第260話 12歳(秋)…伝説の雑巾
「た、ただいまです」
「おかえりー」
雇用を決めた翌日の夕方、コルフィーが仮宿(予定)となったこの屋敷に帰ってきた。
お茶とお菓子を用意してひと休みしてもらったあと、今日はお互いが出来ることの擦り合わせを行う。
昨日も最初はそんな感じだったのだが、途中でおれの裁縫遍歴についての話になり、最後は魔装の話になって終わってしまったのだ。
「わたしが出来ることは買って頂いた服を見てもらえればだいたいわかると思います。ですが……、レイヴァース卿はいったい何が出来るのか――、いえ、出来てしまうのか、まったくもってわかりません」
「うん、なんかごめん」
基本の基本。
並縫いとか返し縫いとか、もう本当にそれくらいのレベルだ。
なのに心を込めると魔装になる。
冷静に考えると本当にわけがわからないな。
「そこで今日は試しに何か縫ってもらおうと思うのですが、いいでしょうか?」
「なにかって?」
「何でもいいです。心を込めると勝手に効果がつくんですよね?」
「うん、なんかつくね」
「なんでついちゃうんでしょうね……、わたし、今朝は仕立てた服にすごい効果がつく夢を見て、大喜びしながら目を覚ましました。夢とわかって凄くがっかりでした」
「うん、ごめん、ホントごめん」
深層意識にまで食い込むほどおれの話はショックだったのか……。
「魔装をちょっと囓っているわたしとしてはレイヴァース卿の魔装製作は理解を超えるのですが、もうそこはそういうものとあきらめるしかありません」
「あきらめたのか」
「はい、あきらめました」
すまぬ……、すまぬ……。
最近、おれって素直に謝るようになったなぁ……。
「すいません、話がそれました。それで――、これからわたしは服作りのお手伝いをするわけですが、まず実際にどうなるか、それを確かめておきたいんです」
「そうか……、わかった。じゃあなんか縫ってみるよ」
さてさて、では何を縫おうか。
ただ生地に糸を通していくだけではつまらないので、多少は役に立つ物――、と言うわけで雑巾を縫うことにした。
まずはボロ布を長方形に裁断。
次にそれを半分に折って小さい長方形に。
後は二辺を縫い、ぐりんと裏返してから残りの一辺を縫う。
最後は四辺をぐるっと一周、そしてバッテンを描くように縫って締めだ。
効果が付与されるように、とのことなので、神撃を込めての針仕事となる。
祈る内容が影響するようなので……、そうだな、雑巾なんだから『拭いた物が綺麗になりますように』くらいでいいかな? ちょっと『世界が平和になりますように』とか祈りながら縫ったらどうなるか気になるところだが、くだらない実験をしてコルフィー先生の機嫌を損ねるのは得策ではない。真面目にやる。
そしていざ縫い始めるとなったそのとき――
「待った待った待った! なんですかそれは!?」
コルフィーに止められた。
「え……、なにって、縫おうとしただけだけど?」
「それはわかります! でなくて、その魔力をぎゅーっとしたようなそれのこと!」
「ん……? ああ、これか。ほら、昨日話した神撃、それ込めた状態だよ」
「それが? ……え? じゃああなたってずっとその状態で裁縫するんですか!? どれだけ魔力込めるんです!?」
「どれだけって……、縫い終わるまでだけど……?」
「なんでそんなことが出来るんですか!」
「なんでって言われても……」
またしてもおれの特殊性の話になりそうだ。
まだ縫い始めてもいねえのに。
「正確なところはわかりませんが……、そこらの魔道士が奇声あげながら高めた魔力を一針に込めるような感じがします。そんなの数針縫っただけで倒れますよ。なのに縫い終わるまでずっと……?」
「あ、そっか」
ふと気づく。
おれって力だけならたっぷりあるんだった。
瞬間的な出力は限定されるが、抑えた状態で持続的に使う分には問題ない。
それを説明すると、コルフィーは額を押さえて唸った。
「あー、なんとなくわかりました。どうしてあなたが心を込めたら効果が付与されるのか」
「ホントに!?」
「はい。どう説明すればいいのか……、えっと、昨日、魔装ってどんなものなのか簡単に話しましたよね?」
「うん、覚えてる」
魔装とは大雑把に言えば特殊な効果が付与されている衣装だ。
ダンジョンのような魔素溜まりで天然の魔装が発見されたことにその歴史は始まり、それを人工的に作りだそうとした結果、魔装職人という職業が生まれた。
魔装を作る方法は簡単に三つ。
その1、特殊な効果を持つ生地で服を作る。
その2、人工的に小規模の魔素溜まりを作り服を寝かす。
その3、服を立体魔法陣にする。
このうち魔装職人の領分はその2とその3である。
その1についてはコルフィーが説明を省いてしまったので不明。
いつか時間があったら聞こうと思う。
「魔装職人への依頼で多いのが魔石に宿る効果を服に移す仕事です。しかしその魔石だけでは人工的な魔素溜まり――錬成炉と呼ばれる状態を作りだすにはぜんぜん足りません。じゃあ同じ効果の魔石がたくさんあればいいって話になりそうですが――」
「そういう魔石って希少なんだっけ?」
「そうです。石のくせして何千、何億なんて値段がつくような代物なんです。じゃあどうするか? 普通の魔石で水増しするんです」
そうすることにより、錬成炉は魔石の効果を宿した状態になる。
が、他の魔石で水増ししているため、効果は弱くなるようだ。
「それであとは依頼品を放りこんで効果が移るのを待つわけです。もちろんすごく大雑把に話してるんで、その程度のものなのか、なんて勘違いしないでくださいね? 錬成炉が消えたら失敗、薄めすぎれば効果は付与されず失敗。そして使った魔石は戻らない」
成功にしろ失敗にしろ、お高い魔石は必ず失われるわけか。
大変だなー、と他人事に思う。
「で、どうしてこんな話をしたかと言いますと、あなたの裁縫がそれに近い――、いえ、近くはないですね。なんて言ったらいいんでしょう……、あー、えっと……、つまり、たくさんの力を持つあなたが錬成炉になってるんです」
「おれが?」
「はい。そしてあなたという錬成炉からの力は針と糸を通して生地に注ぎ込まれていきます。その結果、生地は変質します。普通なら耐えられないような効果の付与にも耐えうる代物へと。そして溜まりに溜まった力は、安定するためにあなたの願いを核として、それに近い効果となって発現するんです」
コルフィーはそう言うと、くたびれたようにため息をついた。
「まったく、とんでもない話です。可能、不可能で言ったら可能なんですけど、こんなの普通の魔道士がやったら数針縫って寝込んで、また数針縫って寝込んでの繰り返しです。命が削られます」
コルフィーはぷりぷり怒っている。
これって、おれが悪いのかなぁ……。
「はっきり言って、レイヴァース卿のやっていることは元手をかけずに魔装を生みだしているようなものです。かなりの金額で売れるでしょうし、そのすべてが利益――あっという間に大金持ちですよ」
「商売にする気はないなー」
「そうですか。もったいないような気もしますが、その方が良いかもしれません。もしこの事実が広まったら今の面倒なんて比べものにならないくらいの面倒事――深刻な事態になると思います」
「深刻な事態?」
「確実に魔装を作り出せるわけですから、依頼殺到ですよ。レイヴァース卿はグーニウェス男爵家がヴィルクを供給していることはよく御存じですよね? そしてその予約が――」
「あ、わかった。もういい。聞きたくない」
仕立て屋レイヴァース。
現在、予約は半世紀待ち――、なんて想像するだけで震えるわ。
「あと魔装職人が徒党を組んで、ハサミを握りしめて襲撃してくると思います。……これは内緒にしましょう」
「うん、そうする」
コルフィーは深刻な顔をして言うので、大人しく同意する。
「すいません、びっくりして作業を中断させてしまいました」
「いや、いいんだ。今の話は聞けてよかった」
これまで効果が付与されることを大っぴらにしてこなかった。
これは主に〈炯眼〉についての説明をしたくなかったからだが、そこまで大したものと思わず、気にしていなかったというのも大きい。
今日、コルフィーの話を聞いていなかったら、いつかぺろっと喋ってえらいことになっていた可能性もある。
雇ってよかった……、本当によかった。
「じゃ、これから縫うから」
おれはコルフィー先生に感謝しつつ、せっせと雑巾を縫った。
結果――
〈雑巾〉
【効果】清浄(微)
浄化(微)
破邪(微)
幸運(微)
雷撃無効
神撃無効
良さげな雑巾が完成した。
が――
「だあぁぁぁぁ――――――ッ!!」
コルフィーが叫んだ。
「え、なに!?」
「なにじゃない!? なにこれ!? なんなのこれ!?」
「ぞ、雑巾だけど?」
「雑巾!? こんな効果が付与された――それなのに雑巾!? 清浄と浄化は……、うん、わかる! あっさり効果が付与されているところに目を瞑ればまだわかる! でも破邪って!? どんな穢れを祓うつもり!? それに幸運!? 運命干渉する雑巾!? そして雷撃無効に神撃無効ってなにコレ!? 雑巾にこんなのいらないでしょう!?」
あ、そう言えば、その二つは勝手に付くって説明してなかった。
「なんなのこの雑巾! いったいこれで何と戦うっていうの!?」
「え……、汚れ?」
「誰もうまいこと言えなんて言ってないし!」
「すんません! じゃあ……、屋根を拭き掃除してるとき、急な夕立に見舞われて雷が落ちたとしても安心、とか?」
「そんな目に遭わないための幸運じゃないの!? いやそもそもなんで屋根を拭き掃除!?」
「じゃ、じゃあこれからの乾燥した季節、カラ拭きしていてもビリッとこな――」
「わたしはこの雑巾の運用法が知りたいわけじゃない!」
「はい、すんません!」
ダメだ、コルフィー先生はご立腹だ。
縫ってみろって言いだしたのはコルフィーなのに……。
「清浄、浄化、破邪、この三つならまだわかる。これならやってやれないこともない。でも幸運……、それに雷撃無効と神撃無効なんて、本当に伝説級の代物なのに、それなのに雑巾て……!」
伝説の雑巾を両手で握りしめるコルフィーは震えていた。
「どうしてわたしはなんでもいいなんて言ったの……! せめてハンカチとか真っ当な物を指定していたら、こんなわけのわからない憤りもなかったかもしれないのに……!」
自分の言動がよほど痛恨に思われるのか、コルフィーは頭を抱えてしまった。
どうしよう……、この屋敷で使ってもらおうと思っていたとか言ったら激怒するかもしれない。
「コ、コルフィー先生、それ、どうしたらいいと思います?」
「どうしたら? ……それは、まあ、使うしかないじゃないですか。伝説の雑巾になっちゃったからって、飾っておいても意味ないし」
おっと、これは意外だ。
てっきり祀っておけとか言われるかと思ったが……、そうか、コルフィーは良い道具ならちゃんと使う派か。
「そっか。コルフィーはそれ欲しかったりしない? 欲しければあげるけど」
「――ッ!?」
コルフィーの動きが止まる。
しかし表情は喜び、苦悩、困惑、遠慮、とコロコロ変化。
かなり葛藤している。
変に価値だけはあることを理解しているため、貰うか、貰うまいかと迷っているようだ。
ここは一押し。
「コルフィーがいらないなら処分するけど」
「ください! お願いします!」
コルフィーは伝説の雑巾の主となった。
これからは思う存分に汚れと戦ってほしい。
△◆▽
コルフィーを雇って技術の擦り合わせを続けるなか、ミリー姉さんが妹分――アレサの法衣姿を拝もうとのこのこやって来た。
まあそれはいいのだが――
「ごきげんよう。聖女と認められての法衣姿、とても似合っていますよ。遅れてしまいましたが、祝いの言葉を贈らせてもらいますね。おめでとうアレサ。つらい役目ですが、貴方なら善き神の信徒――聖女の名に恥じぬ働きをすると信じています」
「御姉様、ありがとうございます」
ミリー姉さんが立派な姫さま始めてびっくりした。
普段の調子はどこいった――、と思ったら、その後おごそかな雰囲気をかなぐり捨ててアレサに抱きついたのでちょっとほっとする。
「先ほどまでのミリメリア様が、業務用ミリメリア様です。レイヴァース卿はあまり会う機会が無いかもしれません」
おれの困惑を察したのか、御付きのシャフリーンが教えてくれる。
確かに業務用ミリー姉さんとは会う機会はほとんど無いだろう。
それからミリー姉さんに近況報告をしたところ、お手伝いに雇ったコルフィーに会いたがった。
「いやいやいやいや! どうしてミリメリア様がわたしなんかと!?」
学校から帰ってきたコルフィーを捕まえ、応接間で金銀赤とメイドたちをはべらせているミリー姉さんのところへ連れていこうとしたところ激しい抵抗にあった。
「おれの手伝いしてくれる子だからってさ」
「いやですから! どうしてミリメリア様が手伝いのわたしに!?」
「あ、そういやまだ言ってなかったっけ。おれ実はミリー姉さんから衣装製作の指名依頼を受けててさ、それを手伝ってくれる子だから会ってみたいんだと思うよ?」
「なんでそういつも後出しでとんでもない話を出してくるんです!?」
そうか、王族からの指名依頼となれば、一般的にはとんでもない話になるのか。
これはうっかり。
「まあちょっとだけでも会ってあげてよ。もう三時間くらい待ってるんだし」
「ま、待ってる!? 三時間!? わたしがミリメリア様を三時間待たせてる!?」
「あ、いや、突然来て勝手に待ってるんだからそこは気にしなくてもいいと思うよ? 待ってるのも楽しそうだし」
まあシアとメイドたちはミリー姉さんの調子に苦笑いだが。
好意的なのはミーネ、それとアレサだ。
アレサはミーネみたいにはしゃいではいないが、落ち着いた感じでミリー姉さんとお喋りを楽しんでいる。
コルフィーは出来れば避けたいようだったが、王族が望む面会を拒否するという選択肢は自分の中に無いようで、結局はガチガチに緊張しながらもミリー姉さんに会うことになった。
「コ、コルフィーと申します!」
「あら可愛らしい」
にこにことしたミリー姉さんに抱きすくめられるコルフィーはガクブルしていたが、対面自体は特に問題もなく、おれの手伝いを頑張ってくれというミリー姉さんの言葉にコルフィーは全身全霊で取り組むと宣言していた。
そしてミリー姉さんが帰ったあと――
「もう他にわたしをびっくりさせるような話はありませんね!? 本当にありませんね!? あるならあるでいいんです! ただ! ただその場になってからでなくて、前もって教えておいてほしいだけなんです!」
コルフィーにしつこく確認された。
たぶんもう無いと思う。
うん、たぶん無い。
△◆▽
技術の擦り合わせを続けての四日目、そろそろ仕立て仕事を始めることにする。
まずは作る服のデザインを決めようと、コルフィーにこれまで描き溜めていたデザイン画を見せた。
コルフィーは大いに興奮し、密かに暴走を開始。
暴走していると気づいたのは数日してからで、ちゃんと食事を取らせて就寝させているのに、目の下にはクマができ、やつれていくコルフィーを不審に思ったのがきっかけだった。
そこで夜中、コルフィーに与えた部屋に行ってみると、そこには寝ないでデザインを考えているコルフィーの姿が……!
「寝ろ!」
「ね、眠れないんです!」
楽しくて楽しくて眠れず、ならお仕事しようと思い至ったらしい。
だが、だからといってこのままではまず間違いなく倒れる。
ここは無理矢理にでも寝かせるべきと考え、一つ提案をする。
「じゃあ……、そうだな、ベッドに横になって一時間そのままでいること。もしそれで眠れなかったらお仕事してよし」
「うぅ……、一時間も惜しいのに……」
コルフィーは渋々ベッドに横になり目を瞑る。
ここで退室するとまた仕事を始めると思い、おれは一時間つきあうことにする。
「仕事を頑張ってくれるのはありがたいんだがな、それでコルフィーが体調を崩してしま……、って、寝てんじゃねえか!」
ベッドの上で目を閉じてものの数分でコルフィーは寝た。
「……いや、気絶に近いんじゃねえかこれ……、これからはちゃんと寝るまで見張った方がいいな……」
明日はメイドたちの誰かに頼もう。
コルフィーの健康のためとなれば、メイドたちも嫌とは言うまい。
居候となったコルフィーだが、メイドたちのウケは良い。
誰にどんな服が似合うか、それを本人の希望も考慮しながら頑張ってくれるため大歓迎を受けている。そして歓迎してくれているからこそ、コルフィーはますます張りきってしまうようだ。
皆が幸せという実に良い状態。
コルフィーを雇えたのは本当に幸いだった。
まかり間違ってダルダンで妥協とかしなくて本当に良かった。
※台詞を少し追加しました。
2017/04/29
※ミリメリアとアレサが会うシーンを追加しました。
2017/08/17
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/29
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/25




