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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
4章 『裁縫少女と王都の怪人』編
258/820

第255話 12歳(秋)…レイヴァースちゃん

 やがて時刻はお昼。

 皆で一緒に昼食――、といきたいのだが、屋敷の主となった以上そうはいかないとティアナ校長に窘められてしまった。

 そのため一緒に食事をするのは金銀の二人で、メイドたちは給仕に徹する。

 何か特別な日でなければ今後はこのような形式とのこと。

 残念である。

 主人役だったそれまでは「まあまあいいじゃないですかー」となし崩しに一緒に食事をすることも多かったのだが。

 ただ食事の取り方はレイヴァース家の形式――お喋りをしながら賑やかに、となるので、メイドたちも気軽に話に加わる。


「相談しにいくとして、さて、どうしたもんかね」

「女装でもしてみたらどうですか?」


 午後からダリスのところへ向かうことにしたのだが、今おれが町をうろうろしていると妙なのにちょっかいをかけられかねない。

 じゃあどうしよう、という話をしていたらシアが変なことを言いだした。


「面白そうね」


 これにミーネが乗ってきてしまった。


「あのな、もっと真面目な意見をだしてくれ。女装なんて――」


 冗談ではない、と否定しようとした。

 が、見てしまった。

 パイシェがそれはそれは切なそうな顔でいるのを。


「――なんて……、どうなんでしょうね」

「あれ、ご主人さまったら意外と乗り気ですか?」

「じゃあ後でお着替えね!」

「いやべつに乗り気じゃねえよ!? 女装なんて――……、きっと似合わないからやらない方がいいと思うんですよね」


 パイシェさん、ちょっと部屋から出てってもらえないかなぁ!


「あ、でも服はどうしたらいいのかしら?」

「そうですねぇ、メイド服を着せたらここの関係者だってバラしてるようなものですし」

「あ、ならあたしのを貸すぜ。多少は持ってきてるし」


 シアとミーネが本格的に話し合いを始めたところにシャンセルまでもが加わってしまう。


「いやいや、王女さまの私服を着るわけにはいかないだろ!」

「べつにいいぜ、ダンナなら」


 いいのかよ、と思っていると、リビラがシャンセルに腕を絡めて部屋の隅へと連行していく。


「あ? なんだよ?」

「ちょっと来るニャ」


 そして二人は部屋の隅でしゃがみ込んでぼそぼそと会話。


「……ニャ、…………、くんくん……」

「……、んなことしねえし……!」


 そんなワンとニャーを皆は何事かと眺めていたが、そこでサリスが言う。


「御主人様、私も戻って服を持ってきましょうか! 他にもカツラとか化粧道具とか、色々あった方がいいですよね!」

「サリスさんまでどうしてそんな乗り気なの!?」


 まずい、これは完全に遊ばれるやつだ。

 パイシェさえここから居なくなれば、と見やれば、パイシェは仄暗い笑みを浮かべてそこにいた。

 おれの味方はいなかった。


    △◆▽


 シャンセルの用意した服と、妙に張りきったサリスが自宅から荷車でもって運んで来た服、それにカツラやら化粧品やら香水やら。

 箱にもぐり込んだおれを、その荷車で運んでくれたらそれで問題は解決する気がするんだけど……。


「もっと明るい色の服にしてみたらどうですかね! ご主人さま普段は地味な服ばっかですから!」

「あ、この金のカツラいいんじゃない? 私とおそろい」


 シアやミーネが遊ぶのはまあわかるのだが――


「いいですね、どんどん行きましょう! あ、髪の色は違うのもいいですが、長い黒髪もありますからそちらも試しては?」


 サリスもずいぶん楽しんでいた。

 いや、この三人だけでなく、メイドたちほぼ全員が次はこれだ、あれだ、と思い思いの組み合わせをおれに試してくる。


「主殿も大変だな、皆に愛されて」

「こんな愛され方はごめんなんだが……」


 着替えを手伝ってくれるのはヴィルジオである。


「まあそれは置くとして、皆もたまには主殿と遊びたいと思っているのだ、ここは大らかな心で受けとめてやるといい」

「ええぇ……」


 ヴィルジオはますます断りづらくなるようなことを言う。

 確かにこれまでメイドたちと一緒になって遊んだりしたことはなかったな……、いや、そんな余裕がなかっただけの話だぞそれ!?

 遊べるなら遊んでたよ!


「さて主殿、次の衣装が決まったようだ」

「へーい」


 おれは渡された女装セットに寝室で着替え、それから皆の待つ仕事部屋へ移動して評価をもらい、さらに次のセットを試すという作業に追われた。

 初めは何とも言えない屈辱感というか、悲しみと言うか切なさと言うか、色んな感情が渦巻いていたのだが、お着替えが十回を超えたあたりから疲れてしまってあまりなにも感じなくなってきた。

 もうなんでもいいからとっとと終わってくれという感じである。

 やがて衣装が決まったと思ったら、今度はお化粧ときた。

 もう女装してカツラ被れば平気だろうと言ってみたが、やるならとことんといった感じで、この暴走特急は途中下車ができなかった。

 そして完成したのはただカツラ被って化粧して女性の服を着ただけのおれであった。

 鏡に映るおれは苦々しい表情である。


「……で、これで満足か」


 メイドたちは神妙な顔をしている。

 残念なものが誕生してしまったとでも思っているのだろう。

 が――


「けっこう有りですね」


 シアが言う。


「バカかきさまは」

「いやいや、意外と有りですよ? 強面な感じはお父さまよりでしたが、造形はお母さまよりでしたからね……、精悍だったんですよ。ですから化粧をして女の子っぽさを強調してみたらキツめのお嬢さんになりました」

「御主人様は化粧映えのする顔をなさっていたんですね」


 サリスまで何を言うか……。


「名前は何にしようかしら?」

「やめろ。名前をどうこうしようとするのは本当にやめろ」


 ミーネが危険なことを言い始めたので止めた。


「あんちゃん、ねえちゃんになったな」

「主、可愛くはなんなかった」


 ちびっこコンビの反応は驚いたような感じである。


「御主人さまはアーちゃん寄りですね!」

「それはつまり私はキツいと?」


 リオはアエリスに頬をつねられて「あう」とうめいている。

 そんな折――


「こんにちはー、あら、みんなここに集まっていたのね」


 部屋にクマ兄貴とプチクマを抱えたティゼリアが入ってきた。

 続くアレサはバスカーを抱えている。

 そう言えば……、来るって聞いてた……。


「この子たちが案内してくれたからここまで来ちゃったんだけど……、よかった?」


 よくなかった……。


「あら、貴方は……? あら? あらら? ――ぶふっ!」


 ティゼリアはそこでおれに気づいたようで盛大に吹きだした。


「ふふふっ、な、何をやっているのよ。もう、貴方は会うたびに私を驚かせないと気がすまないの?」

「べつにそんなつもりではないんですけどね? ただちょっと間が悪かったというやつです」


 と、おれは何故こんなことになっているかを説明する。


「レイヴァース卿、すごくお似合いですよ」

「そうねぇ……、知らない人が見たら、普通に女の子……、いえ、普通よりかなりきつい感じのする子ね」


 ええ、めっちゃ不機嫌な顔になってるでしょうからね。


「でもこんなことをしないといけないくらい面倒なことになっているのね。なら余計にアレサを側に置いていた方がいいわ。ほら、聖女が側にいるところに、欲の皮つっぱらせてぬけぬけと近寄ってこられる人なんていないでしょう?」

「確かに……。あれ!? じゃあアレサさんが一緒に来てくれるならわざわざこんな目に遭う必要はなかったんじゃ!?」


 なんてこったい!

 おれが頭を抱えたところ、シアが笑顔で言う。


「女装して悔しがるご主人さま、なかなか素敵ですよ」

「うっさいわ! ともかく、アレサさんが同行してくれるならおれは女装しなくてもいい! ちょっと着替えるからはい出てって出てって」

「えー! そんなこと言わないでくださいよ! せっかくここまで仕上げたんですから、今日くらいそのままでいてください!」

「なに言いだしてくれてんの!?」


 冗談じゃねえ、と言いたいところだったが、


「みなさんもそう思いません?」


 シアが皆に同意を求めてしまい、満場一致でうなずかれた。


「いやちょっと待て。落ち着け。本気でおれをこの姿のまま外へ放りだすつもりか?」

「でも、もとはそのつもりだったんでしょう?」

「んなわけあるか。妙に乗り気なのに押し切られて、女装だけはやってやろうとしただけだ。女装したまま外へなんて――」


 と言いかけたとき、悟りきったような、おごそかな表情でおれを見つめるパイシェと目があった。


「――出るのはすごく覚悟がいりますよね」

「じゃあ覚悟を決めて行ってみましょうか!」


 さあさあ、とばかりにメイドたちに背を押され、おれは玄関に、そして正面の門まで連れてこられてしまった。

 本当におれをこの姿で外に放りだすつもりらしい。

 これはもうあきらめるしかないのだろうか?

 だが、半ばあきらめた状況であっても、外への一歩がなかなか踏み出せない。


「おっと、キツめの女装少年が苦悩する表情ってのはなかなかぐっとくるものがありますね」

「わかります」


 余計なことを言うシアと、賛同してしまうサリス。


「レイヴァース卿、私に隠れながら参りましょう」


 アレサがおれの手をとり、導かなくてもいいのに屋敷の外へと導いてくれる。

 もうどうにでもなれと思うが、それでもやはりこっ恥ずかしいのはどうにもならず、アレサの背にしがみつくように隠れた。


「あれもまたぐっとくるものがありますね」

「わかります」


 サリスさん、シアと変に意気投合するのはやめてください。

 そしておれは引くに引けず、アレサに隠れながらチャップマン商会へとお出かけすることになってしまった。


「へっへっへっ――、わん!」


 そして「お散歩? お散歩?」と勝手に付いてくるバスカー。

 だが今だけは頼もしい。

 この愛嬌の権化に人々の視線が集中することが期待される。


「大丈夫ですよ、こうして私に隠れるようにしていれば、恥ずかしがり屋の女の子にしか見えませんから」

「それはそれで悲しいものがあるわけなんですがね」


 縁はあったが会う機会がなかったアレサとようやく対面したというのに、おれは自分の有様に悲しくなってくる。


「レイヴァース卿はいつもこのようなことをしているのですか?」

「これに関しては初ですが、妙な事になるのはけっこういつものことだったりします。ぼくの側にいると巻きこまれますよ?」

「ふふ、望むところです。言うのが遅れてしまいましたが、これからよろしくお願いします」

「あー、こちらよろしくお願いします。アレサさんは一緒に暮らすとして、ティゼリアさんはこの後どうするんですか?」

「先輩はまだ解決していない事件の調査を続けるようですよ。ちょくちょく私の様子を見に来ると言っていました」

「事件と言うと……、子供の誘拐の?」

「はい。なかなか根の深い事件のようでして……」


 そうか、あの事件はまだ解決していないのか。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/28


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― 新着の感想 ―
[一言] これを機にパイシェさんをメイドからバトラーへと、、、なりませんよね。可哀想過ぎる。でも、笑える(笑)
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