第259話 12歳(秋)…装衣の神の信徒
コルフィーを正気に戻すためにもひと休みした方がいいと思い、シアにお茶の用意をしてもらった。
シャンセルに氷を提供してもらってのアイスティーはコルフィーにいたく気にいられた。
どうぞどうぞと勧めたところ、遠慮しながらもおかわり二杯。
猛犬に追っかけ回されたからな、喉も渇いていたのだろう。
ひとまずコルフィーが落ち着いたところで、どれくらいここに通えるかの話を詰めることにした。
「日中、わたしは学校があるので、こちらへは夕方くらいにお邪魔することになりそうです」
ソファに腰掛けるコルフィーはクマ兄貴をがっちり抱きかかえている。
何か悟ったのだろうか、クマ兄貴はもう抵抗することなく大人しく抱えられていた。
「そっか。じゃあ夕方から……、って、あれ、今日は?」
「今日、学校はお休みの日です」
はて、別に今日は日曜でも祝日でもないのだが……、その学校には特別な日なのかな?
「学校はお休みの日なのです」
コルフィーがもう一度言った。
そうか、深くは聞くまい。
おれも前世ではその日の気分で決めていたしな。
「それでですね、夕方くらいにお邪魔して、それから真夜中くらいまで働いて、一段落したところで帰ろうかと思います」
「いやいや、きついだろそれは。それにあんまり遅くなるのはまずいんじゃないか?」
「家のことは心配ないです。寮に寄宿しているので」
「寮なら余計に気を使うんじゃ?」
「大丈夫です、なんとかなります」
コルフィーはそう言うが、ここで働くために無茶を通そうとしているようにしか聞こえない。学校でお勉強して、それからこっちに来て仕事して、夜中に帰るってのはいくらなんでも厳しいだろう。
それに夜中に帰すのも心配だ。
「ご主人さま、いっそのこと、コルフィーさんをここに寄宿させて朝になったら学校へ行ってもらうようにしたらどうですか?」
ふとシアがいいことを言った。
「なるほど。そういう手もあるか。コルフィー、どうかな?」
「こ、このお屋敷で生活ですか?」
「うん、この屋敷、元はメイド志望の子たちに寄宿しながら学んでもらうための学校なんだ。空いている部屋はまだあるし、食事とか洗濯とかもメイドたちに頼めばコルフィーには時間的な余裕が生まれる。悪い話じゃないと思うんだけど」
それに夜中に帰さなくてもすむからこちらも気が楽だ。
コルフィーはうつむいて考え込む。
「……そうなると、朝まで思いっきり仕事が出来るわけですか……、いいかもしれません、好きなだけ裁縫が――」
「君は何かおかしなことを言っているよ!?」
負担を減らすための提案なのに、自分でより負担を増やしてどうする。
ってか、それでいつ寝るつもりなんだ。
寝ないのか?
それとも学校で寝るのか?
いやまあ元の世界でそういう奴けっこう居たけども。
「夕方から仕事を手伝ってもらって、食事をして、ちゃんと寝て、朝になったら学校へ行く。これがこの屋敷に寄宿するための条件」
「えぇー」
すごく不満そうな声をあげられた。
△◆▽
結局、コルフィーは条件を呑んでこの屋敷に寄宿することになった。
さすがに今日からというのは急すぎるので、ある程度準備が整ってから――本格的にお仕事を始めるくらいからということになる。
雇用形態についてだいたい話がまとまり、まだ時間に余裕があるのでそれからおれの技術確認をすることになった。
そして問題が発生する。
「基本の基本しか出来ないのに、それが熟練の職人に迫るってどういうこと!? いやそれより、心を込めたら魔装が出来るって!?」
おれの技術があまりに拙くコルフィーは憤慨。
いや、ただ技術不足というだけならまだ許せたのだろう。
問題は拙い技術のくせに、シアのメイド服、ミーネの服やアレサの法衣など、普通ではありえないような効果が付与された服を作り出せてしまうという事実。
そのアンバランスさにコルフィーはキレた。
これまでは「あ、なんか効果がついてんな」くらいにしか気にしていなかったのだが、こういった効果の付与された衣装というのは魔装と呼ばれるものになる。
これについては母さんからも聞いていたのだが、別段、それがどうしたくらいのものでしかなかった。
シアのメイド服に付与された効果を話していたら、母さんも驚いただろうか?
「心を込めただけで魔装ができたら魔装職人なんていらんわーッ!」
「いやいや、待て待て。違うんだ。魔装を作ろうとして心を込めているわけではなくて、心を込めると勝手に魔装になってしまうんだよ」
「ふざけんなぁ――――ッ!」
興奮したコルフィーは貴族相手なんてことも頭から吹っ飛んでしまったらしく素の口調で怒鳴ってくる。
「魔装職人っていうのは大変なの! ものすごく高価な生地や魔石を使うだけでも気が重いのに、それをちゃんとした魔装にするためにはもう胃に穴が空くくらい神経を使っての作業になるの! 絶対に失敗は許されない――、失敗したら死ぬくらいの気持ちで、どんな些細なことにも注意を払うくらい神経を尖らせてやらないといけないの! おまけに失敗しなかったとしても、望んだ効果が乗らなかったりなんて運も絡んできてもぉー!」
コルフィーの母親は元魔装職人だったらしく、その大変さをこれでもかと語ってくれた。
「なのになんで!? なんで祈ったら出来ちゃうの!? めちゃくちゃにもほどがある! なんなの、なんなのよホント! 世の魔装職人が聞いたらハサミ握りしめて殴りかかってくるわ!」
そいつはちょっとしたホラーだ、恐い。
「もぉー! もぉー! どんなふうに魔装を作っているとか教えてもらえたらなー、って思ってたのに! そんな祈ったら出来るとか、心を込めたら出来るとか、そんなの真似しようがないじゃないの!」
「はい、そうですよね、すいません」
コルフィーのあまりの荒ぶり様に思わず謝る。
「予定が狂っちゃったじゃないの!」
「え、雇われるのやめちゃう? 辞めないでほしいなぁ」
「辞めない! 辞めないわ! ここには古代ヴィルクで出来た服があるのよ! 辞めろと言われてもやめない! 辞めるもんですか!」
と、コルフィーは再びシアにしがみついてぐりぐりする。
クマ兄弟も真似してシアにしがみつく。
「それにこの子たちもいるし!」
「でかい方はちょっとだけ古代ヴィルク使ってるんだよね」
「頭おかしい!」
忌憚のないご意見を頂いた。
「そんなにあるならわたしにも頂戴!」
「実はもうあんまり無いんだ。もらったほとんどはシアのメイド服になったし、残りはほぼ預けて増やしてもらってるところ」
「預ける!? 怪しいところじゃない!? うまいこと言われて取られてからじゃ遅いのよ!?」
「それなら大丈夫、グーニウェス家だから」
「グ!? ヴィルクの供給元じゃない! どういう伝手!? ちょっと待ってよ! なんでそう次々と頭のおかしくなるような事実をぶつけてくるの!?」
「ご主人さまー、色々と最初から説明しておいた方がいいんじゃないですかー?」
コルフィーとクマ兄弟にしがみつかれているシアが、ちょっとくたびれたような表情でそう言った。
「そだな、まずはおれの裁縫の遍歴を知ってもらうか」
コルフィーが錯乱――、いや、混乱するばかりなため、どうしておれが裁縫を始めたか、そこから説明を始めることにする。
話はまず服がお下がりばかりになってしまう弟を不憫に思い、こうなったら作るしかないと思いたったことに始まる。
これについて、今まで誰にも理解してもらえなかったのだがコルフィーは違った。
「わかるなー」
「共感してる!?」
シアがなんか度肝を抜かれていた。
「そういうわけでな、まずは古着の真似から初めてな」
「なるほど。それで技術が極端だったんですね」
「そうなんだ。で、縫えるようになったところで、ようやく弟の服の製作にかかった。まず木を切りだし、それで祭壇を作って……」
「ふむふむ、なるほど。よりよい物にしようとしたんですか」
「あっれー……、話が普通に進んでってますねー……」
シアは怪訝な顔をするばかり。
「それでやっとのことで弟の服を完成させたら、あれだ、服の神がひょっこりやってきた。なんでもその服は危ないからって強奪されてしまったんだ……、まあ代わりに祝福をもらったからいいと言えばいいんだが……」
「うらやましい!」
そう叫ぶコルフィーさん。
なんと服の神――ヴァンツを信奉する信徒だった。
専用の箱を用意し、貯金するみたいに習得した縫製技術を施した布きれを奉納していくという、裁縫職人の儀式も行っているとのこと。
「あいつにも信徒っていたんだな」
「ちょ!? いますよ!? いるに決まってるじゃないですか! 祝福までいただいておいてなに失礼なこと言ってるんですか!」
聞いてみると、ヴァンツは厳格な神ということになっているらしい。
例え一度だけしか着られず、タンスにしまい込まれるものだとしても、着る人のことを思って縫いあげる職人の心意気――、そういう厳格さだ。
「わたし、いつか加護をいただけたらなって、日々精進しているんですよ!」
「そうなのか……」
次に会う機会があったらぜひコルフィーに加護をやってくれと頼んでみることにしよう。
「それからシアのメイド服を仕立てたんだが――」
と、今度はシアのメイド服を仕立てた時の話になる。
そしてこちらも不思議な代物になったので、仕方なく回収を認める代わりに古代ヴィルクをもらったのだ。
そのときは超貴重とは知らなかったので気にせず使った。
「なんてもったいないことを……、なんて……!」
くっ、とコルフィーはあまりのもったいなさに悔し泣きを始めそうだったので、残った白地の生地を見せて落ち着かせようとした。
「はぁぁ――――ん!」
そしたらコルフィーは雄叫びをあげながら頬ずりを始めた。
激しすぎて顔についた汚れを必死にぬぐってるみたいに見えた。
「ちょっと食べてみてもいいですか!?」
「食べ物じゃないよ!?」
「でもきっと幸せな気分になると思うんです!」
それは脳内麻薬の効果ですね。
報酬の前渡しとして、ちょっとだけ切れ端をあげようかと思ったが、本気で食べそうだったので今はやめておいた。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/16
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/29
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/16
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/09/21




