第253話 12歳(秋)…聖女たち
なんか接触しようとしてくる奴が増えてきた。
だが朝の早い時間となればさすがにそいつらの姿はなく、おれは勝手についてくるバスカーを引き連れ、今日も今日とてシャロ様の像へお参りに向かう。
すると今朝は普段と様子が違った。
「……なんだあれ?」
おれより早く参拝に来たお年寄りたちが集まっている。
不思議に思いながら近づき、シャロ様の像へと到着したところでやっと何事か理解した。
お年寄りたちは二人の女性――、いや、一人はまだ少女と言った方がいい年代の娘さんの前に集まっていたのだ。
二人のうち一人は顔見知りである聖女であるティゼリア。
そしてもう一人なのだが、どうやら彼女が話だけ聞いていた聖女アレグレッサのようだ。特徴として聞いた赤い髪、それからおれの仕立てた法衣を着ているのだから間違いないだろう。
二人はお参りにきたお年寄りたちに回復魔法でもってちょっとした治療を施しているようだった。
おれは治療が一段落するのを待って二人に挨拶をする。
「おはようございます。お久しぶりですね」
「あらあら、予想外の再会になったわね。変わりないようでよかったわ。それに……、ふふ、可愛い子を連れているのも相変わらずで」
「可愛い……、ああ、こいつですか」
足元にいるバスカーは「だれ? だれ? 遊ぶ?」と無邪気に尻尾を振っていた。
「でも予想外っていうのは? ぼくが朝ここに来るのを知っているわけですから、てっきり用があって待っていたのかと」
「うん、そうなんだけどね、まずシャーロット様の像にお祈りをしてこのあとお城にご挨拶に行く予定だったの。それからあなたの所に行くつもりだったんだけど、ちょっと人気者になっちゃってたから」
「ああ、なるほど」
お年寄りに群がられ、おれに会うタイミングが前倒しになったということか。
「じゃあ、ちょっと予定が早まったけど、紹介しましょうか。……ほら、私の後ろにひっこんでないで、前に出る。ほら……!」
ティゼリアに急かされ、隠れるように引っ込んでいたアレグレッサが緊張したようにぎこちない動きでおれの前に立つ。
「は、初めてお目にかかります、わたくし、アレグレッサと申します! どうぞお気軽にアレサとお呼びください! 法衣を仕立てていただいたお礼に伺うのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした! レイヴァース卿に仕立てていただいた法衣はいつも大切に使わせていだたいております!」
「あ、いえ、どういたしまして。気に入ってもらえたならなによりです。今回の訪問はもしかして法衣のお礼に?」
「はい!」
「いやいやいやいや」
元気よく返事をしたアレサの横でティゼリアが首を振る。
「なに挨拶とお礼で終わらせようとしてるのよ、ほら、ちゃんと本題を言いなさい」
「本題?」
「う、うぐ……」
おれとティゼリアに見つめられ、アレサは切羽詰まったような表情で告げる。
「私、アレグレッサは本日より従聖女としてレイヴァース卿のお側に控えさせていただくことになりました」
「……従聖女?」
なんのことかわからず尋ね返すと、ティゼリアが説明してくれる。
なんでも重要な人物に付き添って警護するのが役目らしい。
ふむ……、ふむ?
「いや、べつに……、いらないような……?」
「――ッ!?」
率直な感想を述べたところ、アレサは愕然とした表情になってティゼリアにしがみついた。
「先輩……! やっぱり私じゃ駄目じゃないですか……!」
「いや待った待った。そうじゃないから。貴方だから駄目なんじゃなくて、従聖女自体がいらないって話だから」
アレサをあやしながらティゼリアは言う。
「いやー、貴方はそう言うと思ったんだけど、聖都でそう決まっちゃったらこの子は従うしかないのよ。いい子だからさ、側に置いてあげてくれない?」
「それはかまいませんが、アレサさんはこれから聖女として働くはずだったんでしょう? ぼくのお守りなんてさせてていいんですか?」
「よくわかってないようだけど、貴方の価値は相当なのよ? もしもの事があってからでは遅いの。どうして聖都は従聖女をつけておかなかった――、なんて他の五カ国から言われるような事態は避けたいの」
ふーむ、そうか、星芒六カ国である立場上、従聖女とやらをつけておかないとまずいのか。
「……先輩、その言い方では……、そもそも先輩が――」
「はいはい。貴方はちょっと黙る。ってわけだから、まあ試しに側にいさせてあげて。この子は貴方の側にいるのが仕事になるんだけど、べつにあなたは命を狙われているわけじゃないから、ただ暇してる時間が多いと思うの。だからどんどん仕事を振ってあげて。扱いとしては御付きの侍女みたいな感じでいいと思うんだけど、貴方の場合はメイドになるわね」
「いや聖女さまをメイド扱いは……」
「いいのいいの、そういうお仕事なんだから。ほら、貴方も」
「はい! 精一杯頑張ります! この命尽きるまで!」
「気合いいれすぎですね!」
大丈夫か、この人。
明るいけどちょっと引っ込み思案と聞いていたのだが……。
「ごめんねー、あなたが善神の祝福をもらってるからって、この子ったら凄く尊敬しちゃってて、しばらく空回りすると思うけど、大目に見てあげてね」
「なんでわざわざそんな人を……」
「私は駄目ですか!?」
「いやいいけど! いいけども!」
駄目な子だから押しつけてきた、というわけではないのだろうが、あまり敬われても面倒である。
「あの、ではよろしくお願いします。でももっと気を楽にですね、そこらの年下の子の世話を任されたくらいの気分でいてほしいのですが」
「はい! 誠心誠意お仕えします!」
「うん、わかってないね」
まあ、しばらく一緒に居れば落ち着いていくのかな。
「ではまずちょっと謝らないといけないことがあるんですよ。アレサさんが彫ったシャーロット様の像なんですが……」
言うと、なぜかアレサがビクッとした。
「あ、あれがどうかしましたか?」
「粉々になりました」
「すいません! 出来が悪かったので破壊なされたんですね!」
「いやそうでなくて!」
なんでそんなことになる、と思いつつ、おれは足元にいたバスカーを抱えて突き出す。
「こいつが壊しました」
「おや、このわんちゃんがオモチャにしてしまったんですか?」
「そういうわけではなくてですね、あまり大っぴらにできない話なのですが――」
と、おれはベルガミアでスナークを精霊に転生させたこと、そしてそいつらがシャロ様の像にもぐり込んでついてきて、出る際に像を木っ端微塵にしてしまったことを説明した。
それからバスカヴィルだった奴がコレになり、屋敷に住み着いた精霊の一部はぬいぐるみにもぐり込んで妖怪になったことを説明する。
「そんなわけでこいつです、こいつがやりました。思いっきり叱ってやってください」
「「…………」」
二人はぽかーんとしていたが、やがてアレサが言う。
「反省しているんですか?」
「くーんくーん……」
「そうですか。ふふっ、でしたらもう像のことはいいですよ」
ふむ、聖女にそう判断されたなら、本当に反省しているのだろう。
ん? 精霊に対してもその真否判断は効くの?
「ねえ、この子ちょっと抱かせてもらっていい?」
「どうぞどうぞ、なんなら持って帰ってもらってもかまいませんよ」
「きゅーんきゅーん……」
「レイヴァース卿、そんなこと言わないであげてください。そして次は私に抱かせてください」
話を聞いて驚いていたのに、二人はすっかりバスカーに気を許してしまっている。
可愛いは正義なのか。
おれは二人にバスカーを任せ、日課のお祈りをすませる。
「貴方って本当にシャーロット様を尊敬しているのね」
「ええ、もちろんです」
お祈りのあと、ティゼリアに言われたので当然とばかりに答えると、今度はアレサが口を開いた。
「どこを一番尊敬されているんですか? シャーロット様を尊敬する方は多いですが、みなさんそれぞれ違いますし」
「ぼくですか、ぼくは……、自制心でしょうか」
「自制心?」
「ええ、シャーロット様は導名を欲していました。おそらく、手段を選ばなければシャーロット様ならもっと早く導名を得ることが出来たと思うのです。ですが道を外れず、社会を発展させる手段に絞っていました。暦、数字、魔導学、冒険者ギルド、奴隷制度、他にも多数の発明品など、今の社会の基盤となっているもの。シャーロット様は大樹の苗を植えていったのです。自らの望みへの近道をよしとしなかったことに、ぼくは強い敬意と尊敬を抱きます。偉い人だったと」
シャロ様の偉業が輝かしければ輝かしいほど、その自制心のすごさにおれは感銘を受けるのだ。
「なるほど……。再来と言われる貴方だからわかるシャーロット様の凄さというわけね」
「そういう尊敬をされている方は初めてです。やはりレイヴァース卿ともなると違うのですね」
なんだか感心されてしまった。




