第243話 12歳(夏)…押しかけ精霊
新しくメイド見習いとなった二人との顔合わせが終わり、この後は懇親会としての、さらにおれの活躍と無事な帰りを祝っての、普段よりちょっと豪勢な夕食となるらしい。世間一般では主が侍女たちと一緒になって食事をとるという状況はあり得ないのだろうが、今回は無礼講ということでみんな一緒の食事会である。
ミーネからは料理について強い要望があったが――
「なんで!? 戻ったら作ってくれるって言ったじゃない!」
「いやだって……。じゃあ明日、ミリー姉さんにも食べてもらえるように明日作るから。ハンバーグとかコロッケも用意するから」
「それは素敵ね……!」
せっかく色々と用意されるのにカレーを出してしまってはな。
これがそのカレーか、とメイドたちが試しに食べてみて、そのままお腹いっぱい食べてしまったりしたら他の料理が無駄になりかねない。
駄々っ子をなだめたあと、おれは食事の準備が整うまで部屋で休むことにした。
「んじゃ、ちょっと部屋に戻ってるな」
「わかりました。わたしはこちらで食事の準備をしてますね」
「あ、じゃあ私もー」
シアとミーネも食事の用意を手伝うようだ。
……、ミーネも?
珍しいこともあるものだ、と思いながら、おれはシアにミーネがつまみ食いをし始めたら頭をひっぱたくようにとハリセンを渡した。
それからおれは仕事部屋の方に戻り、まずシャロ様の小像を神棚へと戻した。
「……?」
するとだ。
シャロ様の像がコトトッと小さく震えた。
「……? ……?」
置いた拍子に揺れただけかと思いきや、像はそのまま震え続ける。
地震でも起きているのかと疑ってみたが、揺れは感じないし、部屋で動くものはシャロ様の像だけだ。
シャロ様の像は揺れ続ける。
なんだろう?
もしかしてあれか――
……おや!?
小像の様子が……!
なんて思っていたら、小像はパーンッと小気味の良い音を立てて木っ端微塵に吹っ飛んだ。
「シャァロぉさまぁぁ――――――ッ!?」
木っ端微塵かよ!?
進化じゃねえのかよ!?
像が砕け散ると同時、そこには光の玉が生まれていた。
だが光の玉であったのは一瞬だ。
次の瞬間には膨大な数の小さな光へ分裂して部屋中に拡散。
さらには天井や壁、床を貫通して屋敷中に散っていく。
「なんぞこれぇぇ――――ッ!?」
シャロ様が木っ端微塵というあまりの事態に頭が真っ白になったが、少し冷静になってきて気づく。
こいつら精霊――、おれがぶっ殺したスナークのなれの果てだ!
「でも……、ちょっとでかくなってね?」
気のせいかもしれないが、小さな星のようであった精霊はその輝きを増しているように感じる。
そんな精霊のなかで特にでかい奴がおれにすり寄るようにふわふわと近づいてきた。
こいつは――、あれか、バスカヴィルだった奴か。
……やっぱりでかくなってるぞ?
「ちょっとー、ご主人さまーッ! ご主人さまーッ!」
「わーッ! わわーッ! なにこれーッ!」
ハリセン片手にシアが部屋に飛びこんできた。
それに遅れ、頭を抑えたミーネが、さらにメイドたち、最後にティアナ校長までおれの部屋に集まってきてしまった。
「ちょっとご主人さま! いったい何したんですか!」
「おれ何もしてないよ!? おれなんにもしてないよ!? ただシャロ様の像を元に戻したら、像がパーンって弾けて、そしたらこんなことになったんだよぉ!」
「あ。あー……、それはお気の毒な……」
シャロ様が木っ端微塵で、おれはもう半泣きである。
「御主人様、これはいったいなんなのですか?」
部屋にもまだずいぶん残っている精霊たちを見回しながらサリスが言った。
「あー、これは……、ベルガミアでおれが討滅したスナーク……」
「へえっ!?」
サリスがびっくりしてしまった。
「あ、危険はないと思うから。なんか精霊になったっぽくって。あのときあの場で消えたと思ったが……、なんでシャロ様の像から?」
わけがわからず困惑していたところ、ちょこちょこジェミナが近寄ってきて言う。
「この子たち、一緒にいたかった。主と」
「おれと?」
うんむ、とジェミナがうなずく。
「一緒にいたくて、像にもぐり込んだ。像は主の力がこもってて、なんか大きくなった。そしたら出にくくなった。がんばって出たら像こわれた。ごめんて」
「なんてこった……」
シャロ様の像が――、シャロ様の像が!
「……ってちょっと待った。なんでジェミナがそんなことわかるんだ?」
「ん? ん。ジェミ、なんとなくわかる。巫女だから」
「巫女?」
「ん。精霊の」
「精霊の巫女? それっていったいなんだ?」
「んー?」
尋ねたら小首をかしげられた。
「そこで首を捻っちゃうかー……」
そこで首を捻られると、もう入ってきた情報はゼロに等しくなっちゃうんだけどなぁー。
ともかくジェミナは精霊の代弁が出来ると、ひとまずこれで納得しよう。
「じゃあジェミナは精霊に言葉を伝えることもできるのか?」
「言葉は伝わってる」
「あ、そうなの? よーし、じゃあおまえら、とりあえずこの家から出てけ」
そう言ってみたが、精霊たちに動きはない。
バスカヴィルなどますます近寄ってきて、おれの胸元にその体(?)をこすりつけてくる。ほわんとした、暖かみのようなものを感じる。ちょっと両手で掴もうとしてみたところ、強い風圧を手に受けとめているような斥力があった。
「なぜ出ていかない……」
「暮らしたいって。ここで」
「ここで暮らす!? ダメって伝えて!」
「お願いって。許してくれるまで、がんばってお願いするって」
「そんな千年以上ねばる根性のある奴らが頑張ってお願いするなんてことになったらもうこっちが折れるしかねえじゃねえか!」
もう要は勝手に住む、ということに大差ない。
「いやどうすんだよこんなフワフワでピカピカで……、特にでかいおまえ、なんとかなんねえ? 元犬として」
そう適当なことを言ったところ――、ピカッと一瞬強くバスカヴィルは光を放ち、まぶしさに目を瞑った瞬間、手からの感触が斥力とは違う、なにかもふもふっとしたものになっていた。
「わん!」
見ればそこには柴犬の子犬がいた。
これにはおれを始め、その場に集まった誰もがぽかんと突如子犬に姿を変えたバスカヴィルを見つめることになったのだが――
「かわいっ!」
ミーネが叫び、素早くおれの手から子犬を奪い去った。
「わふん?」
「よしよし、よしよし」
「わん!」
「うちの子になるわん?」
「くぅーん? きゅーんきゅーん……」
「嫌だって。主がいいって」
まあ何となく反応からわかったが、ジェミナが子犬の代弁をする。
「そっかー。残念」
「あの、ミーネさん、次、次は私に抱かせてください!」
サリスがあたふたとした様子で言う。
目は子犬にロックオンされてしまっている。
「あたいもあたいも、サリスの次な」
「じゃあ私はティアさんの次の三番で!」
ティアウルとリオも子犬が気になるらしい。
一部のメイドたちが柴犬と化した犬精霊なのか精霊犬なのかよくわらないものを抱っこする順番を決めているなか、何気にパイシェも触りたそうな顔をしており、そんなパイシェを冷静に観察しているアエリスがいる。
「主殿、元犬と言っておられたが、どういうことだ?」
そんななか、ヴィルジオは冷静なようでそう尋ねてきた。
「あー、あれバスカヴィルって呼ばれてたスナークなんだよ」
「バスカッ!? かつての犬の覇種ではないか!」
さすがのヴィルジオも驚いた。
「ほーらほーら、お腹こしょこしょこしょー」
「へっ、へっ、へっ」
仰向けになって腹をサリスに撫でくり回されている姿からは想像できないが、あいつベルガミアを危機に陥れたんだよなー。
これをベルガミア出身者はどう思うのだろう?
「昔を思い出すニャー」
「あ? リビラ先輩、もしかして喧嘩売ってんスか? いいっスよ、外行きましょうか」
なんか勝手に啀み合いを始めていた。
二人ともこれからは仲良くね!
「ご主人さまー、なーんでシバなんですかね?」
「おれがイメージしたからじゃねえかな?」
「なるほど……。なんか大人気ですね。クロアちゃんやセレスちゃんもすごく喜ぶでしょうね」
「む……」
そっかー、二人が喜ぶかー、そっかー、実体は妙なものだけど害はないようだし、見た目は可愛いからなー、そっかー、喜ぶかー。
じゃあ仕方ないな!
「ひとまず住むのを認めよう。ってか勝手に住み着くだろうし。なあジェミナ、他の精霊は姿を変えられないのかな?」
「むり」
「そうか、じゃああんまりピカピカ輝かないようには?」
「できる。目立たないようにするって。あんまり」
「じゃあ、まあいいか……」
おれはため息まじりに言い、最後にティアナ校長に話す。
「すいません、なんか妙なものを連れてきてしまいました……」
「旦那様、家に精霊が住むというのはとてもありがたいことなのですよ。ただ少し……、いえだいぶ……、多いですね」
「ですね……」
居候を許可されて喜んでいるのだろうか、小さな精霊たちはふよふよー、ふよふよー、とただよい始めた。
明日、ミリー姉さんが来たらなんて説明しよう……。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/15
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/28




