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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
235/820

第233話 12歳(夏)…親猫の真実

 おれたちがアズアーフとバスカヴィルの決戦場に到着したのはミーネが二本目のバゲットサンドを食べ終えたあたりだった。

 離れた空からでも一目でわかるほど異様な状態になった場所――半球形、ドーム状にその一帯が黒く濁っている。

 その濁った空間のなか、竜と化したアロヴほどではないが巨大な黒い獣――犬型のスナーク、バスカヴィルはいた。奴が立つ大地は黒く染まり、それは活動停止中のスナークとはまた違う、綺麗に切りだされ磨かれた黒曜石のようにつるりとしており、さらにバチバチと帯電をしていた。


「あれがその縄張りってやつかしら?」

「だろうな」


 そんな縄張りのなか、アズアーフは虚空や地面に攻撃――放出系の魔技を放って澱みを消し飛ばし、移動できる場所を作りだしながら戦っていた。

 と、そこでもうすぐ頭上へと到達するおれたちの存在にバスカヴィルが気づく。

 首をこちらへと向け、と同時に、周囲の黒い地面からぽこりと浮き上がるように黒い玉がいくつも生まれた。天井からこぼれ落ちる雫を逆さに見ているようなその玉は、すぐにバチバチと放電を開始する。

 それを――


魂狩り(ソウル・テイカー)ッ!」


 アズアーフが薙ぎ払い、まとめて砕く。

 玉は砕かれた瞬間、轟音を響かせながら天を突く雷の柱を立ち上らせた。


「ぬぅ! 上から踏んでやろうかと思ったが迂闊に近寄れん。少し離れたところに降りる。繰り返すが、奴へ近づく場合は魔技でも魔法でもなんでもいい、まず縄張りを砕いて場を作れ」


 アロヴはひとまず縄張りの上を通り過ぎようとする。

 するとだ。


「わかったわ! じゃ、私は先にいくから!」


 ミーネがアロヴの背から飛び降りた。


「「「おおおぉいぃ!?」」」


 おれたちは声をあげたが、ミーネはすでに飛び降りたあと。

 落下してくるミーネに気づいたバスカヴィルは再び黒い雫を生みだす。


魂狩り(ソウル・テイカー)ッ!」


 それをアズアーフは再び砕くが――、今度は前回と異り、雷の柱を生みだすことなく水泡が砕け、さらにいくつもの細かな水泡に。

 そして水泡は錐へと形状を変え、上空のミーネめがけ線を引くように走った。

 自由落下を続けるミーネに躱す術はないように思われた。

 しかし――。

 パチン、パチンパチン、と。

 ミーネがその指を鳴らすたび、体は見えない強大な手によってお手玉でもされているように空中を舞い、襲い来る黒い錐を回避した。

 その発想は本戦で見たヴァイシェスの魔道具、そしてアウレベリトの魔法なのだろうが、ぶっつけ本番でやるその度胸は一体どこから出てくるのだろう?

 踊るように黒い錐を躱しきったミーネは剣を抜き、地表近くに来たところで強力な魔術の風を地面へと叩きつける。

 魔術により澱みが祓われ、さらにその風の勢いはミーネの落下速度を相殺――と言うか、強すぎて逆にちょっと上へと浮き上がったが、かまわずミーネはそのまま地面へと着地。

 そしてそこから――


「〝大地花葬〟!」


 即座に魔術を発動。

 今回はコボルト戦で見せたような大規模なものではなく、バスカヴィルの大きさに合わせたものだ。範囲を狭めたことで精度も高められたか、地面から突きだしてきたのは以前のような板きれ――、モノリス型ではなく、より花のイメージに近い花弁らしい形状のもの。

 突如として出現した土の花びらに包囲され、バスカヴィルが戸惑ったように動きが止まった瞬間、花弁は閉じ、土の花は蕾に、そしてそれだけに留まらず、捕らえた獲物を地中へと引きずり込んだ。

 何も知らない人が見たら巨大なワーム型モンスターと勘違いしそうだ。

 そしてさらに、である――


「〝七回忌〟!」


 何を言って――、と思った瞬間、バスカヴィルを捕らえた花が引っ込んだ場所を中心に、ボコンッ、と地面が陥没する。それは一度ではなく何度も何度も、ボガンッ、ズゴンッ、メシャァッ、と連続して続き、その深さも範囲も拡大、最終的には七回の追い打ちがあり、結果として生まれたクレーターはバスカヴィルの縄張りを大きく穿ち、ぽっかりと空白を作った。

 地面を破壊するほど潰すというイメージは、アロヴのドラゴン・ダイブを見ての発想だろうか……。


「シアさんシアさん、どんだけあいつに言葉教えてるん?」

「なんとか日常生活がおくれて、ちょっとした日記が書けるくらいにはなってますよ」


 無駄に学習能力高いな!


「あの嬢ちゃんは大物だなー……」


 あきれたようなアロヴの言葉に、まったくだと同意する。

 予選中に強くなっていると思ったら、本戦の二日間の間にも勝手に強くなってやがった。

 まともな生き物ならあれでご臨終だろうが、相手が相手、そもそも死ねない存在だ。おまけに狂乱状態ですぐに復活を開始する。

 バスカヴィルの埋まった場所から噴き上がる瘴気。

 そしてそこを中心に、石油でも溢れているようにみるみる地面が黒く染まっていく。


「っと、こっちもすぐに復活するのか。ひとまず降りるぞ」


 そのつもりではなかっただろうが、ミーネが突発的に着陸地の安全を確保してくれたのでアロヴはそこに着地する。


「何をしに来た!?」


 アロヴが地面に降り立ったところ、アズアーフが走ってきて叫んだ。


「助けに来たのですよ」


 アロヴが言う。

 シアは飛び降りたが、おれはアロヴの体伝いにゆっくり降りる。


「助けに来た……? 私は平気だ! それよりも――」

「谷のスナークはすべて討滅されましたぞ?」

「……?」


 アズアーフが「何言ってんだコイツ?」と言いたげな表情に。


「もう一度言いましょう。スナークの群れは一体残らず、すべて討滅されたのです。このレイヴァース卿の力によって」

「……、ほ、本当なのか?」

「ええ、まあ、事実です。討滅と言うか、精霊に化けてしまいましたが、もう暴れ回って危害を加えてくるようなことはありません」

「貴方にもぜひ見て欲しかった。群れ、群がるスナークたちが黒き雷撃により薙ぎ払われ、光となって空を舞う様を」


 愉快そうにアロヴが言う。


「とにかく、向こうは片付きました。もう何の心配もありません。なので、俺たちはこうしてこの暴争における最後の一体を討滅するために、そして貴方を助けるためにこうしてやってきたわけです」

「そ、それは心強い話だが……、本当に? 本当にスナークは討滅されたのか? 君が?」

「信じられない気持ちはわかりますが、それは復活しようとしているアレで実際に見てもらうしかないですね」

「アレでか。しかし、今のあれは普通ではないぞ。ただでさえふざけた存在だというのに、もう活動停止をすることもなくなった」

「すいません、それぼくのせいでして……」

「君の?」

「あいつらは死なないんじゃなく、死ねないんです。でもぼくの雷があいつらに死を与えることが出来るようで……、あ、と言っても精霊に変わってしまうんですが、精霊になったスナークがそれを仲間に知らせたようで、もう寝てる場合じゃないと……」

「それであの荒ぶり様というわけか」


 言い、アズアーフは笑う。


「なるほど。なるほど。ならば共に戦ってもらおう。そして見せてもらおう、そのスナークが滅せられる光景というものを」

「あ、ただぼくはみなさんのように強くないので、正面切って戦うのはお願いします」

「わかった」


 バスカヴィルが復活する前におれは〈針仕事の向こう側〉と〈魔女の滅多打ち〉により自己強化――、出来ることをやっておく。

 一箇所に固まらぬよう、おれたちは奴が埋まった場所を囲むように陣取った。

 おれはアズアーフの後ろに隠れるように、シアとミーネはそれぞれ左右に、そしてアロヴはおれたちの反対側だ。

 相手は強力な魔物――、だがこちらはこの面子、頼もしい金銀、やたら頑丈で強いアロヴ、そしてそのアロヴよりも強いアズアーフ。

 これでスナークの防衛戦も無事に終わる――。

 そんな展望――、楽観が油断になったのだろうか?

 バスカヴィルが埋まった場所にだけ注意を向けていたところ、こぽり、と背後から湧き出る水音のようなものを聞いた。


「あ」


 ハッと振り向いたとき、黒い固まりが伸び上がり姿を取ろうとしている瞬間だった。

 この場から動かなければ――、そう思うが、ふり返った瞬間というのは体勢として死んでいて、どの方向にも跳べないやっかいな状態だ。

 まずい――、とおれの脳裏に嫌な予感が閃いた瞬間、アズアーフがおれを掻き抱くようにして互いの位置を入れ替えた。

 アズアーフの肩越しにおれが見たのは、バスカヴィルがかざした前足を振りおろす姿。

 アズアーフが背に攻撃を受け、おれもろともに吹っ飛ぶ。

 縄張りはブラフだった。

 バスカヴィル本体の周囲に起きる現象ではなく、実は自在。

 アズアーフも初めて見るパターンだったのだろう。

 追い打ちを掛けようとするバスカヴィル――


「はい、そこまでッ!」


 まずそれを妨害したのはシアだった。

 体に白い炎のごとき光を灯し、アロヴのドラゴン・キックに負けない蹴りをバスカヴィルの顔面に叩き込んだ。

 一瞬、追い打ちを掛けようとしていた動きがビクッと止まり、バスカヴィルはなんの反応もできなかったようにシアの攻撃を喰らう。

 シアが蹴った反動で距離をとると、そこにミーネの風の斬撃――ヴォーパル・ウィンドが叩き込まれ、最後にアロヴが飛翔からのぶちかましを喰らわせ、バスカヴィルを吹っ飛ばす。


「ここは俺たちが抑える! アズアーフ殿を頼む!」


 アロヴ、そして金銀がバスカヴィルをおれたちから引き離す。

 おれは急いで倒れたままでいるアズアーフの傷を確かめた。

 アズアーフの背には、爪だったのだろうか、並んだ裂傷があり、すでに地面が赤く染まり始めるほどの出血をしている。

 元の世界なら危険な状態だ。

 しかしこっちの世界なら――、すぐに傷を治す薬がある。


「すぐポーションを――」

「……いや、焦ることはない……」


 それはベルガミア最高の武人としての余裕――、そうおれは思った。

 その傷から立ち上り始める黒い煙――、瘴気を目にするまでは。


「なにしろ――、私はもう死んでいる」


※誤字を修正しました。

 2017/08/08

※さらに誤字を修正しました。

 ありがとうございます。

 2019/07/23

※さらにさらに誤字を修正しました。

 ありがとうございます。

 2023/05/03


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