会的なものではあっただろうが、シャロ様もマフィアと例えたように、そして『レンガの家』のジグが言ったように、理想にそぐわぬ者たちを潰していく暴力的な面が強かったはずだ。
エイリシェを頭とし、王都中に潜む構成員が、それぞれの行動の意味を理解せずとも一つの計画を実行できる。それも常にエイリシェが見守り、不都合があればすぐに声を届かせて指示できるとくる。
これは元の世界でも通信機によってやっと可能となった精度だ。
こんなの裏稼業の方々では相手になるわけもなく――、いや、この王都においてネバーランドに敵う組織はないだろう。
困ったな、たぶん怒らせたら超恐い方なのに、おれの目に映るのは背伸びして偉ぶってる女の子というのがまた。
「あと、ジェミナに限定されるが、少しだけ精霊の力が使えるな」
「精霊の力……? ああ、手を触れずに物を動かせるあれですか」
「そうそう」
「ぼくも精霊に好かれているようなので、そういった力が使えるようになったりしませんかね?」
「可能だろう。まだ生まれて間もない子たちだけど、こんなに居るからね、力を合わせればけっこうなことも出来るんじゃないかな。あとは君が心さえ開けば力を貸してくれると思うよ?」
「どうやって心を開いたらいいんですかね?」
「それは私に聞かれても困るよ!?」
まあそりゃそうだ。
「あ、ちょっと余談なんですが、どうしてシアには力が働かないんです?」
「ん? ああ、あれはシアの力が関係するんだ。うっかり吸われたらたまらないからね、力を干渉させたくなかっただけの話だよ」
なるほど、そうか。
妙に気にしてたからな、あとで教えてやろう。
「さて、では本題に入ろう。君は迷路のような下水路を利用してダスクローニ家へと向かいたいという話だが、私にはその順序がわかる。なにしろこの地は私なのだから。そして――」
エイリシェは悪そうな微笑みを浮かべる。
と――
『(――こうして君に道を伝えることができる)』
「おお!?」
おれの頭の中にエイリシェの声が響いた。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/29
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/03
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/05
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/19




