第237話 閑話…各国の対応
ベルガミアの防衛線が崩壊の危機――。
そう連絡を受け、救援部隊の編成を急いでいた諸国にもたらされたスナーク討滅の吉報は大きな困惑をもって受けいれられた。
まったく事態の把握を出来なかったからである。
危機はどうした?
どうしていきなり討滅になる?
いやそもそも討滅とはどういうことか?
ベルガミアより帰国した大使からの知らせは国のトップからすみやかに下へ下へと伝えられていくのだが、伝える方も困惑したままであり、当然、聞いた方も困惑したまま――、詳細を知らされない者たちはひたすら首を捻るばかりだった。
そんななか、星芒六カ国の国々は派遣していた武官たちから『恐怖の谷』で起きた出来事を詳細に聞くことが出来た。
そして直ちに『彼』との関係を強化する会議が各国それぞれで開始される。
今回のベルガミアの危機は対岸の火事ではない。
いずれ自国がそのような事態に陥ったとき、その危機を決定的に解決しうる彼の存在はそこら諸国の王よりも遙かに価値がある。
絶対に友好的な関係を結ばなければ――。
国の重鎮と、知らせを持ち帰った武官、そして彼に関する情報がより必要だと、ザナーサリーに滞在していた大使が急遽召還される。
そしてその結果、各国それぞれ全員が頭を抱えることになった。
なにしろ懐柔の基本となる三つ、地位、名誉、金――、このどれもを彼はすり抜けてしまうからである。
彼は地位を求めない。例えば領地を与えようとしても、彼はそれを喜ばないので贈る意味はあまりない。
名誉? 歴史上初のスナーク討滅者である彼に贈れる名誉などあるのだろうか?
そして金――、冒険の書の販売で得られる利益を放棄する代わり、書を訓練校の教材とさせた人物がなびくとは思えない。
打つ手無しなのか?
いや、まだ懐柔の手は一つある。
これもまた古典的にて基本――、要は女性をあてがうというものなのだが、これが予想外に、そして変則的に行き詰まった話し合いの突破口となった。
ザナーサリーから帰還した大使たちが言うには、彼はメイドという女性の使用人にご執心であるらしい。
が――
「メイドとはなんだ?」
当然のごとく出る質問。
この問いに対し、大使は一冊の本を提出。
それは彼が執筆した『メイド指南書』の書籍版であった。
文書がティアナ校長からミリメリア姫の手に渡った結果、筆者である彼すらも知らぬ間に書籍化され、極狭い範囲で流通し始めていたのである。
「……要は女性の使用人ということではないのか?」
メイド指南書が回し読みされた結果の言葉は各国それほど違いのないものだった。
その教義にまで迫れる者はいなかったが、それでもメイドとは彼の提唱する新しいタイプの使用人であり、現在、メイドはザナーサリー以外に存在しないということは理解された。
これでは選りすぐりの人材をメイドとして送りこみ、彼を懐柔――というわけにはいかない。
メイドに並々ならぬこだわりがある彼の元に、メイドでも何でもない者をメイドとして送りこもうものなら顰蹙を買うだけだろう。
送るならば……、せめて「これが我が国のメイド」と言えるだけの形式が必要となる。
つまりそれは――、メイド学校の卒業生であるという事実。
ならばメイド学校を創設すればすむ話なのか?
いや、メイド学校の創設はそう難しい話ではない。
しかしメイドの質が問題だ。
校舎は既存の建物を利用し、侍女として優秀な者を起用、と、ここまではよい。大急ぎでかかれば十日ほどで完了する。だが指南書の内容に沿う指導を施す――、彼が満足しうる基準にまで持っていくことに時間がかかってしまう。指南書の内容を暗記させて送り出すだけでは不十分だ。場合によっては国の命運を左右するかもしれないため、ここは慎重に事を運ばなければならないのである。
さて、どうしたものか――。
誰もがそれぞれ頭を悩まし……、やがて同一の解決策を思いつく。
「この国でもメイド学校を創設するにあたり、まずはそちらのメイド学校で学ばせてもらう、これでどうだ!」
メイドを送り込むことは出来ない。
ならば、メイドの勉強をさせるという名目でもって、彼と縁を結べる者を送り込めばよいのではないか、という発想であった。
メイドを広めようとしている彼にとっては、各国にメイド学校が設立されるとなれば協力せざるを得ない。こだわりがあるならばなおのこと、まがい物が生まれないようにと注意を払うだろう。
これならば――、まあ懐柔までは無理だろうが、そのきっかけとなる縁を結ぶことは可能である。それに彼の身近で一緒に過ごすことができればその趣味嗜好もわかり、やりやすくなるというもの……。
この一幕をきっかけに、後々各国の特色を持つメイドが誕生していくのだが、それはまた別の話となる。
では誰を送りだすか――、これにはそれぞれの状況により各国の対応は分かれた。
△◆▽
瘴気領域の南に位置する国――、セントラフロ聖教国。
ベルガミアでスナークの暴争が起きたとの知らせ――、そのついでにティゼリアは彼がその国に招待され滞在していることを知った。
「(あ、これあの子が巻きこまれるやつ!)」
ただの勘であったが、確信を抱いたティゼリアはベルガミアへ向かうべく行動を起こす。
しかし、そのときすでにベルガミア側の精霊門は防衛戦の準備のため極度に混雑しており、国としての正当な理由がない限り通過を認められない状態にあった。
それからティゼリアは大神官に直談判と言う名の殴り込みをしたりとベルガミアへ行けるよう精力的な活動を行ったが、例え聖女であろうと国家規模の危機的状況のなかで個人的な理由から精霊門の通過は認められず、聖騎士たちによって取り押さえられ、体を縄でぐるぐる巻きにされて追いだされることとなった。
事態が動いたのはスナークの暴争の知らせから四日目。
ティゼリアは大神官に呼びだされ、ようやく自分の訴えが認められたのだろうと出頭した。
そこには大神官や神官の他、ベルガミアへ派遣されていた――、今まさに防衛戦に参加しているはずの聖騎士セトス、それからベルガミア滞在大使、さらにはザナーサリー滞在大使が首を揃えていた。
「……?」
状況がわからないティゼリアだったが、会議が始まってすぐに事情を知らされる。
そして長い会議が終了した後、ティゼリアは放心したような表情で自室に戻り、もそもそとベッドにもぐり込んだ。
「いやー、ちょっと目を離しただけなのに、まさかスナークの討滅って……、いやー、んー、もうなにがなんだか」
ちょっと想像を超えすぎる事態に、ひとまず一眠りして気を落ち着かせようと思ったのであった。
ベルガミア滞在大使からは法衣の製作依頼のことでちょっとお小言を言われたが、それ以上に無茶な依頼をできるほど彼と親しい間柄であるということをとても評価された。
日頃の行いがよかったのだろう、とティゼリアは思った。
それからメイド学校に訪れたことがあるため、どのようなものであったかを詳しく聞かれ、彼とより友好的な関係を築くための計画として聖都でもメイド学校を設立しようという話になっていったのだが、ここでティゼリアは一つの提案をする。
それはメイドうんぬん以前の話――、彼の身の安全を確保するために従聖女をつける必要性を説いたのだ。
従聖女とは失われてはならない対象の側に付きそい、守護者としての役割を担う聖女である。
話し合いの結果、本来は引退間際の年老いた聖女が選ばれることになるのだが、今回は特例として彼に近い年齢の聖女が選ばれることになった。
最初は提案したティゼリア自身に白羽の矢がたったのだが、ティゼリアはこれに反対、同時に自分よりも適任な人物を推薦した。
「せ、せんぱーい! 先輩! 先輩ぃーッ!」
ティゼリアが眠りにつこうとしていたとき、大声をあげながら部屋に飛びこんでくる者がいた。
赤い髪、青と白の法衣を纏う彼女の名はアレグレッサ。少し前に正式な聖女と認められた新任聖女である。
「先輩!」
「んー、なにー?」
「なにじゃないですよぉ! どういうことですか、私がレイヴァース卿付きの従聖女って!」
「事情は聞かされたでしょ? そういうことよ、彼という存在は失われてはならないの。だから貴方がちゃんとお守りするのよ?」
「もちろんうかがいました! ですが、ただでさえレイヴァース卿は善神の祝福を戴く方なんですよ! 聖女と認められたばかりの私などが従聖女では! 先輩の方が親しい間ですし、相応しいです!」
「んー、まあ仲良しなのは確かなんだけど、でもね、最初の縁を作ったのは貴方なのよ。それに聖女のなかで一番歳が近いし、きっと仲良くやれると思うわ」
「な、仲良くって……、そんな、恐れ多い」
「いやいや、そんな恐縮することはないのよ? あ、たぶん彼の方も貴方に恐縮するんじゃないかしら。なにしろ貴方の彫った――」
「そ、その話は止めてください! 床を転がり回ることになってしまいます! 今は仕立てて頂いた法衣を着ているんですよ!」
「なんか怒られた!?」
からかいすぎて変に強くなってしまった、とティゼリアは反省する。
「ま、まあ、あれよ、大丈夫、仲良くやれるわ。もう決まっちゃったんだから諦めて覚悟を決めなさい」
「うぅ……、受けいれていただけるでしょうか……」
「だから大丈夫だって。私もまだザナーサリーに用事があるし、一緒に行ってしばらくは王都に滞在するから、ね?」
△◆▽
瘴気領域の北西に位置する国――、エクステラ森林連邦。
連邦を形成するそれぞれの森に王――首長がおり、現在、その首長たちはそれぞれの森を結ぶ精霊門によって中央の森であるロウへと集まり、話し合いを行っていた。
話はひとまず連邦でもメイド学校を設立することにして、そのメイドのなんたるかを学ばせてもらうために誰をレイヴァース卿のもとへと送るか、という話し合いになりつつあった。
「なるほど、メイドにさせたいと若い娘を送りこめばいいわけか」
「もちろん優秀な者でなければならないわけだが」
「いや待て、その若い娘というのは、見た目が少女のようであればいいのか? それとも実年齢が人族の感覚で少女であるべきか?」
ベルガミアから帰還した武官のアウレベリト、そして大使のミグダルスは話を振られるが、そんなもの、レイヴァース卿本人に聞いてみなければわかるわけがない。
「うーむ、縁という話だけで言えば、彼の母の師、育ての親がエルフなのだが……」
「口添えを頼めればいいのだが、ルーの森では……」
「あの森はまだ門を閉ざしたままだからな」
「しかしリーセリークォートの縁を放置するのはもったいない。早急にルーの森へ使者を送り、リーセリークォートと連絡を取り合えるようにしようか」
長き寿命を持つエルフの早急は明日か、明後日か、それとも来年か……。
△◆▽
瘴気領域の北東に位置する国――、ヴァイロ共和国。
国民のほとんどがドワーフであり、世界最高水準の冶金技術と世界最大のアルコール消費量を誇る国家である。
「我々には魔剣がある。そこまでレイヴァースを重視する必要もないだろう」
魔剣を生みだしたヴァイロ大工房、その大親方を務めるレザンドはそう言うと族長大会議の場から立ち去ってしまった。
集まった族長たちはしばし黙っていたが、示し合わせでもしたように一斉にため息をついた。
「まあ気持ちはわからんでもないが、スナークを討滅できるとなったら話は別じゃろうに」
「何かしら関わりは作っておくべきじゃろう」
族長大会議にて話し合われるのは、他の星芒六カ国の国々とは少し事情が異なっていた。
メイド学校の創設については思い至ったものの、それを大っぴらに行うのはレザンド大親方の機嫌を損ねてしまう。
とは言え、メイド学校計画は内々にでも進めるべきだ、と話はひとまずまとまる。
とそこで、かつて一時期ヴァイロ大工房で大親方を務めていた一人のドワーフの名前が出た。
「クォルズの娘がメイド学校でメイドをやっておる……?」
「うーむ、都合が良いような、良くないような……」
「どうする? こちらからも娘っこを選んで送りだすか?」
「下手にこじれても困るからのう。レイヴァース卿はそれなりにクォルズと懇意という話じゃし、贔屓するならあっちじゃろ?」
「となると……、いざとなったらクォルズを説得する方向で進めた方がいいんじゃなかろうか? あいつもこの国が滅んで欲しいわけでもあるまいし、危機となったら口利きくらいはするじゃろ」
族長大会議は様子見、ということでまとまった。
△◆▽
瘴気領域の南西に位置する国――、ザッファーナ皇国。
竜族が多く住み、故に世界最大の軍事力を持つ国家である。
「レイヴァース……、レイヴァース……、あ、お腹痛くなってきた」
会議の場にて、竜皇は久方ぶりに聞いた『レイヴァース』という響きにトラウマを刺激され体調を崩した。
会議には宰相を始めとした臣下たちの他、ベルガミアから帰還した武官のアロヴと大使のヴリスト、さらにレイヴァース卿がご執心というメイドの存在を報告したザナーサリー滞在大使が出席していた。
「予は……、今日はもう寝る……」
「お待ちください、陛下。今お休みになられては――、悪夢が」
「あ! あー、くそっ!」
逃げ出す気になっていた竜皇はしぶしぶ話し合いへと戻る。
ちゃんと職務を果たした、そう自負できる状態でなければ竜皇の見る夢は悪夢となる。
内容は聖女シャーロット・レイヴァースに尻尾を掴まれて振り回され、城が半壊するほど叩きつけられ続け、泣こうがわめこうが許してもらえずとうとう自慢であった深い紫みのある黒い鱗が白くなってしまうという、過去の出来事を再体験する夢である。
個としての武力、国としての影響力、希少金属の産出国であるという財力、あらゆる力を利用しての傍若無人な振る舞い――、確かに当時の自分は調子に乗っていたと反省する。
結果、力ある者の責務を果たせ――、シャーロットにはそう死ぬほど教えこまれた。
しかしだからといってあれはあんまりだろう、と竜皇は今でもちょっと泣きそうになる。
「はぁー……、では、何か良い案のある者はいるか?」
なんとか気を取り直して竜皇は尋ねる。
この竜皇の問いかけに、ザナーサリー滞在大使が口を開いた。
「陛下……、実は……、まだメイドについてご報告すべきことがございます」
「何だ?」
「はい、伝えてはならないときつく言いつけられていたのですが、実は――」
その報告に竜皇は驚きの声をあげる。
「なんだと!? 何故あれがそこにおる!?」
「そ、それはわたくしには……」
ザナーサリー滞在大使はしどろもどろ。
竜皇はしばし考え込んだが、一つ吐息して言う。
「まあ、大人しくしておるのであればそれで良い。それにレイヴァースの近くにおるのはむしろ好都合だ。メイド学校を卒業したら連れ戻し、この国のメイド学校の設立に協力させることとする。以上だ」
ひとまず話はまとまった、と竜皇は安堵する。
これならば悪夢を見ることもないだろう。
きっと。
△◆▽
瘴気領域の北に位置する国――、メルナルディア王国。
魔素との親和性が高い特性を持った種族――、魔族が多く住む。
邪神討滅後に出現し始めたスナークに対抗するための組織――、バロットが創設され、今もその本拠地が置かれる国である。
「なるほど、メイドか」
そう呟いたのは魔装を重ね着した少年であった。
肌がさらされた箇所はなく、その顔すらも生地に覆われた彼は少年王――リマルキス・サザロ・メルナルディア。
その傍らには法衣を纏った年配の女性――メルナルディア王付きの従聖女が控えている。
リマルキスに従聖女がついている理由は、前国王とその王妃、つまり彼の両親が暗殺されたためであり、そして直系の子が彼以外にいなかったためであった。前国王は王妃を深く愛し、他に妻を娶らなかったことが災いするという結果になっていた。
「では我が国でもメイドを生みだすべく、そのあり方を学ばせるための少女を送りだす――、と、建前はこんなものでよいだろう」
室内には家臣の他、ベルガミアとザナーサリーの滞在大使、そして武官ヴァイシェスとバロット調査員のカルロがいた。
王の発言のあとカルロは声をあげる。
「陛下、それについて一案があります。発言してもよろしいでしょうか」
「許す」
「ありがとうございます。レイヴァース卿はまだ少年ではありますがなかなか識者、友好関係を結ぶために送られた少女であろうと、間諜としての役割も担うことはすぐに理解されてしまいます。場合によっては送りかえされてしまうかもしれません。しかし、その者がレイヴァース卿にとっても役に立つ可能性があれば、手元に残しておくと思われます。つまりそれは、メルナルディアへの窓口という役割です」
「なるほど、下手に隠さずむしろ明白にしてしまうのか。しかしその役をこなせる者が……、基準はレイヴァースに近い年代なのだろう? そのくらいで優秀な少女となるとな……」
「陛下、それでしたら適任がこちらに」
とカルロはヴァイシェスに視線を向ける。
するとメルナルディア王を始め、家臣たちもヴァイシェスを見た。
「…………え?」
王の御前ではあったが、突然の事態にヴァイシェスは間の抜けた声をあげずにはいられなかった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/28
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/17




