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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
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第26話 6歳(春)…はしゃぐお嬢さま

 爺さんとミーネは早めのお風呂にいってもらい、その間におれと母さんで夕食の準備にとりかかる。なにぶん辺鄙な森の中、豪勢な晩餐とはいかないが、普段よりちょっと贅沢な心ばかりのお食事をご用意させてもらいやしょう。

 というわけでニワトリを絞める。

 本当はニワトリじゃなくてニワトリくらいにでかいウズラのような姿をした鳥である。なぜ適当に呼ぶかというと情がわくからである。ただでさえヒナのころから知っていて、近づこうものなら「ごはん? ごはん?」と微塵も警戒せず人懐っこく近寄ってくるのだ。そんな奴を絞めねばならないのは非常に心苦しい。なので名前もつけず、普段から可愛がらないように気をつけて世話をしているのだ。

 すまぬ……すまぬ……ッ!

 くてーんと召されてしまったニワトリによる鳥料理が夕食である。

 おれがそれとなく両親を誘導し、そそのかして完成させたレシピの出番だ。

 メニューはニワトリをあますところなく使ったもの。

 から揚げ、ナゲット、とき玉子と野草入り鶏ガラスープ、そして自家製パン。

 完成にはまだ時間がかかるので、風呂上がりの爺さんとミーネには客間で休憩していてもらう。

 爺さんにはワイン、ミーネにはおれが弟のために完成させたホットジュースを特別に用意した。それは森で収穫した果実のジャムをブレンドしてお湯でとかし、爽やかな香りのするハーブをうかべた自慢の一品である。ミーネはこのジュースをたいへん気に入りおかわりを要求した。おかわりが四杯目まできたところで、お腹がたぷたぷになって夕食が食べられなくなると爺さんにたしなめられていた。

 夕方になって料理が完成し、お客さんをダイニングルームにご招待。

 そこで少し気になったのは、ふたりがから揚げを見てちょっと物珍しい顔をしたことだ。もしかしてこちらはから揚げがめずらしい料理になるのだろうか?

 そういえばシャロ様は数々の分野で功績を残しているが、料理に関してはとんと聞かない。おれのなかでますますシャロ様がイギリス出身であるという確信が固まってきた。シャーロットは英語圏の名前だ。フランスならシャルロット、ドイツならシャーロッテとなる。英語ならアメリカでもそうじゃね? そうも考えるところだが、もしシャロ様がアメリカ出身ならベーコンとバーベキューがこの世界における絶対のスタンダードになっているはずである。しかし両親の話からしてもその様子はないし、となれば消去法でイギリスなのだ。あー、お別れするときはバーベキューにしようかな。


「それではいただきましょう」


 母さんがそう告げて夕食が始まる。

 こちらには食事をするときにお祈りするような習慣はない。

 神々はいるが、べつになんでもかんでも告白したり感謝したり懺悔したりするようなタイプの信仰ではないのだ。

 テーブルのこっちとあっちでレイヴァース家とクェルアーク家が向かい合う形になっている。たぶんこれ上座とか下座とか関係ないね。まあうちだしね。

 両親の正面が爺さんで、おれとクロアの正面がミーネである。

 ミーネはフォークにぶっさしたから揚げをまじまじと見つめ、そっとひと口。

 そしてちょっとびっくりしたように目が大きくなる。

 素材自体がおいしい鳥なので「このから揚げを作ったのは誰だあっ!!」にはならないと思うがどうでしょうかね、お嬢さん?

 ミーネはそのまま静かに爺さんの袖をちょいちょいと引っぱる。


「……おじいさま、これおいしい。おいしいわ……」


 なぜかひそひそ声で報告する。

 その様子はちょっと可愛かった。

 お気に召したようなのでおれは安心して弟のごはんを手伝う。もうすっかり固形食の物を食べるようになったが、まだちょっとしか食べられない。弟には専用にちっちゃいから揚げとナゲットを用意してある。弟はそれをおれが作った安心の木のフォークに刺し、ちょっと危なっかしく口にはこぶと、もくもくと咀嚼する。うむ、こっちは箸文化がないから楽だ。

 弟が自分で食べられるのを確認してから、おれも食べようと正面を向く。

 すると――


「もごもごもごご……」


 クェルアーク伯爵家のご令嬢がよくばったハムスターみたくから揚げをつめこんで頬を膨らませてもごもごしていた。


「ゆっくり食べようか。とらないから。誰もとらないから」

「もごご、もご、もご……」


 うーむ、素材がすばらしいだけに残念なお嬢さんだなこいつは。

 お嬢さんが愉快なことになっていたが、その保護者はうちの両親と話しこんでいた。


「とんでもない森の中と聞いていたが……なかなかいいところだな」

「もともとが王族の隠れ家だもの。そこらの屋敷よりは立派ですごしやすいわ」


 え、マジで?


「とはいっても、普通ならここで生活するのは厳しいでしょうね。物がなくて」

「なるほど。そのあたりはさすが〈万魔〉ゆかりの、というわけか」


 バートランは会話を続けながらも食事をもりもり食べる。

 孫ともども、から揚げを気に入っていただけたようでなによりです。


「王都へはこないのか?」

「こっちでのびのび育てるから」

「そうそう、俺のことは別としても、ここで暮らしていた方がいいんだよ。たぶん面倒なことになるから」

「ふーむ、そうか……」


 爺さんはちょっと残念そうだ。

 ダリスも同じようなことを聞いていたが、もしかしてこの国の貴族は王都で暮らすしきたりでもあるんだろうか。母さんは王じきじきに貴族の慣例にしたがう義務を免除されているらしいから無視してるってことなのかな。


    △◆▽


 夕食のあと、父さんが性懲りもなく将棋をもちだし爺さんに対局を挑んだ。

 ところが爺さんはすでに将棋を知っており、なおかつそれなりに指せるときた。

 むすっと黙り込んで向かい合う野郎ども。

 その傍ら、母さんはワインをたしなみながらのんびりと観戦している。

 おれはそろそろおねむの弟をお風呂につれていくことにした。


「おじいさま、ちかごろあれにこってるの」


 さもあたりまえのようにミーネがついてきた。


「なぜついてくる……」

「え? おじいさまたちはあっちで遊んでるから、わたしたちはこっちで遊ぶんでしょ?」


 まだ遊ぶつもりなの? どんだけ元気なの? おれもう眠いよ?


「遊ぶんじゃなくて、おれは弟とお風呂にはいるの」

「そうなの? いいわ、わたしもまたはいるから」

「え?」

「え?」


 きょとんと顔を見合わせる。


「いやちょっと待て。またはいるってそれ、おれたちと一緒にまた風呂にってことか?」

「そうだけど?」


 どうしてそこで不思議そうな顔になるのかね。


「子供とはいえおまえは伯爵家のお嬢さまなんだから、ふんべつというものをだな――」

「わたしは気にしないわ」

「おれがすんの! おまえは爺さんたちといろよ」

「えー、おじいさま、あれやってるとずっとだまっててつまらないもん。いいでしょ?」


 まあ六歳のお子ちゃまにそこまで気をつかう必要はないかもしれんが、あまり弟と一緒にいさせて仲良くさせすぎると弟が婿養子にいってしまいかねないという危険があるし……


「じゃあ弟の部屋にいればいいよ。遊ぶものが色々あるから」

「んー……、みてみる」


 と、ミーネはあまり期待していないような素振りだったが――


「なにこれ!?」


 オモチャだらけの部屋をまのあたりにして驚きの声をあげた。


「んん? これ、なに!」


 オモチャのなかでもとくに興味を引いたものを指さす。

 ただそれ、なに、と尋ねられても答えようがない代物だ。

 ごちゃごちゃとした謎の木造体――と形容するしかないそれ。

 ついているハンドルを回すと螺旋状の柱がぐりぐりまわり、それに巻きこまれたたくさんの丸い木の玉が上昇していく。玉は頂上で雨樋のような通路に転がりだし、途中さまざまなカラクリにもみくちゃにされながら最終的にまた螺旋状の柱のしたにもどる。

 ガラガラ、ガチャガチャ、コロコロリ。

 騒がしいだけでなんの意味もなく、そして役にも立たないが、なんとなく目が離せず時間をつぶしてしまう機械仕掛けの木造体。

 あちらの世界ではマーブルマシンと呼ばれるものだ。

 マシンを弟のベッドの上に移動させ、ミーネに動かしかたを教える。


「おおー、おー、おおぉー」


 ベッドにぺたんと女の子座りして、伯爵家のお嬢さまは狂ったサルのようにハンドルを回しはじめた。

 それを確認すると、おれは弟をつれてそっと風呂へむかう。

 なるほど、あのマシンとミーネは相性がいいのかもしれないな、と思いながらゆっくり弟と風呂につかり、部屋へもどってみると――


「燃えつきたか……」


 マシンの前にミーネがつっぷしていた。

 女の子座りのまま土下座をしたような……、もう意識が飛ぶその瞬間までハンドルを回しつづけていたことが見て取れる姿だった。

 長旅のあといきなり一勝負こなし、それからお風呂にはいってお腹いっぱい食べたらそりゃ寝る。たぶん新しい環境に興奮して、意識が疲労を無視している状態だったのだろう。子供って遊んでいていきなりスイッチきれるみたいに寝付くからな。

 マシンをどかし、アクロバティックな寝相のミーネを転がして仰向けにする。

 実にすこやかな寝顔である。

 なにかをやりきったような満足感にみちている。

 ただ、なぜだろう。

 その寝顔は誰もが認めざるをえないほどに可愛らしいのに、涅槃仏のような体勢で人の居場所を占拠するお猫さまが脳裏に浮かぶのは。


「これは、どうしろと……」


 おれでは眠り姫を客室まで運べない。

 保護者に運ばせようとダイニングルームへもどると、大人たちはおれがいなくなったときそのままの状態でいた。

 父さんと爺さんの無駄な気迫が伝わってくる……。

 なんだかこっちもどうしようもなさそうだったので、もうミーネを弟の部屋でそのまま寝かせておくことにした。

 おれはミーネが弟の部屋で眠ってしまったことを伝えると、そろそろ動作が停止しそうになっている弟をつれて自分の部屋へむかう。

 おれの部屋は作業道具がごろごろしていて危ないのであんまり弟をいれたくなかったが、まあ今夜はしかたないか。


※文章と誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/18

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/04/19

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/03/05

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/09


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