第267話 12歳(秋)…ネコと和解せよ
魔導学園から屋敷に戻ったおれは、怪異『オークの仮面』をタンスの奥にしまい込み、ローブを脱いでほっとひと息つく。
「ふう……、なんとかなった」
変人のフリをした甲斐はあったと思う。
コルフィーの悩みはおおよそ予想通りであったため、前世でもクラスメイトに言ったようなことを言い、結果、なんとか仲直り――というのとはちょっと違うかもしれないが、関係修復の足がかりを作ることが出来た。
あとはこちらから――、場合によってはコルフィーからかもしれないが、改めて友人づきあいのための挨拶をすればいい。
コルフィーの悩みについてはそれからだ。
手助けできることがあればしよう。
「どうしてアレでうまくいったんでしょうねぇ……」
まったく理解できないと困惑顔でシアが言う。
「絶対に悲鳴をあげられて、警備員がすっとんできてそれから平謝りになると思っていたんですが……」
同行していたシアは、コルフィーとの対話中、こそっと隠れてこちらの様子を窺っていた。
「こじれますから、絶対こじれますから」
などと言い、いざとなったら取りなすつもりでついてきていたのだ。
ミーネはむにゃむにゃで、一応起こそうとしたのだがクマ兄弟の激しい抵抗に遭ったので断念した。
寝かせておいてやるがよい、とでも言いたげな様子で、おれにしがみついて顔をこすりつけるという実に激しい抵抗であった。
面倒くさそうだから連れていかなかったわけではない。
「さて、明日は仲直りできるといいな」
こうしてその夜は期待とともに就寝した。
△◆▽
明けて翌日、心も新たに魔導学園へと登校する。
すると、まるでおれを待っていたかのようにコルフィーは校舎前に佇んでいたのだが……
「――ッ! ……ッ、~ッ!」
どうしたことか、おれの顔を見るなり超高速で逃げだしてしまった。
「あ、あれ……!?」
い、言ったじゃないか!
昨夜、オーク仮面に和解するって言ったじゃないか!
思わず地べたに這いつくばりそうになったが、人目があったのでなんとか堪えた。
「うん? どしたの?」
「どうかしたのですか?」
事情を知らないミーネとアレサが怪訝そうに言う。
黙っておく必要もないので、おれは昨晩決行したコルフィーとの和解作戦について説明した。
「次にこういう機会があったら私も連れていってください。邪魔にならないようこっそり隠れていますから」
「わかりました」
こんなことに付きあわせていいのだろうかと思うが、アレサにとってはそれがお仕事になるからな、次はちゃんと確認をしよう。
そしてミーネ。
仲間はずれにされたと憤慨した。
「私もやりたかった! 他になんか仮面ないの!?」
「あるっちゃあるが……、屋敷に帰ってからな」
ひとまずミーネとは和解。
そんななか、シアはコルフィーが逃げ去った方をずっと眺めていた。
「どうした?」
「いやー、いや、なんでもないです。いくらなんでも気のせいかなと」
「んー?」
ふるふると首を振るシアは、その気がかりを言うつもりはないらしいが……、まあ深刻な話ではなさそうなので置いておくことにした。
「まああれですよ、夕方になったら屋敷に来るかもしれませんし。ほら、ここじゃあ仲良くしづらいからって」
「なるほど、そうかもな」
が、コルフィーは夕方になっても屋敷へ来ることはなく、再びオーク仮面が夜の王都を駆けることになった。
「私はなんて名前にしたらいいのかしら。オーク仮面少女?」
「レディオークでいいんじゃね?」
「響きがいいわね! それにするわ!」
仮面が欲しい欲しいとしつこかったので、おれはオーク仮面が完成するまでに作った試作品の一つをミーネに与えた。
それは顔を覆う面積が少なくシンプルな、額から鼻の辺りまでをカバーするタイプの仮面だ。
こっちも怪しい気配が宿っている。
きっと精霊がちょっかいかけているんだろうと思う。
……いや、そうであって欲しい。
でなかったら何なのだという話になる。
恐い。
これ以上、得体の知れないものの影響とか勘弁だ。
そして試作品はもう一つあるのだが――
「あれ!? あのクマどこ行きやがった!?」
その試作品を被せてやったクマ兄貴の姿がない!
あれはインパクト重視。
すっぽりと被る獅子舞のような――、いや、聖獣バロンとか魔女ランダのような禍々しい感じの代物だ。
それを被ることをシアが断固拒否したので、近くにいたクマ兄貴に被せてやったのだが……、結果、ほぼ頭部だけのバケモノと化した。
妖怪に例えるなら『つるべ落とし』や『たんたんぼう』、あと『おどろおどろ』のようなもの。
あんなものに遭遇したらメイドたちがさぞびっくり――
「ひぎぃやぁぁぁぁぁ――――――ッ!?」
屋敷のどこかからパイシェの悲鳴が聞こえた。
△◆▽
夜の王都を駆ける四人の人影――。
「きっとコルフィーはまた公園で一人ぼっちだろう。いたいけな少女がオーク仮面を待っている! 急ぐぞ、レディオーク!」
「ええそうね、急ぎましょう!」
レディオークは男装の麗人である。
いつもの服ではミーネだとバレバレなので、おれの服を着させる理由付けとしてそうなった。
「ちょっと待ってくださいよ、なんなんですかそのテンション……」
「みなさん楽しそうですね、いつもこのようなことを?」
「いやアレサさん!? わたしは楽しんでませんからね!?」
「おれも楽しんでるわけじゃないんだけどな?」
「説得力がありません! ってかふりをするのは学園に到着してからでいいじゃないですか。なんでその調子で向かうんですか」
「それはあれだ、あの場でこのテンションに持っていくのはちょっときついものがあるからな、今からこうして高めていっているのだ」
シアにあきれられながらも魔導学園に到着し、まずミーネ――レディオークに注意する。
「我らの正体がばれては台無しだ。レディオーク、君はなるべく喋らないように頼むぞ」
「わかったわ!」
そしてシアとアレサは物陰で待機させ、おれは華麗なダンスを披露しながら、レディオークは適当に踊りながらコルフィーの前に立つ。
「ふ、増えた!?」
愕然とするコルフィーに、おれは半ばヤケになって胸をはる。
「そうだ、増えるぞ。明日もここに一人でいるようなことになればさらに一人増える!」
それも物凄くインパクトのある三人目がな!
「さて、一体どうしたのかな? 今晩もこうして一人でいるということはうまくいかなかったのだろう?」
「うぅ……」
コルフィーはばつが悪そうにうめき、ぼそぼそと言う。
「な、仲直りしたくないわけじゃないんだけど、なんかいざ顔を合わせたらなんか恥ずかしくなっちゃって……」
あー、仲直りするのにテレちゃったのか。
「で、でも明日は必ず……!」
「いや、無理はしなくていいのだ。きっとその少年も君が距離を縮めようとするのを根気よく待つだろう。ただこれは助言なのだが、できれば彼が学園に居る間にどうにかした方がいいと思うぞ? 学園を去った後では屋敷に向かうことになるだろう? そうなると、ちょっと行きづらいのではないかな?」
「そっか、そうよね。うん、出来れば明日……、なんだけど、学園に居てくれるうちにどうにかする」
「その意気だ。よし、頑張る君にこれをあげよう」
そしておれは妖精鞄からオーク串を並べた皿を差しだす。
「いただくわ!」
「おまえのためではないのだが!」
さっそく手を伸ばし、両手にオーク串を持ったレディオークにつっこむ。
それをきょとんとコルフィーは眺めていたが、くすっと笑い、自分もオーク串に手を伸ばす。
うん、だいぶ打ち解けてきた感じがする。
おれのときもこうなってくれるといいのだが……、まあ、オーク仮面に心を開いているようだから、まだ安心か。
おれはふと思いたち、ちょっと試しに〈炯眼〉で確認をする。
これで名前と称号以外にもステータスを見ることが出来れば、心を開いてくれているということに――
《コルフィー・ダスクローニ》
【称号】〈悪神に見いだされし者〉
〈見習い魔装職人〉
〈裁縫狂い〉
【神威】〈悪神の見えざる手〉
【秘蹟】〈鑑定眼〉
【身体資質】……並。
【天賦才覚】……有。
【魔導素質】……有。
「――――ッ!?」
……なんだ、これは。
息を呑み、危うく皿を落としそうになった。
なんとか落っことさずにすんだが、動揺は収まらない。
「もう、危なっかしいわね。私が持つわ」
ミーネに皿を取り上げられたが、まあそっちの方が都合がいい。
二人がオーク串に気を取られているうちに、精神の立て直しを図る。
今はこの動揺を知られるわけにはいかない。
尋ねられても、答えられないのだ。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/08




