第277話 閑話…レンガの家
シャーロット生誕祭を二日後にひかえた王都エイリシェには人が集まり、いよいよ賑わいを見せ始めていた。
しかし王都に集まってくるのは善良な者たちばかりではなく、祭りの賑わいに美味しい話を求める各地のゴロツキも紛れ込んでくる。
祭りの日、王都の警備隊はとにかく忙しい。
酔っぱらいの誘導、迷子の保護、喧嘩の仲裁、事故の対処、そこら中で発生する問題にあたらねばならず、それは『地獄の四日間』とも呼ばれる過酷な日々となる。
警備隊だけでは王都全体の問題にあたることなど不可能であり、臨時の警備として冒険者も雇われるがそれでも足りない。
ゴロツキたちはそれをよく知っており、あまり大げさなことにならないチンケな悪行によって小銭を集める。
これに対処するのが、意外なことに王都に住まう日陰者。
それぞれの縄張りを持ち、組織として機能している集団である。
少々の悪事、食い逃げやらスリ、かっぱらい程度ならいいが、恫喝やら詐欺、強盗を働き出したらすぐにとっ捕まえ、痛めつけて身ぐるみ剥いで王都から放りだす。場合によっては命であがなってもらう。
ただのさばっているのではなく、たまには役にたつところを見せておかないといけないのと、あとは自分たちの生息圏を荒らされることが我慢ならないという、獣の意地のようなもの。
ただのゴロツキではないという矜持。
裏には裏の掟がある。
△◆▽
王都エイリシェの裏側を牛耳る組織の一つ、『レンガの家』。
頭領はジグという男で、裏の世界では用意周到で抜け目のない男として知られていた。
そんなジグは拠点にしている建物の自室で椅子に腰掛け、机に脚を乗せてぼんやりと天井を眺めながら心配事に頭を痛めていた。
余所から来たゴロツキ程度ならば脅しをきかせればどうにでもなるが、今年は暴力を売りにするやっかいな連中まで来ている。中でも『オオトカゲ』という金さえ積まれたらなんでもやる傭兵団がやっかいだ。
奴らはレイヴァースの活躍によって注目されるザナーサリーならば金になる仕事もあるだろうという、実に単純な動機での訪問だ。
もうバカかと、アホかと。
頼むから、まかり間違ってもレイヴァースの関係者にだけはちょっかいをかけてくれるなとジグは願う。
向こうにとっては日陰者の区別などつかない。
こっちにとばっちりがくるのだけは本当に勘弁だ。
セクロス・W・レイヴァース。
あれはヤバい。
ベルガミアでの活躍について新聞で知る者は多いが、あの内容――、一人でスナークの群れを討滅したという内容を本気で信じている者はそうはいない。
大げさに誇張されたものと思うのが普通。
しかし信頼できる筋から情報を得たジグは知っている。
あの内容は偽りのない真実だと。
すでに奴だけでもヤバイと言うのに、奴を取りこみたい星芒六カ国と、取られたくないザナーサリーは恩を売る機会を待っている。この状況で奴に迷惑などかけようものなら、日陰者などこれ幸いとひねり潰されてしまうに違いない。
ともかくあれは日陰者が興味本位で触れていい相手ではない。
火傷どころか焼き尽くされる。
二年前、奴の父親であるロークの訪問を受けたときは忌々しく思いもしたが、今では感謝すらしていた。
なるべく、いや、絶対に関わり合うようなことにならないよう気をつけなければ――、そう考えているのはジグだけでなく、他の首領たちも同じだった。
先日あった首領会議、今回の祭りはとにかくやっかいな余所者を排除することに努めるという方針が決定される。
いつもなら放置するような者も、徹底的に排除する。
うっかりちょっかいをかけた余所者が、こちらの身内だと奴に誤解されてしまった場合、どんな被害がでるかわかったものではないからだ。
どうやら今年の祭りは自分たちにとっても『地獄の四日間』になりそうだとジグは思った。
と、そんなとき――
「ジグさん! ジグさん! お客人が、があぁぁぁ――――ッ!?」
ドアの向こうから部下の悲鳴があがった。
何者かの襲撃か、とジグは机から足を降ろし、机の下に隠されている緊急脱出経路を開けるためのレバーに足をかけた。
このレバーを押してやるだけで床には穴が空き、下水路まで一直線に滑り落ちて逃走することができる。さらに穴はすぐに崩壊するように細工されているため、追っ手も撒けるという優れもの。
緊張した面持ちでジグは扉を睨んでいたが――
「失礼、お邪魔します」
そう言って現れた少年を見て表情が抜け落ちた。
「……うそん」
ぽつり、とジグの口から間の抜けた声が出た。
現れた少年は絶対に会いたくなかったレイヴァースだ。
おまけに――、レイヴァースだけでも悲鳴をあげたくなるというのに、同じく会いたくなかったお供が三人、それと犬が一匹。
お供二人のこともよく知っている。
双方共に冒険者ランクB。
一人は『始祖メイド』のシア・レイヴァース。
もう一人は『魔導剣』のミネヴィア・クェルアーク。
共に怪物。
特にミネヴィアの方は祖父のバートラン(超危険人物)との訓練で王都郊外の地形を変えている災害のような少女だ。
そして最後の一人は最近報告にあった、新しくレイヴァースの関係者となった日陰者の天敵、聖女アレグレッサ。
あと子犬についてはよくわからん。
「(なんだ……、なんなんだ……、俺たちは今日ここで終わりを迎えるってのか……!)」
愕然としていると、レイヴァースがぱっと両手を挙げて見せた。
「乱暴な訪問は謝罪します。急いでいたもので。あ、危害をくわえようってわけではないので、どうか落ち着いてください」
「(ほんと? ほんとに?)」
確かに敵意はないようで、ジグは内心ほっと安堵する。
組織の首領として本来であればこのような訪問を許すことはできないが、この顔ぶれとなるともう例外。その気になれば武力で自分たちを潰せるような連中だ。この建物だって一瞬で物理的に潰せる。
しかし、かといって下手に出てばかりは意地が許さず、ジグは精一杯の虚勢を張ってレイヴァースの前に立つと握手を求めた。
「俺はこの『レンガの家』の首領を務めるジグだ。何の用があるのか知らんが、ここは貴族様が来るような場所ではないな」
「おや、ぼくのことを知っているんですか?」
「知らない奴がいたらそれは余所者だな。俺たちはな、お前や関係者に迷惑がかからぬよう、日々気を使っているくらいだ」
「え、ええぇ……?」
意外だったのか、レイヴァースは目を丸くして驚いた。
その自然な様子に、どうやら本当に危害をくわえにきたのではないとジグは理解する。そして王都の日陰者がレイヴァースに対して好意的であることも伝えることができたことにジグは内心喜ぶ。
「それで、何の用だ?」
「実は尋ねたいことがありまして。あなたはコルフィー・ダスクローニという少女のことを覚えてますか?」
「コルフィー……、ダスクローニ?」
「覚えてませんかね。なにしろ二年前の――」
「いや、覚えている。よく覚えているよ」
「へぇ……」
とレイヴァースが少し驚いた。
「記憶力がいいんですね」
「まあな」
とは言うが、実際のところは違う。
しかし『お前の親父が来たのが、その問題が解決したその日のことだったんだよ!』とは言えないので黙っておく。
「あの嬢ちゃんのことを知りたいのか?」
「はい。知っていることを教えてもらいたいんです。少ないですがお礼も用意してありますので、どうか教えてもらえませんか?」
ジグにとっては意外なことに、レイヴァースはずいぶんと下手に出てくる。しかしここで調子に乗ろうものなら大惨事になるとジグにはわかっていた。冒険者訓練校の入学式、こいつが新入生や教員をまとめて昏倒させた事件についてもジグは知っている。
「……、まあ、いいだろう。とは言っても、そう詳しいわけではないのだがな」
と、それからジグはコルフィー・ダスクローニについて知っていることをすべて話して聞かせた。
コルフィーは母親のラーナと二人で暮らしていた。
二年前に母親が病で亡くなり、普通なら孤児院行きとなるところだが、ジグたちが親類について調べた結果、ダスクローニ家の庶子であることがわかった。
ジグはコルフィーをダスクローニ家に引き取らせようと働きかけたが、夫人であるアレーテはこれに反対。
生活費は出すので、どこかに引き取ってもらえ、と。
「この夫人を説得するのに苦労した。あの嬢ちゃんも、幼いながらに必死だったのだろう、母から教わった針仕事と魔装の知識が少しあると自分を売り込んでいたな」
では試しにということになり、祖父のガーファスがコルフィーに才能があるかを判断した。
結果、コルフィーはダスクローニ家に引き取られることになった。
「あの、どうしてわざわざそこまで面倒をみたんですか?」
「あの親子が暮らしていた場所はうちの縄張りだったからだ」
「……?」
「おっと、知らないのか。俺らみたいな日陰者の間では、暗黙の了解として子供には優しくするんだ。何故かって? このザナーサリーにはネバーランドって子供を保護することに熱心な組織があるんだ」
「……ネバーランド?」
「まあ直接やれと言われたわけではないが、俺たちのような日陰者は子供は保護するようにしている。なにしろこの都市が出来る前からあったなんて話があるくらいの組織、下手に逆らうのは得策ではない。実際、無視していて気づいたら潰れたなんて組織もある」
「なるほど……」
と、レイヴァースは考え込む。
「ところで、コルフィーが裁縫を得意としていたり、魔装の知識がある以外にも、なにか特別な技能があったりはしませんでしたか?」
「いや……、知らないが?」
「本当に?」
とレイヴァースがジグの目を見る。
それは睨むようなものではなく、相手の瞳からその心の動きをのぞき見ようとするような観察者の眼であった。
「(やだ……、恐い)」
ジグは怯えた。
そんなとき――
「あれ、なにこれ」
暇そうに部屋をきょろきょろ見回していたミネヴィアがいつのまにか机の下を覗きこんでいた。
「あ! ちょ、それ――」
「えい」
ジグが止める間もなかった。
ミネヴィアが緊急脱出経路を開くレバーを押してしまう。
瞬間、ミネヴィアのいた床がパカンと開き、ミネヴィアはスポンと穴に落ちた。
「んにゃああぁぁぁ――――ッ!?」
ミネヴィアは悲鳴をあげたが、すぐに経路が崩壊してその声も聞こえなくなる。
ジグは愕然としてミネヴィアを消えた場所を眺め続けたが、ふとレイヴァースに視線を戻した。
レイヴァースもジグに視線を戻したところだったようで、二人はちょうど見つめ合う状態に。
瞬間、ジグは叫んだ。
「俺は悪くねえ!」
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/29




