表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
241/820

第239話 12歳(夏)…行きはよいよい帰りは怖い

 おれの我が侭を聞き入れてくれたアロヴは、その旨を自国の大使に伝えるためにとひとまず部屋を後にした。

 それを見送ったあと、おれは「どうか家督を譲ってはもらえないでしょうか!?」という想いをこめて母さん宛の手紙を書き始める。

 もし可能ならアロヴの背に乗って家に戻り、母親の前で仰向けになって手足をジタバタさせながら「ヤダヤダーッ! 家督譲ってくんなきゃヤダーッ!」と駄々をこねるのもやぶさかではない。

 もちろんクロアやセレスにはお部屋に行っていてもらうが。


「アロヴさんにお願いしてちょっと里帰りするのも悪くないと思いません?」


 邪悪な笑い袋と化していたシアだったが、やっと意識の切り替えが出来たのか、テーブルで手紙を書くおれの横に立つと言った。


「確かに悪くない。悪くないんだが……、早くザナーサリーに戻って根回しをしないといけない」

「根回し……?」

「近々レイヴァース家の当主になる予定だから、あんまりウォシュレット伯爵って広めないでねって、新聞社とかにだな……」

「また神経質な……。帰りたくないんですか?」

「んなもん帰りたいわ! めっちゃ帰りたいが……、なにしろこれは急を要する……! 広まってからでは遅いのだ……!」


 ああ、きっと苦渋の決断とはこういうことを言うのだろう。


「だからおれは帰れない……。おまえは別に帰ってもいいぞ?」

「いやいや、一緒にいますよ。今回、ご主人さまったら二回死にかけてますからね、ほっとくのは恐いです」

「……その節はお世話になりました」

「どういたしまして」

「またお世話にならないよう生きていきたいと思っています」

「それご主人さまの心がけだけでどうにかなる問題じゃないですね」


 まったくである。


「それじゃあ……、そうですね、わたしもお手紙を書くことにしましょうか」


 そう言うと、シアはおれと向かい合いでテーブルについて手紙をしたため始めた。


    △◆▽


 やがて戻ったアロヴに、おれはくれぐれもよろしくと手紙を託した。

 他にもその好意につけこんでちょっとした荷物の配達、それからお願いを一つしてみたが、アロヴはこれもこころよく引き受けてくれた。


「ではさっそく向かうとしようか。そうだな……、途中、レイヴァース家に寄るとして、ザナーサリーまでは一週間ほどあればどうにかなるだろう。昼夜を問わず飛んでいけばもっと早いが……」

「ああいえ、里で休みながら行ってください」

「そうか? ではそうさせてもらおう」

「はい、どうぞよろしくお願いします」


 おれは拝みながらアロヴを送り出す。

 そのあと、アロヴと入れ替わるように王子二人がやって来た。

 どうやら市民の狂宴、その終息を目的としたおれのお別れパレードの詳細を伝えに来てくれたようだ。


「どちらかというと、子細を伝えに来たのはついでだ。ここを逃すともうゆっくり話す機会もなくなってしまうのでな」


 確かに、いざパレードが開始されたら、もうこんなふうにのんびりお喋りする機会もないだろう。

 リビラとシャンセルはこないのかな?


「いまリビラ姉さまはお土産集めに走り回っていますよ」


 二人のことを尋ねたところ、ユーニスがそう教えてくれた。

 今日が帰国の日となったことを知ったリビラは「やべえニャ」と繰り返しながら皆へのお土産集めに奔走しているらしい。


「リビラは黒騎士になるものと思っていましたが……」

「ん? ああ、なるさ。だが単純な話まだ早い。あと三年は成長を待ってということに落ち着いたようだぞ」

「ああ、なるほど。ではまだメイド学校にいて、卒業してからという話になったんですね」


 一年余るが、まあそこはリビラの自由だ。


「それで……、妹なのだがな、実は昨日から外せない用件で王宮を出ているので別れの挨拶にはこられない」

「おや、そうですか……」


 せっかく仲良くなったが仕方ない。なんせ王女さまだ、きっと今回の騒動のせいで何か予定外な仕事が出来てしまったのだろう。


    △◆▽


 お別れパレードは来たときの逆、王宮から精霊門までをオープン馬車で揺られていくというもの。式典が精霊門で執り行われるのは、おれをとっとと帰すためではなく、なるべく多くの市民が見学できるようにとの配慮からだった。おれはそこで国王からありがたいお言葉を頂戴し、そのあと「さようなら」という段取りらしい。

 そんな話をリクシーから聞いているうちに、いよいよこの国を離れるんだな、という実感が湧いてきた。


「寝てる間にいきなり帰ることになってたのね……」


 説明を聞いたあと、おれとシアは未だ起きる気配すらないミーネを叩き起こした。


「最後にカレーを食べておきたかったのに……」

「まあ戻ったら作ってやるから」


 ミーネは大騒動のせいでカレーを食べに行けなかったことが心残りのようだったが、それはメイド学校に戻ったら作ってやるということで納得してもらった。

 やがておれたちは王宮前へと案内され、お土産集めに奔走していたリビラが合流したところで用意されていた馬車に乗りこんだ。


「ねえねえリビラ、みんなへのお土産はどうしたの?」

「あとで送ってもらうニャ。今はニャーさま関係となるとベルガミアは緩いから、ニャーさまの荷物ってことで精霊門で送ってもらうニャ」


 なに勝手なことしてやがるか、この猫は。

 これからはちゃんと相談しろって言ったのに、まったく。

 おれが小さくため息をついたところ、馬車が動き出し精霊門へと向かい始めた。

 そして城の大門をくぐっての大通り――


「ものすげえ大ごとになってんな……」


 来た時も黒騎士たちに護衛されていたが、今回は護衛と言うよりも軍事パレードの真ん中におれたちの乗る馬車が紛れ込んでいるような状態になっていた。大通り左右に分かれて集まっている市民たちはずっとずっと道の向こうまで続いている。


「きっと王都市民のほとんどが集まってきてるニャ」


 そこまでではないだろう、と言いたいが、なんとなく信じてしまいそうになる人だかりだ。

 おれたちが通り過ぎたあと、左右に分かれていた市民たちは大通りに入り、おれたちの後をついてくる。その様子はなんとなくファスナーをゆっくり上げているような感じであった。


「もしかして精霊門までついてくる気なのかな?」

「もしかしなくてもそうニャ。今回のことが歴史的な出来事だったことくらいはいくら獣人でもすぐわかるニャ。その最後の締めくくりを一目見ようと、みんなついてくるニャ」

「歴史的か……?」


 いまいち実感はわかないが……、考えて見れば邪神討滅後、千年以上も討滅させられなかったスナークの初討滅なのだから歴史的か。

 シャロ様も「無理」ってあきらめた相手だしな。


「ねえねえ、こうやってスナークの暴争をなんとかしていったら、そのうち導名もどうにかなるんじゃない?」

「あ? あー……」


 ふとミーネに言われ、確かにそうかも、と考える。

 しかし実際に可能かどうかを考察してみたところ、不可能ではないがかなり難しいことに気づいた。

 まず今回のように暴争を収めていった場合、暴争が起きた星芒六カ国のどこか――、その国の市民は名声値となってくれるだろう。

 だが、その外周の諸国――、さらにその外側の国々に住む人々にとっては遠い場所での話でしかなく、その生活に大した影響は及ぼさない。

 名声値を得るとなると、今回、ベルガミア王都の市民たちのようにまず不安と恐怖に抑圧された状態があり、そこからの解放という一つの流れが必要になると考えられる。

 しかしそれを広く望むのは、つまりスナークが世界中に溢れる状態を望むこと――、それはさすがにまずかろう。

 そしてもし多くの国々がそんな状態になったとしても、そんなのおれだけでは対処しきれない。今回はベルガミアの防衛戦術に助けられて一網打尽に出来たのだ。それが世界中にちりぢりとなっては……。


「まあ対処できたら導名も得られるかもしれないけどな……、現実的にはほぼ不可能だろう」

「ふーん……、じゃあスナークが集まってる瘴気領域に突っこんでいってみるっていうのはどうかしら?」

「おれに死ねと言うのか……」


 焼け石に水――、いや、火山にバケツ?

 まず間違いなくおれが持たないだろうし、もし何かの間違いで瘴気領域すべてのスナークを討滅できたとしても導名は得られないだろう。

 だって市民生活になんの影響もないし。

 骨折り損のくたびれ儲け――、とまでは言わないが、あまりにおれが報われないという結果にしかならないだろう。


「面倒なのね……」

「まったくだ」


 まずなんらかの悪影響が広範囲に及ぶのを待たねば意味がないというのは、おれとしては気に入らない。

 そんな多くの不幸を心待ちにするくらいなら、なんか発明品でも広めていた方がよっぽど健全である。


「ところで聞きたいんだが……」


 ミーネと話をしたあと、おれは誰にでもなく尋ねる。


「なんかさ……、みんなが精霊王、精霊王って叫んでるんだけど、あれってなに?」

「ニャーさまのことニャ。スナークをまとめて討滅したときの光景を見た黒騎士たちがニャーさまのことをそう呼んだのが市民にも広まったんだニャ」

「勝手に王とか、精霊から苦情とかこねえ?」

「そこはニャーさまに任せるニャ」

「そこだけ任せられてもな!」


 来た時は『便器』だったのに、帰りは『精霊王』ときたか。

 まったく、十日ほどの間におれもずいぶんと出世したものだ。


    △◆▽


 そしておれたちは精霊門のある建物の前へと到着する。

 おれの記憶では物資集積場となっていた場所だが、現在は綺麗に片付けられて式典の準備がなされていた。もうかなりの市民が集まっているが、建物の周囲には盾を持った黒騎士が円を描くようにずらっと並んで広いスペースを確保。そんな光景を眺めたおれは、なんとなく野外ライブっぽいな、と密かに思った。

 馬車が止まると、おれたちは地面に敷かれた絨毯の上に降り立つ。

 絨毯の先には低いお立ち台――、たぶんあそこに国王が立ってなんか立派なことを言うのだろう。

 国王は現在このスペースの隅にある天幕の下でひと休み中。

 そこにはリクシーやユーニス、そしてアズアーフの姿もある。

 それからおれは手順の説明を受けたのだが――


『精霊王さまぁぁぁぁ――――ッ!』

『様あぁぁ――――んッ!』

『精霊王ぉぉぉほほぉぉ――――うッ!』


 周りがとにかくやかましい!

 集まりまくった市民たちが全方位から声を張りあげるものだから、手順を説明してくれる人がもう怒鳴るように喋ってるじゃねえか。

 市民たちは大スターの来訪を声援で迎えるファン――、感激のあまり声が裏返り、失神する者まで出るような……、あんな感じになっている。

 ちょっと必死すぎて恐怖を感じるほどだ。

 気づけば、最初はびしっと屹立していた黒騎士たちが、もう今では盾を構えて市民たちを押し留めているような状態になってる。

 いや、それどころか――


「団長ーッ! もう市民を抑えきれませんッ!」


 もう限界っぽかった。

 すると天幕にいたアズアーフは歩みだし、騎士たちを叱咤する。


「馬鹿者! なんとか堪えろ! もう結界を張ってしまえ!」


 そのアズアーフの言葉に、広場を確保している黒騎士たちは一斉に防御のための魔技を使用する。

 しかしこれが火に油を注ぐ結果となった。

 すでに集団ヒステリーに近かった市民たちは、何をどう思ったのか負けてなるものかとさらにこちらへ圧力をかけ始めたのだ。

 たぶん考え無しの、お祭り気分的なノリでやっているのだと思うが、それに対抗しなければならない黒騎士たちには大迷惑である。


『ぬおおおおおおぉぉぉ――――ッ!!』


 もう必死、黒騎士たちは雄叫びを上げながら市民を食い止めている。

 まあスナークの群れを押し留められるような方々だ、きっと王都市民すべてだって押し留めてくれる――、よね?


「なあ……、これってヤバくね?」

「ちょっとまずいかもしんねーニャ。――ととニャーッ! ととニャーッ! これどうすんニャーッ!」

「ぬう……」


 どうもアズアーフもまずいと感じ始めたようだ。


「陛下! 予定を早めた方がよろしいかと!」

「最後くらいレイヴァース卿に国王らしいところを見せたかったのだがな!」


 どういうわけか危機的な状況になってしまったため、国王は急いで天幕から飛び出すとお立ち台に飛び乗った。

 おれたちは駆け足で王の元へと向かい、跪く。

 国王はさっそく口を開いたのだが――


「おっほん! このたびのベルガミアを襲った危機――」

『うぉおおおおおおぉぉ――――――ッ!!』

『精霊王さまぁぁぁぁ――――――ッ!』

「ちょっと黙れないかな!?」


 もう周囲が喧しすぎて演説どころではなかった。

 そして状況はさらに悪化する。

 じりじりと、市民たちの圧力によって黒騎士たちが押され、このスペースが狭まり始めてしまったのだ。


「陛下! もうレイヴァース卿を送り出した方がよろしいかと!」

「まだ何も言えてないのだが!? ええい、仕方ない!」


 国王は台から降りるとおれたちに言う。


「嘆かわしいことに時間がない。立ってくれ」


 言葉に従いおれたちが立ちあがると、国王は力強くおれを抱きしめた。


「ありがとう!」


 きっと色々と言うことを用意していたのだろうが、国王はただ一言にすべてを込めて言った。

 それから同じように金銀、そしてリビラも抱きしめた。


「褒美について詳しいことは後で伝える。それと――」


 と、国王は後ろに控えていたリクシーとユーニスを手招きする。


「世話になった。また会おう」


 リクシーが言う。


「お世話になりました。あの、また遊んでください!」


 ユーニスが言う。


「またお会いしましょう。その日を楽しみにしております」


 何か気の利いたことでも言いたいところだが、状況がそれを許してくれないのでおれは簡単な挨拶だけに留める。


「よし、では精霊門へ急いでくれ! すまんな! 帰りまでこんなありさまですまんな!」


 結局、国王は謝罪に始まって謝罪に終わってしまった。

 アズアーフにも挨拶したいところだが、


「せめてレイヴァース卿が門をくぐるまで堪えろ!」


 騎士たちへの叱咤激励でそれどころではなかった。

 おれたちは皆に別れを告げ、駆け足で精霊門へと向かう。


「ととニャーッ! またニャーッ!」


 建物へと飛びこむ間際、リビラがアズアーフに告げる。

 アズアーフはさっと手を挙げてそれに答えた。

 またこんないい加減な別れでいいのか、と思ったが、よく考えてみればおれが寝てる間にゆっくり話もしたことだろう。ならばこの気軽な別れは、また気軽に会えることが約束された素敵な別れだ。

 おれたちはそのまま精霊門に飛びこむ。

 さらばベルガミア。

 色々あったが楽しかっ……、いや、色々ありすぎて楽しむどころじゃなかったわ。


※本文を修正。

 アロヴの手紙配達の日数を短縮。

 2017年3月18日

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/28

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/04

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/17

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/03/14

※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/03/15


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ