第251話 12歳(秋)…妖怪屋敷のメイドたち(午後)
ティアウルに平謝りして、そのうち特別なおやつをご馳走するということで手打ちになった。
ジェミナの念力活用法については、相談しようとしたサリスがウサ子とキャッキャウフフの最中だったので後回しにした。
あんまりにも幸せそうなので、割ってはいるのは忍びなかったのだ。
それからおれは仕事部屋でお仕事を開始。
現在、サリスはちょっとアホの子になっているのでサポートにはシアがついている。さらに主人には快適な環境で仕事をしてもらうべきと、シャンセルがクーラー役として付きあってくれていた。
すっごくありがたいんだが、王女さまをクーラー役にすることにはちょっと自分でもどうかと思う。とは言え、シャンセルは乗り気だったので、そこはちょっと救われた。このままメイドになるというわけにはいかないのだろうが、シャンセルったら夏場は本当に有能なのでずっと居て欲しいくらいだ。
やがてお昼となり、そろそろミーネも戻って来る時間になったとき、屋敷の訓練場に竜――アロヴが舞い降りた。
「あ! 来た! アロヴさん来た! これで勝つる!」
「ご主人さまー、落ち着きましょー」
シアはあきれていたが、テンションの上がったおれはお構いなしに外へとすっ飛んでいき、人型になったアロヴを迎えた。
「お待ちしておりました! どうでしたか! どうでしたか!」
「リセリー殿はこころよく承諾してくれましたぞ。詳しくは手紙があるのでこちらを。それと……、クロア殿とセレス殿からも手紙があります。早く帰ってきて、そう伝えてくれと頼まれましたよ」
「そうですかー、ぼくも早く帰りたいんですけどねー」
「クロア殿とセレス殿は空の散歩をずいぶん気に入ったようでしたな」
「そうですか! それはよかった。ありがとうございます」
「いやいや、なんのなんの」
「お疲れでしょう。どうぞ中で休んでください」
伝書鳩扱いしてしまったからな、ここは心からのおもてなしをば。
ちょうどいい時刻だしまずは昼食をとってもらい、今日はこの屋敷でゆっくりしてもらおう。
「すぐに誰かに案内――、あ、ヴィルジオ」
「――――ッ!?」
アロヴをメイドの誰かに応接間へと案内してもらおうとしたところ、穏やかな微笑みを浮かべたヴィルジオが現れた。
「こちらはザッファーナ皇国の武官で、アロヴさん。無理言って手紙を配達してもらったんだ。すぐ応接間に――」
「あ、あの! レイヴァース卿!」
アロヴが妙に焦った声でおれを呼ぶ。
「はい?」
「あのー、ですな。実は……、しばらく国を空けているもので、ひとまず帰国しておいた方が良いような気がするのですよ。そういうわけで、せっかくの申し出なのですが俺はここでおいとましようかと。また機会がありましたら、そのときはゆっくりと」
「あー、そうですか。すいません、無理をお願いしたばかりに」
「いやいや、それは気にすることはありませんが、まあ、そういうわけで、俺はこれで!」
アロヴは慌てて――、いや、焦って? よくわからないが、まずは国へ戻らないといけないらしい。
そこでヴィルジオが言う。
「それは残念。では主殿、妾はアロヴ殿を精霊門まで案内しようと思うのだが、どうか?」
「あ、そっか、そうだな。お願いするよ」
「うむ、任された」
「……えぇ……」
アロヴの喉から何やらとても切なげな声が漏れた。
「ではアロヴ殿、ご案内しましょう。よろしければ、道中ザッファーナの話など聞かせていただきたいですな」
「……あぁん……」
妙なうめきを漏らし、アロヴはヴィルジオに付き添われて屋敷を後にした。
出来ればクロアやセレスがどんな様子だったかとか聞きたかったが仕方ない。
母さんからの手紙は二通、家督を譲る旨のものと、おれとシアに宛てたものだ。
「お母さまはあんまり張りきりすぎるなって言ってますよ?」
「そんなこと言われても……、べつにおれが自発的になにかやらかしているわけじゃないんだけどな?」
それからクロアとセレスの手紙。
こちらはカレーが美味しかったことや、アロヴから聞いたベルガミアでの話のこと、それから空を飛んだことなどが書かれていた。
セレスはまだちっちゃいので満足な文章ではないが、なんとか興奮を伝えようと一生懸命な文字が綴られ、ほぼ同じ内容のクロアの手紙がなんだか訳のようだった。
最後には二人とも、早く帰ってきてね、というメッセージ。
すまぬ、兄はまだしばらく帰れぬ、すまぬ……!
心の中で二人に詫びつつ、これで晴れて堂々とレイヴァース卿と名乗れるようになったことに少し安堵する。
あとはミリー姉さん経由かなんかで家督を譲られたことを報告。
注目されている今ならばそれも記事になるだろうから、そこで苦渋の選択であったセクロス・W・レイヴァースの報道をしてもらおう。
すごく嫌なんだがな!
△◆▽
ミーネがクェルアーク家から戻ってきたところで昼食をとり、それからおれは再びお仕事にとりかかった。
室内にはお手伝いのシアと、クーラー役のシャンセル、それから涼しくて快適だからとソファに転がってうたた寝をするミーネと枕にされているクマ兄貴、それを救出しようとするプチクマがいる。
バスカーはおれに遊べ遊べと絡んできて邪魔になるため、ティアウルとジェミナに預けてきた。
現在その二人と一匹は気が狂ったように訓練場を走り回っている。
元気でなにより。
やがて休憩の時間となり、リオがお茶を運んで来た。
「うわー、涼しい! 私もここに居たいです」
リオはうらやましがりながら給仕をしてくれる。
ちょっとひと休みしてお喋りしていたところ、気づくとリオの相談話になっていた。
なんでも、最近アエリスがパイシェの教育にかかりきりで、全然かまってくれなくて寂しいとのこと。
「アーちゃんがとられちゃったので悲しいです。あと私も指導する子が欲しいです。私だけ居ないのは、私じゃあ指導は無理って思われているみたいで切ないです」
うーむ、ティアナ校長にそういう意図はないと思う。
現在はちょっと疑問符がつく状態になっているが、しっかり者のサリスには危なっかしいティアウルが、落ち着いたヴィルジオには天然っぽいジェミナ、リビラには同郷のシャンセル、冷静なアエリスには精神不安定になってるパイシェ、と、このようにフォロー出来る者がついているわけだが、まあ確かに、残ってしまったとなるとそう思われていると感じてしまうかもしれない。
だが実際は噛みあいそうな者を選んでいった結果、数が合わずたまたまそうなっただけで、リオがダメな子というわけではないだろう。
ちょっと浮かれ気味なところはあるが、いつも明るい笑顔を絶やさずそつなく仕事もこなすリオはかなりメイドっぽいメイド、評価としては優だろう。
ただ同僚が濃いせいで、影は薄くなってしまっているのかも。
「またメイドが増えることになったら、そのときはリオの出番になるだろうさ。だからまあ、焦らずにな」
「はーい……」
ややしょんぼり気味にリオは言う。
まあその話はそれで終わったのだが、その夜だ、そろそろ寝ようとしていたところ、パイシェがおれの部屋へとやって来た。
「あれ、どうしたんです?」
「じ、実は……、アエリスさんに怖い話を聞かせられて……」
「はあ。それで?」
「その怖い話というのが、その話を聞いた人のところに夜やってくるという話だったんです。一人で部屋にいると危ないらしいので、今晩は一緒にいさせてもらえませんか?」
「なに可愛いこと言ってんですか!?」
可愛すぎてびっくりしたわ。
つまり同性のおれのところなら、一緒に居ても問題ないということでやってきたのか。
脱力したが、当人は大真面目。
一緒に居させてもいいかなー、と思っていたら――
「…………」
部屋のドアがそっと開き、白いシーツで身を包み、妙なお面を頭に乗せたアエリスが音もなく入ってきた。
なにやってんですかお嬢さん……。
おれが愕然とした表情になったところ――
「え、御主人様?」
パイシェはおれの方に向いているので、アエリスが入って来たところは見えない。
しかしおれの反応から何かがあったことは理解した。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ。御主人様までボクを怖がらせるんですか? いまボク、そういう冗談はきついんですが……!」
とその瞬間、アエリスがお面を被り、後ろをふり返ることが出来なくなっているパイシェの肩にガッと手を置く。
「ひぃ!?」
そして驚いたパイシェが振り向いた瞬間、ガバーッと威嚇するクマみたいに万歳しながらパイシェに抱きついた。
「――ひはッ!? ――――ほッ!? あ……」
パイシェはもう悲鳴をあげることも出来ず、ビククンッと痙攣し、そのままカクッと意識を失って崩れ落ちる。
アエリスはそれを優しく支え、そっと床に寝かせた。
「お嬢さん、いったい何やってんですか……?」
おれがあきれていると、アエリスは気絶中のパイシェのスカートをがばっとめくり上げた。
「ホントなにやってんの!?」
さすがの奇行におれも静観できなくなった。
あ、もしかして男の娘だって疑ってるのか!?
「あ、あの、アエリスさん、あんまりそういうのは良くないんじゃないかなーって思うんですよね。人それぞれ秘密はありますし」
「もしかして、パイシェさんが男性かどうかという話でしょうか? それでしたら気にするほどのことでもありません」
「じゃあ何でスカートめくってんの!?」
「お漏らしの確認です」
「いやホントになにやってるん!?」
「御主人様は誤解なさっています。私はパイシェさんの指導を任されました。ですから、私はより良く指導を行うため、パイシェさんのすべてを知ろうと努力しているのです。これはパイシェさんがどれくらいの恐怖によってお漏らしを――」
「それは調べなくていいから! 知らなくても指導できるから!」
「果たしてそうでしょうか?」
「キミ食い下がるねえ!?」
ティアナ校長、あなたは指導させるメイドを間違えましたよ!
「と、とにかく、知ることによってパイシェの尊厳が著しく損なわれるようなことはやめなさい。これは主人からの命令です」
「そうですか……、かしこまりました」
アエリスはちょっと不服そうだったが、大人しく従う。
「あと、これからパイシェに何か試そうと思ったら、まずおれに相談してくれ」
「はい。それでは以後、相談するようにいたします」
「うん、お願いね」
これで少しはパイシェの苦労が減るだろうか……。
「それでは、これで失礼いたします」
そう言い、アエリスはパイシェをひょいっとお姫さま抱っこして退出した。
パイシェには優しく接しようとおれは思った。
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/28
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/08
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/09/15




