第276話 12歳(秋)…昼の話し合い
ベリア学園長立ち会いのもと、ネーネロ辺境伯とダスクローニ家のガーファスの話し合いは続き、それが終わるとコルフィーは連れられていってしまった。
少しくらい話すタイミングがほしかった。
なんとか助ける、くらい言ってやりたかったのだ。
こうなると学園にいても仕方ないため、おれたちはベリアに断ってひとまず屋敷に戻り、すぐに作戦会議を始めた。
「ではこれからコルフィーを助けるための話し合いを始める」
参加者はおれを含めて七名。
金銀赤にヴュゼア、サリス、ルフィアである。
妙に頼りになるヴュゼアは一番の相談役。
金銀はおれと同じくコルフィーを助けたいと願い、アレサは場合によっては聖女としての働き――強硬策をとる事態になるかもしれないので参加をお願いした。
サリスは貴族やらなんやらに疎いおれの補佐。
ルフィアは『オーク仮面』の進捗具合をうかがいにのこのこやって来ただけだ。居る意味があるのかちょっと怪しかったが、ヴュゼアが薦めてくるのでひとまず参加させた。
邪魔になるなら追いだそう。
「まず情報の共有、そして整理するためにも何が起きたかを話す」
皆に見守られるなか、学園での出来事を語っていく。
コルフィーが魔装儀式で事故を起こし、ヴィルクの服が消失。
これによりダスクローニ家は依頼主であるネーネロ辺境伯に多額の損害賠償を請求され、借金を負わされることになった。
さらにネーネロ辺境伯は儀式を失敗したコルフィーを奴隷とし、シャーロット生誕祭初日――明後日に行われるオークションにかけさせることを指示。その落札額を賠償金に充てさせるよう強制した。
「ってなわけで、おれはコルフィーを競り落とそうと考えている。奴隷になる前の段階で助けるとちょっと問題らしいし」
「ああ、後顧の憂いを作ることになってしまいますからね」
理由を説明してないのに、サリスはすぐに理解してくれた。
「ダスクローニ家に関してはあまり良い噂は聞きません。御主人様に救われたからと、恩義を感じるよりも利用することを先に考えそうです。それにネーネロ辺境伯にも妙な繋がりを作ることになってしまいます」
サリスったら、話の流れでそこまで判断できるのか。
「コルフィーさんを助けるのはいいんです。私も反対はしません。しかしついでにダスクローニ家まで助かってしまうのが問題ですね」
「ダスクローニってそんなにダメなの?」
おれが尋ねると、これにはルフィアが答えた。
「前当主は女好きで浪費家。親族は本家をよいしょしてたかることに一生懸命。そんなのを育てた親と、それに育てられた子」
「ダメっぽいな……」
コルフィー……。
もっといっぱい美味しいもの食べさせてあげとけばよかった……。
「ダスクローニ家との関係を作らないままにコルフィーさんを助ける、そして関係を断ち切らせるとなると、むしろオークションにかけられるのは好都合ですね。御主人様の裁縫のお手伝いが出来る貴重な人ですし、御主人様の奴隷となれば余所から圧力もかかりません。そういった意味でも都合がいいです」
おれがコルフィーの苦労を思って心で泣いていると、サリスが言う。
そうだ。その通りだ。
これが本当にコルフィーの起こしたただの事故なら、おれが買い取ることで解決する。
友達を奴隷として買うっていうのはちょっと抵抗があるが、それを気にしている場合じゃないし。
「しかし、魔装職人となると……、金額がどれほどになるかちょっと想像がつかないのが心配です」
「そこは……、まあなんとかしようがあるから」
ある程度なら貯金があるし、場合によっては古代ヴィルク、それからおれの魔装などを売って稼ぐことも出来る。
これでひとまずコルフィーをオークションで競り落とすつもりであることは皆に理解してもらえた。
さて、ここからがこの会議の本題となる。
「ここで一つ重要なことを話すんだが、これは内密なことだ。特にルフィアは面白がって誰かに話したり、記事にしたりしないように」
「これでもエンフィールド家の者で、王国の盾たるウィストーク家に嫁ぐ者よ。そのあたりの線引きは信用してほしかったり」
「おれに対してはその線引きはないのか?」
「貴方は金鉱みたいな人だから、これくらい平気かなと」
ひどい扱いだ。
ヴュゼアを見やると、目を伏せて謝ってきた。
「それで、その重要なことって?」
「コルフィーの目は特別なんだ」
と、おれはコルフィーの〈鑑定眼〉のことを話す。
さすがに悪神うんぬんについては説明できないが、コルフィーの特別な『目』については、これからの話し合いに必要な情報になる。
秘密にするという約束を破ることになったが、怒られたら後でしょんぼりと謝ろう。
「なあ、お前は学園でコルフィーが狙いかもしれないと言っていたのはたぶんそれが原因なんだよな? だがいまいち話がわからんぞ?」
「あー、うん、それをこれから説明する。ただ、これは勘と言うか、なんとなくの違和感からの話だ。まだおれ自身も怪しいと思っているから、疑問や異論があればどんどん言ってくれ」
そう前置きし、おれは話し始める。
「まずヴィルクの服――、これってさ、一般の感覚では相当の代物なんだろ? ネロネロの野郎も家宝だとか言ってたし。で、ちょっとサリスに尋ねるんだが……、例えば、フィーリーがちょっとほつれてきちゃってその補修を仕立て屋にお願いするとする」
「え? ええ」
「そしたらその仕立て屋が、うっかりフィーリーを燃やしちゃったとなったらどうする?」
「倒れます」
「た、倒れるか。じゃあ意識が戻ったら?」
「殴り込みですね。そしてその仕立て屋を燃やします」
「お、おう。ま、まあな、うん、要はものすごく腹を立てるわけだろ? つまりそれなんだ。ネロネロも服が消失となったら、まず茫然とするだろうけど、それから激怒して大騒動を起こすと思うんだ。まず感情が来るはずなんだよ。相手を許しておけないという怒りが落ち着くのは数時間程度じゃきかないはずだ。、のわりにネロネロは妙に冷静に話をして、賠償金はいくらだの、コルフィーには奴隷になってもらうだのと、すんなりと話を運びすぎてると思うんだ」
ネロネロがブチキレまくり罵詈雑言を巻き散らかし、ダスクローニ家はひたすら全面的に謝罪、そして時間をかけて謝罪と賠償の話し合いがあり、と何日もかかってもおかしくないはずだ。
それが到着からものの一時間程度ですべてまとまってしまった。
これは、いくらなんでもスムーズすぎるとおれは思った。
これに対し、皆は「言われてみれば確かに」と賛同。
「まるで展開が用意されていたように進んでいく。消失した品の価値の大きさ、これに周りが驚いているうちに、話だけが進んで決まってしまっている。周囲を驚かせ、思考がまとまらない状態になっているうちに話を落ち着かせてしまう。周りはなるほど、そうなったかと納得してしまう」
「つまりご主人さまは、あの辺境伯の企みだと?」
「それについてはもう少し待て。これもまた後で出てくる。で、コルフィーは陥れられたとする。これで得をするのは?」
「お兄さん?」
ミーネが言い、おれはうなずく。
兄のスルシードとしてはコルフィーには消えてもらいたい。
「じゃあコルフィーを奴隷にして屋敷から追いだすために仕組んだってこと?」
ミーネが言うと、サリスが唸る。
「それは……、おかしな話ですよ。コルフィーさんを消すために、家に莫大な借金を作るのはいくら愚かでも損だとわかりますから」
「それにご主人さま、そのお兄さんじゃ、コルフィーさんの目を誤魔化す細工なんて無理っぽいですよ?」
政敵を倒すために他国の兵を招き入れるアホみたいな思考でコルフィーの鑑定眼でも見抜けないような細工が出来るのはおかしい、とシアは言いたいのだろう。
「そうだな。だがこういう可能性もないか? あれはコルフィーの鑑定眼を知っていて、その対処をされた細工による事故だったと」
おれが言うと、皆はきょとんとした。
やがてヴュゼアが言う。
「あの兄がそこまで気づいてい――、あ、ああ、なるほど。お前は兄の望みも計画に組み込んだ何者かがいるとふんでいるのか。そしてネーネロ辺境伯も同じくその何者かの提案に乗って依頼をしたと」
「そう、そしてその目的は鑑定眼を持つコルフィーだ。おれは、今回の事故はコルフィーを合法的に手にいれるために計画された陰謀だったんじゃないかと思う。だから奴隷という状態が望まれた」
「つまりコルフィーを買おうとする奴が黒幕というわけか。そいつは辺境伯にヴィルクを捨てる以上の見返りを与えて……」
喋りながらヴュゼアが顎に手を当てて考え込む。
「エルトリアを警戒して辺境伯は警備の兵を増員していると聞いたような……、なら財政が圧迫されているはずだ。なのに見栄にしかならない魔装の依頼……、不自然と言えば不自然だな。もしこれが企みであった場合、辺境伯は家宝を金にかえたようなもの。だが被害者ということで外聞を気にする必要はない……」
おれの仮説を補強するようにヴュゼアは言うが、最終的には納得いかなくなったようで首を捻った。
「そして莫大な借金を負わされたように思えるダスクローニ家も実は何らかの見返りを得られる? んー……、そこまでとなると、いったいどれだけの報酬を用意しなければならないのかちょっと想像がつかないぞ? 現実的な話じゃない。それに鑑定眼ってのはそこまで価値のあるものなのか?」
「黒幕にとってはあるかもしれない」
「……曖昧だな」
「まあそこはな。想像でしかないから。だが、周りからすればどうでもいいようなことでも、当人にとっては大事ってこともあるし」
「例えば?」
「名前を変えたくて色々やってたら、なんかぽっと出の英雄にまでなっちまった奴がここにいるだろうが」
「物凄い説得力ではあるが……、そういうことじゃないような……」
ヴュゼアは納得できないという感じだ。
するとそこでシアは「はい」と手を挙げた。
「ご主人さま、異議ありです」
「なんだ?」
「ヴィルクを捨てさせるなんて相当な見返りですよね? 金額ならもう莫大なものでしょう? ならその金額を直接ダスクローニ家に積んだ方が早いじゃないですか」
「確かに」
「それになんでコルフィーさんの鑑定眼がバレてるんです?」
「それも確かに」
困った、もっともすぎてシアに反論できない。
「そうだな、そりゃ直接話を持ちかけた方が早いよな……、あ、いや違うな。まずは目の方を先に考えるべきか」
コルフィーはこれまでずっと隠していたと言っていた。
おれたちにはうっかりバレたが、家では隠し通していただろう。
「ずっと前から知っていればダスクローニ家に引き取られる際になにか横やりがあったはずだ……、ならばそれ以降でバレた……、どうやってバレた? コルフィーがバラしてないなら他の誰かが……」
昔からコルフィーを知っている者――、か。
「ダスクローニ家に引き取られる前のことを調べられないかな?」
「ある程度なら知っているぞ」
あっけらかんとヴュゼアが言う。
「なんで知ってんの!?」
「お前に関わっていると知ってから、何か起きるのではないかとちょっと情報を集めていたんだ」
「え、えぇー……」
仕事が早すぎる。
予知能力者かよ。
「おまえこの数ヶ月にホントなにがあったんだよ……、半年前はバカ坊ちゃんっぽかったのに……」
「そうか、俺の協力はいらんか」
「あ、すいません。ごめんなさい。情報ください」
素直に謝り、ヴュゼアから情報を恵んでもらう。
コルフィーの母親が死んだのは二年前。
二人が住んでいた地区を縄張りにしていたヤクザな方々によってコルフィーがダスクローニ家ゆかりの者であることが判明し、交渉の末に引き取られたようだ。
「本当に必要になるとは思わなくてな、調査書を読みこんだわけじゃないんだ。今わかるのはこの程度。一度、戻って調べてくる」
「そうか、頼む。じゃあおれはそのコルフィーを引き取らせた連中のところで話を聞いてくるか」
こうして一旦会議は終了となった。
※脱字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/29
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/03
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/07




