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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
25/820

第25話 6歳(春)…お嬢さまとの勝負

 なんでこうなるかね。

 普通、伯爵くらいの貴族のお嬢さまってもっとこう清楚でお淑やかで、荒事なんてからっきしだと思うんだけどね、どうしてこの令嬢は喜び勇んでいるんですかね。

 そしてその保護者の祖父はどうしてそれをとめようとせず、馬車から子供用の木剣を二本だしてくるんですかね。というかなんでそんなのもってきてんのよ。あ、一本はおれのなんですね、はい受けとりました。

 おれはあらためてミネヴィア――ミーネを観察する。

 やんちゃそうではあるが、強いかどうかは知りようもない。いくら強いといっても、六歳にしては、と注釈をいれるくらいの話のはず。無闇やたらに鍛えられたおれの敵ではないはずだ。

 ――が、ふと気づく。

 ちょこまか動く令嬢だが、その動きにぶれがない。毎日すってんころりんな弟を見ていてなんとなく気づいたことだが、子供というのはまだ体のバランスがとりきれていない。だからその動作にはかなりのぶれが見られる。しかしおれは歩きにくい森をさんざん歩きまわったおかげで体幹が発達している。だから立っていてもみっともなくふらふらしないし、動きもぶれがすくない。そしてミーネはというと……、せわしなく動くがその動作は実にかろやかだ。どうやらあのお嬢さんもそれなりに鍛えられているらしい。おれはそう推測した。

 となると真っ向勝負は危うい。

 アドバンテージがないなら、おれの勝ち目はひじょーに薄い。

 なにしろおれの才能は並である。期待はできない。

 こうなったらあれだ。

 問答無用の雷撃で麻痺させてぶっ叩こう!


「雷は反則的だから、あの子に使っちゃ駄目だぞ」


 父さんがそっと言った。

 そんなご無体な。

 これまで父さんと試合形式の訓練をしたことはない。まあおれが突撃してころんころん転がされる遊びのようなことはよくやるが、あれは体捌きを鍛えるためのもの。もっと言えば合気をかけられる訓練のようなもの。なんにしてもおれレベルではその訓練を生かして木剣を持った相手に勝つとか無理である。

 まったく、弟がどうなってもいいというのか。

 雷撃がダメってんなら、それ以外でどうにかするしかない。

 というわけで〈炯眼〉の出番だ。

 もう年に一回使うかどうかなのでどうしても存在を忘れる。いちおう物に対しても使用できることがわかっても、わざわざ使う必要のあるものがないのでやっぱり使わない。

 そんな影の薄い我が能力よ、出番であるぞ。

 でりゃーッ!



《ミネヴィア・クェルアーク》


  【称号】〈クェルアーク家の次女〉



 あれ!?

 名前と称号しかわからねえ!?

 どういうことだ?

 ちょっと爺さんにも使ってみる。



《バートラン・クェルアーク》


  【称号】〈破邪の剣〉



 こっちも同じだ。

 はて、家族に使ったときはもっと情報が――、あ、家族だからか!

 ということは他人に対しては名前と称号しか看破できない?

 確かに神の敵対者を見つけるための能力だから、そこだけわかれば都合はつくが……もともと凄く有用とはいえなかった能力がさらに微妙になるこの事実、どうなのよ。


「では始め!」


 がっかりしているうちにバートランから掛け声がかかってしまい、おれが勝手に意気消沈した状態で試合は始まってしまった。

 おれは木剣を普通に――正眼の構えと言えばいいのか、そんなふうに形だけそれっぽく構えている。高校の体育で剣道をちょびっとだけやったが「天翔龍閃!」とか「アバンストラッシュ!」といった必殺技が飛び交うような授業では得るものなどあるわけがない。

 ミーネはおれと同じような構えだが、堂に入っているというか、しっかりしている。

 すぐに飛びかかってくるようなことはなく、とても楽しげな表情でおれという獲物の様子をうかがっていた。完全にどう料理してやろうか、といった表情だ。

 少しの間、おれとミーネは対峙したまま見つめ合ったが、やがて我慢できなくなったようにミーネが動こうとする。わずかに体勢をかえたのがわかった。あれは真っ直ぐ来る。

 と思った瞬間に真っ直ぐきた。

 剣を掲げての一足飛び。

 速い――が、事前に予期できたし、飛びだす勢いが強いあまり跳ねてしまって上体が浮き気味だ。避けるだけならおれでもできる。その振りおろしを木剣で受けるのはちょっと不安なのでやらない。予想より強かったら、防ごうとした木剣ごと押し切られて頭にゴチンと入れられてしまう。そもそも木剣なんて今日はじめて使うものでどうこうしようと考えるほどおれは自分を過信していない。っていうか才能ないし!


「はっ!」


 気合いをこめたミーネの一撃。おれは右に飛んで避ける。ミーネが右利きっぽいから、ミーネから見て追撃しにくい左へと。

 ミーネが攻撃して、おれが避けて、本来ならおれがなんらかの反撃をするところなんだろうがなにをしたらいいかわからないし、そんなんで手をだして返り討ちにあってもバカらしいのでそのまま距離をとる。

 あれだ。まずはミーネがどれくらいやるのか観察するのだ。

 なにしろ弟の人生がかかっている。

 負けられないのだ。


「……ん?」


 ミーネはなんで攻撃してこないの、といった顔だ。

 できればしたいんだけどね、たぶん下手に攻撃したら反撃でやられて終わるんだよね。だからおれが攻撃するならよっぽどの隙ができたときなんだよ。

 それからおれはミーネの攻撃を躱すことに専念した。

 最初は攻撃を続けさせれば疲れてきて隙ができるのではと考えたが、ミーネは疲れるどころか逆に嬉々として木剣を振りまわし始めた。


「あはっ、すごいのね! じゃあこれはどう!?」


 ずごっ、と風切り音をさせながら、屈んだおれの脳天すれすれをミーネの薙ぎはらいが通り過ぎてゆく。怖い。ってかいくら子供で、使ってるのが木剣だからってそんなの喰らったら普通に脳震盪! 下手すりゃ脳挫傷だぞこら!


「これもよけるのね! じゃあ!」


 もうミーネは完全にどこまでおれが避けるか遊びはじめていた。

 獲物をいたぶる獣か貴様は!

 伯爵家のお嬢さまなんでしょ!?


「ほうほう、ミーネが本気でやっておる。なかなか鍛えあげておるようだな」

「あー、まだ体の動かし方しか教えてないんだ」

「なるほど、それで攻撃しあぐねているわけか」


 バートランと父さんは観戦しながら暢気な会話をしている。

 ってか体の動かし方しか教えてないってはっきりわかってんなら、試合とかやらせんなバカーッ!

 おれがなんとか回避し続けていられるのはまあ訓練のおかげだが、実はミーネのおかげでもある。ミーネの攻撃は実に素直だ。体がその攻撃をする態勢になり、そしてその態勢から繰り出せる一番の攻撃がやってくる。フェイントや妙な術もない。だから事前に予測して、本当ならもう対処できない速度の攻撃を避けることができているのだ。

 ところが、テンションがあがりまくった令嬢の攻撃は予測できていても避けるのが困難になってきた。余裕をもって避けていられたのが、かなりぎりぎり、ちょっとかするくらいになってきたのだ。おまけにあれだ。攻撃させまくって疲れさせるはずが、回避を続けるおれのほうが疲れてきたとかまったくどんな冗談だ。

 なんだか腹が立ってきて、おれが冷静さを欠いた瞬間――


「はあっ!」


 ミーネの強烈な一撃が握っていた木剣にはいり、おれはあっさりと木剣をはじき飛ばされてしまう。

 が、そんなのはどうでもいい。

 そもそも使えないし、わりと重いし、なら持ってるだけ邪魔だ。

 これが殺し合いで手にしていたのが真剣だったらかなりまずい状況なんだろうが、べつに木剣で相手を倒さなきゃならないなんて条件はない。


「もう剣もなくなったし、こうさんする?」


 ミーネがおれに問いかける。

 おれは苦笑する。


「まだ攻撃をあてられてないよ? それにぼく、木剣なんて使ったことないし、邪魔だったからちょうどよかったんだ。投げつけようと思っていたのができなくなったのは残念だけど」

「…………、あはっ」


 ミーネとしては、たぶんおれがあきらめて降参すると思ったのだろう。

 ところがおれがまだあきらめてないとわかり、嬉しそうに笑った。

 そう、おれに降参なんていう選択肢はない。

 弟はやらん!

 絶対にやらん!

 だからおれが望むのは最悪でも引き分けだ。

 とはいえこのままではじり貧、どうしたものか。

 強がってみた結果、ミーネはますますテンションがあがってしまって次の攻撃はなんか凄そうだ。その攻撃を躱せたらおれの勝ちとかにしてもらえないですかね?

 そんな、おれがちょっと気弱になったとき――


「にーに、がんばれー」


 弟の声援が……!

 負けられぬ!

 そう覚悟した瞬間、頭がちょっとピリリとした。

 同時、全身全霊で弟の服を縫いあげたときの感覚がおれに訪れた。

 これはゾーン――いや、〈針仕事の向こう側〉だ!

 いける。

 そうだ、これなら、この感覚が研ぎ澄まされた今ならば、ミーネの渾身の一撃も躱すことができる――はず。

 だがそれだけではダメだ。

 ここで勝たなければおれは負ける。

 だから、おれはその瞬間を待った。

 ミーネが瞬きするその瞬間。

 おれの様子が変わったことに気づき、ミーネはふと眉をよせ、そして――瞬き。

 同時におれは動いた。

 ミーネの瞼が落ちきる前に動作を開始し、開きはじめたときには一歩を踏み出した。


「――ッ!?」


 はじめておれが攻撃に転じたこと、そしてその瞬間が見えなかったことにミーネは一瞬だけ戸惑った。その間におれはもう一歩。

 おれは飛びかかるようなことはせず、前傾姿勢をさらに低くしながらミーネにタックルでもかますかのように迫る。

 最初に一秒ほどの時間を稼ぎはしたが、ミーネはすでに迎撃態勢。

 ちょうどいい位置にあるであろう、おれの頭めがけて木剣を振りおろす。だがおれは振りおろされる木剣――その柄に両手を伸ばしてミーネの手ごと受け止め、そのままミーネを地面に引きずり倒す。斬りかかったところに体勢を崩され、倒れる、と反射的にすがりついたのがおれに支配を奪われた木剣。ミーネは為す術もなくあっさりとすっ転がる。まわりにはミーネの木剣を中心にして、おれとミーネがくるんと立ち位置を入れ替えたように見えただろう。

 ただしミーネは尻もちをついた状態で。

 勝ちを確信していたミーネは木剣ごとおれに手を掴まれたままきょとんとしていた。なにが起きたかわからない、といった表情だ。

 おれは手をはなして、惚けているミーネの鼻をむぎゅっとつまむ。


「ぼくの勝ち」


 宣言する。

 もうこれ以上はおれが無理だから勝手に宣言して終わらせてしまう。

 ちらりとバートランを見ると、唖然とするばかりで異議をとなえる様子はない。

 よかった。とっさに〈針仕事の向こう側〉を使えたが……、これを自在に使うためには訓練が必要だろうな。


「…………、あ」


 ミーネはしばし茫然としていたが、ふと、おれを見た。

 なんというか妙な――今やっと、ようやくおれを認識したようなそんな視線だった。


「も、もう一回やりましょう!」

「え?」


 立ちあがるやいなや、ミーネはあきらめの悪いことを言いだした。


「ダーメ。一回しょうぶだよ。弟はあげない」

「じゃあクロアはもういいからもう一回しょうぶしましょう!」

「え?」


 なにを言っているんだろうこのご令嬢は。

 負けず嫌いなのか?


「それ、ぼくに勝つまでやるの?」

「勝ってもやるわ! 勝っても負けてもやりましょう! ね!」

「おぉう」


 違った。

 負けず嫌いとかじゃなくて、このお嬢さんちょっと戦闘狂だわ。

 たぶん心の中にバーバリアンとかが住んでるんだ。

 どうすりゃいいのとおれが困惑していると、助け船はバートランからだされた。


「まあまあ、待ちなさい」


 にこにこしながらやってきて、孫娘の頭をなでてやる。


「そんなに焦らなくてもしばらくお世話になるんだ。機会はいくらでもあるだろう? それにお前は長旅で疲れている。今日はここまでにして、ゆっくり休ませてもらいなさい。そして明日、万全の状態で再戦すればいい」


 あれ、助け……船?

 なんかハードルがあがったんですけど。


「そっか、わかったわ! じゃあ明日ね! 明日! ね!」


 ミーネは期待のまなざしでおれを見てくる。

 すごく嫌だが、おれはここでNOと言える卓越した日本人じゃなかったので――


「……はい」


 しょんぼりしながらうなずいた。


「絶対だからね!」


 ミーネは嬉しそうだ。なにがそんなに嬉しいのかおれにはまったくわからないが、とにかく嬉しそうだ。そして木剣をヒュンヒュンいい音させながら振りまわし始める。すっごい元気なんですね! 明日万全になったらおれうっかり殺されるんじゃないっすかね!

 うんざりしていると、バートランがそっと囁いた。


「あの子はこれまでまともに相手になる友人がいなくてな、退屈していたんだ。すまんがしばらく相手をしてやってくれんか」

「ぼくじゃ相手できないとおもうけど……」

「ほっ、なにを言う。あの一瞬の動き、あの子よりも上だったぞ?」

「まぐれですよ?」


 実際まぐれだったが、爺さんはにやりと笑う。

 いやホントまぐれだったんですって!


「ここでの生活はあの子のよい経験になるだろう」


 腕組みをしてうんうんと満足げにうなずく爺さんの横で、おれは深々とため息をついた。

 いい迷惑だ。まったく。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※文章と誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/18

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/04/19


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