第263話 12歳(秋)…学園長とお話(前編)
妙な取材を受けたあと、ヴュゼアに案内してもらいながら簡単に学園の説明を受ける。
ここに入学した生徒はまず一年の基礎授業を受け、その才能や成績によって進む道が分かれていく。
一番多いのは魔導学の各分野を平均的に学んでいく重機――ではなく普通科。
そのほか魔法戦闘の戦術部、魔法研究者の学術部、魔道具研究・製作などの工業部があり、さらに学科に分かれていくようだが、中には適性のある生徒がいないため活動していない科もあるようだ。
「俺なんて一人だからな」
ヴュゼアは学術部の医学科にて教員と一対一の息詰まる授業を受けているらしい。
「まずはこれくらいだろう。詳しい話はまた後だな」
「ん。ありがとな」
最後に学園長室へと案内され、ヴュゼアとは一旦そこで別れた。
ベリア学園長に改めて挨拶をしたあと、さっそく用件――本題である縫牙について尋ねることになった。
「……これは……、面白いね」
雷撃の串団子を披露したところ、ベリアは興味が湧いたらしくまじまじと観察を始める。
「さて、どこから考えたらいいのかな、これは」
ふむふむ、と考え込み、それから言う。
「ちょっと私が持ってみてもいいかな?」
「それはかまいませんが……、どうなるかわからないので試しにこちらの誰かに――」
「はい!」
「じゃあミーネに」
名乗り出たミーネに縫牙を持たせてみる。
するとおれが手を離してすぐにバチチーンッと雷撃は爆ぜ、ミーネはその巻き添えをくった。
「ありゃりゃ?」
「んん!? 君、平気なのかい!?」
雷撃をもろに浴びながらもミーネがあっけらかんとしていることにベリアがびっくりしている。
そりゃそうだ。
ベリアにしてみれば、おれの仕立てた服に雷撃無効の効果がつくなんてわかるわけがない。
「あー……、これは内緒にしてほしいのですが、ぼくが気合いいれて作った服は雷撃が無効化されるっていう効果がつくんです」
「え? まったく? まったく雷撃が効かなくなるのかい? なんてこった……、あ、ここの魔装科の講師になるつもりはない?」
神妙な顔で言うベリアだが、それはやめた方がいい。
「いえ、魔装の儀式とかでなくて、本当に気合いいれたらそうなるものなので、とてもではないですが講師は無理なんです」
コルフィーにはめちゃめちゃキレられたからな。
これが真面目に魔装に取り組んでいる生徒さんともなれば、さらに盛大にブチキレられても文句は言えん。
「そうか……、教えようも、見習いようもないとなると、駄目か。惜しいが仕方ない」
ベリアは残念がったが、そう、仕方ないのである。
生徒さんたちが「気合い入れたら出来る!」なんて信じれば信じるほど魔装職人から遠ざかってしまうだろう。
「つい話がそれてしまったが、君の手から離れると効果がなくなることはわかった。一つ前進だ。これまで君はこの短剣を誰かに貸し与えてみたことはあるかね?」
「こんなことが出来るとわかってからは、ないですね」
「それ以前ならあると? 君が扱うのと変わりは?」
「特になかったような……、えっと、そうですね、まずいきなりこれを見せるだけではダメでした。最初からお話しします」
と、おれは神撃を込めていたら光るようになった針と、それから魔綱化したハサミでもって作られた短剣であると説明する。
神鉄の針については、話してしまっていいのか迷ったが、相談しにきておいて情報を隠すのもなんなので「これも内緒で」とお願いしての説明となった。
「ぜひ見たかったな……。ふむ、なるほど。混ぜたミネヴィア君の剣がいきなり魔剣にまで成長するような代物か。ではそれを生み出せる君が扱うとなればもっと凄い効果を期待してもいいはずだ」
最初にわかった効果は刺すと抜けない、という微妙なもの。
「活用法もありそうな気がするが……、投げつけてもその効果は出るのかい? ならば紐でもくくりつけて投擲を――」
「それも考えたんですが、雷撃を放った方がてっとり早いんですよ」
「ああ、そうか。君はそれがあるのか。話には聞いているけど、どれくらいの早さで雷撃を放てるんだい?」
「最速では意識するとほぼ同時ですね。調整のため、主に指を鳴らして使うようにしているので……、基本的には数秒です」
「見せてもらっていいかな?」
「それはかまいませんが、ここではちょっと。外に出た方がよいかと」
「そうだね、では演習場へと移動しようか」
△◆▽
演習場では学生たちが魔法の実践訓練を行っていたため、その隅にておれたちは話し合いを再開する。
まずミーネを的にして〈雷花〉を実践して見せた。
「なるほど。確かに早い。投擲するのと同じ、いやそれ以上に早いのならば、その短剣を投げる意味はないね」
「そうなんです。なので使いどころがないまま、ほったらかしだったのですが……、訓練校の遠征でコボルト王種率いる群れに遭遇したときにさらに効果を持っていることがわかりまして」
「その効果というのは?」
「貫いた相手の動きを止めます。これは最初に見せたものに通じるところがあります。もしかしたらこれが本来の効果で、抜けなくなるのはおまけだったのかもしれません」
「なるほど。ではちょっと私に突き刺してみてもらえるかね?」
「は?」
あっけらかんと無茶なことを言いだすベリア学園長。
「いやそれはちょっと……!?」
「大丈夫。何も胸に突き刺してくれという話ではないよ。手のひらにね、こう、ぶすっと」
「いやそれ全然大丈夫じゃないですよね!?」
「大丈夫、大丈夫、ほら、聖女たるアレグレッサ君もいるし」
「はい、すぐに癒しますね」
仕事ができたとアレサは嬉しそうに言うが、まあ待ちなされ。
「いやだって痛いでしょう!?」
「そりゃあ痛いだろうけど、気になるんだ。自分でやってもいいなら自分でやるけれど、君でないと駄目みたいだからね。頼むよ」
「えぇ……」
若くして学園長を任されるだけあるのかないのか、探究心がぶっとんでやがる。
「本当に?」
「うん。本当」
「本気ですか?」
「うん。本気」
ひょい、とベリアが手のひらを上に向けて差しだしてくる。
「頼む。私のためと思ってやってくれ」
「う、うぅん……」
大真面目にお願いされてしまい、しぶしぶ縫牙を抜いてベリアの手にかざすところまではいく。
でも突き刺すとか、ちょっと!
いざ刺されるとなれば後悔もするだろうとベリアの顔色をうかがってみるが、彼はまったく怯まず、腰がひけた様子もなく……、なんだろう、注射針が腕に突き刺されるのを興味深そうに眺めているような感じだ。
「い、いきますよ?」
「ああ。あ、でも出来れば一発でお願いしたい」
「努力します」
「あ、そうそう、肝心なことを言い忘れた。私の動きが止まったらやってほしいことがある。まず君は短剣から手を放すこと。次に私の様子の確認だ。これは呼吸をしているか、心臓は動いているか、この二つを頼む。止まっていたらすぐに短剣を抜いて欲しい。死んじゃうからね」
「肝心なことすぎるでしょう!?」
なにいざ刺すってときに言いだすのよ。
いや怪しくなったら抜いただろうけど、まったく……。
「よし、じゃあやってくれ」
「うぅ……」
ちょっと泣きたい気分になりながら、望み通り、ベリアの手のひらに縫牙をぶっ刺してみた。
「――――ッ」
ビクッ、と小さく痙攣したのちベリアの動きが止まる。
縫牙から手を放し、様子をうかがうがベリアは固まったままだ。
それからすぐに指示された確認をとる。
呼吸も、脈もある。
体中のすべての活動が停止する、というわけではなく、その動作を縫いとめるらしいということはわかった。
そしてもういいだろうと縫牙を抜こうとしたとき、ベリアの指先がピクッと少しだけ動く。
おや、と思っていると、指先はさらに動くようになり、やがて固まっていたベリアがぎこちなく動き始め、最終的には自ら手にぶっ刺さった縫牙を引き抜いた。
「なるほど……!」
「いや、あの、血だらだら流れてますから! あ、すいませんアレサさん回復してあげてください!」
「はい、ただいま」
アレサはそう言って興奮するベリアの手を取る。
すると手を貫通していた傷が一瞬で消えてなくなった。
「ええ!?」
これにベリアは驚き、ウォーター・クリエイトの魔法で作りだした水で血を洗い流して手を確認してさらに驚く。
「完全に癒えている……! あの一瞬で……! アレグレッサ君、君が使うのは回復魔法ではなく回復魔術なのか! それもかなりの!」
回復魔法の使い手自体が珍しいなか、アレサがさらに希有な回復魔術の使い手と判明してベリアは大喜びで言う。
「もう一回やってみようか!」
「いやいやいや……!」
あんたはよくても、こっちが勘弁だ。
「それで何がなるほどなんですか?」
「うん? あ、そうそう、この短剣だけどね、短剣だけでは駄目なんだよ。刺された瞬間にね、なんだろう、植物の根が一気に侵食して私を縛り付けるような感覚を覚えた。そうだね、魔力の根とでも言ったらいいのかな。そしてそれは君が手を放した瞬間から急速に衰え始め、最終的にはこの通り、私を縛り付けることも出来なくなったんだが……、どういうことかわかるかい?」
「それは……、ぼくがその効果を発揮するための動力?」
「そう、おそらくは」
え、おれバッテリーなの?
「この短剣自体に蓄えられるぶんもあるのだろうが、それは縛る対象が魔導的に大きければ大きいほど消費も激しいのではないかと思う。ちょっと生徒にも協力してもらおうか。私の場合とどう違うか」
「いやそれはちょっと可哀想かと!」
生徒のなかにこの人みたく探究のために痛みを我慢できる奴がいるとはちょっと考えにくい。いたとしても、それは学園長やぽっと出の英雄の命令なんだからやらざるを得ないとか、そんな感じだろう。
試しにミーネに聞いてみる。
「なあミーネ、ちょっと――」
「やっ!」
さすがに断ってきた。
まあそりゃそうだ。
すると次に振られるかもと考えたシアが先に否定してくる。
「わたしも嫌ですからねー」
「わかってる。言ってみただけだから。そしてアレサさん、本当に言ってみただけなので、意気込んでこっち見るのはやめましょう」
やる気になっていたアレサを諭し、さらにベリアの感想を聞く。
「痛い思いをした甲斐はあった。ずいぶん前進したよ。この短剣は君の力を元に、対象の魔力に干渉して縛る効果を持つのだろう。君の力が対象に干渉するに充分ならば、たとえ形のない魔法ですら――、あ、いや、魔法だからこそ縛りやすくもあるのか? ふむ……」
とベリアは考え込み、うん、と思いついたようにうなずく。
「試してみよう」
思いついたら即実験。
ベリアは魔法で炎を生みだしてみせ、おれはそこに縫牙をぶっ刺してみる。
「止まった! おおぉ……、お! こちらから制御できない! これは凄い! 面白いな!」
ベリアは大いに喜び、すぐに他の属性でも試してみることになる。
結果として、すべての魔法が縫いとめられた。
おれの力を動力源として対象の魔力に干渉って、おれの力の源ってアレだし……、ちゃんと手にしていれば何でも縫いとめられるんじゃね?
「ねえねえ、そんなふうに魔法を縫いとめられるなら、なんかこう、剣みたいにできない?」
「剣みたいに?」
ああ、なるほど、とおれはものは試しと、雷撃を玉ではなく蛍光灯みたいな棒状にして縫牙に留めてみた。
結果から言うと白っぽいライトセーバーが出来た。
「なにそれ素敵……!」
ライトセーバーはミーネにいたく気にいられた。
「いーなー、いーなー」
ミーネはうらやましげ、振ってみたそうにうずうずしている。
しかしこれはミーネには持てない代物。
渡した瞬間にパーンッしてしまうのは実証済み。
神撃だからそれを留めるとなると、縫牙の方に残った力は早々に尽きてしまうということか?
まあ気分だけでもと、おれはミーネの背後に回り、後ろから回したおれの手を取らせて振らせてやる。
「ふぉーん、ふぉんふぉーん」
「なにその音みたいなの?」
「雰囲気的にな、振ったらこんな音がするような気がしたんだ」
ミーネは不思議そうだったが、まあ納得してほしい。
「ふぉんふぉーん、ふぉーん」
「ふぉーんふぉーん、ふぉーん」
二人でなんとなく楽しむ。
「面白そうだね、ちょっと私も」
と、ベリアはファイア・クリエイトでもって炎の剣を作りだして二人羽織なおれとミーネにチャンバラを挑んでくる。
「ふぉーん、ふぉんふぉん」
「ふぉんふぃんふぉーん」
「ぶおーん、ごぉー、ぶぉんぶぉーん」
おれとミーネ、そしてベリアが口で効果音をつけながらのチャンバラ遊び。
雷の剣と炎の剣がぶつかり合うと、魔力的な干渉があるのだろうか、雷がバチバチと、炎はブワッボワッと散ってなかなか派手なことになる。
するとそれを見守っていたシアも我慢できなくなったか言う。
「あのすいませんご主人さま、次わたしもいいですかね!」
そうだな、おれが持っているから……、シアでも平気か。
これが縫牙を渡してのものだったらシアのお尻が大惨事だな。
せっかくなので〈雷花〉での赤いライトセーバーにしてやる。
「ちょっ、わたし人工石色ですか。まあいいですけど」
そして今度はシアと暗黒面に落ちた騎士ごっこをする。
「ふぉーんふぉん、ふぉんふぉーん」
「ごぉー、ぶぉーぶぉー」
「あ、これなんか楽しい……! 楽しい……!」
シアもお気に召したようだ。
しかし楽しんでいたところ――
「あのー、学園長、レイヴァース卿、まことに申し訳ないのですが生徒たちが感化されてしまうので、魔法や魔術で無茶な遊びをするのはそれくらいにしていただけないでしょうか……」
実践訓練を受け持っていた教員が、すごく申し訳なさそうな顔をして文句を言いに来た。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/16
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/29
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/02/27




