第242話 12歳(夏)…新メイド
ロールシャッハの話のあと、おれはウォシュレット伯爵になってしまうことについての相談をした。
結果としては、おれの希望通りにしていいとのお墨付きをもらうことができた。あとはこれを新聞などの媒体によって広く告知することである。ぶっちゃけしたくないが、しなければならないのが悲しい。
こうして謁見は無事に終了。
陛下が「お」としか言えな――、いや、発音できなかった謁見だったが、とにかく無事に終了した。
それからおれは馬車で送ってもらい、メイド学校に到着。
夕方近くにベルガミアからザナーサリーに戻り、王宮へ行ってそしてメイド学校へ。それなりに時間がかかり、日の長い夏期とは言え、もうすっかり日が傾き薄暗くなっている。
ともかく、ようやく戻ってきた。
これでひと休み出来るのだが……、その前にもう一仕事。
新しいメイドと顔合わせである。
「御主人様、お帰りなさい。ご無事でなによりです」
「あんちゃんおかえりー」
玄関ではサリスとティアウルが出迎えてくれた。
「ただいま……! ただいま……! ただいま……!」
「あんちゃん疲れてんなー……」
「御主人様、お疲れでしたらまずお部屋でひと休みしてはいかがですか?」
「あ、いや、大丈夫だ。新しいメイドの子が来てるんだろ? まずは二人に会うよ」
「はい、ではそのように。ティアさん、皆さんに伝えに行ってもらえますか?」
「ん! わかった!」
元気よくうなずき、ティアウルはメイド学校――、ではなく、我が屋敷の奥へと駆け足で戻っていく。
「もう聞いているかもしれないけどさ、メイド学校がおれの家になっちゃったよ」
「はい、ミリメリア様からうかがっています。……、おや? どうしました?」
「ああ、いや、ちょっとな」
「……?」
サリスが不思議そうに小首をかしげるので、別になにか面白かったり興味深かったりするわけではないが何となく感じたことを言う。
「この家に家族は居ないけど、おかえりなさいって迎えてくれる人がいるのはいいもんだなって思っただけ」
「――――」
サリスがぴたりと動きを止める。
が、それもわずかのことで、すぐに悩ましげな表情になって言う。
「シアさんがいますよ……?」
「…………、今のは内緒で頼む」
「はい。かしこまりました」
そう苦笑するサリスに連れられ、おれは屋敷の中へ。
それからティアウルが戻ってきて、皆はレッスンをする広間に集まっているということで、そこに向かった。
広間にはティアナ校長、そして初期メンバーとでも言うべきメイドたち七人、サリス、ティアウル、リビラ、ジェミナ、リオ、アエリス、ヴィルジオがおり、おまけでシアとミーネがいる――、ってミーネおまえ戻ってくるの早くね? もっと爺さんと居てやれよ。
そして新人二人と対面となったのだが――
「あらためて名乗るのってなんか照れるな。えっと、あたしはシャンセル・ベルガミア。一応、ベルガミアで王女やってる。今度ベルガミアでもメイド学校作ろうかって話になって、実際どんなもんなのか学ばせてもらってこいってことで無理言って入れてもらったんだ。よろしくな!」
「いや、よろしくなって言われても!?」
シャンセルがメイド服を着てそこにいることにおれは驚く。
「あれ!? じゃあ外せない用事があるからってのは……、もしかしてこれのためか!?」
「そそ。あたしだけ一足先にこっちに来て、色々とさ、手続きとかしてたんだ」
「本当にメイドやるの!?」
「おう、やるぜ。大丈夫、リビラに出来てんだから、あたしにだって出来るさ。あと……、あ、あたしのメイド服姿どうかな? おかしかったりしねえ?」
「いやメイド姿は素敵だけども……、王女さま本当にメイドやるのか……?」
「おう!」
そう言うシャンセルは尻尾がぱたぱた、なんかすごくやる気になってるみたいだ。
そしてもう一人のメイドはと言うと――
「初めまして。ボクはパイシェスと言います。メルナルディア王国でメイドの教育機関を設立するにあたり、こちらで教育を受けた卒業生を模範にしようということでボクが選ばれ、こうして入学を許されました。どうぞよろしくお願いします」
「……、あの、ヴァイシェスさん?」
「ヴァイシェス? いえ、ボクはパイシェスですよ。御主人様、どうぞパイシェとお呼びください」
メルナルディアの派遣武官だったヴァイシェスさん。
メイド服がとてもよく似合ってしまっているが、実際は成人男性なのである。
本人が望んでここにいることではないことは、その光を失った瞳と虚ろな表情を強引に笑顔の形にしている状態を見ればなんとなくわかる。名前を変えているのは……、きっとこれは本来の自分ではないという暗示なのではなかろうか。
ここは要望通りパイシェと呼んだ方がよさそうだ。
「……じゃあ、パイシェと呼ばせてもらいますね」
「はい、よろしくお願いします。ボクはパイシェです」
う、うーん、メルナルディアはどうしてわざわざこの人を……、いや、メイド姿は愕然とするほど似合っているけれども……、うーん、この人を推薦した奴はよほど酔狂か、切れ者か、どちらにしてもまともな精神ではないだろう。
おれは小声で尋ねてみる。
「……あの、パイシェさん、たぶん国から指示されてここに来たんでしょうけど、本当にいいんですか? いくら任務とはいえ、さすがに忸怩たるものがあるのでは……?」
「御主人様、そんなことはありませんよ。ボクは大丈夫です。全然平気です。ちっとも後悔なんてありませんし、今日という日が来るのが楽しみで楽しみで仕方なくって、毎日毎日叫んだり歌ったり踊ったりしながら待ち焦がれていたんです」
「そ、そうですか……、あの、あなたがメイド学校に入学することについてミリメリア姫は何も言わなかったんですか?」
「ミリメリア様ですか? 一言『有りね!』と」
「すいません……、ぼくがメイド好きだったせいですいません……!」
何ということだ、おれのメイド好きが一人の男性を失意のどん底へと追いやってしまったとは……!
「あの……、限界になったら遠慮無く言ってくださいね? 便宜を図りますから……」
こうして来てしまった以上、覚悟はあるのだろう。
ならばおれが出来ることは、いよいよ限界となったときに手助けしてやることくらいだ。
「旦那様、もうよろしいですか?」
「あ、はい。もういいです」
ティアナ校長が確認をしてくる。
ここがおれの屋敷になったため、これからは旦那様と呼ぶことにしたようだ。
「では、お二人が従学する方を決めましょうか。そうですね、シャンセルさんはこれから同郷のリビラさんの下で学んでください」
「はーい。リビラ先輩、よろしくな」
「おめーさっき舐めたこと言いやがったから地獄を見せてやるニャ」
「お、おい?」
ちょうどいいような、絶妙にダメなような、ベルガミアで二人の様子を見てきたおれとしては何とも言えない組み合わせである。
「パイシェスさんはアエリスさんの下で学んでください」
「はい、わかりました。アエリスさん、至らぬところもあると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
パイシェにそう言われたアエリスは、静かに微笑みを浮かべてうなずいた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そしてそのアエリスを見たリオが、愕然とした表情で身震いしたことにおれは気づいた。
気になってあとでこっそり聞いたところ、基本的にアエリスが微笑むのは獲物をいたぶるときだけなのでパイシェが心配になったという話だった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/28
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/17




