第262話 12歳(秋)…記者
「すいません、すいません、すいません……」
「大丈夫ですから、ええ、大丈夫ですから」
集会のあと、ひたすら平謝りなアレサを慰める。
「アレサさん、ご主人さまもこう言ってますし、そんなに気にすることないですよー」
「そうよ、普通なら自慢したくなっちゃうことだし」
シアとミーネも一緒になって慰めているのだが、こりねえ、悪びれねえ、な傾向のあるこいつらが言うと……、なんか複雑な気分だ。
そんななか、ひとまずアレサが落ち着くための時間を与えるためだろうか、ベリア学園長に学園を見学してみてはどうかと提案された。
そしてその案内を任されたのが――
「お前、また派手に名を売ったな」
冒険者訓練校で一瞬だけ同級生だったウィストーク伯爵家のお坊ちゃん、ヴュゼア・ウィストーク。
希少な回復魔法の使い手ということが判明し、学園へ転学することになったのが二、三ヶ月前の話で、以降、特に連絡を取り合っていなかったため久しぶりの再会となった。
いや、ウォシュレットを作ったり、法衣を仕立てたり、英雄になったりと忙しくて連絡を取るどころではなかったというのが正確か。
「スナークを討滅したという情報が入ったときにはさすがにな、もう驚きを通りこしてあきれたぞ。また何かの王種を討伐したとかなら普通に驚けたが、もうな、あきれた」
「ベルガミアへ行ったらなんか暴争が起きたんだよ。それでまあ、なんか流れでそうなった」
「お前そんなのばっかりだな」
くっ、何も言えねえ……!
「まあいいんだよ、おれは。で、そっちはどうなんだ? ちょっと痩せたよな?」
「頑張ったんだ……、頑張ったんだよ」
お疲れ気味にヴュゼアは言う。
魔法とは無関係の状態から、いきなり学園に飛びこんだようなものだったからな。魔導学を基礎から学び、さらには回復魔法の適性があるから医学も学ばないといけないとくる。
大変だっただろう。
「ま、とは言ってもお前の幼少期程度なんだがな」
「充分だと思うぞ?」
などと世間話をしていたところ――
「はーい、こっち向いて向いてー」
呼びかけられて見やると、そこにはごつい機械――カメラをこちらに向ける少女が一人。おれたちよりやや上の十五、六といったところで、学園の制服は身につけていない。
おれたちが振り向いたところでシャッターが切られたのだろう、カメラはカチッと小さな音を立てた。
「あ、写真機! ねえねえ、いま写真とったのよね?」
「うんうん、そうそう。うまく撮れていたらー……、いる?」
「いる!」
少女はミーネといきなり仲良くなり始めた。
なんだろうこの人――、と思っていたところ、ヴュゼアが指で眉間をぐりぐりし始めた。
「おまえの知り合いか」
「知り合いというか……、姉さんだ」
苦々しい表情でヴュゼアが言う。
ところがこれにその少女は反発した。
「んもぉー、ちぃーがーうーでーしょぉ? そこは妻って紹介してくれないと! 妻! 妻! お嫁さん!」
「……え? そうなの?」
「その予定だ。ほら、俺の代理としてお前と決闘した、うちの家令をやってるレグリントの妹」
「あ。あー、あー、そう言えばその人を決闘に引っぱりだすために婚約者になったっていう」
「そういうことだ」
「ルフィア・エンフィールドよ。夫共々どうぞよろしくぅ!」
ヴュゼアの将来の嫁さんか。
ちょっとびっくりしていると、少女――ルフィアはふかぶかと礼をしてきた。
「いやー、その節はほんっとにお世話になりました。おかげでユーちゃんとめでたく婚約者同士になりました。結婚式にはぜひ出席してくださいね!」
「ぜひ出席させてもらいますよ。いつを予定しているんですか?」
「ユーちゃんを説得して今年中にはなんとか!」
「おお、それはそれは、めでたいですね」
「めでたくねえ!」
おれとルフィアが話しているとヴュゼアが怒鳴る。
「え、なに? おまえこの人と結婚するのは嫌なの?」
「いや、そういうわけではないんだが……」
「ユーちゃんは照れ屋さんだから……。でも、そこが可愛いの」
「頼む、姉さん、そのくらいにしてくれ……」
ヴュゼアは姉に振り回されてそうだな。
「それで姉さん、また忍び込んできたのか……」
「え、この人これで忍び込んで来てるの?」
めっちゃ堂々といるんですけど。
「ユーちゃんに会いたくてつい忍び込んじゃうの。でも今日はそれだけじゃなくて、レイヴァース卿にも興味があったのよ? ほらー、時の人でしょー? もちょっと写真とか撮っていい?」
そう言って、ルフィアはおれにカメラを向ける。
まだ許可もなにもしてねえのに。
「おまえの姉さんは写真屋なのか?」
「いや、だったらまだよかったんだがな……」
とヴュゼアはお姉ちゃんであり婚約者の職業を説明する。
ルフィアは小さな通信社の記者。
主な取引相手はウィストーク家の新聞社。
そこに枠をもらい、都市でのうわさ話やらなんやらを載せているとのこと。
要はゴシップ担当か。
しかし本人はもっと上質な情報を提供したいと思っているそうな。
「コネでこねこねして、レイヴァース卿のベルガミアでの活躍を記事にしたいなーって思ったの。でもそのあたりはねー、王家からのちょっかいもあって面倒そうだからやめました。なので私は無理せず地域密着型な感じを目指すのです」
「地域密着?」
「実はいま力を入れているのは冒険の書関連なの。自分でもシナリオを作ってみたって人もけっこういてね、そういうのを募集して、良いシナリオは掲載したりしてるのよ? ちょっとした遊戯会を企画したりもしているし、あと、これまで掲載したシナリオをまとめて本にしようっていう計画もあるわ。半分くらいは同じ人のものになっちゃうのがちょっと問題なんだけど……」
「同じ人?」
「あなたもよく知ってるお爺さん」
「……ん? あ、マグリフ校長?」
「そそ! 大正解!」
好きだなあの人も。
最近会ってないけど、ちゃんと校長の仕事してるか?
「それでね、ちゃんと本を出すと決まったら、そのときあなたにちょっとした紹介文とかお願いしたいんだけど、いいかしら?」
「んー、わかった。やってることはまともみたいだし」
「あれ? なんか酷いこと言われてる……? まあいいわ。そのときはどうぞよろしくお願いします」
ぺこり、とルフィアはお辞儀する。
それから手帳と鉛筆を出してメモの準備をして尋ねてきた。
「さてさて、ではここからが取材です。えー、どうでしょうレイヴァース卿、冒険の書の次回作、進捗はどんな感じで?」
「え、ちょっと待って。もしかして記事にする気?」
「もっちろん。けっこうな人たちが知りたがってるのよ? ほら、話した通りうちって冒険の書関連の企画やってるから、いつですかー、聞いてきてーってお手紙がけっこう来るの」
「そっかー……、んー、頑張っています。頑張ってるんだけど、なんか色々あってなかなか進まないです」
「そうねぇ、あなたが王都に来てからの行動を追ってみると、本当になにしてるんだろうこの人っていうくらい色々やってるものねぇ。ふむふむ、その辺りを前置きにしようかしら……」
ルフィアはぶつぶつ呟きながらメモをしていく。
「なんとか冬が来る前には刊行したいと思っていますです、はい」
「なるほどなるほど。それはそれは。みんな喜ぶわね、うんうん」
そんな突発的に始まった取材を受けていたところ、向こうから学園の警備員とおぼしき男性二人がこちらにやってきた。
と思ったら、警備員二人はルフィアの左右から腕をがっちりと絡ませ、ひょいっと浮かせて連行していく。
そう言えば不法侵入だったな、この人。
「あ、ちょ、待って待って、取材の途中なのー!」
ルフィアは足をじたばたさせて抵抗するが、警備員は問答無用で彼女をどこかに連れていってしまった。
「なあヴュゼア、あれってどうなるの?」
「門から放りだされるだけだから気にするな。あと、また後で会うと思うが、それもそういうものだと思って気にするな」
「……ここの警備って意味あるの?」
「そう言うな。あれでもうちを支える家の者だからな、こういうことは得意なんだ。無駄に」
「そうか」
隠密とかそういう系統の人なのかな?
ぜんぜん忍んでなかったけど。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/29
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/08
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/02/27




