第257話 12歳(秋)…露天にて
奴隷はダメだ。
とんでもないケチがついた。
「しかしそうなるとだな……」
詳しいことは聞いてこなかったが、おれが憤慨していることから過去に何かあったと察してくれたようでダリスは別の方法を考え始めた。
「要はある程度、針仕事が出来ればいいわけだね?」
「はい、そうです」
そもそも特殊な縫い方や生地の使い方など出来ないおれの手伝いなのだ、そう多くは望まない。
「ではそこそこ針仕事ができて、立場の軽い者はどうかね」
「立場の軽い者?」
「弟子入りしていたが辞めた者、昔は針子をしていた女性、そういった者たちだ。簡単に切られてしまうとわかる者なら、相手も無駄だと判断して余計なちょっかいもかけてこないだろう。もし干渉してきたとしても、面倒なことになる前に辞めてもらえばすむ話だ」
非情なようだが、妙なやっかいごとに巻き込むよりはその方がいいのかもしれないな。
「ではちょっと露天を覗いてみようか」
「露天ですか?」
「うむ。もう少しするとシャーロット生誕祭があるだろう?」
「ああ、はい。そうですね」
シャーロット生誕祭――、これ、要は収穫祭である。
狩猟から栽培へと人の生活が変化し始めた頃から始まり、時代が後になるにつれてその地における信仰の対象に感謝する祭りにもなったもの。このザナーサリーにおいてはその対象がシャロ様で、さらにシャロ様の誕生日がその祭りの日程と被ることから、シャーロット生誕祭と呼ばれることが多い。
祭りは収穫祭としての三日間、それにシャロ様の誕生日が一日くわわっての四日間続けられる。
「いま王都には祭り目当てに人が集まり、市も賑わっている。そこでこの機会に収入を得ようと、服を扱う露天には新しく仕立てた服を売ってもらおうと持ちこむ者が増えているんだ。もしそこに良い服があれば、それを作った者に交渉してみるというのはどうだろう」
「なるほど、そうですね。アレサさん、もう少しつきあってもらっていいですか?」
「もちろんです。どこへでもお供いたしますよ」
アレサはにっこりと答えてくれたので、おれはそのまま露天商が集まっているという場所に出向いてみることにした。
△◆▽
露天が集まる区画に向かうにつれ、人通りが多くなり足元をちょこちょこついてくるバスカーが邪魔になり始めた。
抱えて行けばいい話だが、奴には人々の視線を誘導してもらうという役目がある。
そこで――
「ふむ、こうして子犬を抱えるのは初めてだ」
ダリスにバスカーを抱えてもらうことにした。
くるんとしたお髭の紳士が子犬を抱えている姿はなんとも愛嬌があり、道行く人々の視線は見事におれからそらされた。
そんなダリスに先導してもらい、露天が集まる区画に到着。
売っているのは主に古着だが、各家庭のご婦人方や針子、仕立て屋の見習いなどが暇を見て縫いあげた新品も売られている。
「君に送った多くの古着なども、ここの商品をごっそり買い取ったものなんだよ」
「その節はおせわになりました」
ダリスが古着をたくさん送ってくれたから今のおれがある。
……うん?
この現状はちょっと素直に喜べないな。
「では手分けして掘り出し物を探すとしようか」
三人揃って順番に露天を巡るのでは時間がかかってしまう。
そこで一旦別れて露天をチェックしていくことになったのだが、女装姿で一人きりというのは難易度が高い。
結局、おれは引き続きアレサと一緒に行動することした。
「おや、もしかして聖女様?」
行く先々の露天でアレサは驚きを持って迎えられ、お勧めの商品を紹介される。
しかし今のところ目を惹く衣装には出会えず、そろそろ何軒目かわからなくなった頃――
「おや、さすがは聖女様、お目が高い」
アレサが一揃いで飾られるブラウスとスカートに目を奪われた。
「あ、レイ――、っと、えっと、あの、これってどうでしょう?」
一瞬、レイヴァースと言いかけたがなんとかセーフ。
おれはアレサの背から離れ、そのツーピースを間近で眺める。
「……これって……」
生地の色合いが明るく、若干デザインも変更されていはいるが、その服はおれがミーネに仕立てた服にとてもよく似ていた。
きっとミーネの服に触発され、自分なりに仕立てた服なのだろう。
「おや、嬢ちゃん、聖女様の友達かい? そいつはお勧めだぜ」
じっくり服を眺めていると、その店舗のおやっさんがにっこりと営業スマイルを浮かべた。
「そいつは嬢ちゃんと同じくらいの子が作ったもんさ。腕の確かさは俺が保証するよ」
手にとって確かめてみる。
縫い目は乱れ無く、そして生地をがっちり固定しすぎないようわずかに余裕を持って縫われている。生地と生地の境目もぴったりと収まり、歪みもない。
「その子の母親はなー、腕の良い仕立て屋でな、その母親から学んだんだってよ。母親が亡くなってからは親類のところに行ったらしいが、ときどき服を売りにくるんだ」
その子のためにもこの服を売ってやろうと情けに訴えているのだろうが、そういうのはちょっとやめてほしい。
「おや、良い物があったかね?」
おやっさんのセールストークにちょっと辟易しつつも服の出来を確かめていると、他の露天を回っていたダリスがこちらに合流した。
「……ほう、よさそうだね……」
「……ええ、良いですね……」
ダリスも一緒になって確認する。
素材はミーネの服の方が上。
しかし服としての品質はこちらの方がずっと上だろう。
着ているうちに自然と体に馴染んでいくようにとの心配り。仕立て直しでゆるめたりも出来るようにと内側に織り込まれた生地に幅もある。知らない縫い方もされているし、きっと他にも工夫があるのではないだろうか。
「うーん……、これくらい出来たらなぁ……」
これだけの腕前ならば、裁縫の先生としても雇いたいくらいだ。
それにミーネの服をもとに、自分なりの作品を作ってみたその意気込み、向上心も素晴らしい。
うん、これを作れる子ならぜひ雇いたい。
「……ひとまずこれは買っておこうかと……」
「……そうか。わかった。――ではこちらを頂こうか」
「へい、まいど!」
ひとまずこの服は手本にするために買うことにする。
そんなとき――
「こんにちはー」
人混みのなかから女の子――、おれより一つ二つ下くらいの少女が現れた。ちょいぼさぼさの紺っぽい長めの髪に青い瞳。生地こそ安っぽいがちゃんと体にあった白のブラウスに、膝当たりまでのグレイのスカートを身につけている。
「おうコルフィー、喜べ、こちらの紳士がお嬢さん用にとお前の自信作を買ってくれるぞ」
「あ! 本当!? ありが――」
と言いかけた少女――コルフィーが固まる。
目を見開いて見つめるのはアレサだ。
「聖女さま……!? 法衣が……、なに、これ……、すごい!」
コルフィーは愕然とした表情でよろよろとアレサに近寄ると、その法衣をまじまじと観察し始めた。
「ありゃ、すまんねえ、この子は服のことになるとこうなっちまうんだ。ほらコルフィー、お客さんはほったらかしで」
「で、でも……!」
「あの、よければこのあとゆっくり見てもらってもかまいませんよ?」
「本当!? ありがとうございます!」
そう嬉しそうに言ったあと、コルフィーはおれを見る。
「ごめんなさい、つい気になっちゃって。あなたが――」
と話し始めたコルフィーだったが――
「――レッ!?」
ビクッと身震い。
何に驚いたかわからないが驚愕の表情を浮かべる。
そして――
「ご、ごめんなさい!」
咄嗟に踵を返し、あっという間に人混みに紛れてしまった。
「おいコルフィー! どうした!」
おやっさん困惑。
おれも困惑。
あの反応、もしかしておれが誰かわかったのだろうか?
あの瞬間に女装を見抜き、さらに誰であるかまで見極めた?
「でも……、逃げなくても……」
デザインを真似たのを咎められると思ったのだろうか?
まさか「やべえ、女装の変態野郎だ!」とか思って逃げてったわけじゃないよね?
せっかくの人材が、としょんぼりしていると――
「わん!」
ダリスに抱えられていたバスカーが一声鳴いた。
「どうした? ……あ、もしかしておまえ、追えるのか!?」
「わんわん!」
「そうか、じゃあ頼む!」
「わん!」
バスカーはダリスの腕からぴょんと飛び降り、そのままテテッと人混みに飛びこんですぐに見えなくなった。
「どうするね?」
「ぼくはあの子を追って事情を説明しようと思います」
「そうか、では私は足手まといになりそうだから、ここで別れるとしようか。また何かあれば遠慮せずに来たまえ」
「ありがとうございます」
急いで服を購入すると、おれとアレサはコルフィーを追った。




