第273話 12歳(秋)…ネーネロ辺境伯
学園内ではコルフィーとあまり接触しないようにしていたが、学園に通うようになって十日もするころには、昼食のときこっそりと合流してちょっと雑談するくらいになっていた。
集まるのは校舎裏、特に何があるでもない人気のない場所。
学園の学食はそう悪いものではないが、コルフィーは屋敷の食事にいたく感激してくれるので、妖精鞄で作った料理を持参してコルフィーが来る前にこそっと用意する。
本日はカレー風味の野菜とお肉のパエリア、そしてスープである。
底の浅い大鍋にて炊きあげられたパエリアを、それぞれお皿に取り分けて頂く。
「すいません。わたしの分まで用意してもらっちゃって」
そう言いつつも、コルフィーはミーネに負けないくらい一生懸命に料理を口に運ぶ。
ミーネはとにかく口に詰めこむタイプだが、コルフィーは一口一口と丁寧に、一定のリズムで黙々と食べ続ける。
なんとなく、つい眺めてしまう。
家には居づらいからと学生寮暮らしをしているコルフィーの食事は主にここの学食とのこと。
魔装の仕事をしていると言っても、報酬は家に取られてしまうので外食というわけにもいかないらしい。
もっぱらの収入は技術向上のためにと針仕事をして、作りあげたものを露天に持ちこむことで得る。
それをちょこちょこ貯金しつつ、たまに美味しい物を食べたりするのがコルフィーのささやかな楽しみだったようだ。
「困りました。最近、わたしは贅沢になってしまっています。もう学食では満足できません」
「じゃあ料理をもっと地味なものにしようか」
「そういう意地悪を言うのは良くないと思います。そうでなくて、最近は美味しい物が食べられて幸せということが言いたかったのです」
「そりゃすまん。おかわりするか?」
「いただきます」
コルフィーはまだ残っているパエリアをシアによそってもらう。
「はい、コルフィーさん、どうぞ」
「ありがとうございます」
そしてコルフィーはまた一生懸命に食べ始める。
一生懸命食べるお嬢さんが二人いるため、お喋りしながらのんびりと食事ということにはならず、雑談はまず食べ終えてからとなる。
「家から仕事の話がありました。たぶんしばらくはこちらに掛かり切りになってしまうので、お手伝いが出来なくなると思います」
食事を終え、人心地ついたところでコルフィーから報告があった。
「そっか。それは仕方ないな。うん、わかった。こっちはおれだけでも出来ることをやっとくよ」
「ごめんなさい……。本当は家の仕事なんてどうでもよくて、レイヴァース卿のお手伝いの方がしたいんです。どんな服にするかなんて一番楽しいところじゃないですか。それが出来ないなんて……!」
「あ、いや、えっと……、完全に決めちゃうわけじゃないからさ、候補を描いておくから、決めるのはコルフィーが手伝ってくれるようになってからってことで」
「そうですか! お願いします!」
おれだけだと「この世界には早すぎる!」みたいなデザインになる可能性もあるからな。元の世界でも最新のファッションショーとなると人類には早すぎる代物も見かけたくらいだ。
なにしろせっかくの贈り物。
メイドたちに「センスに合わないけれど頂き物だから着ないわけにはいかない……!」なんて哀愁をおびた顔をさせるのは避けたい。
きっとおれとコルフィーが共同でデザインを決めるくらいがちょうどいいのだろう。
そんな話をしていたとき――
「む、ここにいたか」
ヴュゼアがひょっこり現れた。
ルフィアは『オーク仮面』関係で忙しいらしく、ここ数日は学園に姿を現していない。
かわりに屋敷に出現するようになってしまってはいたが。
「コルフィー、君に客だぞ」
「客? 誰でしょうか?」
「ネーネロ辺境伯。依頼をする君に挨拶しにきたそうだ」
「へえ!? そんな、聞いてませんよ!?」
「だろうな。だがそれでも行った方がいいだろう」
「そ、そうですね。わかりました。すぐ向かいます」
依頼主の突然の訪問に驚いたコルフィーであったが、ヴュゼアに促されて立ちあがる。
「わたし行きます。ごちそうさまでした」
そう言ってコルフィーは依頼人のところへ。
その背に向けてヴュゼアは言う。
「さっきまでは校舎の玄関にいたぞ!」
「ありがとうございまーす!」
くるっとふり返って手を挙げ、それからコルフィーは校舎の玄関へと小走りで向かった。
「ご主人さま、どうします?」
「そだな。ちょっとその貴族さまを見に行くか」
鍋や食器を妖精鞄に放りこみ、コルフィーに遅れておれたちは校舎前へと向かう。
向かいながらヴュゼアにその貴族さまのことを尋ねた。
ミトス・ネーネロ。
このザナーサリーの東に領地を持つ辺境伯。
普通の伯爵との違いはその領地の特色だ。
辺境伯領は国の辺境――外国の領地と接する場所にある。つまりそれは国外の敵から国を守ることが求められるということであり、そのため伯爵とはいうが地位的には侯爵レベル、その権限は強いらしい。
「ネーネロ辺境伯領と隣接するのはエルトリア王国だ。このエルトリアなんだが、ここのところ不穏でな」
「不穏?」
「ああ、大っぴらには言えんのだが、国が乗っ取られている」
「は? 乗っ取られているって……、どういうことだ?」
「一年ほど前のことになるか、宮廷魔導師を務めていた男が謀反を起こし、王族や有力貴族を幽閉したんだ」
「国はめちゃくちゃなことになってんのか?」
「いや、それがそうでもない。表面上は特に何事もなく運営されている。国民は不安も抱いているが、あまりに何もないので困惑の方が強いようだな」
「そいつ……、何がしたいんだ?」
「そんなの俺が聞きたいよ。まあ何事もないとは言え、その行いが大罪であることは間違いない。幽閉された者――せめて王だけでも救い出そうと水面下で動いている者たちも多いようだが、今のところその活動は実を結んでいない」
「面倒なことになっている国もあるんだな」
お隣の国の話だ、気にはなるものの――、そこはお隣の国の方々が頑張ってどうにかしてもらいたい。
△◆▽
コルフィーを追ってきてみると、校舎の前に豪奢な馬車があり、すぐ近くでコルフィーと貴族っぽい格好したやや小太り気味の中年男性が話をしていた。
「あれがミトス・ネーネロだ。それと、近くに居る男女は魔道執事のロヴァンと魔道侍女のアーシェラだな」
魔道執事と魔道侍女。
メイドの話をするとよく例えられた職業だ。
主人の世話もするが、主に護衛としての役割を求められる。
当然、強くなければ話にならない。
冒険者のようにおおざっぱに計れるランクのようなものはないから正確なところはわからないが、ランクB未満ということはないだろう。
「おまえが知っているってことは、かなり優秀な人物なのか?」
「優秀なのは確かだろうが、知っていたのは別件。この学園の教員なら知っている者も多い。二人は双子の兄妹で、この学園の卒業生だ」
双子の兄妹……、似てないような似ているような。
表現が難しい。基本となる顔があったとして、それを厳めしい凶相にしたのが兄、美しく整えたのが妹、という感じである。
「二人はネーネロ辺境伯領にいた孤児。魔法の才能があったので、それを使って強盗まがい――、いや、強盗か、そうやって暮らしていた。やがて捕まったが、そこで辺境伯に拾われた。辺境伯に支援してもらいながら魔法の才能を伸ばし、学園で優秀な成績を収め、そしてあの通り執事と侍女に収まった、というわけだ」
「ふうん、二人にとってはネロネロさんは育ての親みたいなもんなのか」
そんな二人に警護されながら、ミトスはやけに大きな声でコルフィーに話しかけている。
「ザナーサリーが誇る魔装職人であったコルバータ殿は亡くなってしまったとは言え、娘の君はすでに勝るとも劣らない腕前と評判を聞いている。よろしく頼むよ」
そんな様子をうかがう生徒たちも多く、コルフィーは恥ずかしいのか緊張しているのか、ちょっとうつむき気味、緊張しているようだ。
助けにいってやりたいところだが、依頼人が挨拶しにきているだけなので割ってはいるわけにもいかず、心の中で応援しながら見守った。
△◆▽
「はうー、弱りました。はうー」
夕方、屋敷に戻ったコルフィーはひどく気弱になっていた。
あんまり憂鬱そうだったのでクマ兄貴を与えてみたところ、しばらく抱きついて癒され、やっと話ができるようになった。
疲弊の理由はネーネロ辺境伯からの依頼内容だ。
やることは魔石の効果を服に移すだけなのだが――
「まさかヴィルクの服とかちょっともうあー気が重い胃が痛い……」
その服がネーネロ家に伝わる家宝の服ということで、コルフィーは大弱りしているのだ。
おれにも何か出来ることがあればな……。
でも手伝おうかと言ったら「何もしないでください。お願いです。本当にお願いします」ってすごく真剣な顔で拒否されたもんな……。
「あうー、あーうー……」
コルフィーはなかなか元気にならなかったが、そこでクマ兄貴がコルフィーの頭を撫で始める。
「はげましてくれるの? ありがとー」
コルフィーはクマ兄貴のお腹にぐりぐり顔を押しつける。
クマ兄貴は手をばたばたさせるのだが、喜んでいるのか悶えているのか、その表情からはまったくうかがうことはできない。
「うん、わたし頑張るね!」
まあコルフィーが癒されるならなんでもいいのだが。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/29




