第254話 12歳(秋)…お手伝いさん、求む
「えー、お昼すぎくらいに、この屋敷に聖女が二人やって来ます。一人は前に来たことのあるティゼリアさんで、もう一人はおれが法衣を仕立てたアレグレッサさんです」
屋敷に戻ったおれはまず皆を集めて報告をした。
ティゼリアは単純に客としてもてなせばいいが、アレサはこの屋敷に留まることになることを説明する。
「従聖女……、御主人様の護衛ということでいいのでしょうか?」
はい、とサリスが挙手をして言う。
ポーチからはみだすウサ子まで挙手している。
「うん。そういう認識でいいと思う。ティゼリアが言うには、仕事があればどんどん任せてやってって言ってたんだけど……、メイド扱いでいいからって……」
「そ、それは……」
サリスが困惑顔になる。
皆の顔も同じような顔だ。
「まあいきなりは無理だけど、しばらく一緒に生活することになるからちょっとずつ任せてみよう。アレグレッサも完全にお客さま扱いでなにもさせてもらえないのもつらいだろうし」
張りきってたからな。気を使ってなにもさせないと、結果的には窓際へと追いやって日向ぼっこを仕事にさせてしまう。これではイジメだ。
話はひとまずそこで終わったのだが、そこでシア、そして今朝はこちらに残っていたミーネが頭を抱え始めた。
「……う、うかつ……、こんなイベントが起きるとは……、昨日にしておけば……」
「シアー……」
なんだろう、なにかあるのだろうか。
「こうなったら、とっとと話すしかないですね」
「この後でも……」
「またさらに何か起きたらますます言いにくいじゃないですか」
「うー……」
え、なに?
なんなの?
この二人が躊躇しているとか、恐いんだけど。
「ご主人さま、ちょっとお話があるのですよ」
「あるの」
「なんじゃい」
そして二人は意を決したように言う。
「前にメイドのみなさんに贈り物をしようって決めたじゃないですか」
「ああ、そうだな」
「それね、みんなに服を作ってあげられないかなーって思って……」
「なるほど、服か。……服? ……作って?」
ぼんやりと理解できてくる。
つまり、おれに作れと、メイドたちの服を。
なるほど……、そうきたかー……。
『…………』
シアとミーネは顔色をうかがうように見つめてくる。
いや、二人だけでなくメイドたちもそれぞれ違いはあれど、おれの返答を期待するように様子をうかがっていた。
サリスとシャンセルはマジな顔をしているし、ティアウルとジェミナとリオは素直に期待したような顔、ヴィルジオとアエリス、そしてティアナ校長は気になる、と言った感じで、リビラはやや複雑そうな表情、パイシェはきょとんとしている。
「んー……」
すでにミリー姉さんの依頼――金銀にプレゼントする服の依頼を抱えている。ここにさらにティアナ校長とメイドたち――シャフリーンも仲間はずれは可哀想だから含めて……、合計十一人分だと?
全部合わせたら十三人分?
これは……。
うん、一人ではパンクだな。
ちょっとどれくらい時間が必要になるかもわからない。
これはあれか?
もうちょっと後でもいいかと思っていたが、そろそろおれの針仕事を手伝ってくれる人を雇う時期が来たのか?
そんなことを考えていたところ、クマ兄貴がおれをぽすぽす叩いた。
「ん? どうした?」
クマ兄貴はちょいちょいとおれの反応を待つ皆を指し示す。
「あのー、ご主人さま、時間にして二十分くらい固まって動かなくなってました……」
「あれ!?」
ちょっと考えているつもりだったが、そんなに時間が経過していたか。
なぜかサリスが物凄く申し訳なさそうな顔になって言う。
「あの、御主人様はお仕事がありますし、無理にお願いするわけにはいきませんから……」
「ああ、いや、いいんだ。みんなの服は作るとして、そろそろ手伝ってくれる人とか雇ってみようかなって考えていたんだよ」
おれはデザインだけしてあとは任せられるような人。
あちらの世界で例えるなら、デザイナーのデザイン画を実際に衣装にする職業、パタンナーである。
まあそこまで任せられなくとも、作業を手伝ってくれる人――腕の確かならなお良し――がいてくれたらと思う。
「だから……、まずは雇う人を捜そうと思う。完成までに時間がかかっちゃうだろうけど、そこは待って欲しい」
「それはもちろん!」
サリスが超嬉しそうな顔になって言う。
そうか、サリスも服が欲しかったのか。
いいとこのお嬢さんだから他で仕立ててもらえるだろうに、そんなに喜ばれるとは意外である。
「ニャーさま、ニャーは前にお願いしたから省いてもらってもかまわないニャ」
「いや、これは世話になってるお礼だから……、じゃああの服の上に着られる上着かなにかにするよ」
「ニャー……、ありがとニャ」
「あの、御主人様、ボクはまだ来たばかりで、お礼を頂くわけにはいかないのですが……!」
「ではお礼の前払いと言うことで。ちゃんと要望を取り入れて仕立てますから、可愛いのが嫌なら、男性的な服でも用意しますし」
「……!? オ、オネガイシマス……!」
皆が色めきだつ中、シアとミーネはほっと胸をなでおろしていた。
ふむ、おれたち三人でのお礼なのに、これではこの二人はなんもしねえことになるな。
服が出来るまでの期間、穴を掘って埋める作業とかさせようか。
△◆▽
解散後、おれはひとまず仕事部屋に戻る。
人を雇うといっても、どうやって雇うかもわからない以上、それを相談するためサリスを呼んだ。
「御主人様、本当によろしいのですか?」
「いいよ。そりゃ会ったこともない奴の依頼なんてごめんだけど、サリスたちにはいつも世話になってるし、メイドはべつとしても友人の希望でもあるからね」
そして呼んでないのに金銀と犬とクマ兄弟も来ているが、こちらは邪魔なら追いだすことにしよう。
「冒険者ギルドに依頼を出してみたらどうかしら?」
「いやそこまで手広くはねえだろ、さすがに」
まあそういう依頼を実際に受けたおれが言うのもなんだが、あれはおれを知る人物による指名依頼だったからな。
「雇う条件としては、週に何日か通えて衣装製作の手伝いが出来るくらいの人。そう厳しくないと思うけど……、どうかな?」
尋ねたところ、サリスが申し訳なさそうな顔になって言う。
「御主人様、少し時期が悪いかもしれません……」
「……時期?」
「はい。まず御主人様の仕立てる服が、服飾関係者にどのように受けとめられているか、少し説明させていただきます」
と、始まったサリスの話におれは困惑することになった。
もともとおれが作ったミーネの服、そのデザインというのは仕立て屋界隈でなんというか……、鬼門扱いされていたらしい。
クェルアーク家の息女のお気に入り――ほぼ毎日着てるんだからそりゃあお気に入りであり、そして作ったのがレイヴァース家の子息とくる。これを下手に真似し、文句などつけられた日には仕立て屋稼業終了ということで、そのデザインを盗用することが自重されていたらしいのだ。
それはいらぬ自重だったと思うのだが、今になってみるとその判断は賢明であったとも言える。もし仕立てていたら「聖女の法衣も仕立てたベルガミアの英雄――精霊王の服を真似た不届き者」などと非難されていたかもしれないのだ。
職人としての地位が高ければ高いほど、このダメージは大きかっただろう。
「おれは全然かまわないのに……」
「そういう風潮ができあがってしまっていますから……」
「うーん……、じゃあこれを機会にさ、職人を雇って、独占なんてするつもりはないですよーって広めていってもらうのはどうだろう」
「御主人様、先ほど私が言った『時期が悪い』というのはまさにそこに関わってきてしまうんです」
「あれ? そうなの?」
「はい。これは御主人様の服に価値が出すぎてしまった影響です。ここで下手に認めてしまうと、御主人様の名の下に粗悪品の氾濫が始まりかねませんし、そうなってしまうと良かれと思っての行動が逆に御主人様の評判を落としかねません」
「え……、べつに禁止していたわけでもないことを、許可しただけなのに……?」
「もちろん、良識のある者なら御主人様に迷惑がかかるようなことはしませんが……、世の中善人ばかりではありませんから……、それっぽい服をレイヴァース卿公認などと嘯いて売る者も……」
「あ、やっとわかった。うん」
都合のいいように事実をねじ曲げて好きかってする連中が湧いて出て来るってことか……、それはちょっとな。
「なら禁止されてるって勘違いされたままの方がおれにとってはいいのか……」
「はい。現状では。そして……、それを踏まえて職人を雇うとなると、今度はまた別の問題が……」
「え、また問題?」
「はい。今度はその希少さからくる問題です。御主人様に服を仕立ててもらいたい方々が職人を通じて関わってくる可能性が高いのです」
「おおぅ……」
外部の人間を招き入れると、その人間の外部の人間との関わりまでご招待ってことになりかねんのか。
うーん、とおれはサリスと一緒になって考え込む。
金銀、犬、クマ兄弟はこっちをほったらかしで戯れていたが、そもそも戦力外なので問題はない。
「すいません、私だけでは判断が難しいです。どうでしょう、ここは父に相談してみては?」
「そうだな。相談してみるよ」
大商人のダリスなら何か名案を思いついてくれる、そう期待することにした。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/15
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/28




