第241話 12歳(夏)…二つ名
「レイヴァース卿をご案内いたしました」
立派な扉が開き、いよいよザナーサリー国王とのご対面となる。
謁見の間は扉から真っ直ぐに絨毯が敷かれ、正面奥には三段の短い階段、そしてその上に玉座に腰掛けた国王がいた。
ミリー姉さんにお爺さまと言われるだけあって爺さまで、ほとんど白髪となった髪、そして豊かな髭を蓄えた国王は玉座に――、しょんぼりと座っていた。
バートランの爺さんほどではないが、なかなか立派な体躯をしているのに、それを縮こまらせてしょんぼりと座っていた。
そんな国王の右隣にはミリー姉さんがおり、そして左隣には久しぶりに会う女性――、ロールシャッハ女史がいた。
「よく無事にもどったな。ささ、そんなところで惚けていないでこっちに来るといい」
そう言ったのはロールシャッハだ。
いきなり仕切りだしていいのか、と思ったが、この謁見の間にはおれたちしか居ない。かなり内々な場で、ロールシャッハは気を使う必要はないようだ。
おれは仕方なく階段の少し手前まで向かい、跪く。
「本来であれば国王からお褒めの言葉やらあるのだが、それは面倒なので省く。ではミリメリア、彼に褒美を」
「はい、お姉さま」
しょんぼりする国王の頭越しに話が進んでいく……。
「何を贈ろうか迷ったのですが、そういえばあなたは王都に屋敷を持っていませんでしたよね? ですから屋敷を贈ることにしました!」
「屋敷……、ですか?」
「あ、メイド学校があるから必要ないと思いましたね? ふふ、ちゃんとわかっていますよ? 大丈夫、なにしろメイド学校をあなたの屋敷として贈ることにしたんですから!」
「……? んん!?」
言われたことを反芻し、遅れておれが驚くと、ミリー姉さんはしてやったりといった顔で微笑む。
「あの、それは……、とてもありがたいお話なのですが……、メイド学校はどうなってしまうのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。実は耳ざとい者たちからメイド学校への問い合わせが多数ありまして、入学希望者が今のメイド学校ではとても収まりきらない人数になってしまっているのです。ですから、冒険者訓練校のように王都郊外にもっと大きな学校を用意することになりました」
なるほど、そういう事情もあってか。
「今の子たちはそのまま屋敷で教育を受けることになります。なので生活自体に変化はありませんよ」
そうか、ならまあ……、いいか。
なんだろう、めずらしくおれが普通に得する話なせいか、ちょっと恐い。
「本当はもっと褒美を与えたいのですが、ごめんなさいね、あなたの活躍は他国でのものなので、ザナーサリー王家としてはこれくらいが妥当という判断になってしまったんです。与えすぎるのは王家はレイヴァース家を贔屓していると誤解されてしまうんです。冷静に考えれば、邪神討滅後、初めてスナークを討滅したレイヴァース卿に対して贔屓しすぎるなんてことはないとわかりそうなものですが」
「ああ、いえ、屋敷だけでも充分ですので」
屋敷か……、おれの屋敷……、いいね!
じゃあ空いている部屋とか改造してもいいのかな?
こっちは床に転がる習慣がなかったから、寝転ぶとなるとベッドかソファーだった。でもおれとしては、やっぱり和室みたいにごろごろできる空間が欲しいなと思っていたのだ。
そんな心がほくほくしたおれだったが、ふと気づく。
なんか陛下がすごく切ない目でおれを見つめていた。
「あ、あのぅ……、陛下……?」
「お!」
おれが声をかけた瞬間、陛下は目を輝かせた。
が――
「お前は黙って座っていろ」
ロールシャッハの無慈悲な言葉により、またしょんぼりしてしまった。
「レイヴァース卿、この男はな、これから君の周りが騒がしくなるからこちらでも出来るだけ抑えてやろうと話し合っている最中、ついでに武器の製作を頼めないだろうかとぬけぬけと言った男なのだ」
陛下……、あなた……。
「さて、この男のことはまあいいとして、次に冒険者ギルドの決定を伝えよう」
陛下は放置され、続いてロールシャッハからの話となった。
「話は三つあるのだが、まずは冒険者訓練校についてだ。今日を以て君には冒険者訓練校の臨時教員を辞めてもらう」
「あれ!?」
唐突な話でおれは驚いた。
「なにかまずかったですか!?」
「いやいや、君は良くやってくれている。ただな、君を取り巻く状況はこれから変わってしまうのだ。こちらの忠告も聞かず君に取り入ろうとする連中が、冒険者訓練校に押しかける未来が容易に想像できてしまうのだよ。場合によっては生徒に接触し、君との繋がりを作ろうとする輩も現れるだろうし……」
「あー……」
なるほど、おれがいると迷惑になっちまうのか。
そっかー、そうなるとおれはいない方がいいだろうけど……、ちょっとショックだ。
「マグリフも残念がっていたよ。まだ騒ぎにならないうちに訓練校へ行って生徒たちに別れの挨拶をしてやるといい」
「はい……」
「そう落ち込むな。なにも二度と近寄れないわけではない。落ち着いた頃を見計らって顔を見せてやるといい。スナーク討滅を果たした英雄が来てくれたとなれば、生徒たちも喜ぶだろう」
「そうですね、そうします……、って、英雄だなんて、ちょっと大袈裟なんですけど」
「大袈裟ではないぞ? ……ふむ、何かあるのか? ではそれについては後日詳しく聞くことにしよう。私としても、スナークの討滅について聞きたいしな。日取りは君の都合でかまわんので……、私への連絡はエドベッカに頼むといい。最優先で会おう。……ん? どうした? 意外そうな顔をして」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
「ふむ、まあ私も君に対する考えを改めたということさ。最初は育ててやろうなどと思っていたが、君が私の手のひらに留まっていたのはウィストーク家との決闘までだった。これからは余計なことはせず、なるべく君の助けになることにしたわけだ。世間話のために呼びだされても困るが……、なにか知りたいこと、相談したいことがあったら連絡してくれ。それがシャーロット様が築いた世界を守るためのものならば、どうか遠慮などせず連絡して欲しい」
シャロ様が守った世界、そして育てた世界のためなら、か。
「わかりました」
「うん。では二つめの話に移ろうか」
そう言ってロールシャッハは笑い、言う。
「おめでとう! 君はランクS冒険者となった!」
「…………、は?」
何が何だかわからなかった。
「あの……、ぼくは今ランクDなのですが……」
「そうだな。で、ランクSになったのだ」
「どういうことです!?」
「どうもこうも、ランクSになる条件は知っているな?」
「ええ、まあ、はい」
冒険者のランクには二つの壁がある。
まずランクCとランクBの間の壁。
これは単純な戦闘能力の壁だ。
次にランクBとランクAの間の壁。
これは戦闘能力ではなく、何を為したか――、社会にどれだけ貢献しているかという壁。
どれだけランクBの依頼をこなし、そのランク帯の最高レベルである49に到達していようと、社会貢献度が足りなければランクAになることはできない。そしてこの社会貢献度というのは、レベルの経験値とは違って溜まりにくいものらしい。
「君はな、この社会貢献度が圧倒的に高い。そもそも、冒険の書だけでランクAの条件に到達してしまっていたのだ。そこにさらにウォシュレットの発明、そして極めつけにスナークの暴争からベルガミアを救った。ランクSとなる条件に到達していると私は判断した」
「でもぼくはまだランクBになれていませんよ!? そこに到達していないので、ランクAの前提条件が崩れてしまいますし、当然ランクSにもなれないはずでは!?」
「君はランクDの冒険者が、ベルガミアの黒騎士たちですら壊滅しかかったスナークの群れを一人で討滅できると思うのか?」
「……、ば、場合によっては」
「ははっ、無茶を言う」
こやつめ、いいよるわ、みたいな感じで笑われてしまった……!
「まあそういうわけだ。確かに君はまだ幼いし、早いとは思ったのだがな、ここまで結果を出されたとなると、もうそんな建前など意味をなさないのだ。むしろスナークを討滅できる者が何故まだランクDなのかという話になる。それにいちいちランクの更新をするのが面倒だ」
「面倒って……」
「あと、ミネヴィアとシアのランクも上がる。とは言えあの二人は無難にランクBになるだけだがな。Aにしようかどうか迷ったのだが、貢献はスナーク討滅の手助けに留まるからBとすることにした」
「おぉぅ……」
シアは戸惑うだろうが、ミーネは喜ぶだろうな。
「そして三つめの話だ。知ってはいるだろうが、ランクB以上の冒険者には二つ名というものがつく。これは通常であれば本人の希望するものをギルドに登録するわけだが……、君の場合は特例でギルドが用意していたものを名乗ってもらう」
「……え?」
嫌な予感が、なんか嫌な予感が。
これまでの話がおれにとって得になるような話ばかりだったのでここで一気にとんでもないのが来てしまう予感が……!
「……何を怯えているんだ? 待て待て、わざわざ妙な二つ名をつけたりはしないぞ? 私を誰だと思っている。シャーロット様の精霊だぞ? 名前に対してのあれこれはよく知っている。信用しろ」
「そ、そうですか……」
なるほど、ちょっとほっとした。
「とは言っても、この二つ名は元々用意されていたものなのだ」
「用意されていた?」
「シャーロット様によってな」
「シャロ様!?」
「シャロ様?」
「あ、いえ、何でもないです」
「何を恐縮している。つまり君はシャーロット様をシャロ様と呼んでいたのだろう? いいのではないか? 昔は私もシャロと呼んでいたしな」
ふと懐かしむような顔をしたロールシャッハだったが、すぐに表情を改めて言う。
「つい話が逸れたが――、うん、シャロ様はな、いつかスナークの討滅が成し遂げられた場合、人であれば称号を、道具や魔法であればそれを名称とするようにとその名を残したのだ。シャロ様もまさか自分ゆかりの者がそれを授かるとまでは予想できなかっただろう。それも――、同じところからの者。もしかしたら君ならわかるかもしれないな、この名前の遊びが」
そうロールシャッハはにやっと笑い、言う。
「シャロ様から贈られる君の二つ名は――『スナーク狩り』だ」
「ああ……!」
言われて納得した。
そのまんまで、そのまんまの名前だ。
そもそもがルイス・キャロル著の『スナーク狩り』から来ていて、それ故の二つ名、なるほど、シャロ様のシャレか。
「わかってもらえたか。そうか、君でよかった」
ロールシャッハは嬉しそうに言ったが、おれの方も嬉しかった。
なにしろまともである。
そのまんまではあるが、まともなのである。
名前のいかれ具合がパワーアップしたおれであるが、ここに来て名前関係で生まれて初めてまともなものが来た。
これほど嬉しいことはない。
それがシャロ様からの贈り物とくる。
こんないいことがあっていいのだろうか?
おれは今夜あたり死ぬかもしれない。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/15




