第258話 12歳(秋)…鑑定眼
「つい勢いで追跡させたけどこれじゃ意味なかった……!」
バスカーにコルフィーを追わせたあとに気づいた。
普通は犬に辿らせてそれに付いてくものだ。
逃亡者と追跡者が揃ってどっかに行ってしまったんなら、おれたちは追っ掛けようがないではないか。
それでもひとまず消えていった方角に向かってみたところ――
「……あれ?」
バスカーが咥えた布きれを引きずりながら戻って来た。
「そっか、逃げられちゃったか。まあ仕方な――、って待てコラ。これスカートじゃねえか!」
「わん!」
「わんじゃねえ!」
では、現在コルフィーはおパンツ大盤振る舞いで逃走中なのか?
「わんわん!」
バスカーは「こっちこっち!」とばかりにおれを急かす。
ついていったところ、お店の裏手に回るための細い路地にてうずくまっているコルフィーを発見した。
「しくしくしく……」
めそめそしていた。
うん、町中でスカート引っぺがされたらめそめそもするよね。
おれは背を向け、アレサにスカートを渡してもらう。
「すまなかった」
おれは心からの謝罪。
すまぬ……、すまぬ……。
「うぅ……」
「まさかこんな強攻策で足止めするとは思わなくてな」
「レイヴァース卿ですよね……?」
「ああ、こんな格好をしてはいるが、そうだ」
「趣味なんですか?」
「んなわけあるか!」
「へう!」
「あ、すまん。変に有名になって面倒だから変装してるんだ。まあ君には見破られてしまったわけだが……」
道行く人々の何割かには「あ、女装してる」と気づかれていたのかもしれないと思うとのたうち回りたくなるが、なんとか我慢。
「レイヴァース卿、もういいですよ」
アレサに促されて二人に向きなおる。
コルフィーは警戒しているのか、不安げな表情だ。
「わたしをどうするつもりなんですか?」
「うん、それなんだけどね」
落ち着かせるためにも、まずデザインについては別に真似されようがなんとも思わないことを告げる。
あの服を見ていたのは確かにデザインが似ていたというのがきっかけだが、純粋に作りの良さに感心していたと説明したところ――
「ありがとうございます!」
コルフィーはすごく喜んだ。
「あの服はやっぱりミーネ――、って言ってもわからないか」
「クェルアーク伯爵家のミネヴィア様ですか?」
「うん、そうそう。あいつの服を見て作ってみたの?」
「はい。町でときどき見かけることがあったので」
「見かけただけでか……」
すごいな。
ぜひともおれを手伝ってもらいたい。
「実は今、仕事を手伝ってもらえる人を捜しているんだ。合計すると十三人分、服を仕立てることになってね」
「……? ――ッ!?」
まずはきょとんとしたコルフィーだったが、すぐにおれが何を言いたいか察したらしく、あたふたしながら尋ねてくる。
「あ、あの! もも、もしかして、わたしを雇おうとかそういう話だったりですか!?」
「ああ、君がよけれ――」
「やります! わたしやります!」
おおぅ、この超反応は予想してなかった。
「待て。まあ待て。実はいま面倒なことになっていて、それを聞いてから判断してほしいんだ」
と、おれは妙に注目されて困っていること、場合によってはそっちにも迷惑がかかるかもしれないことを説明する。
「なるべく迷惑がかからないようしたいんだが、どうなるかはちょっとわからなくてな……」
「かまいません! 雇ってください!」
「ずいぶんやる気だな……。まだ給与とかその辺りのことを聞いてからでも」
「もらえたら嬉しいですが、無くてもかまいませんよ! 雇われるってことは一緒に製作するんですよね! あなたがどんな風に服を作っているか見ていていいんですよね! 教えてもらえるんですよね!」
「君に教えられるようなことはないと思うけど……、まあ教えられることがあれば教えるよ?」
「はい、雇われます! もう雇われますよこれ!」
めちゃくちゃ乗り気だ。
嬉しい誤算なのだが、乗り気すぎてちょっとこっちが不安になる。
「ひとまず……、一緒に屋敷に来てくれる? 詳しい話はそこでしようと思うんだ」
そしておれはコルフィーを連れて屋敷へと戻った。
帰りもやっぱりおれはアレサに隠れ、バスカーはコルフィーに抱えてもらった。
△◆▽
「おかえりなさい」
玄関まで来たところサリスが出迎えてくれた。
ウサ子はどこかに置いてきたらしく一緒には居ない。
と思ったら奥の角からこそっとこちらを窺っていた。
ウサ子、見えてる、見えてるって……!
「もしかしてそちらの方が?」
「うん、こんな格好までした甲斐はあったよ」
「…………」
紹介しようとしたところ、コルフィーはなにやら惚けている。
「コルフィー?」
「あ、ごめんなさい、ちょっとぼんやりしてました」
コルフィーは取り繕うように笑いながら抱えたバスカーを撫で、それから地面に下ろした。
解放されたバスカーは「うひょひょー」と訓練場を駆け回り始める。
元気でよろしい。
元が元だからもうちょっと威厳があってもいいような気もするが。
「じゃあ、これから部屋でコルフィーに詳しい話をしようと思う。それで……、サリスは部屋に妙なものが近寄らないよう頼む」
「かしこまりました」
「あとアレサさんをティアナ校長のところに案内してくれる? これから一緒に暮らすから、そのあたりのことを説明してもらって」
「はい。ではそのように」
「アレサさんは話のあと、用意した部屋でひと休みしてください。すいませんね、屋敷に来て早々に色々と連れ回してしまって」
「いえいえ、お気になさらず。これからも、なにかあればどんどん言ってください」
二人とはそこで別れ、コルフィーを仕事部屋に連れていく。
コルフィーはすっかり雇われる気になっているので、仕事の内容や雇用形態についてはすんなり話が終わりそうだ。
が、ここに通うとなれば、いつかはこの屋敷に住み着いている妖怪と対面することになる。
いきなり遭遇するのはよろしくないし、雇うことになったらここが妖怪屋敷なことも説明しないといけないな。
部屋に到着したところでコルフィーにはちょっと待ってもらい、隣の寝室でお着替えをする。
そしていざ説明となったところ――
「ちょっとご主人さまー、なんか女の子ひっかけてきたって聞いたんですけどー」
のこのこシアがやってきた。
するとその瞬間。
「んにょあぁぁぁ――――――ッ!?」
シアを見たコルフィーが悲鳴――、いや、咆吼をあげる。
これにはおれもシアもびっくり。
ぽかんと間抜け面で固まってしまう。
一方、コルフィーは激しく興奮しながら言う。
「な、なんなの……!? 不朽に復元、浄化と成長……、それに雷撃無効に神撃無効とか! ありえない! なんで、そんな、そこまでのものが乗る生地って……、って!? 精霊布!? それも古代ヴィルクじゃないの! え、生地のすべてがッ!?」
一瞬なんのことかわからなかったが、そう言えばシアのメイド服に付与されている効果がそれだった。
どうしてコルフィーはそれがわかった?
おまけにあのメイド服が古代ヴィルクであるとも気づいたようだ。
「なあコルフィー、今言ったことなんだけどさ、どうしてそんなことがわかったかちょっと聞いていい?」
「――ッ!?」
おれが話しかけるとコルフィーは、しまった、と口を押さえ顔色を変えた。
そしてそのまま固まってしまったのだが――
「こ、こうなったら!」
なにやら意を決したように叫び、シアの胸辺りにがばっと抱きついてぐりぐりぐりと顔を押しつけ始める。
「あぁーん! これが! これが古代ヴィルクの肌触り! たまらない! これはたまらない! もうどうなってもいい!」
「え……、あの……、コルフィーさん……?」
いきなりの奇行におれは困惑せざるを得なかった。
どうしよう、このままじゃシアのお胸が陥没しちゃう。
「ご主人さまー、まーた愉快な仲間たちなんですかぁ?」
「なんでおれが悪いみたいに言うんだよ」
精霊も、犬も、ぬいぐるみも、おれのせいってわけじゃないだろう?
「見てないで助けてくださいよー……」
「助けるったってどうすりゃいいのよ……」
一心不乱にメイド服を堪能しているコルフィーはいつまでたってもシアから離れなかった。
仕方がないので苦肉の策。
弱雷撃――、パチンとな。
「あばばっ!」
雷撃を喰らったコルフィーは「なにごと!?」と驚いたようであったが、なんとか正気に戻ってくれた。
「どういうことか聞かせてくれる? どうしても言いたくないなら言わないでいいけど……」
無理強いをするつもりではないと伝えたところ、コルフィーはしばらく悩んだものの、やがて口を開いた。
「わたしの目は……、ちょっと特別なんです。目にした対象のことが――、それが何なのか、誰なのか、そういうことがわかるんです」
「へえ……」
言うなれば〈鑑定眼〉だろうか。
「あ、じゃあおれの女装を見破ったのは……」
「はい、この目のおかげです」
「そうか、ちょっとほっとしたよ」
コルフィーの『目』は、おそらくエドベッカがおれに使って破損させた片眼鏡型の魔道具、その構想のもとになった能力だろう。
試しにおれを調べてみてもらったところ、取り立てて優秀でも劣等でもない『普通』という評価をもらった。
そっか、普通か。
まあ……、わかってはいたんだけどね、うん。
そのほか特殊能力については雷を使えることはわかったようだが、その元になる〈厳霊〉、それに〈炯眼〉と実は活躍していた〈廻甦〉についてはいっさい触れず、どうやらこのへんはコルフィーの能力を超え、鑑定できないものらしい。
完全なものではないとは言え、コルフィーの〈鑑定眼〉はなんかおれの〈炯眼〉より便利そうだ。正直羨ましい。
コルフィーは母親から、この『目』のことがバレたら利用されてしまうから隠すようにと言われていたようだ。
しかしシアのメイド服、その常軌を逸した性能につい我を失ってしまったとのこと。
もうお終いだと、最後に古代ヴィルクの服に包まれておきたかった、というのが大騒ぎに至った思考回路だったらしい。
「すいません……、びっくりしてちょっと取り乱しました」
ちょっとか?
ほとんど錯乱していたように見えたが君にとってはちょっとなのか?
「あの……、このことは黙っておいてもらえませんか……?」
しょんぼりと言うコルフィー。
「言いふらすようなことはしないよ。都合がいいし」
と、それからおれは精霊、そしてクマ兄弟をコルフィーに紹介する。
「ぬ、ぬいぐるみが……! ぬぬ……、ぬーッ!」
がばっとクマ兄弟を捕獲にかかるコルフィー。
プチクマは小柄なところを生かしてひらりと避けたが、クマ兄貴の方は――、残念、がっちりと確保されてしまう。
「あぁ……、すごい、このお屋敷すごい……、まるでお伽話の国みたい……! あぁ、たまらない……!」
クマ兄貴は体が陥没するくらいの勢いで頬ずりされている。
逃げだそうとジタバタしているが、コルフィーは逃がすものかとますます力を込めて抱きしめる。
「この屋敷にはこういう秘密があるわけだけど、できれば内緒にしておきたいから黙っていて欲しいんだ。その代わり、こっちはコルフィーの目のことは内緒にする。どうかな?」
「クマクマァ……、あぁ……、もふもふ……」
「うん、聞いてないね」
クマ兄弟の紹介はちょっとはやまったらしい。
若干の不安も生まれたが、ともかくコルフィーを雇うことになった。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/15
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31




