第230話 12歳(夏)…待ち人来たる
まずはおれがアロヴの首根っこあたりに座った。
おれの後ろにはミーネが続き、最後尾がシア、という並びだ。
「ではお願いします!」
「わかった、行くぞ!」
アロヴはすみやかに空へと舞い上り、大混乱になっている谷へと羽ばたいてゆく。
竜の背に乗って空を飛ぶという、ファンタジーの極致とでも言うべき体験を今まさにしているのだが、残念、それを楽しむ余裕などありはしない。
「すっごい! すっごいわ! 高い!」
ありはしないはずなのだが……!
状況を理解していないのか、理解していても平気な鋼の精神でも持っているのか、ミーネは大はしゃぎだ。
「ミネヴィア殿は大物だな!」
アロヴが笑いながら言う。
この状況で楽しげなあんたも大物だと思うよ。
「あー、くそっ……」
お気楽な二人に対し、おれは自分の不安定な精神状態に戸惑いっぱなしだった。
復活したスナークたちの『声』に死神の鎌が過剰反応しているせいだろう。
それまでは不快感――、苛立ちや怒りといった感情が大きかったのだが、現在はそれにくわえ、喜びと興奮、根拠のない全能感めいたものが溢れている。
いったいこの感覚はなんなのか?
例えばそれは復讐者のそれに似ているかもしれない。
許すことの出来ぬものを叩き潰すその瞬間――、怒りと憎しみが深ければ深いほど、それは甘美な喜びと興奮に、そして圧倒的なカタルシスへと変貌する。
であれば、冒涜された死を正すことが死神の鎌にとっては復讐に類するものになるのか?
しかし、それと同時におれは慈愛めいた感情も覚えているのだ。
救われぬものたちを深く哀れみ、ようやく手をさしのべられたことに喜びを抱いているような。
この不可解な感覚――、裁きと慈悲、天罰と祝福、相反する感情が一緒くたになって存在するこれは……、きっと神の激情なのだろう。
まるでそれを表現するように、黒雷はおれの左腕に絡みついてバチバチと自己主張を続けている。
幸い、着ている服のおかげだろう、後ろのミーネには影響はないのだが、間違ってもアロヴを感電させたりしないよう気をつけねば。
「ねえねえ! なんか調子が悪そうだけどどうしたの!」
「スナークの『声』がやたらと響くんだ!」
一瞬言うかどうか迷ったが、無駄に高揚しているせいだろう、かまうもんかとおれはそのままを告げた。
「レイヴァース殿、その『声』とはなんだ!」
「あいつらが殺してくれって訴えてくるんですよ! どいつもこいつもそれだけを! あいつらは死なないんじゃなくて死ねないんです!」
「それは……! そうか……、そういうことなのか!」
復活を果たしたスナークが行進を始めたところで、おれたちはその上空へと到着した。
下はまだ盾士たちの準備が整わず、左右の崖に待機している者たちも攻撃をして良いのか悪いのか、判断が出来ず見守るままだ。
しかしそんななか、黒い濁流へと突撃する者――、体に淡い光を灯し、その身にそぐわぬ巨大な剣を担いだ少女――リビラがいた。
その判断――、確かにこの状況においては適切だ。
盾士による防衛が出来ないなら、この波は真っ正面から戦いを挑み潰すしかない。
下の連中は飛びだしたリビラを唖然と見送ったが、すぐに我に返るとリビラに続く。
リビラは小さなスナークたちを薙ぎ払いながら最も近い場所に居る大きなスナークへと突撃する。だが活動を停止するはずのスナークは斬り伏せた瞬間から復活を開始しようとしていた。
倒してもすぐに復活してしまう状況、それでもリビラは邪魔なスナークを叩き潰しつつ、大きなスナークに攻撃をくわえる。
まったく、無茶なお嬢さんだ。
おれは左腕を掲げ、左拳を握りしめる。
黒雷が溢れ槍と化す。
ほとんど暴走状態だが、それでもおれのイメージが反映することはできた。
「まずは挨拶ッ! こんにちはッ! 死ねッ!」
放った黒雷の槍はリビラと戦う大きなスナークに突き刺さり、その瞬間に爆ぜるようにして周囲を黒い雷で薙ぎ払った。
リビラの周囲に群がっていた小さめのスナークはその放電により次々と爆ぜて小さな光と化し、大きなスナークはべりべりと皮を剥がされるように小さくなっていき、最後はちょっと大きめの光へと姿を変えた。
『――――ッ!?』
戦場の時が止まる。
戦っていた黒騎士たちだけでなく、荒ぶっていたスナークたちすらもその動きを止め、小さな光が漂うさまを茫然と眺めた。
雄叫びや怒号で満たされていた戦場は静寂に。
そこでアロヴが叫ぶ。
「戦士たちよ! 聞け! 聞け! 待ち人は来た! この絶望を撃ち払う救い主は今ここに現れた! 退け! 退け! レイヴァース殿の邪魔になる! 戦士たちよ、直ちに退け!」
アロヴがいきなり言いだしたことにおれは驚いた。
「あんまり煽られても困るんですけど!」
「何を言う。今ここで鼓舞せねばいつ鼓舞するというのだ!」
おれの苦情などどこ吹く風とアロヴはさらに叫ぶ。
「そしてかつての偉大な戦士たちよ知れ! 待ち人は来た! 汝らを苦しみから解放する殺戮者――、虐殺の王は今ここに現れた! さあ続け! 我に!」
戦線の上空で旋回していたアロヴはそこで谷の奥――瘴気領域へと進路を取る。
すると遅れて、すべてのスナークたちがおれたちを追い始めた。
「それで――どうする!」
「ここで聞くの!? まあいいですけど! ひとまずこのまま飛んで群れの背後まで!」
「行ってからは?」
「おれたちを下に! アロヴさんは巻きこまれないように避難してください! あいつらまとめて薙ぎ払います!」
「わかった! では加速するぞ!」
アロヴはそう言い、飛行速度を速めた。
おれは群れの背後へと向かう間に、ミーネに前もって指示をする。
「でミーネ、下に降りてから頼むことがある」
「なになに!」
「土の魔術で柱を作って欲しい。そこまで太くなくていいが、とにかく高い――、周りの崖くらいに高い柱を」
谷底で待ちかまえて黒雷をぶっ放してもいいんだが、それだとちょっと効率が悪い。
なので柱に群がらせ、天辺から雷を降らせてやることにした。
「出来るか?」
「んー、柱はできるわ。でも頑丈ってなると……、ああ、ずっとその状態に作り続ければいいわ! その間はそれに集中することになっちゃうけど……?」
「それで頼む」
「わかったわ!」
「ご主人さま、わたしは?」
「キモイのが飛んで来たら殴って落とせ」
「殴り限定!?」
「あ、いや、蹴りでも鎌ぶっ刺してでもなんでもいいんだが、おれはスナークが充分に群がるまでの間、雷撃を制御できるよう集中しておきたい。一応意志は反映されるんだが、ほとんど暴走状態でな、そんなもんを気楽にぶっ放すのは恐い。だからなるべく手綱を握れるよう、少しでも集中してイメージを作っておきたい。ミーネは柱の維持に集中することになるから、おまえは護りを頼む」
「なるほど、わかりました。アプラちゃんはお休みなので、リヴァちゃんと一緒に頑張ります」
そしておれたちはスナークの後方、少し距離をとったところで地上へと降り、アロヴの背から降りる。
「では俺は離れるぞ! 上から見ている!」
言い残し、アロヴはすみやかに空へと退避。
ミーネはすぐに剣を抜き放ち、両手で柄をにぎり剣身を地面へと向ける。そして目を瞑り、呼吸を整えて集中――、したとおもったら目を開き叫ぶ。
「じゃあいくわよッ!」
ズガッ、と地面に剣を突き刺した。
その瞬間、おれたちの周囲――地面が直径五メートルほどの円となり、ズゴゴゴッと天に向かって突きだし始めた。
そびえ立つ柱が完成してもミーネは地に突き刺した剣を引き抜くことはなく、柱の状態を維持するためそのままの体勢で留まっていた。
柱の完成にしばし遅れ、スナークよりも早く辿り着いたのは谷を覆っていた瘴気だった。
瘴気は柱の周囲を渦巻き、黒い竜巻へと姿を変える。
瘴気とは一体何なのか、はっきりとした答えは出ていなかったが今ならばわかる。煙が塵の集合体であるように、瘴気はとてもとても小さな魂たちの集合体――スナークの群れだ。
やがて追ってきたスナークも柱へと群がってきた。
柱の下を埋め尽くし、さらには登ろうとしてくる。
さながら蜘蛛の糸に群がった亡者だ。
「はいはーい! 踊り子さんへのお触りは禁止ですからねー!」
シアは妙なことを言いつつも、何で飛べるのかよくわからない形をしたスナークたちを殴ったり蹴っ飛ばしたりと追っ払っていた。
とは言えあまりに群がられてはシアだけでは対処できなくなる。
おれはすみやかに集中を開始。
目を瞑り、呼吸を整えようとするが――、うまくいかない。
興奮しすぎているのだ。
心臓の鼓動はドンッドンッドンッと胸を叩くような衝撃をともなわせながら奴らを救えと訴えてくる。
もちろん救う、もちろん殺す。
あのかつての偉大な戦士たち。
そして哀れな犠牲者たち。
生きとし生けるものに必ず与えられるもの――、それは持てる者にとっては何よりも忌まわしく、けれど失われて初めて知る黄金よりも尊き神性である。
そしてそれを奪われたものたちに、今再び与えよう。
この黒き雷は慈悲であり、祝福であり、友愛の証である。
せめて最後は狂宴で。
鼓動がリズムを刻むなら、メロディは雷撃にて奏でよう。
さあ歌え――、そして、枯れよ。
「大王ねずみの行進曲ッ!」
解放を待ちわびていた黒雷の解放――。
放たれた黒雷は巨大な共振型変圧器から放出された電流さながらであった。複雑に枝分かれし、さらには曲を奏でるようにさまざまに音階を変えながら周囲を舐め尽くすようにしてスナークたちを次々と破裂させ、星のきらめきに変えてゆく。
その範囲――、その威力――。
これほどのことを自分が出来るとは思っていなかった。
この身に大きな力が宿っていることはわかっていたが、それをこうもまざまざと見る機会に、ようやくおれはぞっとする。
なにしろ、これでもまだおれが平気な範囲内――、ただ放たれるままにしているだけの力の片鱗だ。
やろうと思えばまだ強くできる。
まだまだ、もっともっと。
これでもまだパーセント。
一割にも届かない。
これにはさすがに――、恐怖を覚えた。
△◆▽
長い放電を終えると、もう周囲にスナークの姿はなかった。
周囲にあったのは膨大な数の精霊の群れ。
それは一面のタンポポ畑から一斉に綿毛が舞ったような、そんな光景になっていた。
「ほわぁー」
「これは……、すごいですね」
ミーネはぽかんと口をあけ、シアはため息をつきながらその光景を眺める。
精霊は舞うように漂い、空へ空へと登っていく。
おれはようやく感情が落ち着き、逆に今度は気怠いような、物憂げなような、そんな気分でその神秘的な光景をぼんやり眺めていたのだが、そこでふと、自分の体の変調に気づいた。
早鐘のように鼓動していた心臓が静かに……、ってか、止まってない?
あれ?
「シアさんシアさん、ちょっとお願い。おれの脈を調べてみて」
「脈? はあ、では……」
と、おれが差しだした右手をとり、その手首に指を当ててシアはおれの脈を測る。
が――
「ご、ご主人さま……、脈、な、なくないですか……!?」
「やっぱり?」
「やっぱり――じゃないですよ!」
怒鳴り、シアはおれの胸に耳を押しあてて心音を聞こうとする。
「動いてないし! ちょっとご主人さまどうなってんですか!」
「どうなってんだろうなぁ……、なあ、心臓って止まったらどれくらいで死ぬ?」
「意識不明まで十秒前後! 五分前後で脳がやられます!」
「まいったなー」
「まいったな、じゃないですよ! あーもー! ご主人さま寝て! 仰向けで! 早く!」
地面に仰向けになったところ、シアがまたがって心臓マッサージを開始した。
「よいっしょー! 帰ってこーい! よいっしょー! 帰ってこーい!」
「いやまだ生きてはいるんだけどね?」
「よしよし。よしよし」
シアがマッサージをするなか、手持ち無沙汰なのか、ミーネがしゃがみ込んでおれの頭を撫で始めた。
「よいっしょー! ポーションは野営地にあるでしょうし! よいっしょー! いざとなったら胸をかっさばいて心臓直接揉みますからね!? よいっしょー!」
「それはご遠慮願いたいなー」
「よしよし。よしよし」
ベルガミアの危機はひとまず去ったが、今度はおれが危機的状況になってしまった。
※文章を修正しました。
ありがとうございます。
2021/04/17




