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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
4章 『裁縫少女と王都の怪人』編
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第249話 12歳(秋)…クマとウサとそしてクマ

 魔導学園への一時入学、その日取りが決まるのを待っていたその日、おれは屋敷にいる皆を食堂へと集めた。

 ティアナ校長にメイドたち、それからシア、そしてバスカーを抱えたミーネを席に着かせたところでおれは口を開く。


「えー、ちょっと前に犬のようなものや、大量の精霊が屋敷に住み着いてしまったわけですが、ここでまた新しい仲間を紹介します」


 皆は「仲間……?」ときょとんとするが、おれはかまわず持ってきたぬいぐるみ――、メイド服を着せたサリスのウサ子と、ミーネに依頼されていたリラックスした小さいクマをテーブルに置く。


「おや、ご主人さまも可愛いことを言うんですね」


 おれがぬいぐるみを紹介しようとしているとわかり、シアは楽しそうに言った。

 確かにその通りなのだが、その程度だったらおれはわざわざこんな場を設けたりしない。


「じゃ、おまえら挨拶しろ」


 言うと、テーブルに置かれたぬいぐるみ二体がぴょこんと起きあがり、わちゃわちゃと両手を振って自己アピールを始めた。


『……は?』


 綺麗に皆の声が揃った。


「さて、どうしてこうなったかなのだが――」


 おれはため息まじりに説明を始める。


    △◆▽


 ベルガミアから帰国して五日ほど経過し、はじめは心配していた精霊たちとの生活にもそろそろなれ始めた。

 精霊たちは渡り鳥のように群れて屋敷内を巡回したり、光る蚊柱みたいに集まったりと、どうしてそんな行動をとるのか謎なところもあったが、特に問題行動を起こすようなことはなかった。

 いや、夜中にトイレに行くときなどは、ほのかに明かりを灯してくれたりと、むしろ便利なくらいである。

 しかし――


「そちらのお屋敷、夜なんか光ってますよ……?」


 ご近所さんからはちょっと不審がられている。

 もし事実が明るみになったとしても精霊ならば好意的に受けとめられるのだろうが、世界が世界ならお化け屋敷――、もしくは妖怪屋敷と呼ばれ、恐れられるのは間違いないだろう。

 おれを取り巻く環境は、まだミリー姉さんやロールシャッハが心配したほど騒がしくはなっていない。それでも念のため、あまり外出はせず、おれは屋敷にこもってお仕事に勤しんだ。

 そろそろ完成を急がねばならない冒険の書、二作目の製作だ。

 そしてその合間、息抜きがてらに針仕事を行う。

 頭を使う仕事から、無心に手を動かす仕事への切り替えは、思いのほか充足感を得られるのだ。

 仕事の内容は二つ。

 まずはミーネが姉へ贈るリラックスしたクマ――プチクマの製作。

 次にサリスのウサギのぬいぐるみ――ウサ子用の衣装の製作。

 サリスはどんな衣装にするかさんざん悩んだようだが、おれがベルガミアに行っている間にメイド服にすると決めていた。

 ぬいぐるみ自体は実家でセレスのためにたくさん作ったのでそれほど苦労することもなく、そしてぬいぐるみ用のメイド服も、そこまで手間暇のかかるものでもない。

 冒険の書の製作をしているか、ぬいぐるみを縫っているか、そんな生活だったので完成は早かった。

 そしておれは完成したプチクマ、それからメイド服を着たウサ子を前に頭を抱えることになった。

 よし、完成だ――、と机に置いたプチクマとウサ子にほわほわと精霊が集まり始め、何だろうと思っていたらぬいぐるみ二体が立ちあがってちょこまか動き始めたのである。


「おいこら、ぬいぐるみから出やがれ」


 言ってやるが、二体はおれの腕にしがみつくと、イヤイヤと首を振るばかりでおれの命令などまったく聞き入れなかった。


    △◆▽


「――と言う訳です。害はないと思うのですが、絡んできたら適当にあしらってやって――」

「あの! あの! 御主人様! フィーリーに触ってもいいですか!」


 大興奮を始めたのはサリスだった。

 おれの中ではウサ子なのだが、ちゃんとフィーリーという名前がついている。


「うん? うん、それはまあ、サリスのだし……」

「そうですか! フィーリー、フィーリー、ほーら、私はこっちですよー。フィーリー」


 唐突に、まるでハイハイを始めた赤ん坊に呼びかけるような声音をだし始めたサリスに、周りのメイドたちはちょっとびっくりしたような顔になる。

 まあ普段のしっかりした様子からは想像もつかないからな。

 サリスとしてもそんな自分をさらけ出すつもりはなかったのだろうが、もう自律するウサ子を前にタガが吹っ飛んでしまったようで、満面の笑みを浮かべながら呼びかけている。

 ――が、ウサ子はその呼びかけを無視し、おれの腕にひしっとしがみついて、ちら、ちら、とサリスをうかがい始めた。


「そ、そんな!? どうしてそんな初対面みたいなことに!? ず、ずっと一緒だったじゃないですか!」


 愕然とした表情になるサリスと、サリスの変貌ぶりにどう反応したらいいかわからないでいるメイドたち。

 プチクマは気ままに踊っている。


「も、もしかしてメイド学校で生活することになったから、家に置いていったことを怒っているんですか? でも、だってそれは……、仕方なかったんですよ。私だってあなたと離れるのはつらかったんです。でも、いつもあなたに話しかけていたり、毎晩一緒になって眠ったり、そういうのがバレてしまっては立派なメイドとして皆さんの前に立っていられなくなると思って……!」


 あの、バレましたよサリスさん、たった今めっちゃバレました。


「でも、ほら、これからはずっと一緒ですから。もう置き去りになんてしませんから……!」


 サリスが必死に――、ちょっと周りが引くくらい必死に訴えたことにより、ウサ子はおずおずしていたが、やがてテテッとテーブルを駆けていき、ぴょん、とサリスに飛びついた。


「フィーリー!」


 サリスは大喜びでウサ子を掲げ、そのまま立ちあがると幸せそうにくるくる回り出した。


「ああ、フィーリー、フィーリー……」


 もうエンドロールが流れ始めてもおかしくないテンションだ。

 サリスは幸せの国へ旅立ってしまったが……、連れ戻すのも無粋な気がしたのでそっとしておくことにした。

 ひとまずウサ子の返却は無事に終わったことにして、次に踊るプチクマをミーネに渡そうとしたのだが――


「あれ? ミーネは?」


 サリスの変貌ぶりに気を取られ、いつの間にかミーネが居なくなっていたことにやっと気づいた。

 ミーネのいた席にはお座りしたバスカーがいるだけだ。


「なんかいそいそと出ていきましたよ?」

「出ていった?」


 てっきりプチクマをいじり回すだろうと思っていたのに、妙なこともあるものだ。


「あんちゃん、そのクマさわっていいか!?」

「あ、あたしも触りたい!」

「では私は三番!」


 ティアウル、シャンセル、そしてリオがプチクマに興味を示した。

 まあウサ子を触らせてと今のサリスに言うのは怖いだろうから、当然こっちに殺到するわけか。


「うん、まあほどほどにな。ほれ、踊ってないで挨拶に行け」


 指示すると、プチクマは怪しい踊りをやめてテーブルをよちよちと歩いてメイドたちの元へ。


「じゃあシア、サリスがあれだから……、あとは頼むな」

「はーい」

「ティアナ校長、また妙なものが増えてしまいましたが、お願いします」

「ふふ、いいのですよ、こんな可愛い子たちでしたら」


 案外あっさりと動くぬいぐるみは受けいれられた。

 やはり得体の知れないものであろうと、見た目の可愛さというのは有利に働くらしい。


    △◆▽


 プチクマとウサ子の紹介が終わったあと、おれは自室に戻って冒険の書の製作を再開した。

 しかし、しばらくするとノックがあり――


「ご主人さまー、ごー主人さまー、ちょっと問題発生でーす」


 間延びした声をあげながらシアがやってきた。


「なんだ? あの二体がなんか問題を起こしたのか?」

「いや、あの二体はいいんですよ。まだサリスさんがこっちに戻って来てくれないせいで指揮系統が混乱してますが、まあそれもどうにかなるんです。ではなくてですね」


 と、シアが道をあけるように退く。

 そして部屋へと入ってきたそれを見て――


「あー……」


 おれは一気に脱力した。

 そう言えばぬいぐるみはまだあった。残っていた。おれが数年前、ミーネに贈った1メートル級の初代リラックスしたクマがいた。

 そのでっかいクマのぬいぐるみ――クマ兄貴とでも言うべきそれは、のっしのっしと胸を張り、威風堂々と入室してきた。

 なんでそんなに偉そうなんじゃこのクマは。


「えへへ! 今日から一緒に暮らすクーエルよ!」


 クマ兄貴の後ろからプチクマを抱え、バスカーを引き連れたミーネが現れる。


「そうか、居なくなったと思ったら、おまえこれを取りに屋敷に戻っていたのか」

「うん!」


 くっ……、気づけなかった。

 気づけていたら、このクマ兄貴の誕生は阻止できたというのに。

 ってか、このお嬢さんあの瞬間にこれを思いついて行動に移すとか、本当に楽しむことにかけてはフットワーク軽いな。

 そのクマ兄貴――クーエルはおれの前までやってくると、よろしく頼むぞ、とでも言いたげに、おれの胸をぽすぽす叩いた。


「…………」


 おれはクーエルの顔面を両手で挟み込むようにして持ちあげる。

 おそらく名前はクェルアークから来ているのだろう。


「おうおう、おまえ、クーエルなんて名前だったのか。いい名前じゃねえか。どうだ、おれと交換してみねーか?」


 何の気無しに言ったところクーエルは首を振った。いや、おれが頭を固定しているせいで、体の方がぶるんぶるん振られた。


「ああん? おまえおれの名前が気に入らねぇってのか?」


 左右の手に力を込め、むぎゅぎゅぎゅーっと潰す。

 ぬいぐるみなだけあって顔はぺしょんと潰れた。


「ちょっとー、ご主人さまー、可哀想ですよー。たぶんご主人さまの名前が気に入らないんじゃなくて、ミーネさんにつけてもらった名前だから交換なんてしないってことじゃないですかー?」

「……、なるほど」


 ぱっと手を離し解放してやると、クーエルはぼてんと床に尻もちをつき、それからミーネに助けを求めるようにしがみついてぐりぐり顔をこすりつけ始めた。

 まるで甘える子供である。

 さっきの堂々とした態度はどこへ行った。


「もう! イジメちゃ駄目じゃない!」


 そしておれはミーネに怒られた。

 違う違う。

 イジメたわけじゃないんだ。

 ただ八つ当たりしただけで。


「で、どうするそっちのチビクマは」

「チビクマじゃないの。アークなの」

「アーク? ああ、でかい方と揃えたのか」


 しかしアークか……、いい名前ですね。

 もううらやましさを通りこして切なくなりますよ。


「それで、どうするってどういうこと?」

「いやだから。それおまえの姉さんに贈る贈り物だろ? そんな動くぬいぐるみ贈っていいのか? びっくりするだろ」

「え? 贈っちゃうの?」

「贈り物って話だったよね!? これで贈らなかったら、おれおまえにもう一個ぬいぐるみ作ってやっただけになるんだけど!?」


 なにちゃっかり貰う気になってやがるんだ。


「えー、贈っちゃうのー? アーク、平気?」


 ミーネがしょんぼりと言う。

 するとプチクマはぴょんとミーネにしがみつき、イヤイヤと首を振って離れるのを嫌がった。それを見たバスカーはきゅーんきゅーんと切ない声をあげ、クマ兄貴はおれを見つめてフルフル首を振る。

 なんでおれが悪者なんでしょうか……。


「あー、わかったよ。じゃあちゃんと贈る物を決めろよ? もうおれは知らんからな? あとメイドたちへの贈り物はどうなったよ?」


 尋ねてみると、金銀は示し合わせたように顔を見合わせ、それからこっちを向いて笑顔になった。


「「えへっ」」

「えへ、じゃねえ」


 一緒になって遊びほうけ、そのままベルガミアへ向かってしまったからな、まだメイドたちへの贈り物は決まらないままか。

 まったく。


※誤字と文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/28

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/04

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/08


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[一言] お仕置きを!ゴールデンでシルバーなお仕置きを!
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