第250話 12歳(秋)…妖怪屋敷のメイドたち(午前)
犬のようなものが増えたばかりだというのに、今度は付喪神のようなものが加わった。
どうしてメイド学校からおれの屋敷となった途端に妖怪屋敷化するのだろう……、なんか切ないんだが。
ともかく妖怪『ぬいぐるみ』は皆にすんなりと受けいれられた。
が、その結果メイドたちの仕事効率が落ちた。
メイド長の役割を担っていたサリスはウサ子に陥落。
他のメイドたちもクマ兄弟に「なにしてるの?」とちょっかいをかけられ、ついつい仕事の手を止めてしまう。
困ったことに、ティアナ校長までもが奴らに魅了される始末で、もうこうなったら落ち着くまでしばらく待つより他はない。
強引な手段は控える。
例えば奴らを追いだそうものなら、おれも追いだされかねない気がするからだ。
△◆▽
帰国から一週間ほど経過したこの頃、そろそろおれを取り巻く環境に変化が見られ始めた。
聞いたこともないような貴族――、まあおれが気にしていないだけだったのだが、そんな連中から贈り物やら手紙やらが屋敷に届き始めたのだ。
これはつい先日頃からベルガミアで起きた事件の顛末が新聞などに詳しく紹介され始めた結果である。
贈り物の名目はベルガミアでの活躍を祝う品となっているが、おれとしては祝われる筋合いなどない。しかし送り返すわけにもいかないので、誰が何を贈ってきたなど、そしてお返しはどうするかなど、そのあたりはティアナ校長やサリスを頼ってどうにかする。
「品の良い調度品はありがたいですね。お屋敷となったからにはもう少し飾り気があった方がよろしいですから」
ティアナ校長が贈り物を鑑定しつつ言う。
そうか、これまでは学校だったからな。
「なんか欲しいのがあったらあげるから言ってね」
「いやいや、御主人様、もらうわけにはいきませんよ」
サリスは送り主、品物、そしてティアナ校長が決定したお返しランクをリスト化してまとめている。
そんなサリスのさげるポーチにはウサ子が収まり、ひょこっと顔を覗かせていた。
ウサ子と仲直りできてから、サリスはこうやって本当に四六時中ウサ子と一緒に行動している。
「二人に任せっきりだから、それくらいしたいんだけどな」
本来なら頼れそうなクェルアーク家、レーデント家という伯爵令嬢が二人、そしてベルガミアの姫君が一人、この屋敷にはいるのだが、悲しいかな、さっぱり役には立たなかった。
なにしろ自分でこういったことには役立たずだと明言するのだから、もうどうにもならない。
まあ贈り物なら適当なお返しをすればいいのだが、手紙となると実に面倒だ。招待やら会談のお願いなど、それを断る手紙を書くとなると時間を無駄に食われる。絶対会ってやらねえ。
△◆▽
なんとかおれに会おうとする奴らが現れ始め、おれは屋敷に引きこもる生活が始まった。
とは言え、早朝のシャロ様像へのお参りは欠かさない。
幸い、こんな時間帯から待ちかまえるほど根性のある奴はおらず、つまりはその程度――、おれが子供だからと、うまく取り入ろうと考えている連中ということだろう。
「ご主人さま、ちょっとバスカーを借りますね」
その日、おれの朝のお参りに同行しようとするバスカーをシアが拉致した。
べつにどうでもよかったのでおれはそのままお参りに行き、戻ってみるとシアとバスカーは訓練場で何かに取り組んでいた。
シアはしゃがみこんでバスカーに話しかけ、その指し示す方向には藁を巻いた棒が地面に突き立てられている。
「……あ? 標的?」
となると、シアはバスカーを番犬にでもしようと訓練しているのだろうか?
だがあんな子犬が食らいついたところでなぁ……。
「ではバスカー! まずはあれをやっつけてください!」
「わん!」
シアの言葉にバスカーは応え、なにをするのかと思ったらその場で体を左右にぶるぶると――、回転でもしているように身震い。
と思ったらバスカーは体に雷撃を纏い始め、次の瞬間――
「あおーん!」
今までのよちよち歩きはなんだったのかと言いたくなるような、閃光のごとき突撃。
バンッ、と音が響き、標的が真っ二つにへし折れる。
「え……」
ちょっと理解できず混乱。
標的を破壊したバスカーは嬉しそうに、ぴょんぴょん跳ねるような足取りでシアの元へと戻っていく。
「やりました! まさかいきなり成功させるとは! いいですよー、いいですよー! あ、せっかくなのでこの技に名前を決めましょうか! えっと――、サンダー・シバ・ドリルアタックでどうでしょう!」
「わん!」
「気に入りましたか!」
シアは大喜びでバスカーを撫でまくり、撫でられるバスカーも大喜びで尻尾を振っている。
「さて、まずミーネを起こすかな」
おれはなにも見なかったことにして屋敷へと戻った。
△◆▽
お参りのあと、おれは部屋に戻る前のついでとしてミーネを起こすことにしているのだが、その日はちょっと変化があった。
「……、おまえがやるって?」
ミーネの部屋へ入ろうとしたところ、クマ兄貴がのっしのっしとやってきておれをぽすぽす叩いた。
なにか訴えかけているようだったので、そのジェスチャーをしばし眺めたが、どうやらこいつがミーネを起こすことに挑戦するらしい。
「そうか、じゃあ頼むわ」
うんむ、とクマ兄貴はうなずき、ドアノブを回して扉を開く。
どうしてその丸まった手で丸いドアノブが動かせるか謎なのだが、どうやらちょっとした念力を使えるらしい。
そう言えばジェミナも念力を使えるのだが、もしかしてそれは精霊の巫女であることが関係するのだろうか?
気になるところではあるが、本人が巫女のことをよくわかってないので情報の集めようがない。
クマ兄貴にミーネをまかせたあと、おれは仕事を始める前にちょっと冷たい飲み物を用意しようと調理場へと向かう。
そこには今朝の朝食、その準備係になっていたリビラとシャンセル、それからヴィルジオとジェミナという従学コンビが二組いた。
「ん? ダンナどした? 氷? いいぜ、ちょっと待ってくれよな」
シャンセルにお願いしてコップに氷をたっぷりもらう。
こう言ってはなんだが、本当に夏場には有能なお姫さまだ。
「ダンナ、なんなら部屋も冷やそうか? 仕事するんだろ?」
「あ、頼める? ありがとう」
「いやいや、気にすんなって。あたしはダンナのメイドなんだから」
メイドとしての気構えからだろうか、シャンセルはベルガミアにいた頃よりも少し落ち着き、親切と言うか、気遣いと言うか、気前が良くなったと言うか、とにかくちょっと変わった。
「おうおう、じゃあちょっくら屋敷をまとめて冷やしてもらおうじゃねーかニャ」
そしてリビラはガラが悪くなった。
主にシャンセルの言動に対してだが、これは従妹が一緒に生活するようになったための照れくささからだろうか?
いや、ベルガミアではずっとこんな感じだったからな、ただそれを隠さないだけなのかもしれない。
喧嘩するほど仲がいいを地でいっているような二人なのだ。
「……ん?」
そろそろ日課になりつつあるニャーとワンの啀み合いを眺めていたところ、足元に妙な感触を覚えた。
妖怪すねこすり……、ではなく、プチクマだ。
プチクマは何かを訴えようとするように、おれの脛にしがみついて必死に顔をこすりつけてくる。
「困った困った。助けて。って言ってる」
ジェミナが通訳してくれたのだが、それはなんとなくわかる。
もっと通訳してもらおうと思ったのだが、プチクマはおれから離れてテテテッとどこかへ走りだしてしまった。
「来いってことか……」
仕方なくプチクマについていくと、辿り着いたのはミーネの部屋だった。
起こすのはまかせろ、と張りきっていたクマ兄貴だったが、眠るミーネによって口から綿が噴出しそうなくらいギューッと抱きしめられ、手足をジタバタさせて助けを求めていた。
「ダメじゃねえか……」
所詮はぬいぐるみ、王子の口づけの代わりにはなれなかったようだ。
△◆▽
起こしたミーネは身支度を調え、朝食をもりもり食べた後、特訓特訓とクェルアーク家へと出掛けていった。
いや、戻っていったと言うべきなのだろうが、ここであまりにも普通に生活しているせいで、そろそろ判断が難しくなってきた。
騒がしいのが居なくなったあと、メイドたちは二組に分かれる。
メイド学校からおれの屋敷となったため、ティアナ校長は屋敷の仕事を優先する者と、授業や訓練を優先する者とにメイドを分けた。
屋敷の仕事はこれまでメイド学校で学んできたサリス、ティアウル、リビラ、リオ、アエリス、ジェミナ、ヴィルジオの七名。
修学を優先するのは新メイドであるシャンセルとパイシェの二名。
必要と判断されれば、そこにまだちょっと怪しいティアウルとジェミナが加わったりする。
そんなちびっ子二人なのだが、おれの部屋の前の廊下で何やら怪しいことをやっていた。
「お、おおぅ、おお……。お? おー……」
目隠しをしたティアウルがうめいている。
ティアウルは両手を前に突きだしてよろよろ歩いており、その後ろにはジェミナが同行していた。
「お二人さん、いったい何をやってるの?」
目隠し鬼をやっているにしては、呼びかけもなく、捜す相手が背後にいるという滑稽さなのだが、話を聞いてみるとどうやらこれはティアウルが自分の能力を使いこなすための訓練であるようだ。
ティアウルの視力が弱い原因ともなったっぽい能力は、魔素を宿すものを知覚できるというものなのだが、ティアウルなりに調べていった結果、ずいぶんと広い範囲――例えばこの屋敷の敷地内くらいは見通せるほどであったらしい。
ティアウルはシアのアドバイスにより、これをマップを眺めるように俯瞰できないかと訓練を続けているようだった。
何気にすごい能力だと思う。
うまくいけば侵入者を見つけだす探知機のような生かし方ができるのではないだろうか?
まあすべてはこれからの努力次第。
ここは素直に応援しよう。
まだ肉眼で物を見ていると頭が混乱するようで、目隠しはそのためにしているらしい。
そんなティアウルの訓練――、障害物にぶつかったり転んだりを防ぐため、ジェミナが後について念力でサポートしているようだ。
これはこれでジェミナの念力の訓練でもある。
それまでは念力を使うと自分は動けなかったようだが、現在は動きながらでも、ちょっと手を貸すようにティアウルを支えるくらいのことは出来るようになったらしい。
その様子はなんだかでっかい人形を操っているような感じで、そこでおれはふと思いついた。
「なあジェミナ、訓練して、今は動きながらその力を使えるようになったんだよな? このまま訓練を続けたら、もっと細かいことも出来るようになるかもしれない。そこで考えたんだが……」
「うん? うん」
「ジェミナは操る人形に仕事をさせてみたらどうかな。例えば人形にお茶を運ばせて、ジェミナはそれについていくみたいな。場合によっては大人くらいの人形を動かして仕事をさせるのも面白いかもな」
ジェミナは話を黙って聞いていたが、ふと言う。
「主、作ってくれる?」
「いやー、おれが作ると勝手に動き出すと思うから……、それ用のぬいぐるみ、もしくは人形はサリスにお願いして用意してもらうよ」
「わかた。がんばる」
もしジェミナが自在にぬいぐるみを操れるようになれたら、きっと幼い子供のいる貴族などからは引っ張りだこになるのではないだろうか? あまりに引く手あまたになるようだったら、一つの家に雇われるのではなく、依頼された期間だけ働くという形式にしてもいいかもしれない。これは一生食っていける特技になると思うのだが、どうだろうか?
そんなことを思っていたところ――
「うわわぁわぁぁ――――ッ!?」
ほっといたティアウルが廊下の先、階段から転げ落ちていった。
ごめんね!
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/28




