第236話 閑話…にゃんにゃんにゃん、わんわんわん
まず『恐怖の谷』より使者が走った。
スナーク討滅の知らせを届けるべく、王都へと走った。
本来であればまず国王への報告となるところだが、歓喜のあまり馬上から「スナーク討滅!」と声を張りあげながら王都を駆け抜けたため、その吉報は瞬く間に王都全体へと広まった。
結果、いよいよ騎士団本体の帰還となった際には出迎えようとする市民たちが集まりすぎ、統制のきかぬ大騒動になった。
凱旋を迎える市民は王都から精霊門にまで及ぶ。
一方、黒騎士の帰還に先駆け、各国の武官は一時本国へと帰還し、ベルガミアで起きたスナークの暴争、その顛末を報告した。
世界は一人の少年の存在を知った。
△◆▽
スナーク討滅から開けて翌日。
リビラの部屋に訪れたアズアーフは疲れた様子であった。
バスカヴィルとの戦いの疲れは多少眠ったからといって癒えるものでもなく、さらに後始末に追われる状況ともなればアズアーフとてその疲労は隠せない。
そんな状態ではあったがアズアーフは時間を作り、リビラの元へと訪れ、どうして黒騎士になることを認めなくなったのか、その理由をすべて聞かせた。
父がそんな状態にあったとは想像できるはずもなく、リビラは愕然と話を聞いた。まず最初、すでに父の瘴気が祓われていたことを聞いていなければ取り乱していたかもしれなかった。
「すまなかったな」
最後にアズアーフはそう謝った。
この不和――、団長としてではなく、ただ父として娘の身を案じた結果のことであると知ったリビラはまず安堵したのだが、その謝罪に対して返す言葉がなかなか出てこずに困っていた。
もともと、どちらかと言えば寡黙な父だ。
それがめずらしく長く喋ったかと思えば、内容はすべて自分を思ってのことだったため、嬉しく思うと同時に戸惑い、さらには恥ずかしくなってしまって、どうしたらいいかわからない。
だがそれでも、ここで何か言わなければならないことはわかる。
いや、言うべきことは決まっていたのだが、それがなおさら恥ずかしい。
「あ、う……、べ……」
「うん?」
「べつに、いいニャ」
「そうか」
「ととニャのことは、嫌いじゃないから、べつに、いいニャ」
ぎゅっと体に力を込め、縮こまるようにしてリビラは言った。
本当に言いたいこととは違ってしまったが、それでも、これだけでも今の自分では限界だった。
「そうか」
うまく喋れなくなってしまったリビラを、アズアーフは穏やかに微笑みながら見守る。
「それで――、だな。こうして憂いが取り払われた今、もうお前が黒騎士を目指すのを邪魔する理由もなくなった。お前がまだ黒騎士を目指すと言うなら、もう私はそれを止めはしない」
それはリビラがずっと待っていた言葉であった。
「ただ、さすがにまだ早いのでな、あと三年は待ちなさい」
「ニャー」
それはまあ確かに、とリビラは納得する。
「しかしまあ、団員たちもおまえのことを認めているし、候補生としておくことも出来るのだが……、実はな、一つ頼みたいことがある」
アズアーフは真面目な表情になって言う。
「お前にはレイヴァース卿の側にいてほしいのだ」
「ニャーさまの……?」
「うむ。今回のことで多くの者が知った。そしてこれからもっと多くの者が知るだろう。彼は失われてはならない存在だと」
「それはニャーさまの側にいて守れって話になるんニャ?」
「そうだ。彼を――、場合によってはその命を賭しても守る騎士としてな。これはもともと彼の側にいたお前が適任だ」
「んー……、わかったニャ」
「頼まれてくれるか」
「ニャーさまを出されたら断れねえニャ。ニャーさまがどれだけ重要な存在か、ニャーにもよくわかるニャ。それに――」
とリビラはやや言いづらそうな顔になる。
「ととニャとニャーの恩人ニャ。この恩を返さないことには胸を張って黒騎士になることなんて出来ないニャ」
「そうか」
リビラの返事にアズアーフは嬉しそうに微笑む。
「それと……、もしあれだ、もしな、何年かして、お前が孫を抱えて戻ってくるようなことになっても、まあ彼ならば私はとくに咎めたりもしない――」
「なに言いだしてんニャ!?」
「うん? ほら、まあ、な、お前も彼を嫌ってはおらんだろう?」
「そりゃ嫌ってはいないニャ! でもなんでそういう余計な――ニャーさまと顔を合わせづらくなるようなことを言うニャ!」
リビラはぺしぺしとアズアーフを叩くが、アズアーフはにこにことそれを受けとめた。
△◆▽
父に余計なことを言われ、まだ目を覚まさず眠り続ける主の様子を見に行きづらくなってしまったリビラはシャンセルの部屋へ向かった。
一人で部屋にいると落ち着かなくてしょうがないのである。
「……どうしたんニャ?」
部屋へ到着してみると、シャンセルはなにやら憂鬱げな表情でぐったりと椅子に腰掛けていた。
尋ねるとシャンセルは渋い顔をしたが――、意を決したように口を開く。
「なあなあ、ダンナってさ、女好きだったりする?」
「いきなりなん――、ってまさか……!?」
「んあ!? 違うぜ!? そういうのとは違うんだ。ただな、親父がダンナたらしこめって……」
「あー……」
リビラは察した。
国王は彼との強い繋がりが欲しいだろう。
スナークを討滅できる者となれば、他の五カ国も黙ってはいない。
そこで今のうちに特別な縁を結んでおきたいのだ。
リクシーがそれとなくちょっかいをかけていたが、この事態となったため王も真剣にそれを検討し始めたということらしい。
「つか、あの二人のいるところに突撃しろとか無茶もいいとこだぜ」
「ニャー」
シアはまあそれなりだが、ミーネはよくわからない。
ただ恋愛感情はべつとしても、彼に対する強い意識を持っているのは確か。あの二人に並べる者はいないだろう。
「良い仲になれなくても、せめて押し倒して子供を――とかふざけたこと言いやがってよー……」
「それはやめといた方がいいニャー。こじれる未来しか見えないニャ」
まあシャンセルにはそんな度胸はないだろうが、とリビラは思う。
さらに言うなら、政略的な何かをやらせるにはシャンセルは素直すぎる。
「いやな、そりゃあたしだって襲いかかるなんてやりたくねえよ? 出来ればもっとこう、穏便に? まずはお友達からな、うん」
「……?」
ここでふと、リビラは違和感を覚えた。
「おまえもしかしてけっこう乗り気ニャ?」
「はあ!? いや、そんなことはねえぜ!?」
「ちょっと立って目を瞑ってみるニャ」
「うん?」
何だろうという顔をしつつも、シャンセルは椅子から腰をあげて目を瞑る。
「想像してみるニャ。もしニャーさまに婚約を申し込まれたらどうするニャ?」
「ふぁ!? いやそんな……、なあ? 困るぜ……」
「…………」
背後に回る必要がないくらいシャンセルの尻尾はバサバサしている。
「おまえ……、そんな惚れっぽかったのかニャ?」
「ちょ!? 違うぜ、これはダンナだったらまああれかなーって」
「そのまんまじゃねえかニャ!」
「あれぇ!?」
自分の言ったことに愕然としたシャンセルだったが、観念したのか椅子に座りなおした。
「もともとなんか付き合いやすいなーとは思ってたし、すげー奴だとは思ったぜ? でも兄貴に婚約者婚約者言われて、さすがにそこまではねえよと思ってたんだけど……」
「ニャー……?」
「あれを見たら誰だって参るだろ。あの絶望的な状況で、スナーク全部片付けて精霊が舞う光景見たらさ」
あれは――、確かにシャンセルでなくても魂の震える光景だった。
そのため帰還した黒騎士たちは現在、王都の狂乱めいた大騒ぎに混じり彼を讃えてまわっている。
「お伽話の勇者そのまんまだぜあんなの。冒険の書を作ったり、ウォシュレット作ったり、んでもってカレー作ったりしてさ、それだけでももうすごいってんだよ、なのになんだよあれは、あんなん見せられたらころっといくっての」
シャンセルは両手で顔を覆い、足をばたばた。
「兄貴は嫁になれなれって言うし、ユーニスまでダンナと結婚したら兄さまになるから結婚しろしろ言うし! ああぁー!」
「け、けっこう追い詰められてんニャ……」
従妹が初恋――おそらく――に悶えている様子を眺めながら、どうしたものかとリビラは困る。応援してやりたいところだが、応援といってもなにをどうしたらいいかわからない。
なにしろ自分ですらわからないのだから。
「どうしたもんかなぁ……、おまえはどうする?」
「なんでニャーを巻きこむニャ」
「え? だって親父はシアとミーネの二人に対抗すべく、こっちはあたしとおまえでって言ってたけど」
「そういう企みだったのかニャ!」
どうやら国王とアズアーフですでに話し合いがあったようだ。
「おまえもあれだろ、親父さんを助けてって頼んだとき、ダンナに任せろって言ってもらってぐっときただろ?」
「…………」
これにはリビラが渋い顔になる。
あの時、あの瞬間、誰にもどうにも出来ないはずの願いを、ただ一人、主だけは聞き――、そして叶えた。
「きたんだろ?」
「うっせえニャ!」
「なんだよー、隠すなよー、あたしだけ言わせんのかよー」
「ンニャニャニャ……」
余計なことを考えなくてすむようにここに来たと言うのに。
自分が主とだと……?
ふと、リビラはこれまでのメイド生活を顧みる。
主にごろごろしていた。
もちろん仕事はちゃんとしていたが、彼の世話をする当番のときは主にソファでごろごろしていた。
「(……ろ、ろくなところを見せてないニャ……!)」
とそこで不意に思い出される自分の発言。
『ニャーの尻の穴、見せてやるニャァァッ!』
「ギニャアアアアアァァ――――――ッ!?」
リビラは絶叫した。
せざるを得なかった。
「うお!? なんだどうした、尻尾踏まれたような声上げて!?」
「…………」
「お、おい?」
リビラは叫んだまましばらく固まっていたが、やがてぐったりしたように背を丸めてよたよたと歩き出し、ベッドにもぞもぞもぐり込む。
「いや、なに人のベッドにもぐりこんでんだよ」
こんもりとした山にシャンセルは言う。
山はふるふる震え、そして答えた。
「……しばらくそっとしておいてほしいニャ……」
「お、おぅ……」
状況はさっぱりわからなかったが、従姉があまりに弱々しい声をだすため、シャンセルはそれ以上なにも言えなくなってしまった。
「……まだ肝心なこと話してないのに……」
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/16
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/25




