第265話 12歳(秋)…知られたくなかったこと
雷撃については『祝福を増やしてどうにかしましょう』という話にまとまってしまった。
やはりそれしかないか、という感じだったが、いざ祝福を貰おうとなると何をすべきかわからない。
これまでは狙って貰ったわけではなく、服を仕立てたり冒険の書を作ったりした結果――副次的に与えられたものだった。
善神は気づいたら加護からランクアップしていたし、商業の神の祝福はいつのまにか増えていた。
もしかしたら……、と自分を〈炯眼〉で確認する。
増えてなかった。
不愉快な名前を虚しく再確認しただけだった。
やはりまた何かを始めてみて、神が認めるような成果を出すしかないのかもしれない。
まあ祝福についてはロールシャッハのところへお邪魔したときにさらに詳しく尋ねるとして、ひとまずお昼休憩にする。
迎えに来たヴュゼアに連れられて食堂に行ってみたところ、すでに生徒たちでごった返していた。
みんな学園で暮らしているので当然と言えば当然である。
「ちゃんと食器を返すなら学園内のどこで食べてもかまわんぞ?」
そういうことなら、と料理を受けとって移動も考えたが、生徒たちが気をきかせて席を空けてくれた。その好意を無下にするわけにもいかず、おれたちはまとまって席に着く。
そして食事となったのだが――
「むむむ……、むっ」
ミーネが料理に警戒していた。
冒険者訓練校の学食でしょんぼりの憂き目にあったせいだろう。
しかしこの学園は国の将来を支える者たちの学校なので、訓練校ほど粗末な食事ではない。だがそれでも念のためか、ミーネはいつものたっぷりの量ではなく、普通の食事よりも少なめを用意した。
おいしかったら追加すればいいという考えらしい。
「普通ね……、うん、普通……」
ミーネはいまいち物足りない様子だった。
屋敷でおいしい物ばかり食ってるからな、舌も肥えてしまったのだろう。
こうしてひとまず食事を終えたおれたちだったが、その後、生徒たちから話しかけられまくった。
最初は静かにこちらを静観し、ひそひそと囁く程度であった。
なかには「さすがヴュゼア様……」なんて声も混じっていたことからして、この学園でヴュゼアも一目置かれる存在になっていることがなんとなく察せられた。
この静観が終わったのが、一人の生徒が勇気を振り絞ったように話しかけてからであった。
ベルガミアでの出来事は新聞などで知ってはいたが、実際どのような状況だったか――詳細、その場の空気までは知るよしもない。
さて、最初の挨拶で仲良くしましょう的なことを言っておいて、ここで邪険にするわけにもいかない。
生徒はスナークがどのようなものか、そしてどんな風に戦っていたかなどを尋ねるので、それに答えていたらいつの間にかおれたちを囲む円陣が形成され、全方位から質問が飛んでくるようになった。
ちょっと対応しきれないです、はい。
やがて見かねたヴュゼアが苦笑しながら言う。
「あまりしつこくしない方がいいぞ。こいつは訓練校の入学初日、雷撃を放って生徒教員、ほぼ全員を昏倒させた奴だからな」
きっかけはおまえなんですけどねー。
「今日はまだこいつも落ち着かないだろうし、質問はこれくらいにしておいてやれ。まだしばらくはここに通うんだ」
ヴュゼアがそう窘めると、生徒たちは大人しく引き下がった。
「ここの生徒はほぼ王都の外から来て、この学園で暮らしている。ひたすら魔導学の勉強でな、こうしたことに飢えているんだ。俺のときもそうでな……、くたびれたよ」
そう言うヴュゼアにはなかなかの貫禄。
こいつ化けたなぁ……。
「ところでヴュゼア、不審者がいるんだけど」
「姉さん……」
ヴュゼアの取りなしで生徒たちが散っていったなか、ぽつんと誰か残ったと思ったら不法侵入で連行されていったルフィアだった。
生徒たちの質問とおれの返答を書きとめていたらしく、今もせっせと手帳に何かを書き綴っている。
ヴュゼアは眉間をもみもみしながら言う。
「ひとまず場所を移動しようか」
△◆▽
静かな場所、と選んだのは敷地のはずれにある宿舎、その正面の小さな公園だった。
普通の学食だけでは満足できなかったミーネがうるうると何かを期待する目で見てくるので、妖精鞄から試しにと作ったカレーパンを出して与える。
揚げたてを放りこんでおいたので、熱々のカリカリ。
わたしもー、と手を出してくるシア、さらに見慣れないパンだからと不思議そうにしているアレサとヴュゼア、湧いて現れたルフィアにもあげる。
「は、はふほふ、はふはふ」
流石に熱々ではがっつけず、ミーネは大人しくちょっとずつ齧り付いている。
「うまいな。うまいなこれ」
ヴュゼアはカレーパンを気に入ったようで、そう呟きながら黙々と食べた。
「ユーちゃんたらそんなに夢中になって。でもそうね、ちょっと辛いけどおいしいわね」
ルフィアはにこにこしながら、ヴュゼアが食べる様子を眺めている。
この人、本当に連行されても普通に戻って来るのが当たり前らしい。
「だって一緒にいないと、ユーちゃんに悪い虫がついちゃうかもしれないじゃない。ウィストーク家の跡継ぎだからとか、貴重な回復魔法の使い手だからとか、そんなのでユーちゃんを測るような子たちを近寄らせるわけにはいかないの。健気なあたし、偉い! そう言う訳でもう一つこのパンもらえる?」
「まあいいですけど」
「すまん……」
ヴュゼアが謝る。
苦労してそうだったのでヴュゼアにもさらに一個あげた。
「私は二つちょうだい!」
「へいへい」
皆でパンを囓りつつ、午後からはどうしようかという話になる。
下手に一人で行動するより、ヴュゼアのスケジュールに同行した方が色々と助かりそうな気がするが――
「お前の行動に合わせてやってくれと頼まれているからな、好きにしていいぞ?」
「そうなの? じゃあ……、あ、魔装科にちょっと興味あるわ」
「そうか。では魔装科の授業を覗いてみることにしよう」
などと話していたところ――
「……えは、――か! いいから……」
「いえ――、今は……、お願い……、しばらくは――」
なにやら少年少女の言い争うような声がしてきた。
なんだろうと思っていると、おれよりちょい上くらいの少年が、ちょい下くらいの少女を引きずるようにして連れてきた。
って、あれ?
「コルフィー?」
連行される女生徒はまぎれもなくコルフィーであった。
学校に通っているって言ったが……、その学校ってここか。
「ん? お前はコルフィーと知り合いなのか?」
「え? そっちこそ知ってるのか?」
「ここでは知らない者の方が少ないぞ。魔装の天才として有名だ」
「そうなの!?」
マジか!?
あ、それであのキレようだったの?
おれが驚いていると、そこでコルフィーもこっちに気づいた。
「――――ッ!?」
コルフィーの顔にも驚きが。
しかし、それは偶然の出会いに驚くのではない、失望まじりの苦々しい驚きだった。
ここの学生だとは知られたくなかったのか?
そいつは悪いことをしたな。
コルフィーが固まってしまったことを不審に思い、引っぱっていた少年はこちらを見やる。
あからさまに不審がった表情だったが、おれたちが何者かの判断がついたからだろうか、突き放すようにコルフィーを解放し、不機嫌そうに立ち去っていった。
「あいつは?」
「いきなり雷撃はなったりするなよ? あいつはスルシード・ダスクローニ。代々の当主が優秀な魔装職人であるダスクローニ子爵家の跡継ぎ、そしてコルフィーの腹違いの兄だ」
「コルフィーの兄……?」
あー、なるほど……。
いや、まだ相手のことをよく知らないのにいきなり天才を妬む次期当主、なんて想像するのはいかんな、うん。
ひとまずコルフィーに話を、と思ったが――
「ごめんなさい!」
いきなり謝られ、そして逃げ去ってしまった。
「あ……、あら?」
おれがきょとんとしていると、ヴュゼアが言う。
「あの二人の父は四年ほど前に他界。スルシードは当主となる予定だったが、天才の出現にそれも怪しい状況。庶子とは言えど、いまいちな者よりも天才を、という話がでているようだ。前当主が亡くなってからは落ち目らしくてな、親族も焦っているんだろう。スルシードはそれが気に入らず、コルフィーには辛く当たる」
「え、ちょ、おま……、なんでそんなに詳しいの?」
「お前な、俺の家のことを忘れたのか?」
「あ、そっか」
そう言えば悪名高きKGBみたいな家だったな。
しかしそうか、コルフィーが知られたくなかったのは、学園に通っていることじゃなくて、家のことか。
しまったな……、あの表情は前世でもクラスメートがするのを何回か見たが……、まさかこっちでも見るハメになるとは。
△◆▽
その日、コルフィーは屋敷に来なかった。
これはもう来ない可能性もあるのではなかろうか?
「ご主人さまー、コルフィーさんのこと、ちょっとは調べておいた方がよかったかもしれませね」
「そうかもしれんが……、どうもな」
仕事部屋にてシアとしょんぼり反省会を始める。
「向こうにいたとき、クラスメイトが問題のある奴ばっかでな、知らないようにしておく癖というか……」
「なんとなく、何かは感じていたので?」
「まあ少しはな」
「そうですか……。こうなる前に何かしてあげられたらよかったんですが……」
「いや、こうなったから何かしてやれるんだよ」
「何かするんですか?」
「そりゃあするさ」
あの失望を秘めた表情は……、ちょっとほっとけないのだ。
ここがコルフィーにとっての癒しの場であったなら、よけいに放置は出来ない。
「でもなー、おれがのこのこ行ったらプレッシャーになるかもしれんし……、どうしたもんか」
解決策は思いつかず、結局その日は大人しく就寝することに。
誰か落ち着いてコルフィーと話せる者はいないだろうか……、そう考えつつその夜はベッドにもぐり込んだ。
と――
『――、――――、――』
何かがおれを呼んでいるような気配があった。
不思議に思いつつもその気配を辿ると、それは部屋のタンスから発せられていた。
精霊のイタズラか……?
そう思いつつタンスの引き出しを引き――、それを見た瞬間おれは思わず笑った。
笑うしかなかった。
そこにあったのは仮面。
王都へと向かう際、シアに被らせたらいいんじゃないかと拵えたオークの仮面だった。
捨てるのはもったいないとしまっておいた仮面が、おれに被れと波動を放っていたのだ。
この屋敷は妖怪屋敷どころか万魔殿になってしまっていたらしい。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/16
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/29
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/10
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/16




