第248話 12歳(秋)…帰国後のご挨拶(後編)
鍛冶屋『のんだくれ』を後にしたおれたちは、最後に冒険者ギルド中央支店へと向かった。
その道すがら、おれは金銀にランクが上がることを説明する。
おれはランクSになり、金銀は共にランクB。
この昇格にともない、ギルドに二つ名が登録されるのだが――
「ねえねえ、なんか想像してたのと違うんだけど……、いいのかしら? もっとこう、薬草いっぱい集めたりとか、そういうのしなくて」
てっきり無邪気に喜ぶかと思いきや、何ということか、この急激なランクアップはミーネですら困惑させるものだった。
本来ならまだ訓練校の生徒。
それが半年でランクBとなればさすがのミーネでも戸惑うらしい。
まあ、ちゃんと達成した依頼といったら動く毛玉からせっせと毛を毟っただけだしな。
おれにしても法衣を仕立てただけだし。
「ランクBですか……、何気にお母さまやお父さまに並んでしまいましたが、そう思うと荷が重いような気がします」
「Bと一括りにしても、内部の差はかなりあるからな。それにあれだぞ、おれなんかミーネの爺さんと同じだぞ?」
「あ、そう言えばそうね! お爺さまと一緒!」
まったく、いくら何でも荷が勝った話だ。
「ま、ほとんど強制みたいなもんだから、これに文句を言ってもどうにもならん。ひとまずおまえらは二つ名を何にするか考えとけよ」
「ご主人さまはどうするんですか?」
「おれはもう決まってる。スナークを討滅できる奴が現れたらこれを名乗らせろって、シャロ様が名前を残しててな、それになった」
「どんなのなんです?」
「スナーク狩り」
「ああ、なるほど」
シアはすんなり納得したが、ミーネにはわかるわけがなくきょとんとしてしまった。
「そういうわけでおれは決まっていたが、おまえらは自分の好きなように決めていいみたいだから、なんか考えておけばいいよ」
「んー、じゃあ私は魔導剣ね!」
「ではわたしは始祖メイドで」
「ミーネのはわかるが……、自分で始祖って名乗るのってどうよ?」
「は? じゃあ始祖のところをご主人さまの名前に変えてみましょうか? いいんですよ、わたしは我慢しますから。いいんですよ?」
「すいません……、始祖メイド、すごく素敵ですね。どうぞ始祖メイドと名乗ってください……」
おれは即座に折れた。
△◆▽
中央支店に到着したおれたちは、まず職員たちから熱烈な歓迎を受けた。
職員は仕事をほっぽりだして集まることになったのだが、中央支店はそう混雑する店舗ではなかったので特に問題にはならなかった。
そして支店長であるエドベッカが現れると、唐突に職員に見守られながらの冒険者証授与式が始まる。
「大げさでは!?」
「いやいや、ランクSの冒険者証が与えられる場に居合わせるなんてことは一生に一度有るか無いかという話なのだよ」
「あー、なるほど……」
言われてみれば、職員のこの反応も納得できる。
職員に見守られるなか、まずはおれが持っていたランクDの冒険者証をエドベッカに渡す。
エドベッカは代わりに新しい冒険者証をおれに手渡した。
薄い緑色だったガラス板みたいなカードは、今度は黒色に。
記入された文字は見やすいようにと白色に変わっていた。
「ランクS、おめでとう!」
エドベッカが言うと、職員たちが拍手で祝ってくれる。
「見せて見せて!」
後ろで大人しくしていたミーネが前に来ておれの手元を覗きこむ。
「あなたの髪と同じ色ね!」
「あー、そう言えばそうだな」
「じゃあ私は冒険者証が金になるAを目指さないと!」
「あれ、じゃあわたしは銀なので、Bのままでいいですね」
自分の髪の色に合わせると言うなら、ミーネはランクAでシアはランクBとなるのだが、そこを合わせてどうするのか。
「さて、次に君たち二人となるのだが、二つ名は決まっているかな? 決まっているのであれば、少し待ってもらえれば登録して冒険者証を渡せるのだが」
「決まってるわ!」
「はーい。決まってまーす」
エドベッカに応え、ミーネとシアはそれぞれ二つ名を伝える。
「そうか。では少し待ってくれたまえ。すぐに登録する」
「あの、エドベッカさん、待っている間にちょっと意見を聞きたいことがあるのですが」
「うん? わかった。では部屋で聞こう。私も君に渡さなければならない物があるからね。来たまえ」
おれたちはエドベッカについて支店長室へと移動。
久しぶりに訪れる支店長室。
ふと部屋を見回してみると、隅にあるテーブルに二年前の初対面のとき、おれを調べようとしてパーンッとはじけ飛んだ片眼鏡型の魔道具がガラスの箱に収められて飾られていた。
壊れたままだ。
修復できなかったんだな。
「さて、では何を聞きたいのかな?」
そこでおれは再び雷撃の串団子を作って見せ、クォルズに魔道具の専門家に見せた方がいいと言われたことを説明した。
のだが――
「こんなもの、聞いたこともないぞ……」
こっちもダメっぽかった。
「これは魔道具と言うより、大昔、邪神誕生以前にあった魔導器のような……、いや、魔素に干渉となると……、場合によっては神器や神具にも近いのではないか?」
「あの、その魔導器や神器、神具と言うのはどういうものでしょう?」
「魔導器は現代の魔道具よりも優れたもので、現時点では再現できないものの、いずれは作り出せる可能性のあるものだ。神器や神具、これはかつて存在したという言い伝えだけの代物なのだが、例えば摂理を覆すような効力を持っていたりする代物だ。要は神の使う道具、武器、防具、そういったものだ」
摂理を覆す……、うん?
じゃあおれが仕立てたクロアの服とか、最初のメイド服とかはその神器やら神具のようなものだったのか?
なるほど、そんな物を人に使わせるわけにはいかないからな、パンツ神もいそいそと回収に来るわけだ。
「うーん、すまないね。どうも私では力になれないようだ。私が詳しいのは魔素や魔力を利用して仕事をする道具の構造や利用法でね、それ自体が超常の効力を発揮する代物となるとどうにもならない。これならばマグリフ殿に相談した方がいいかもしれない」
それ今朝、まず最初に会いにいった爺さんじゃねえか。
たらい回しで一周とかどんな皮肉だ。
「もしくはあの方に相談してみるのもいいかもしれないよ」
「あ。あー……、そうですね」
ロールシャッハに相談するのも確かに手だ。
そのうち連絡しろと言われたし、ちょうどいいかもしれない。
「わかりました。まずはマグリフ校長に尋ねてみます。ありがとうございました」
「いやいや、礼には及ばないよ。なんの助言も出来なかった」
エドベッカは首を振る。
「では渡す物を渡してしまおうか。正確には返却なのだが」
と、エドベッカから手渡されたもの、それは拳大の宝石のような石――、魔石であった。
「コボルト王種から回収した魔石だ。調べさせてもらったのだが、どんな力が秘められているのか結局よくわからなかった。残念だが致し方ない」
おれは魔石を受けとり、せっかくなので〈炯眼〉で調べて見る。
〈ゼクスの魔石〉
【効果】王令召集。
魔石に宿る力は、どうやら配下を呼びだすものらしい。
なるほど……、死した仲間の魂すら呼びだしたあれか。
……、なんの役に立つんだろう?
おれの場合、配下ってなんだ?
メイド?
あ、メイドよりも居候している精霊とかそれっぽいが……、呼んで集まって、それでいったいどうしろと?
うーん、ちょっと役に立たないですね、これ。
△◆▽
冒険者ギルド中央支店を後にしたおれは、半ばヤケになって訓練校へと戻り、マグリフ校長に話を聞いた。
「儂でもこんなのはわからんのう。それこそリセリー殿に聞いてみたらどうじゃろうか。もしくは……、リーセリークォート殿か」
たらい回しの極めつけはまさかの実家。
母さんかぁ……、これが実家にいるときにわかっていたら相談しただろうけど、なんか刺さって抜けなくなるってだけだったから、母さんもただ「なにかしらねぇ」って首をかしげるだけだったな。
母さんの師匠となるとルーの森だし、やっぱりロールシャッハ女史に聞いてみるしかないだろうか。
「あ、そうじゃ。ベリア殿に相談してはどうかのう」
「ベリア……、あー、魔導学園の学園長を務めている」
「そうそう。若いが優秀でな、魔導学に秀でておる。ものは試しに相談してみるのもいいんじゃないかの。そのつもりなら、時間を取ってくれと儂の方から伝えておくが、どうじゃ?」
「では、お願いします」
こうして、縫牙についてはなんの進展もなくその日は屋敷へと戻ることになったのだが、後日、そのベリア学園長から連絡があった。
なんでも、おれたちの一時入学を認めるらしい。
期間は二週間ほどで、いつからになるかはまた後日知らせるとのこと。
うん、どうしてそんな話になったのだろう?
ひとまず、金銀にそのうち魔導学園に通うことになったと言ったところ、シアは首を捻ったが、ミーネは妙に乗り気で喜んでいた。
△◆▽
一時入学の報告があった夜、おれはシアとこれからのことを簡単に話し合った。
「またどっかでスナークの暴争が起きたとき、おれに参加の要請が来るのは間違いないだろう」
「まあ来るでしょうね。お腹痛いから後にしてとは言えませんね」
「言えないなぁ……、スナーク戦には手を貸さないとなぁ……」
思わずため息がでる。
シャロ様からの二つ名も貰っちゃったしな。
「まー、やぶさかではないんだ。ではないんだが……、無理するとおっちんじまうのがな、問題なわけだ」
「討滅しきれたらいいですが、出来なかったらヤバイですからね」
「ヤバイなぁ……」
これは勝手に出てくる対スナークの〈黒雷〉だけでなく、限界以上に雷撃を使った場合すべてに当てはまってしまう問題でもある。
なるべく穏やかに暮らしていこうという人生設計はそろそろ破綻してきた。
自身の戦闘力向上も考えなければならないのだが、能力的には並でしかないおれが強くなろうとすると、やはり雷撃を運用していくしかないわけで、結局、無理すると死ぬ問題にぶちあたる。
「やっぱり神からの恩恵を増やすのがいいんじゃないですか?」
「そうなるよな、まあ」
とは言え、たぶん祝福を増やせば大丈夫になるのでは、という憶測でしかなく、それを目標にする前に、まず祝福が本当に有効なのかを判断しなければならない。
となると――、相談できるのはロールシャッハくらいだろう。
シャロ様も祝福を与えられていたわけだし、シャロ様であれば得た祝福がどのような効果を持っているか調べてもいただろう。
これは近いうちに連絡するべきか……。
そんなことを考えていたところ、ふとシアが言う。
「ところでなんですけど」
「なんだ?」
「ミーネさんがですね、ほら、わたしとご主人さまだけがわかることってあるじゃないですか、まああっちの知識なんですけど、それをですね、ちょっと気に掛けてるみたいなんですよ」
むー、なんか仲間はずれな気がする……、ということらしい。
「どうしましょう?」
「どうしましょうってな……」
「やっぱりミーネさんには話せませんか?」
「やっぱりって言うか……、話すのはな、べつにいいんだ」
いいのだが――
「問題はなー、あいつがめちゃくちゃ興味を持つだろうってことなんだよ。おれはいったいどこまであっちのことを説明すればいいんだ? どこまでもか? それっていつまでかかるんだよ」
さらには困ったことにおれは絵が描ける。
ミーネはおれが話す異世界の様子をとにかく描かせようとするだろうし、可能ならばとあちらの品物を再現させようとするだろう。
そう、おれが異世界から来たことを告白することはミーネの好奇心のタガを外し、好奇心に支配された一人の魔人を生みだすことになってしまうのだ。
これ、もちろんシアとて他人事ではない。
想像したのだろう、シアは真顔になって震えた。
「シェヘラザードもあきらめて『くっ、殺せ』とかいいそうですね」
「いやそれはちょっとわかんねえけどな?」
ミーネを信用していないとか、そういう話ではないのだ。
ただ、ちょっと付きあいきれないという、それだけの話なのだ。
ああ恐ろしい……。
※文章を修正しました。
ありがとうございます。
2019/01/28
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/17
※さらに文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/01
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/18




