第240話 12歳(夏)…帰国
十日ほどだったベルガミア王国への訪問は、当初考えていた余暇からはかけ離れたもの――、ただただ騒がしく始まり、そして騒がしく終わった。
「ふう、戻ってきましたね」
精霊門をくぐりザナーサリー側へと出たとき、まずシアが安堵したように言った。
慣れ親しんだ――、と言ってもまだ一年もたってない都市なのだが、見知った生活の拠点に戻ってきたとなれば心は自然と落ち着くものだ。
おれたちはそのまま精霊門のある教会のような建物からドーム状の大広間へと出る。
とそこで――
「みなさん、おかえりなさい」
笑顔を浮かべたミリメリア姫――ミリー姉さん、そしてメイド学校唯一の卒業生であるシャフリーンに出迎えられた。
「あ、ミリー姉さま! ただいまー!」
「はい、おかえりなさい」
ててっとミーネが駆けより、ミリー姉さんに抱きつく。
「ベルガミアは楽しかったかしら?」
「うん! 楽しかったわ! 私ね、武闘祭に出場して本戦まで進んだのよ! そのあとスナークの防衛戦に参加して、それからバンダースナッチと戦ったの! 黒いわんわん!」
「そう、よかったわね。後でじっくり話を聞かせてちょうだい?」
「ええ、もちろん!」
旅行から帰ってきた妹とそれを迎えた姉、みたいな状況になっているのだが、妹の話す内容はややぶっとんでいる。そのためまわりの警備の騎士たちがすごい顔してこっちを見てるが、二人はそんなことお構いなしにじゃれ合うばかりだ。
ミリー姉さんはミーネをギューッと抱きしめ、すりすり。
すりすり、すりすり、すりすり。
と、そこでシャフリーンが動く。
「……、ふん!」
「おぶっ!?」
シャフリーンがミリー姉さんの横っ腹に手刀を突き刺した。
「ミリメリア様、長すぎかと」
「……そ、そう? そうかもしれないわね」
抱擁を強制的に中断させられたミリー姉さんは、それからシアとリビラにも再会の抱擁(短め)をした。
おれはスルーかと思ったが、そんなことはなく、
「おかえりなさい。無事でよかったわ」
そう言って抱きしめられ、背中をぽんぽんされた。
「あの……、ミリー姉さま、どうしてこちらに?」
王女がわざわざおれたちの帰りを歓迎しようと待っていたというのはあり得な――、いや、あり得なくもないか、ミリー姉さんなら。
ただその場合、メイド学校でメイドに囲まれて待っているだろうし、やはりただ迎えに来たというわけではないだろう。
「実はちょっとあなたにお話があるんです」
「話ですか」
「はい、王宮で」
「王宮!?」
おっとどういうことだこれは。
「あなたが眠っている間にずいぶんと状況が変わってしまったんです。詳しくは馬車のなかでお話します。みんなで――、といきたいところなのですが、今日の所はレイヴァース卿だけで」
「えー、わたしもー……、駄目?」
ミーネのねだるような視線にミリー姉さんはたじろいだが、それでも今日は無理なようで、顔を伏せながら言う。
「うぅ……、ごめんなさい、今日はお爺さまとのお話だから」
お爺さま――、って国王じゃん!
「明日、メイド学校へうかがいますから、ね? お土産話はそのときに。それにミーネちゃんはまず家に戻ったほうがよいですよ。暴争の知らせを聞いたバートお爺さまは無理にでもベルガミアへ行こうとここで大騒動になったんです。まず帰って安心させてあげた方が」
ありゃー、とミーネが唸る。
「こちらではそんなことになってたんですか……」
「ええ、救援要請があってからは、いつ許可が下りてもいいように精霊門の前にずっと立っていたようですよ。あなたがスナークを討滅したという知らせを持ってきた大使とぶつかってしまったんですって」
くすっ、とミリー姉さんが笑う。
「無事がわかってからは、もう行く必要はないからって屋敷へ戻ってしまったんですけどね」
「んー、お爺さま心配してたのね。じゃあ戻らないと……」
「ええ、安心させてあげてください」
おおっと、ミーネが離脱となると本当におれだけで王宮に行くことになってしまう。
おれは視線で助けを求めようとしたが、シアとリビラは「いってらっしゃいませ」とでも言いたげな微笑みを浮かべていた。
「あ、あの、ミリー姉さま、ぼくって陛下にお会いしても大丈夫なんですか?」
これまでおれが王宮に近寄らなかったのは姉さんの助言からだ。
武具の神から加護をもらっている陛下は、それを祝福にランクアップしてもらうために神に捧げる武器を求めている。
それだけなら「祝福もらえたらいいですねー」という話なのだが、おれがミーネに贈った木製ガンブレードがミリー姉さんに、そして陛下にと伝わった結果、陛下はそれを実際の武器としておれに完成させてもらいたがっているのである。
うっかり会ったら頼まれてしまうので、おれはこれまで王宮に近寄ることを避けていたのだが、ミリー姉さんはもう平気と言う。
「だってあなたに面倒を頼んで、もし国を出て行かれでもしたら困るのはお爺さまですもの」
△◆▽
大丈夫、大丈夫、とミリー姉さんに諭されて、おれは仕方なく用意されていた馬車に乗りこんで王宮へと運ばれていく。
馬車の中にいるのはおれとミリー姉さん、そしてシャフリーンの三名だ。
シアとリビラはマジでついてきてくれなかった。
「つまり、あなたがスナークを討滅することのできる存在であることがこのたびの騒動で明らかになったため、かつての勇者、そのゆかりの者であるという威光込みでのあなたが、今ではどの国であろうと無視できないほどの価値を獲得してしまったのです」
おれが眠っている間に精霊門を通じ各国におれの存在は知れ渡ったらしい。話はまだ国のトップくらいで止まっているが、いずれ下の貴族たちにも知れ渡り、なんとか取り入ってやろうと群がってくることをミリー姉さん――、そして国王は心配しているようだった。
「まああなたの機嫌を損ねるようなことをすれば王家が黙っていませんし、場合によっては特にあなたを欲しがる星芒六カ国の国々がこれ幸いと圧力をかけて恩を売ろうとしてくるでしょうから」
星芒六カ国の動きは素早かったらしい。
「あなたがメイドにご執心と知った各国は、それぞれでメイド学校を設立することを計画しています。そして設立にあたり、まずはこちらのメイド学校に自国の者を入学させてほしいと言ってきました」
ふむ……、提唱者は確かにおれだが、実権を持つのはミリー姉さん――、そのあたりのこともちゃんと調べてあるらしい。
「まだ試験的な段階ですから、今の子たちがちゃんと卒業できるまで待ちたかったんですけど……、さすがに六カ国からの、となるとそうもいかないのです」
ふう、とミリー姉さんはため息を一つ。
「なので、メイドが増えます」
「あ、増えるんですか」
「はい、二人ほど。もしかしたらまだ増えるかもしれませんが、なるべく本開校してからとお願いしています。二人についてはもう今日からということになっていますので、メイド学校に戻ってから話を聞いてあげてくださいね」
「どんな子たちなんですか?」
「それは……、その目で確かめてください」
ちょっと悪戯っぽい表情でミリー姉さんは言う。
その様子からして、特別問題のある少女ではないと判断した。
「そしてお城へ行ってなにをするかというと、まあお爺さまとちょっと話をします。一応、あなたがこの国の貴族であるということを対外的に示すための、まあ形式的な……、ほら、あなたはベルガミアの領地を頂いたでしょう? そうなると、今回のあなたの働きに、こちらも何かしらの褒美のようなものをあげないと……」
「あの、領地とかはもらってもどうしたらいいのかわからないのでその気持ちだけでぼくは充分なのですが!」
おれが慌てて言うと、ミリー姉さんはきょとんとしたが、すぐに微笑んだ。
「ええ、あなたがそういうものに興味がないことはわかっていますよ? 大丈夫、それについてはわたしも参加してしっかりと話し合いましたから。ふふ、きっと気に入って頂けるとおもいますよ?」
何かくれるのは確定しているらしい。
領地ではない――、ならおれの名前がこれ以上ややこしくなることはないか、ふむ、なんだろう?
ミリー姉さんはそのときまで内緒にするつもりらしく、それ以上のことは教えてくれないままお城へと到着する。
城門をくぐり、正面広場を抜け、正面玄関で馬車は止まる。
「わたしは先に行きますから。シャフ、あとはお願いね」
「かしこまりました」
弾むような足取りでミリー姉さんが行ってしまったあと、おれはシャフリーンの案内で王宮へと足を踏み入れる。
そしておれはシャフリーンにゆっくり王宮内を案内され、最後に謁見の間へと到着した。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/28




