第27話 6歳(春)…気ままなお嬢さま
ゆさゆさと体をゆすられて目を覚ますと、ベッドの傍らにミーネがいた。
「……なんだ、なんなんだ、あー……?」
部屋の明るさからして、まだ夜が明けて間もないくらいか。
とりあえず体を起こそうとしたが、弟がコアラみたいにしがみついていたので動きようがなかった。
「ねえねえ、森へいきましょう森。たんけん、たんけん」
ミーネは意気込みをあらわすように、きゅっとにぎった両手を胸の前でぶんぶんふる。
なんだおまえは。テクニカルなボクサーかなにかか。
「……まあ、まちなさい、おちつきなさい」
好奇心旺盛なじゃじゃ馬娘と未開の森。
まったくゴキゲンな組みあわせだ。
ひとりで突っこんでいかなかった判断は評価しよう。しかし案内人におれを選び叩き起こした判断については――はなはだ遺憾である。
「んー? うんー……」
おっと、弟がもじもじし始めてしまった。
このまま寝かせておいてやりたいが、ひとりで起きてそのあと部屋にある道具で怪我をしてはいけない。まずは弟を自分の部屋に運んでいってやらないと。
「まて。弟を部屋につれていくから。ちょっと手伝え」
「うん」
手をかりて弟をおんぶすると、部屋に連れていって寝かしつける。
弟はまだおねむだったので、頭をなでなでしてやるとまたすやすや眠りはじめた。
うむ、よく寝てよく育つのだぞ。
弟が安らかな眠りにおちたのを確認すると、おれはミーネの待つ自分の部屋へもどる。
「…………」
ミーネはおれのベッドで寝ていた。
いやもういったい何がしたいんだおまえは。
どんだけ気ままなのよ。気の向くままなのよ。
「まあいいや、面倒はなくなったわけだし……」
もう寝直す気分にもなれなかったので、おれは朝食の準備をすることにした。
「おや、老人より早起きとは。君はいつも朝食を作るのかね?」
朝食用にナンもどきをこねこねしていると、バートランに声をかけられた。
おれはこねこねしながら正直にいきさつを話した。
「それはすまん……」
爺さんが申し訳なさそうに言う。
「普段はもう少し落ちつきのある子なんだが、こうして親元をはなれて生活するようなことはこれが初めてだ。興奮が抑えきれないのだろう」
べつにミーネが興奮して大はしゃぎなのはいい。
問題はその興奮パワーが収束しておれ狙い撃ちなことだ。
それをどうにかしてくれ。それを。
「ところで、君は神撃が使えるらしいな」
こねこねを終えて生地を寝かしにはいったとき、ふとバートランが言った。
「ご両親から聞いたのだが……、それを見せてもらえるかね?」
「いいですけど……」
ナンの準備も終わったし、あとは母さんがなにか作るだろう。
「実は君の神撃のことを相談されてな、助言できるようなことがあればしようという話になったのだ。ミーネが世話になることだしな」
「神撃にくわしいんですか?」
「ん? ああ、神撃に詳しいというわけではない」
バートランは顎のお髭をなでなでしながら言う。
「ただ儂も神撃が使えるというだけのことだ」
△◆▽
「さて、では君の雷を儂に撃ってみてくれ」
庭の資材置き場で手頃な角材を選ぶと、バートランは言った。
「いいんですか?」
「ああ。――あ、だが思いっきりはやめてくれるか」
確認せず思いっきりぶっぱなしていたら、どうするつもりだったんだこの爺さん。
「それじゃあいきまーす」
「よしこい」
爺さんにわかりやすいよう手を向け、おれは雷撃を放つ。
バチチッと音をさせ、雷が爺さんに飛ぶ。
「ふん!」
と、それを爺さんは角材で迎撃。
バンッ!
破裂音がして、角材が粉々にはじけた。
「む?」
爺さんが手をひらくと木片がばらばらと落ちる。
「ほっ、手が痺れた。すこし無理があったか」
爺さんは楽しげに呟く。
「確かに神撃だ。信じられんことだが、確かにその歳で神撃を使う」
ぱんぱんと手をはらいながら爺さんは近寄ってくる。
「今、儂は神撃を神撃で相殺しようとした。まあ木が耐えきれず爆ぜてしまったせいで相殺しきれなんだがな。儂の神撃は剣に宿る。正確には剣技。ようは剣をふる動作に神撃がのるわけだ。別に剣でなくてもいいが、ただの木ではこの有様だな」
「剣技にやどるんですか?」
「そうだ。儂には剣の才能しかなかった。だからひたすら剣をふってきた。そして気づけば神撃が宿っていたのだ。神撃は修練の果てにたどり着ける。そう考えていたが……」
バートランがちょっと言いよどむ。
あ、おれっすか。
「にわかには信じがたい話だったが……、しかしまいったな」
「どうしました?」
「君になにか助言してやってくれと言われたが、儂とは違いすぎて助言のしようがない」
いやもうそのまんま違うものでしょうに。
どういうことだ。
「儂はこれまでに何度か神撃をぶつけ合う経験をしたが、君のはそれとは別の感覚を覚えた。儂や他の者は己の技巧が昇華して神撃になったもの、培った技や術が土壌となりそこにようやく一輪の花が咲いたようなものだ。しかし君は一面の花畑から一輪もってきているようなもの。根本のところからして普通とかけはなれている。となると、下手に儂の感覚で助言をすればよけいな影響をあたえてしまうかもしれん」
確かに普通とはかけはなれているからな、しかたない。
「ふがいない年寄りですまんな。聞きたいことがあれば答えるが」
バートランのその言葉に、ふと昨日気になったことを思いだした。
「神撃とは違うことでもいいですか?」
「うむ、かまわんよ」
「じゃあ、あの、昨日いっていたスナークってなんですか?」
「ん? スナークか? ふむ、どう説明するかな……」
爺さんは腕を組んで考えていたが、やがてしゃがみこむと落ちていた角材の破片で地面にがりがりと絵を描いた。
「大陸については聞いているかね?」
「ちょっとだけ」
両親から聞いたのは大陸はひとつしかないということ。
海の向こうに別の陸地があると言われているが、誰もたどりつけていない。
もしかしたら誰かがたどりついているかもしれないが、現在まで帰ってきた者はいないので確かめようもない。
そもそも外海は危険に満ちあふれすぎているのだ。
ただただアホみたいにだだっ広い海。
そこでは食料がなくなれば死ぬ、栄養不足でも死ぬ、病気になったら死ぬ、船が破損すれば死ぬ、なおかつその逃げ場のない船の上で未知の魔物と戦いながらの航海などおれは絶対お断りである。
「わずかに残る大昔の記録にはこの大陸以外の陸地の話がある。どこかにはあるのだろうがひとまずそれはおいておこう。話はその大昔のことだ。昔、今のように多くの国があった。しかしある時を境にいっぺんに消えてしまった。邪神が現れたためだ」
そういえば、暇神に見せられたふざけた映像で王様がそんな演説していたな。
「邪神によりそれまでの文明は滅びた。今の世があるのは、その当時の者たちが死にものぐるいで邪神を討滅したおかげだ」
爺さんは言いながら、大陸の地図にぐりぐりと丸を描く。
「邪神は滅びた。しかしある頃から邪神が討滅された地に妙なものが漂うようになった。それは邪神の残り香、忌まわしき瘴気だ。とはいえそこに近づかなければ実害のないものだった。が――」
と、爺さんは邪神の丸の周囲をかこむように大きな丸を描く。
「瘴気に汚染された地域を瘴気領域と呼ぶのだが、そこに妙な魔物が現れるようになった。さまざまな獣の姿を模倣したような得体の知れぬ魔物。非常に凶暴で同種以外のすべてに襲いかかる。人、動物、魔物、見境なくすべてにだ。それは瘴気獣と呼ばれた」
「瘴気獣……」
「強さは並の冒険者では歯が立たぬほどであり、そして倒せない」
「……たおせない?」
「正確には滅びない、だな。死体が朽ちない。それどころかやがて復活してしまう。それに倒された魔物は、倒した相手を執拗に狙うようになる。実にやっかいな魔物だが、救いはそいつらが瘴気領域から出ようとしないことだ。……が、例外もある」
なんでも瘴気領域の瘴気が薄まる時期というものがあるようだ。
そのとき瘴気獣は領域の外へと彷徨い出る。そしてそれを食いとめるのが瘴気領域の周囲を囲む国々――星芒六カ国と呼ばれる国々だ。
「とはいえ深刻なのは瘴気獣の暴走ではなく、その暴走を引きおこすきっかけ――瘴気領域の瘴気が薄くなる原因――つまり、魔王の誕生なのだがな」
千四百年前の邪神討滅以降、魔王はこれまでに三回誕生した。
最初に誕生したのが〈呟魔〉クロメア。
次に出現したのが〈詠牢〉ソルタス・ルター・ビフェイラ。
そしてシャロ様が討滅した〈慨花〉ガーリィ・スラック。
「魔王を討滅すれば瘴気はもとにもどり、瘴気獣は領域へと舞いもどる。この瘴気がどう瘴気獣と魔王に関係しているかをシャーロットは独自に研究し、その過程で名称を設定した。つまりそれがスナークだ。瘴気獣の総称がスナークで、瘴気獣のなかでも群れを率いる個体はバンダースナッチと呼び、そして魔王はジャバウォックと呼ぶ」
シャロ様、ルイス・キャロルで統一したのか。
でもバンダもジャバもまとめてスナークって、ちょっと適当ですね。
「あれ、そういえばスナークが悪さをしているって……」
ふと嫌な予感を覚える。
「いや、まだ暴走まではしておらん。とはいえ、はぐれ出てくる奴がいるということは、魔王の誕生はそう遠い未来の話ではないかもしれん、ということだな」
バートランは神妙な顔で言った。
なるほど。
今は魔王はいない。でももうすぐ誕生する、というわけか……。
あのクソ神め!
△◆▽
爺さんと話している間に母さんが起きだしてきて朝食を作り始めていた。
おれも手伝って朝食が用意できると、弟を抱えた父さんがあらわれ、そして最後にミーネが慌てたようにやってきた。
「うっかり寝ちゃったわ。びっくりよ」
びっくりはこっちだバカめ。
さて、朝食はスクランブルエッグにソーセージ、森でむしってきた野草のサラダ、そして昨日の鶏ガラスープの残りにナンもどきのパンである。
二度寝して過充電されたミーネは元気いっぱい。気持ちいいまでの食べっぷりで用意された朝食をたいらげ、寝起きであんまり食べられないでいる弟の朝食をガン見する。
「……お嬢さま、ほら、ぼくのを半分あげるから、あげるから……」
「あら、ありがとう」
にっこりと微笑んでくるが、おれはげんなりする。
そんな様子を両親は微笑ましく、そして保護者の爺さんは渋い顔で見守っていた。
朝食をすますと、爺さんはさっそく出発するという。
「できればもうすこしとどまりたいが、こちらに寄るのに時間をくってしまっているからな、これ以上は遅らせられないのだ……」
名残惜しそうに言うバートランにミーネが抱きつく。
「おじいさま、いってらっしゃい!」
「うむ、いってくる。いいかミーネ、くれぐれもいい子でな。自分がクェルアーク家の娘であることを、かつて魔王をたおした勇者の末裔であることを忘れてはいかん」
「もちろん! ちゃんとわかってるわ!」
わかってはいるが、態度でしめせるかどうかは別問題ということか。
こうしてバートランは旅立っていき、ミーネは我が家にはなたれたのであった。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/04




