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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
4章 『裁縫少女と王都の怪人』編
249/820

第246話 12歳(秋)…帰国の翌日

 ベルガミアから帰還した翌日の早朝。

 おれは王都の大通りにあるシャロ様の像にお参りするべく、ひとり屋敷を後にした。

 が――


「わんわん!」


 今朝はいらないお供がついてきた。

 先行しては「こっちこっち」とばかりにふり返っては吠えてくる柴犬の子犬もどき。

 名前はバスカー。

 ベルガミアを危機に陥れた元バンダースナッチ・バスカヴィルのなれの果てである。


「わん!」

「いちいち吠えんな……」


 体が子犬すぎるからか、バスカーは走るというより、ぴょんぴょこ跳ねるように進む。まだ早い時間なので人通りは少ないが、人々はそんな無邪気の権化のようなバスカーを微笑ましそうに眺めている。

 まさかこいつがつい先日まで百獣国で猛威を振るっていたとは思わないし、言ったとしてもにわかには信じられないだろう。

 今回、ベルガミアで起きた暴争は奇跡的に死者無しということだったが、前回は少数とは言えない死傷者が出たらしい。

 もちろんこれまでにも出ていたのだろう。

 なので、おれとしてはコレがこんなところで呑気にしていていいものか、と少し考えるところもある。

 これについて当事国出身の二人に聞いてみたところ――


「まー、何も感じないわけじゃねえニャ。でも、それを今のこいつに言ってもしかたないニャ。こいつだって好き好んでスナークになったわけじゃねえニャ。諸悪の根源は邪神ニャ」

「そうだぜ。邪神に戦いを挑んだ奴らがいなかったら、今のあたしたちはねえからさ、そこはちゃんとわかってるんだ。スナークが恐ろしいものであればあるほど、じゃあ滅んでなおそれを生みだした邪神はどんだけだったって話だよ」


 リビラとシャンセルは特別敵意を抱いてはいなかった。

 これが前回の暴争で命を落とした者の遺族となると話は別だろうが、バスカーを連れていって「こいつです、こいつがやりました!」と報告する必要性はたぶんないと思う。

 ベルガミアを襲ったスナークの群れは討滅された――。

 この事実に解決しようのない『続き』を作るのは無粋な気がするのだ。

 おれがそんなことを考えているとは気づきもしないだろう、脳天気に吠えまくるアホ犬をともない、おれはシャロ様の像へと到着。

 同じように早朝のお参りを日課としているお年寄りたちに混ざり、丁寧にお辞儀してから祈りを捧げる。


「(シャロ様、色々ありましたが無事に帰ってくることが出来ました。あなたが残した二つ名はぼくが授かりましたよ。あと、あなたの小像が木っ端微塵になってしまって悲しいです)」


 心のなかでシャロ様に語りかけていると、バスカーが「かまって、かまって」というアピールなのか、前足をちょいちょいおれの足に引っ掛けてくる。


「(こいつです、こいつがやりました! こいつのせいで木っ端微塵になったので天罰かなんかくれてやってください! おれが自分でやるとみんなから総スカンなのでお願いします!)」


 そう語りかけたあと、おれはかまってくれると期待し、まだ丸まりきらない尻尾をぺるぺる、ぺるぺる、と振るバスカーを見下ろす。


「わん!」

「はぁ……」


 まったく、忌々しいことに愛嬌の固まりのような存在である。

 仕方がないので撫でくり回してやり、それからおれは屋敷へと戻った。


    △◆▽


 今日はミーネのお土産話を聞きにミリメリア姫がやってくる。

 屋敷へ戻るとメイドたちはミリー姉さんを迎えるにあたり、いつもより気合いをいれての掃除など、準備を整えていた。

 メイドたちは忙しい――、そこでおれはちょっと試してみたいこともあり、ミーネを叩き起こす役を買って出ると、バスカーをともなってミーネの部屋へ向かう。

 まずはと幸せそうにすやすや眠るミーネに呼びかけたり、揺すってみたりしたが……、一向に起きる気配はない。

 しかしそんなことは織り込み済み。

 これはただ「一応、普通に起こす努力はした」と言い訳をするために必要な手順だっただけだ。

 おれはバスカーを抱えてミーネの枕元にセット。


「よーし、バスカー。この眠り姫の顔を舐めろ」

「わん!」


 ぺろぺろぺろぺろ、ぺろろろろろッ!


「ふわぁ!?」


 ミーネがびっくりして跳ね起きる。

 成功だ!


「な、なに……? あ、バスカーかー、もー、駄目じゃない、イタズラしちゃ……」


 ミーネは寝ぼけた様子でそう言うと、むぎゅっとバスカーを抱きしめ、そしてぼすんとまたベッドに転がってすやすや眠り始める。


「きゅーん、きゅーん……」


 がっちり抱きしめられているせいか、バスカーは抜け出せなくて悲しそうに唸り始めた。


「ダメだったか……」


 こうなっては仕方なく、おれは普通にミーネを起こし、なんとか目を覚まさせてからシアにバトンタッチ。身支度を任せた。

 べつに寝間着姿であろうが、寝ぼけていようが、ミリー姉さんなら気にしないだろうが、まあ一応、身だしなみくらいは整えさせる。

 そうこうしているうちに、ミリー姉さんを乗せた馬車が到着した。

 みんな揃ってお出迎えするなか、まずは御付きのシャフリーンが馬車を降り、次にシャフリーンに支えてもらいながらミリー姉さんが降りてくる。


「あら可愛い。犬を飼い始めたのですね」


 ミーネが抱っこしているからだろう、ミリー姉さんはすぐにバスカーの存在に気づいた。


「あまり見かけない種類のようですね」

「そのことなのですが……、まず中へどうぞ。詳しく説明する必要がありますので」

「うん?」


 きょとんとしたミリー姉さんを応接間へとご案内。

 応接間ではテーブルを挟んだソファの向こうに姉さんとミーネ、こっちにおれとシアという状態。

 シャフリーンは向こうのソファの背後にて待機だ。


「実は昨日、屋敷に戻ってきてからですね――」


 と、おれは昨日の出来事を話して聞かせた。

 バスカーだけでは説得力に欠けるので、ちょっと精霊たちにも出てきてもらっての説明だ。

 部屋中に精霊が舞う中、さすがに戸惑うか、姉さんもシャフリーンも目をぱちくりさせて口をぽかんと開けっ放しになってしまった。


「では、この子が……、バンダースナッチだったのですか?」

「はい、今は無害のようなのでこうして住み着くのを許可しました」


 ミーネに両手で抱えられたバスカーは「へっへっへ」と口を半開きにしてやや嬉しそうに見える顔、そして尻尾はぺるぺるしている。


「バスカー、ミリー姉さまにご挨拶よ」

「わん!」

「はい、よくできました。よしよし」


 唖然としていたミリー姉さんだったが、ミーネがバスカーと戯れる姿に自然と頬が緩む。


「そうですか。これについては私が何かを言える立場ではありませんから、レイヴァース卿の判断にお任せしますね」


 にっこりと微笑んで姉さんが言う。

 精霊うんぬんよりも、ミーネが子犬もどきとじゃれ合っている様子にすっかり魅了されてしまっていた。

 それからミーネによるお土産話が始まり、一生懸命に話すミーネを微笑ましく見守りながら姉さんはうんうんと話を聞いていた。

 やがて、おれは時間を見て応接間から退出する。

 昼食――、カレーの準備のために調理場へと移動だ。

 メイドたちにも調理場に集まってもらい、作り方を教えながらの調理となる。昨日、ミーネと約束してしまったのでハンバーグやコロッケも用意する。こちらはメイドたちと一緒になってせっせと作った。

 二時間ほどかけて準備が出来たところで、料理は応接間に運んでもらう。


「姉さま、これがカレーよ。とてもおいしいの」

「そうなの。それは楽しみですね」


 ミーネと姉さんが仲良くにこにこしているなか、サリスとアエリスによって準備が整えられる。

 ベルガミアではライスにルーをそのままぶっかけて提供していたが、ミリー姉さんもいるのでややお上品に見せるべくライスとルーを別々に。あの魔法のランプみたいな容器は存在しなかったので注ぎ口のある容器で代用した。あとはミーネからの強い要望があったトッピング用のハンバーグとコロッケ、そしてサラダなどである。


「あと、ここはシアがやるからさ、シャフリーンは食堂でみんなにまざって食事するといいよ」

「え、しかし――」

「いいのよ。シャフ、いってらっしゃい」


 シャフリーンは戸惑ったようだったが、姉さんにも勧められたので最終的には折れ、感謝をしつつサリスやアエリスと一緒に退出、食堂へと向かった。

 それを見送ったあと、ミリー姉さんが言う。


「ありがとう。シャフは私につきっきりにさせているので、あまり誰かとゆっくりお喋りする機会がないんです」

「ああいえ、ちょうどいいかなと思ったので」

「ええ、気をきかせてくれて助かりました。そして私も」

「……、私も?」

「はい。毒味をするとか言いだして、私の分をすっかり食べられてしまうことがなくなりましたから」


 そう言ってミリー姉さんはにっこり微笑んだ。

 相変わらず妙な主従である。


    △◆▽


 昼食を終え、お土産話も一段落したところで今度は前に引き受けていた指名依頼の話になった。

 ミリー姉さんが金銀に贈る服、そのデザインはどうするか?


「どんな服がいいでしょう? 普段とは逆な感じで、ミーネがメイド服、シアは普通の服、とか?」

「あ、いいですねぇ、二人そろってメイド姿というのは実に絵になります。写真を残したいですね」


 シャロ様が考案した魔道具として写真機は存在する。

 まだ大衆の手に渡るほど低価格化はしておらず、いざ写真を撮るとなると専門の写真屋が出張してくることになる。

 物好きな貴族や商人、新聞記者が持っていたりする。


「写真を残すだけなら、誰かのメイド服を借りればなんとかなりますが、どうしますか?」

「どうしようかしら、ミーネちゃんはどうしたい?」

「うんー、んー、私は新しい服がいいかな」

「じゃあそうしましょう」


 ミリー姉さんはあっさりミーネの要望に従う。


「ではどのような服にするかですが……」


 とおれはデザイン画を見せる。

 元の世界でどのような服があったか、記憶を掘り起こしてのデザイン画である。

 まずこのパターンから選んでもらい、それをカスタマイズして完成にもっていく予定だ。


「これなんか……、いいかもしれませんね」


 とミリー姉さんが興味を示したのはフリルいっぱいのロリータ系であった。


「いいんじゃないかしら」

「いいかもしれませんねぇ」


 金銀もそこそこ乗り気である。

 まあこいつらなら似合うだろうし、べつにいいのだが、おれは一つ確認しておこうと口を開く。


「舞踏会や晩餐会に行くならいいんだが、町へのお出かけにこれを着ていくとなると……、周りからヒソヒソされるんじゃないか?」

「むう?」

「あー……」


 金銀そろって困った顔に。

 めちゃめちゃ浮く、というのは理解してもらえたらしい。


「普段着にも使おうとするなら、たぶんミーネの着てる服くらいがぎりぎりだと思うぞ?」

「そうですね、実用性を考えると……、そうなるかもしれませんね」


 ミリー姉さんも納得する。

 結局、フリフリな服も捨てがたいようだったが、いつも着られる服ということも考慮して、今のミーネくらいで可愛いやつ、という実に曖昧な要望にまとまった。


※誤字を修正しました。

 ありがとうございます。

 2018/12/15

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