第256話 12歳(秋)…奴隷商
無事にチャップマン商会へ到着したまではよかったが、そこではたと気づいた。
女装姿のまま「どうもレイヴァースです」とか名乗るの?
それはちょっと……。
商会の建物の前、アレサの背に隠れてモジモジしていたら、何を思ったかアレサが抱きしめてなでなでしてくれた。
いや、甘えたかったわけじゃないんです。
「ああ、では私が面会を求めていると伝えるのはどうでしょう?」
「……それだ!」
アレサの機転により、聖女が面会を求めているということでダリスに取り次いでもらった。
「ぶふっ、そ、それは、くくっ、苦労しているようだね」
不機嫌なツラしてバスカーを抱えているおれに、ダリスは吹き出しながら対応してくれた。
おたくの娘さんにだいぶ遊ばれた結果なんですがねぇ……。
思うところはあったが、それをダリスに言ってもしかたないのでさっそく訪問した理由を告げて相談に乗ってもらう。
「こういう状況では、職人を雇うのは難しいですか?」
「そうだね。そちらから貴族の圧力がかかり、仕事をねじ込まれかねない。その場合、きっと圧力をかける貴族は途中でころころ代わり、最終的には一番地位が高く、力を持つ貴族になるだろう」
一つの椅子を奪い合う醜い争いの果てにってか……。
「君の服を欲しがる者は地位の高い貴族にもいるんだよ。この方々はヴィルクが手に入ったからと君の所へ押しかけていった者たちとはまた別、よりやっかいな者と考えた方がいい」
「やっかい?」
「うん、着道楽なんだ」
着道楽――、要は服マニアだ。
「この方々にとって君の服というのは……、まあ言い方は悪いんだが珍品として垂涎の的になっている」
「えぇ……。じゃあそのうち接触とかしてきますかね?」
「欲しい物は何が何でも手にいれる、という方々だからな、きっと何かしら……、君が依頼を受けざるを得ないような機を狙って接触してくるだろう」
なにそれ恐い。
恐れおののいていると、アレサが感心したように言う。
「レイヴァース卿の服はそんなにも価値のあるものだったのですね」
「いやいや、これはぼくが変に有名になったせいで、ちょっと過剰になっているだけですよ」
「うん、それも大きいだろう。だが人気になってしまったのは……、アレグレッサ殿、貴方の法衣も関係しているのですよ?」
「え?」
きょとんとするアレサにダリスは顛末を話す。
発端はベルガミア訪問時、晩餐会での一幕、ミーネがぺろっとおれがアレサの法衣を仕立てたという話を漏らしたことに始まる。
あの場には諸国の大使もいたわけで、スナークの暴争後、おれの情報が持ち帰られ共有されるなかでその話も一緒に広まったらしい。
「なので、君の服を欲しがるのはこの国の貴族だけではない。いずれそちらからも何か連絡を取ろうとしてくるかもしれないね」
「すいません。すいません。先輩が無茶をお願いしたせいで、こんなことになるなんて!」
「いやこれは仕方のない話だと思うので、お気になさらず」
必死に謝るアレサをなだめる。
聞いてみると、アレサの法衣を拝見しようと聖都に滞在する他国の大使がけっこう来たようだ。おそらく法衣の出来映えから、おれがどれくらいの服を作るか判断しようとしたのだろう。
「君が仕立て仕事を始めるというなら、販路を広げるという意味でこれは良い話になるんだがな」
「いやー、仕事にするつもりはないですよ」
「そうか。実は私の方にもけっこうな……、まあ、問い合わせが来ていてね、一度尋ねてみると伝えてあったんだが、うん、君にそのつもりはないと返事をしておこう」
「あ、そうでしたか。それはご迷惑を」
「ああいや、私に問い合わせるような方々は、君がグーニウェス男爵家と懇意――ヴィルクの流通にも口を出せる立場にあることを知っているからね、無理強いもしてこないし、大した苦労はないよ」
そうダリスは言うが、余計な面倒をかけているのも事実。
まさかそんなことになっているとはな……。
「人を雇うの、難しそうですね……」
「そうだね……、貴族の圧力が及ばないところとなると……、ふむ、そこまで技術を求めないなら奴隷を雇うという手もある。奴隷ならば圧力をかけようもない。それでも妙な事を企む者はいるかもしれないが、その場合は聖女を頼ることができるだろう?」
「なるほど……、奴隷ですか」
奴隷と聞くとおれはどうも悪いイメージを抱くが、この世界の奴隷はそこまで劣悪な環境でこき使われる人々というわけではない。
これは善神の名の元にシャロ様が奴隷法を施行した結果である。
シャロ様、偉い。
△◆▽
あまり期待はしていなかったが、試しにとダリスの案内で奴隷商の所へと向かった。
奴隷商館はうさんくささを感じさせない、なかなか立派な建物。
正面玄関の横には聖都の許可を受けていることを証明する紋章が刻まれた石碑がでんと置かれていた。
そしていざ建物へと入ったところ――
「わ、わたくしどもに何か問題がありましたか!?」
聖女の訪問を知った奴隷商人が大慌てですっ飛んできた。
「あ、いえいえ、私はただの付き添いですから」
「は? あ、ああ……、そうでしたか」
商人はほっと胸をなでおろす。
そんな商人にダリスは裁縫の得意な奴隷はいないかと尋ねた。
「裁縫ですか。出来る者は居るのですが……、ちょっと問題が」
「どんな問題があるのかね?」
商人は弱り顔で言う。
「ちょっと変人でして……」
「……、どうするね?」
「まず会ってみようかと」
癖のある人物のようだったが、ひとまず会ってみることにする。
そして連れてこられた奴隷なのだが――
「おお少年! 久しぶりであるな!」
「何故おまえがここにいる!?」
それはシアと初めて出会った日、シアと一緒にゴロツキに絡まれていた幼児偏愛ガチムチマゾ奴隷のダルダンであった。
「……少年?」
商人が怪訝そうな顔でおれを見てくる。
くっ、ダルダンが余計なことを言ったせいで女装だとバレたな。
もうこうなったら開き直ろう。
「気にしないでください。色々と訳ありなんです」
「は、はあ、そうですか」
「そうなんです。それでどうしてコレはここに? 買ったんですか?」
「まさか。実はこのダルダン、ある日、自分を売ってくれと突然やって来まして……」
「追いだしましょうよ」
「追いだせないんですよ……」
と、商人は弱り切った表情で説明してくれる。
何らかの理由によって野良となった奴隷を見つけた場合、奴隷商人にはその奴隷を保護する義務が生まれる。
そして一定期間保護した野良奴隷は奴隷商人のものになる。
「つまり運悪くこいつを保護することになり、勝手に商品に加わってしまったというわけですか」
「はい。元手がかかっていないので最初はタダ同然で売ろうとしていたのですが売れず……、食費など、かさんだ生活費を売値に上乗せすることでさらに売るのが難しくなり……、もうどうしたらいいのか」
そりゃあ売れまい。
金をやるから引き取ってくれというレベルだからな、こいつ。
「なあ……、あの、誰だっけ、前に一緒にいた商人はどうしたよ?」
「ボワロか……」
ダルダンはおごそかな表情になって天井を仰ぐ。
「ボワロは天に還った……」
「何があった!?」
「聞きたいかね?」
「いや聞きたくはねえけど!」
どうせろくなことじゃねえ。
「つかおまえ……、よくおれってわかったな」
「わかるとも。一度会ったことがある子がわからなくなるほど、我が輩は耄碌しておらん」
「それは耄碌とかとは別問題だな。まあこっちにもこんな格好しなくちゃなんないような理由があるだけだからほっとけ」
「案ずるな。我が輩、人の性癖に苦言を呈するほど立派ではない故」
「まったく――、って待てや! 性癖ってどういう意味だコラ! おれは好き好んでこんな格好してるわけじゃねえ!」
「確かに。性癖が選べるものであれば苦労はない、か」
「いやそうじゃなくてな!?」
わかってねえ、こいつ絶対わかってねえ。
おれが憤慨するなか、ダルダンはふと遠くを見るような目になって言う。
「しかし……、大きくなったな……。まったく、月日というのは残酷なものである……」
「なんでおまえに哀れまれにゃならんのだ!」
てめえがちっちゃいお子さんが好きなだけじゃねえか!
「ときに少年、風の噂で聞いたのだが、君には幼い弟と妹がいるらしいではないか」
おれは急いで奴隷商を逃げだした。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/28
※さらに文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/07




