第235話 12歳(夏)…バスカヴィル討滅戦
さて、あとやることは皆がでかい黒犬を引きつけている間におれが黒雷をぶちかます、これだけだ。
まずは解けてしまった〈針仕事の向こう側〉と〈魔女の滅多打ち〉を再度使用しての自己強化。
これで不意打ちでもなければどうにかなる、はず。
準備が整ったところで戦闘状況に目を向けると、金銀竜のトリオは圧倒とまではいかないが、それでもバスカヴィルを翻弄していた。
ミーネが剣を振っての魔術で足場を確保しつつ戦い、シアは高速でかき回しながら左手の鎌と、あとはぶん殴りだったり蹴りだったりでバスカヴィルに攻撃をくわえる。
アロヴは飛ぶことの出来るアドバンテージを生かし、上からの攻撃でバスカヴィルを牽制、金銀の二人に攻撃させないようコントロールしていた。
アロヴが上空から猛烈な勢いで踏みつけると、さすがにバスカヴィルも押しつぶされ動きが止まる。邪魔者めと雷撃を放ち排除しようとするも、すでにアロヴは上空へと離脱しており、そこを雷撃無視でお嬢さん二人が突撃。そちらに気を取られるとまたアロヴが突撃――、と、なんかあの三人で普通に戦えてるんだが……。
「すごいな。危なげなく押している」
アズアーフもそれには驚いていた。
だがまあ、あれをずっと何日も続けるというのは大変なことであり、それこそがスナークを脅威たらしめているもの、圧倒できるからといって戦っていいものではないのだろう。
本来なら、だが。
「では私も――」
「あ、ちょっと待ってください。まず試しに」
おれは左拳を握りしめて黒雷の槍を作ると、アロヴが離れた瞬間を見計らい、バスカヴィルめがけて投擲した。
スナークの強個体はこれで昇天したが、さてどうか。
黒雷の槍はシアとミーネに気を取られていたバスカヴィルに突き刺さると爆発するように放電、辺りに雷撃をまき散らす。
しかし――、バスカヴィルに変化がない。
雷撃は地面へと吸われるように収まり、そして縄張りの外へ外へと拡散していく。
「相性……?」
雷と――、そして、もしかして水か?
あの縄張りって水の魔術的な何かなのか?
そう言えば名前の元になってるお話の舞台は湿地帯だったが、シャロ様はそこまで見立てて名前を決めたのだろうか?
おれの場合、犬と水となると、犬がめっちゃ海を泳ぐ映画を思い出すんだが……、まあそれはいい。
とにかくやっかいなことになった。
雷撃耐性で威力減少、そして水の特性により散らされる。
ならばもっと盛大に、といきたいが、ここでスナークの群れをまとめて昇天させた〈大王ねずみの行進曲〉を使うのは厳しい。アロヴとアズアーフにはかなり離れてもらうことになるし、となると自動的にシアとミーネだけであいつを抑えることになるが……、二人ではさすがに苦しいか。あの三人が連携しているからこそ、うまく抑え込むことが出来ているのだ。
「面倒な……」
まったく、やっと楽になれるんだから、大人しく電気風呂でも楽しむみたいに雷撃を浴びてくれよと思う。だが千年も死ねずにいたせいだろう、奴らは狂い、普通に襲って来やがる。溺れる者が助けにきた者にしがみついて一緒に溺れさせてしまうようなものだろう、必死すぎて理性的な判断が出来ないのだ。
「どうするね?」
アズアーフが尋ねてくる。
どうするか?
どうもこうも、そんなの決まってる。
高圧縮の高威力、一撃必殺で耐性もなにも関係なく滅ぼすのだ。
「すいません、ちょっと集中します。なにかあったら守ってください」
「君はなかなか素直だね」
「それが取り柄なんですよ」
適当な会話をしてから目を瞑り、おれは黒雷をまとめるためのイメージを探す。
と、ふいに脳裏に閃いたものがあった。
いや、閃いたというより、気づかされたもの。
鎌――、死神の大鎌。
おれの魂となっている死神の大鎌そのものを引っぱりだすなんてことは無理だろうが、それを模したものを黒雷で作りだす――、これは自分でやると決めたと言うより、向こうの方からやれと言われたような状態だ。
ならば、きっと出来るのだろう。
おれは黒い雷を左手に集める。
強く、強く、これを押しこめることなくぶっぱなしたのが〈大王ねずみの行進曲〉だったが、今回は大鎌となるよう圧縮して成形する。
おれは大鎌をイメージするが――、なかなか形になってくれない。
左手には何匹もの蛇がのたうつように黒雷が暴れている。
もっとはっきりとした形に縛らねば――。
「ミーネさん、アロヴさん、ちょっとだけここお願いしますね!」
おれが悪戦苦闘しているとシアが戦線離脱、こっちにすっとんできておれの左腕を掴む。
するとだ、バチンッと黒雷は一度爆ぜ、おれの左手にはさっきまでの荒ぶりが嘘のように形を安定させた黒雷の大鎌があった。
さすがは元の持ち主か。
「まったくもう! なにいきなり無茶やらかそうとしてんですか!」
「いやなんか『いけるいける! やれるやれる! あきらめんな! 熱くなれよ!』みたいな感じを覚えたもんでな……」
「この子ってそんな常夏を喚ぶテニスプレイヤーみたいな性格だったんですか!?」
名前をつけたせいで自分から分離してしまった鎌が妙な成長をしていることにシアは驚く。
まあ鎌の波動をおれがそう感じてしまっただけかもしれないのだが――、と、
「名前……、おい、こいつの名前ってなんだ!?」
「え? な、なんでここでそんなことを!?」
「名前がわかればもうちょっと制御できる――ような気がした!」
「あー、ありえるのですが――、名前ぇ……」
シアが露骨に目をそらす。
「おいちょっと待て! その名前ってまさか……!?」
「へ? いやいや! 違いますよ!」
「じゃあとっとと言え! 状況が状況だろうが!」
「ぐぬぬぬ……、わかりました! この子の名前はセ――」
「待てやコラ――――ッ!」
「は? はっ!? いやいやいやいや、違いますよ!? ソレじゃないですしアレでもないですから! ちょっと! 分身にそんな名前つけるとかわたし変態じゃないですか!」
「おれの名前そのアレなんだけど!?」
「ぶふっ、そ、そこはわたしのせいじゃないですしー! えっとですね、この子の名前は――」
と、シアはおれがこんな目に遭うそのきっかけとなった鎌の名を告げる。
「〝忌まわしくも尊き神聖〟と書いてセイクリッド・デスです!」
「そっち系か――――ッ!」
ガワが卑猥で、中身は厨二――、泣ける!
「あと何気に『セ』と『ク』と『ッ』と『ス』が紛れ込んでるのもイラッとするんだが!」
「それはさすがに言いがかり! 断固抗議します!」
「あとにしてくれ! よし、ちょっと手はなせ!」
シアが手を放し、制御がおれに移る。
途端に危うさを感じた。
目を瞑って片足立ちをしていて、あ、もう無理、とバランス制御の限界を感じたときのような。
やけっぱちに叫ぶ。
「忌まわしくも尊き神聖ッ!」
名前を叫んだことに手応えはあった――が、それでもまだ足りない。
形が崩れる――、って形!
「縫いとめろぉぉ――――ッ!」
右手で腰の縫牙を抜き、黒雷の大鎌、その柄に突き刺す。
バシンッ、と大鎌は安定。
ちょうど草刈りの大鎌の柄にある右手用の握りみたいになった。
「よしいける!」
「んじゃ行ちゃってください!」
とシアに背中を押されておれは駆け出す。
「仕掛ける! 抑えてくれ!」
戦うミーネとアロヴに指示を。
アロヴは小さな弧を描きながら急上昇し、背面飛行の状態に。
「ドラゴン・ダイブ!」
そしてそのまま円を描くように急降下。
やや低い位置からのダイブは本戦で見せたほどの威力はなかったがバスカヴィルをメシャッと押しつぶす。
「俺にかまわずやれい!」
アロヴが叫ぶ。
そしてその声を聞くより前に、そもそもそのつもりだったのかミーネは離れて剣を掲げるように構えていた。
「〝水鏡――〟」
その声に応えるように、上空に出現したのは地上を映す水の鏡。
そしてその水鏡からこぼれ落ちるようないくつもの雫が――、ってそれバスカヴィルに最初に喰らわされそうになった攻撃の模倣か!?
「〝――流星雨ッ!〟」
雫が水弾となり降りそそぐ。
それは地面を穿つほどの威力――、まるで上空から重機関銃による銃撃のようだ。
「あだだだだ――ッ!?」
離脱しようとしたアロヴが間に合わずに巻き沿いを喰って墜落。
バスカヴィルはアロヴとミーネの攻撃により動きは緩慢に、しかしそれでも抵抗の意志は挫けない。
そこに――
「征け! 私が動きを封じる!」
背後からアズアーフの声。
そしてさらに叫ぶ。
「魂狩りッ!」
おれを追い抜いていくアズアーフの魔技。
放たれた斬撃はおれの先にある縄張りを切り裂き、そのままバスカヴィルへと。
圧縮された威圧の効果に奴が体を伏せた。
「ああぁぁん!」
あと、またアロヴが余波の巻き沿いを喰らったが命に別状はないので放置する。
おれは切り開かれた道を駆ける。
むくり、ともたげたバスカヴィルのその頭を狙い、おれは黒雷の大鎌を振り上げ――
「マリリンに逢わせてやるよッ!」
ズガッ、と額に突き刺した。
瞬間――、大鎌が弾けた。
黒い雷撃が爆ぜるように周囲にまき散らされる。
耐性すら越え、流出すら間に合わず、膨大な威力をもった雷撃がバスカヴィルの体を抉り取るように破壊してゆく。
「――ッ! ――――ッ!」
苦痛はあるのだろうか、バスカヴィルは悶え、苦し紛れのように雷撃や水泡を生みだすが――、そのすべてを黒雷が撃ち払い、喰らい尽くす。
「――……ッ!」
やがてバスカヴィルは抵抗をやめ、縮こまるようにうずくまった。
そして形を保ったまま灰となったものが、ふとしたきっかけにぐしゃっと潰れるように、バスカヴィルはその形を失う。
その後――、抜け出たように浮かび上がってきたのは両手のひらには少し収まらない程度の大きさをした光の玉。
光の玉はふわふわとその場に留まっていたが、やがてふっと溶けるように消え失せた。
△◆▽
「あばばばばばばば……」
バスカヴィルのいた近く、黒雷の余波を喰らったアロヴは痺れが抜けないようで地面に転がってぴくぴくしていた。
「あの……、大丈夫ですか?」
「……、す、すこしは、きづかって、ほしかった……」
「すいません……」
俺にかまわずやれ、とかカッコイイこと言ってたくせに……。
まあ、ともかくバスカヴィルの討滅は完了した。
これによりスナークの暴争は完全に終息。
ベルガミアの危機は去ったのだ。
「やった! やったわ!」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶミーネ。
かなりご機嫌な様子で、やがてシアに抱きついてぴょんぴょんし始めたが、シアは迷惑そうだった。
「ふう……、いやはや、まったく、凄いことだぞ、これは」
そろそろ動けるようになったのか、アロヴがのっそり体を起こす。
「さっそく皆に知らせてやらねばな。さあ戻ろう――、と言いたいところなのだが……、まだちょっと痺れがな、もう少し待ってくれ」
「少しとは言わず、ゆっくり休んでくれてもかまわんよ」
剣を収め、アズアーフもゆっくりこちらにやってくる。
そんな、皆が安堵するなか……、おれは自分に起きている異変に暗澹たる気分になっていた。
やっぱりか、やっぱりあるのか、副作用。
今回は何かと言うと寒さ、尋常でない寒さだ。
いや寒さと言うよりもおれの体温が消失してるんだこれ。
徐々に意識がぼやけて……
「シアー、ちょっとー」
「なんですかー?」
やってきたシアにちょいと手を差しだす。
シアは怪訝な顔をしながらもおれの手をとり――
「はい? うん――? うん!? 冷たっ!? なにこれ!?」
びっくりして声をあげた。
「ちょっとご主人さまなんかめっちゃ冷たいですよ!? どうしたんですかこれ!?」
「たぶん……、副作用っぽいなにか。死にはしないと思う」
言いつつも、体の自由どころかろくに立っていることも出来なくなってシアにしなだれかかることに。
ちくしょう、なにが『熱くなれよ!』だ、めっちゃ寒くなっちまったじゃねえか!
「何でまた死にそうになってるんですかね! ああもう!」
そう言うと、シアはおれをがっちり抱きしめる。
それだけでもだいぶ暖かい。
暖かい……。
「はいご主人さまそれは眠気じゃなくて気絶しそうになってるんですからね! 意識をしっかり持ちましょうか!」
「どーしたのー?」
「ご主人さまがなんか冷たくなってるんです! ほっとくと死にます!」
え、とアロヴとアズアーフが愕然とした表情に。
しかしミーネは特に慌てた様子もなく、そばにやってきておれの頬にぺたりと触れる。
「うわっ、冷たっ! んー、うん、ちょっと待ってね!」
そう言って、ミーネがパチンと指を鳴らした途端、ボカンッと地面が吹っ飛び穴が空いた。
さらにミーネは指を鳴らし、その穴に水を溜める。
「竜さん竜さん、あの水を温めてほしいの」
「うん? おお! まかせろ!」
アロヴはすぐにミーネの考えを汲み取り、穴に溜まった水にゴバババーッと炎を吐きかけた。
そして完成したのはポコポコ沸騰する地獄風呂。
ま、待って!
名案なのは認めるけどそこに入れるのはやめて!
それだとおれのお出汁がとれちゃう!
「ミーネさんミーネさん、その機転は本当に素晴らしいものと思うのですがその温度ではご主人さまのスープができます! 今ご主人さまはめちゃくちゃ冷たいので普通の水でもいいんです! ゆっくり温度を上げていかないといけないのでもう一つ水のお風呂をお願いします!」
「あ、そう?」
そう言って、ミーネはもう一つ、今度は水風呂を拵えた。
「はいご主人さま、行きますよー」
シアはおれを担ぎ――、いわゆるお米様抱っこで水風呂に運んで行くと自分もろともにおれを浸からせる。
熱く感じるのはおれが冷えすぎているせいだろう。
そんなことを思いながら、おれは意識を失った。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/17




