第272話 12歳(秋)…学園生活
コルフィーがまた屋敷で暮らすようになってくれたことについてはオーク仮面さまさまと言いたいところだが、だからこそ逆にコルフィーにはその正体を隠し通す必要が生まれた。
どこの誰だかわからない相手だからこそ悩みを打ち明けたというのに、実はおれでした、なんてことになれば、下手すると前よりさらに距離を置かれる――、いや、絶交されかねん。
なんとか隠し通さねば……。
せめて、バレてもぶん殴られる程度で済むくらい仲良くなるまでは。
そしておれが漫画『オーク仮面』を描く謎の作者『ワーロス』であることも隠しておかねばならない。
こちらはバレてもおれがオーク仮面であるという証拠にはならないが、なんとなく疑われてしまうのは間違いない。
だから隠す。
頑張って隠す。
そして隠しながら『オーク仮面』の続きを描く。
一緒に暮らしているからコルフィーを寝かしつけてから描く。
しかしそれだけでは時間が足らない……!
睡眠時間を削って頑張っているが、それでもまだ足りない。
そこでおれはコルフィーが側に居なくなる時間、つまり学園でも『オーク仮面』の製作に勤しむことにした。
魔導学園の授業に参加させてもらいつつも、頭の中では『オーク仮面』の続きをひたすら考え続けているおれ。
実に不真面目な学生さんである。
そしてそんなおれとは対照的に、この学園で修練に励んでいるのが意外なことにミーネだった。
ベリア学園長にアドバイスをもらいながら魔術の腕を磨いているらしい。
△◆▽
『オーク仮面の前に立ちはだかる恐るべき敵!
暗黒卿リーゲス!
そしてリーゲスに仕えるは夜魔ザーレス!』
なとど書かれた紙を、おれは授業を受けている風を装いながらじっと眺めている。
「……ご主人さま? ずっと固まってますけど、どうかしました?」
授業中なので気を使い、シアがそっと囁いてきた。
「……ん? ああ、自分でもそろそろ頭がおかしくなってきたかなって思ってな……」
「……そうですね、ゴーンじゃなくてゴーントですね」
「……いやそういうことじゃなくてな?」
「……わかってますよ。ご主人さまはやるとなると根詰めますからね、ちょっと息抜きしてはどうですか?」
「……そうだな、いつの間にか締め切りまで決められて、ちょっと参っていたようだ。せっかく学園に来ているんだし、ここでしか見られないものや、出来ないことをした方がいいな。いざとなったら作者急病で連載は中断させよう。そうしよう」
一応、約束は守っているのだ、なにも精神が参るまで苦労する必要はない。
「……じゃあこのあとはミーネさんの様子を見に行ってみませんか? 今日は戦術部の生徒さんたちが合同の戦闘訓練を行うらしくって、ミーネさんそれに混じるってはりきっていましたよ」
「……アレサは行ってくれたかな?」
「……ああ、それなら大丈夫ですよ。学園にいるときはミーネさんのお守りが仕事ってなってるみたいですし」
卓越した回復魔術の使い手であるアレサがいてくれるなら、もし「あ……」という事態が起きてしまっても何とかなるだろう。
「じゃあ……、ちょっと見学しにいくか」
△◆▽
戦術部は戦える魔道士を教育する学科によって構成される。
主に国の魔道士隊が進路になるが、中には魔道執事・魔導侍女といった身辺警護のスペシャリストを目指す者もいる。
そんな学部の生徒さんたちなのだが、さすがにミーネとガチンコできる者はいないだろう。
「あ、レイヴァース卿も参加なさるんですか?」
演習場に向かうと、アレサは広場の外れに立って授業の様子を見学していた。
「おれは見学ですよ」
「同じくでーす」
そしてミーネはと言うと、生徒に混じって――、いや、整列した生徒の前に立つ教員の横にいた。
「さて、今日の訓練は少し特殊になる。と言うのはこちらにいらっしゃるミネヴィアさんとの対戦だ。お前達は魔術者を少々侮っているきらいがある。しかし本当の魔術者――、魔術師というものがどれほど恐ろしいか、今日はそれを理解してもらう」
まずはミーネくらいの魔術士がどれほど手に負えない存在かを理解させるため、一対一の対戦をやってみることに。
試合は距離を置いて地面に描かれている輪の中にそれぞれ入り、そこから出ることなく魔法・魔術でもって戦うというもの。
勝敗は単純、出たら負け。
まずは一人目――
「では始め!」
ミーネはパチンと指を鳴らす。
ドゴッ、と。
開始直後、ミーネの魔弾――プチウィンド・バーストで生徒はきれいに吹っ飛んで地面に転がった。
生徒は安らかに意識を失っているようで、念のためアレサがぱたぱたと手当に向かう。
アレサに抱きおこされたところで生徒は無事意識を取りもどしたものの、自分に何が起きたのかわからない様子で、きょとんとした顔で周りを見回していた。
仲間がここまであっさり敗北するとは予想していなかったようで、観戦していた生徒たちは唖然としてしまっている。
「このように、本当の魔術者はこれほど素早く魔術を使える。しかし、使うと決めてからいざ使用するまでに数秒の時間はかかる。この数秒をどう生かすかが魔道士としての腕の見せ所だ」
そして二人目の犠牲者――、ではなく挑戦者がミーネと相対する。
教員の開始の掛け声にミーネは即座に魔弾を使用。
初戦と同じくプチウィンド・バースト。
しかし、生徒は準備していたのだろう、発動句による即発にてアース・シールドを発動することで衝撃波を受けとめた。
が、さらにミーネはパチンと指を鳴らす。
生徒の足元が爆発。
プチグランド・スニーズにより、生徒はお空にポーンと飛び上がり、落下してきたところを素早く救助に向かったアレサにキャッチされた。
何気にアレサさんが良い働きをしてくれている。
「このように、魔導戦は相手の初撃をやりすごせばどうにかなるものではない」
そして三人目、プチバーストをウィンド・クリエイトにて相殺、次にミーネが放とうとしたのは水弾のようだったが、それもウォーター・クリエイトにより相殺してみせた。
そこで教員が言う。
「そうだ。まずは相手の使おうとする魔術を、その魔力から読み取り、即座にクリエイト系で抑え込む。これが重要になる」
この、干渉による相手の魔法・魔術発動の抑え込みは魔導学においてはディスペルという概念になっている。
他にも力量差次第では一時的に相手の魔法制御感覚を混乱させ、魔法使用を封じ込めてしまうことも出来るらしい。
「さて、実際に交戦となった場合、自分と相手の一対一、もしくは自分一人と多数の相手、これを華麗に制圧することにお前達は憧れを抱くだろう。だが基本は数人のパーティで行動し、こちらが数で押せる状況で戦うべきだ。なにしろこちらは治安維持のためにも負けるわけにはいかない。卑怯だのなんだのと言われようが、まずは果たすべき職務を果たさなければならない。そこで次に、ミネヴィアさんとお前達全員での模擬戦を行ってもらう」
すると、いくらなんでも自分たちをバカにしすぎでは、と生徒たちから不満が出た。選民意識、とまでは言わないが、選ばれた者しか入学できない学園で、さらに一定の才能が認められなければ所属できない学部にいるのだ、それくらいのプライドはあるのだろう。
「なるほど、わかった。お前達の意見ももっともだ。しかし、教師としてお前達を預かる私としては、お前達が木っ端微塵になるのを黙認するわけにもいかん。なので、まずミネヴィアさんに実力を見せてもらい、そこで改めて判断してもらうことにしよう」
と、教員は離れた場所にアース・クリエイトの魔法でもって土で出来た人形を生徒たちの人数分用意する。ただの土塊ではなく、ある程度の強度が持たされたものだ。
「ではミネヴィアさん、お手数ですが、お願いします」
「はーい!」
ミーネは嬉しそうに頷いて剣を抜く。
すると生徒たちの中に「ひっ」と小さな悲鳴をあげる者がちらほらいた。後々聞いてみたところ、自分たちがたいまつの炎の大きさ比べしているところに、赤白く発光するまで熱せられた鉄の棒を持ちだしてきたようなものだった、とのこと。
もうミーネが剣を抜いた時点で、魔導においてセンシティブな生徒たちには充分だったのだろうが、ミーネはかまわず魔術を行使。
「〝水鏡――、流星雨ッ!〟」
バスカヴィル戦で編みだした、空からの魔術攻撃。
そのときは水弾の掃射だったが、ベリア学園長とのレッスンの成果だろうか、現在は抜き身の刃のような形状になっており、その刃の雨は土人形たちにズドドドドッと容赦なく突き刺さり、切り刻む。
生徒たちを震え上がらせる、という目的はすでに達成されていたが、ミーネはまだ止まらない。
流星雨からの――
「〝大地花葬ッ!〟」
水の刃による集中砲火が終わるよりも早く、ミーネは次の魔術を使う。
土人形の居るあたりを開いた花弁――、いや、強大なワーム型のバケモノがバクンと呑み込み、そのまま地の底へと引きずり込む。
「〝七回忌ッ!〟」
そしてドゴン、ズゴン、メシャッ、と追撃が。
弔うってそういうことじゃないんですけどね。
おそらく今現在ミーネが使える最大の連続魔術攻撃を目の当たりにした生徒たちは、やや切なげにも見える顔で放心していた。
「こんなものかしら?」
「はい、ありがとうございました」
教員はミーネに感謝を述べ、それから生徒たちを見た。
「さて、改めて尋ねようか。これを見てもまだ反論のある者がいるなら仕方ない。一対一で、そして本気のミネヴィアさんと模擬戦を許可しよう。どうする?」
そんな問いかけに、さすがにこれを見ても意地を張れるほどの跳ねっ返りはおらず、生徒たちは揃ってぶるぶると首を振った。
「よろしい。ミネヴィアさんが本気ではお前達は生き残れないため、先ほどの手加減用の魔術で戦ってもらう」
こうしてミーネの周囲を生徒たちが取り囲んだ状態からの模擬戦が開始されることになったのだが――
「本気でお願いね!」
ミーネが生徒たちに余計なことを言ったので、おれは慌てて口を挟んだ。
「ミネヴィアはああ言っているけど、君たちは適度な威力の魔法を使った方がいいからね! たぶんわかってると思うけど念のため!」
「おお、これはレイヴァース卿、もう少し詳しく生徒たちに教えていただけますか?」
「ああ、はい。そのミネヴィアを取り囲んだ状態で魔法を使うとなると、ミネヴィアが避けた場合、魔法はその向こうにいた仲間に当たるので、それも考慮して魔法を使った方がいいということです」
「すぐにそこに思い至れるのはさすがです」
なんか褒められた。
褒められるような話ではない気がしたが、まあ習ってはいても実際にとなると生かせないこともあるからな。
「他になにか助言できることがあればしてやってもらえますか?」
「助言ですか? 手加減した魔術ならかき消せるようなので、みんなでディスペルしてみては? 殴り合いは想定してませんよね? なら魔術を封じ込めて捕まえるというのはどうでしょう?」
「良い助言です」
うんうん、と教員はうなずき、生徒たちに言う。
「魔法や魔術を使う相手を捕らえるためには、その力を封殺する必要がある。敵に一対多で当たるのは、相手が格上だった場合でも、魔法を封殺できる可能性が高くなるからという理由もあるのだ。まあミネヴィアさんの本気は無理だが、手加減している状態ならいけることはすでにわかっているだろう? あとはお前達がミネヴィアさんの魔術使用にどれだけ素早く対処できるかだ」
そして始まったミーネ対生徒たちの戦いだが……、ミーネの圧勝となった。
ミーネは使用魔術を魔弾のみと制限されていたため、場合によっては敗北も有り得たのだろうが、そこはミーネの方が一枚上手。
ぐるっと取り囲まれた状態で、ミーネが試合開始と同時に使用した魔弾は自分に向けてのウィンド・バースト。
ミーネはそれでまず上空へと逃れ、さらに連続使用で生徒たちの円の外へと着地する。
生徒たちにとっては、試合が開始した次の瞬間、囲んでいたはずのミーネが消え失せたようなもの。
理解がまだ追いつかず、唖然とする。
それは致命的な隙。
ミーネはそんな生徒たちに容赦なく魔弾を使用。
全神経をミーネの魔力感知に注いでいれば違ったかもしれないが、残念ながらそれが出来る生徒はいなかった。
叩き込まれる魔術に、ますます混乱する生徒たち。
「うーむ、やはり経験が足らんか……」
一方的に狩られていく生徒たちを眺めながら教員が呟く。
ミーネに才能があるのは確かだが、それ以上にあの年齢にしては戦闘経験が豊富というのがある。さらにコボルト王とスナーク戦、少なくとも二度の修羅場を経験しているとくれば……、生徒たちでは無理だろうなぁ。
おれや教員がそれぞれ考え事をしているうちに生徒たちは全員ミーネの魔術にぶっ飛ばされて勝敗が決した。
手加減している相手に全員でかかっていって、為す術もなくやられたというのは生徒たちにとって相当の衝撃だったのだろう。
その日から戦術部の生徒たちはミーネに対しての態度を変えた。
「ミネヴィア様、おはようございます!」
「おはようございます、ミネヴィア様、今日も素敵ですね!」
なんか舎弟みたいなことになった。
こうしてミーネはこの学園の番長になった。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/16
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/29




