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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
4章 『裁縫少女と王都の怪人』編
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第274話 12歳(秋)…長い一日の始まり

 翌日からコルフィーはネーネロ辺境伯の依頼に掛かり切りになった。

 コルフィーはほぼ専用になっている学園の魔装儀式室にて、まずは掃除からと伝説の雑巾でもって部屋中を磨きまくってピカピカにしていく。


「こんなに簡単に綺麗になると、お掃除が楽しくなりますね」


 丁寧に拭き掃除をしながら、〈鑑定眼〉で道具や部屋に異常はないかコルフィーは確認、慎重に準備を進めていく。


「なあなあ、どうしてわざわざ学園でやるんだ? 家にもっとすごい作業部屋とかあるんじゃないのか?」

「ありますよ。あるんですが……、そこを使おうとすると兄の機嫌が悪くなりますし、それを別にしてもそこで作業するのはちょっと遠慮したいんです。粗雑なんですよ」


 ため息まじりにコルフィーは言う。

 なんでも先祖伝来の道具、儀式の基礎となる方陣の描かれた座、そういったものがコルフィーの『目』には粗悪品にしか見えず、それを使うくらいなら自分で用意した方がマシらしい。


「もういっそ綺麗に片付けてしまいたいんですが……、あの家に伝わってきたものですから、そういうわけにもいかないんです。そんなのがゴロゴロしてるところで作業するのは気が散るんですよ」


 なるほど、目が良すぎるというのも考えものだ。

 そんなコルフィーの進める作業で、一番大変なのは座となる巨大な石台に緻密な魔法陣をせっせと描く作業のようだ。

 これに間違いや歪みがあると錬成炉が不安定になり、儀式が失敗してしまう。


「まあわたしは確認できますから、そこは楽なんですけどね」


 それが自分の強みであり、魔装職人として一番優れているところだとコルフィーは言う。

 とは言え何日もかけての陣の製作が大仕事なのは変わらず、本当に大変そうだ。

 この仕事が片付いたらなにか、ちょっとしたパーティでも催そうかと考え、そこでシャーロット生誕祭がもうすぐなことを思い出した。

 一緒に祭りを楽しむのもいいかもしれない。


    △◆▽


 準備が整い、いざ儀式が行われるとなったその日の朝、ネーネロ辺境伯の依頼品を持って魔道執事のロヴァンが学園を訪れた。

 相当な価値のある代物を彼一人に任せるというのは、それだけ信頼を置いている――、不測の事態にも対応できる実力があると信じてのことなのだろう。

 おれはコルフィーの儀式が気になっていまいち集中できない状態であったが、図書館でこっそり『オーク仮面』の製作に勤しんでいた。

 が、そこに慌てた様子のヴュゼアがやって来る。


「まずいことになった」

「……どうした?」


 大急ぎで来たのだろう、ヴュゼアはちょっと息を切らしている。

 落ち着くのを待って話を聞いたところ――


「コルフィーが作業中に事故……? 無事なのか!?」

「いやコルフィーに怪我はない」

「……あれ?」


 妙にヴュゼアが焦っていたので、回復魔法でも治しきれない怪我でも負ったのかと思ったが、そうではなかった。


「じゃあなにをそんなに慌ててるんだ?」

「まだ正確な情報とは言えないが、依頼されていた品が破損――、いや、消失してしまったらしい」

「依頼品? ヴィルクの服か。んで?」

「…………」


 何故だろう?

 ヴュゼアが「こいつ……!」みたいな苦々しい表情で眉間をもみもみし始めた。


「あ、弁償って話になるのか。けっこうな金額になりそうだな」

「けっこうどころではないわ!」


 ヴュゼアにすごく怒鳴られた。


「このあたりの感覚がまったくないのは当主として問題だぞ。いいか、その家に伝わり、育てられてきたヴィルクの服ともなるとそれはもうその家の歴史を証明する家宝なんだ」

「……あれ? もしかしてかなり深刻な話か?」

「もしかしなくても深刻だ。最悪の場合、ネーネロ辺境伯家がダスクローニ子爵家に戦争をしかけるほどのな」

「それはまずい……」


 たかが服、というのはおれの感覚が庶民的すぎるのだろう。


「まあさすがに戦争にまでは発展しないだろう。そこまでとなれば王家の介入――、取りなしもあるだろうしな。ただ穏便にとなると、これもまた難しいぞ。結局は金でどうにかするしかないだろうが、相当な賠償金となる。そして相手はネーネロ辺境伯。大貴族だ。減額の交渉など無理だろう」

「なあなあ、こういうのって、場合によっては消失してしまうことも承知して依頼するもんじゃねえの?」

「依頼の請負は無事に達成することを約束してのもの、というのが魔装界隈の通例なんだ。その代わり法外な依頼料になっている」

「……そう、か」


 気に入らないな。

 引き受けたくもない仕事を押しつけられたコルフィーには、それによって得られる報酬がまったく流れないというのは。


「だがまあ……、家が責任を取ることになるんだろ?」

「過去の例を挙げるなら、携わった職人は自害、そして家が多額の賠償金を支払う」

「はあ!?」


 おれが愕然とすると、ヴュゼアはため息。


「だから、まずいことになったと言ったのだ。今の例は極端なものだが……、それくらいの話があるのが魔装職人の世界なんだ」


 元の世界ではオンラインゲームで膨大な時間とリアルマネーをかけて得た武器を強化失敗してロスト、ゲーム会社を訴える、なんて話もあったのだが……、これに比べたら鼻で笑うレベルだな。

 おれたちはすぐにコルフィーのところへ向かった。


    △◆▽


 コルフィーは学園長室で待機させられていた。

 椅子に座るコルフィーは青ざめ、一目でわかるほど怯えきっている。

 おれが説明されてやっとわかった事態の深刻さをちゃんと理解しているらしい。

 そんなコルフィーの傍らには魔装儀式の完了を待っていた魔道執事のロヴァンが静かに控えている。

 主の依頼品が消失してしまったことをどう思っているのか、その厳つい無表情からは読み取ることは出来ない。


「コルフィー、大丈夫か?」

「……、あ、あの」


 話しかけてやっとコルフィーはおれに気づいたようでこちらに顔を向けたが、青ざめた顔でそう言ったきり黙ってしまった。

 今はちょっと話すのも無理か。


「おれは現場を見に行ってくる。みんなはコルフィーと一緒にいてやってくれ」


 金銀赤の三人に言い、おれはヴュゼアと事故現場となった魔装儀式室へと訪れる。

 するとそこには先客――ベリア学園長がいた。

 魔装の儀式に使用される石台――魔法陣が描かれていたそこにはぽっかりと大穴が空いており、見あげれば天井にも同じように大穴が。 巨大な槍に貫かれたような有様だ。

 ベリアは険しい表情で石台に空いた大穴を眺めていた。


「事故について何かわかりますか?」

「ん? ああ、君か……。そうだね、わからない、としか今のところは言えないね。一体全体、どうしてこんな大穴が空くようなことになるんだ……?」

「普通はこんなことにはならないんですか?」

「普通はね。でも起きないと断言はできない。魔装の作業には強い魔力の力場が出来る。何かのきっかけで、その魔力場に目的とは別の指向性がもたらされたら……、このような惨状をもたらす破壊が起きる可能性はある」


 曖昧なことを言うベリアに、おれはさらに尋ねる。


「それは何か事故を引き起こすような原因が――、言ってしまえば細工のようなものがあったかもしれないっていうことですか?」

「否定はできない。うん、そういう先入観を持って調べることはしたくないんだけど……、あまりに綺麗な破壊だ。これだけの威力が発揮されたのに、コルフィーはまったくの無傷というのがね」

「疑ってしまいますか」

「ああ。だけど証拠がない。証拠がない以上、現段階では儀式の失敗として、コルフィーは責任を負うしかない。せめて、コルフィーの責任を軽くしてやれる材料が見つかれば……」


 なるほど、ベリア学園長はそのために事故現場を調べているのか。


「あの子は天才と呼ばれているけど、その才能に甘んじるだけではなく、ちゃんと努力をしていた。家庭環境は良いとは言えない。けれどそれでもひたむきに努力するあの子を私は応援していた」


 ベリア学園長は深々とため息をつき、そして眼を細める。


「これが何者かの企みであったなら……、私はその者を決して許しはしないだろう」


 ベリア学園長はこれが誘発された事故だと確信を抱いているのではないだろうか。しかし立証できないため、コルフィーに何もしてやれないのがもどかしくて仕方ないのだ。

 と、そこで教員が駆けつけてきた。


「学園長、ダスクローニ家の方が到着しました」


    △◆▽


 ダスクローニ家は当主であったコルバータが四年ほど前に亡くなったため、引退していた前当主であるその父、コルフィーにとっては祖父となるガーファスが再度当主を務めているとヴュゼアに聞いた。

 おれたちが戻るよりも早くガーファスは学園長室に到着していた。


「何ということを……、何という……」


 大騒ぎかと思いきや、ガーファスは愕然と呟くばかりだ。

 そんな祖父に魂が抜けたようなコルフィーは繰り返し謝っている。

 勝手に仕事とってきて、コルフィーに任せきりにしといてなに言ってやがると文句を言いたくなったが、ヴュゼアに止められた。


「……ここでお前が関わると事態がややこしくなる……」


 まあ部外者なのは認める。

 しかし、もうこのまま死んでしまいそうなくらい憔悴したコルフィーがぽつりぽつりと謝罪し続けるのを眺めているというのは……。


「ひとまず俺たちは出るぞ」

「お、おい」


 おれはヴュゼアに強引に学園長室から連れだされ、シアとミーネ、そしてアレサも大人しくついてくる。

 そして連れてこられたのは空いている教室だった。


「なんだよ。コルフィーの側にいてやった方がいいだろ」

「待て。冷静になれ。さっきはまだガーファスが混乱していたからあの場に居られたが、少し落ち着いたら『お前らは誰だ』って話になるに決まってるだろう。それに肝心のネーネロ辺境伯がやって来てからもお前はあの場に留まるつもりだったのか?」

「むぅ、それは確かにそうだが……」

「とは言っても、俺も話し合いがどうなるか気にならないわけでもないんでな」


 と、ヴュゼアは何かを机に置く。

 それはどこかで見た道具……、ああ、ベルガミアの要塞、司令室で見た通信用の魔道具だ。


「学園長室にも一つ起動して置いてきた。だからどんな話し合いが行われるかはここでもわかる」

「お、おまえ……」


 ちょっと会わない間にえらくしたたかな奴になったな!

 ヴュゼアの成長にびっくりしつつも、この状況においては頼もしさを覚えた。


「さて、ネーネロ辺境伯が来たら厳しい話し合いになるだろう。まずはそれまでに冷静になっておけ。今のお前はちょっと冷静さを欠いている。コルフィーに入れ込んでいるのか?」

「そういうわけじゃないが……」

「まあしばらく待つことになるから、その間に落ち着くんだな。こうしていても暇だ。ほれ、なんか甘い物でもだせないか?」

「あるけども……」


 やや愕然としながら、おれは促されるままに妖精鞄からお菓子を出した。

 本当にしたたかな奴になったな、おい。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/29

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/03/16


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