第226話 12歳(夏)…袖振り合うも多生の縁
「と言うわけで、妖精鞄くわえて飛びだして行ったドラ猫の頭をひっぱたいて連れ戻すことになりました。いざとなったら力尽くなので二人も一緒に来てください。おれだけでは無理です。恐いです」
まずシアを起こし、それからミーネを二人がかりで起こしたあと部屋に戻って事情を説明した。
「力尽くって……、ご主人さまが雷撃ぶっ放して担いで戻ってくればいいだけでは?」
「あいつ、おれの仕立てたメイド服着ていったっぽくって」
「あー、じゃあご主人さまじゃ無理ですね」
「納得してもらえたか。で、ミーネ、頼めるか?」
スナークと戦う状況にはならないとは思うが、関わるな、とバートランの爺さんから言いつけられているようだから、無理に誘っていくわけにもいかない。
しかし――
「友達を助けにいくのは大事なことよ?」
あっさりと同行を引き受けてくれる。
「そうか、ありがとう。ただあれだぞ、もし向こうに行くことになったら勝手なことはしないようにな? 迷惑かけて戦ってる人たちの邪魔になったら大問題だからな?」
「わかってるわ。大人しくしてる。余計なことはしない」
「……妙に物わかりがいいな」
「ちょっと思うところがあったの」
「思うところ?」
「剣は必要なときに斬れる剣でないといけないの。斬れすぎてもそれはそれでいいんじゃないって思ってたけど、シアをものすごくしょんぼりさせちゃったから反省したの」
理想とする剣の在り方を自分に投影しての考えか、ミーネらしいと言えばミーネらしい。
そんな、二人の意思確認が出来たとき、リクシー殿下を連れたシャンセルが戻ってきた。
「ダンナー、なんか兄貴も行くって」
「ああ。俺も行くぞ」
「え、ええぇ……、それはさすがに……」
まずかろうて。
殿下には相談にだけのってもらうつもりだったのに。
「まあそう言うな。無理はしない。それにリビラも俺まで来るような事態になるとわかれば、もうこんな無茶はしまい」
兄妹そろって体張るなぁ。
「しかし、しかしだ。俺にもしものことがあったら……、レイヴァース卿、妹と弟を頼むぞ。ついでに妹を妻にどうだ?」
「ちょ、兄貴! この状況でそれかよ!」
「この状況だからこそだろう。どうか?」
「うーん、それはちょっと……」
「ダンナそこは嘘でも任せろとか言うところだろ!?」
「はいはい、みなさん、冗談はそれくらいにして計画を立てませんと」
「シアも何気にひでえ!」
冗談と一蹴されたことが意外に堪えたのか、シャンセルはおれのベッドで丸まっていじけ始めた。ゆっくり右、左、と振れるシャンセルの尻尾にミーネが戯れ始める。
まあ二人は作戦会議に参加しなくてもそう問題はないだろう。
こうしておれとシア、リクシー王子によってリビラ捕獲のための計画が話し合われた。
まずは精霊門へと辿り着くための方法からだ。
王子と王女、賓客三人が連れ立って精霊門へのこのこ歩いていくわけにもいかないだろう。
そんなの王都から出る前に王宮に連れ戻されかねない。
ならば、と全員が乗り込める幌馬車か箱馬車で向かうのが望ましいという結論に達したが、問題はその馬車をどう手配するかだ。
なんとか辿り着くことができれば、あとはその場に紛れることができる。
現在、門の周辺は要塞へ送る物資の集積地と化しているらしい。
危険な場所であれこれするより、安全なこちらで準備を整え、あとは手早く配るだけになっているのは実に合理的。兵たちの食事もこちらで準備して運ぶようなので、かなり徹底されている。やっぱり考えたのはシャロ様なのかな、谷での戦いってのもスパルタっぽいし。
「うーむ、馬車を用意させるわけにはいかんからな……、どこかで調達する必要があるのだが、俺にそういった伝手はない。町で暮らしている親族に頼むわけにもいかんだろうし……」
そうか、リクシー殿下は城を抜けだして市井で人脈を築いているタイプの王子ではなかったか。
「ぼくの方も来て一週間程度の者ですから……」
カレー屋の連中に頼めないこともないか?
その場合、馬車ではなく荷車になりそうだが、贅沢は言えない。
そんな、おれとリクシーが頭を悩ませていたとき――
「あ」
ふとシアが何かを思いついたように声をあげた。
「どうした?」
「わたし、協力してもらえそうな冒険者の方たちに心当たりがあります」
△◆▽
心当たりがあるからと王宮を抜けだしていったシアだったが、三十分もしないうちに部屋へと戻ってきた。
なんでもその協力してくれそうな冒険者たち――暴獣なるチーム名の冒険者たちはシアが自分たちの手を必要とする事態に備え、昼夜問わずずっとメンバーの誰かが王宮の大門の外で待機していたというのだ。
「ちょ、ちょっと待て。わけがわからん。なに、どういうこと? 何でそいつらおまえに忠誠を誓う従者みたいなことになってんの?」
「まあいーじゃないですか、細かいことは。とにかく馬車の手配はお願いしたので、あとはわたしたちがこそっと抜けだして待ち合わせ場所にいけばいいのです」
気にはなったが状況が状況、すぐにでも行動を起こすべきだ。
密かに王宮を抜けだすことも計画されたが、ここでリクシーが時間稼ぎも考慮し、王都の様子を見回りに行く王子とそのお供なおれたちという言い訳で誤魔化すことになった。
そしていよいよ精霊門へ、という段階で、おれは一つ提案する。
大したことではない。
一応、このことをユーニスに伝えるべきと思ったのだ。
まだベッドでむにゃむにゃなユーニス殿下を起こし、手短にリビラを連れ戻しに行くことを告げると、寝ぼけ眼がぱっちり開いた。
「え、え、ええぇ……!?」
ユーニスはずいぶんと驚き、それから自分も行きたそうな顔になったのだが……、それを言いだすことはなかった。
良い子だ。
おれは不安そうなユーニスを少しでも安心させようと、シャロ様の小像を預けることにした。
「これは聖女アレグレッサが彫ったもので、ぼくがずっと祈りを捧げてきたものです。ユーニス殿下はこれに皆の無事な帰還を祈っていてもらえますか」
「わかりました! ぼく、いっしょうけんめい祈ります!」
ユーニスに事情を話したあと、おれたちは王宮を出て暴獣との待ち合わせ場所である公園へと向かった。
「お待ちしておりました」
おれたちが姿を現すと、待っていた男たちはさっと跪く。
男たちは四人。
リーダーである獅子族のヘイガン、そしてメンバーが三人だ。
用意されていたのは小窓がある頑丈そうな箱馬車。
挨拶もそこそこにおれたちはこの馬車に乗りこみ、ヘイガンが御者となってさっそく出発させる。
他のメンバーたち――、ニャン、チュー、ピヨー、な獣人三人はそれについて精霊門へと向かい、大っぴらに動けないおれたちに代わり現地で働いてくれるらしい。
「仲間の大半は精霊門での支援活動に参加しております。情報はその者たちから得ることが出来るでしょう」
ヘイガンが言う。
なにその抜かりなさ。
いやまあ、ボランティア活動は自主的だったんだろうけど。
うーん、不思議なくらい良い奴らだ。
暴獣といういかにも荒っぽそうなチーム名をつけている癖に、メンバーの面々は実に丁寧で紳士的。
シアらしからぬ人脈――、と言うのは失礼か?
ちょっとシアを見直した。
△◆▽
「聞いてはいたけど、えらい変わり様だな……」
精霊門のある建物の周辺には各所に天幕が張られ、早朝であることなど関係なく大勢の人々が忙しなく動き回っていた。
大小様々な木箱、樽が山と積まれているなか、おれたちはその物資の裏側に隠れるようにして馬車を止める。
ヘイガンはおれたちと共に待機し、同行してきた三人がまず状況把握のために情報を集めに行った。
しばし待ち、三人が戻ってきたところで小窓ごしに話し合う。
物資搬出のチェックが厳しくなっているらしい。
何があったか――、まではわからなかったようだが、まあリビラが荷物に紛れ込んで行ったせいなのだろう。
だがそうなると、リビラが送り返されていないのは何故なのか。
またもぐり込まれても困るので、向こうで軟禁でもされているのか。
「ひとまず向こうへ行ってみねばならんな」
リクシーが言う。
軟禁されていたら引き取ってすぐ戻ればいい。
さて、いよいよどうやって精霊門を突破するか、なのだが――
「カレーの匂いがするわ」
ふと、ミーネが鼻をスンスンさせながら言った。
カレー……?
小窓から辺りの様子を観察したところ、運びこむ食事を用意をしている区画にボランたちがいるのを発見した。
「あそこで料理を作っている人たちのところへ行って、ボランという人を呼んできてもらえますか?」
「はっ、直ちに!」
三人のうちの一人――、ジャルマがすぐに動く。
するとミーネが言った。
「わたしいつもの」
「注文じゃねえよ!」
おまえどんだけ大物なんだよ。
少し待つと、ジャルマと共にボランがやってきた。
おれたちは事情を説明し、そしてカレーを入れる巨大な鍋にもぐり込んで精霊門を通過する計画を立てる。
大人は無理だが、おれたちならなんとかいけるだろう。
ボランは反対するどころかむしろ乗り気になっていたが、この計画に関係していることは立場を危うくするので、おれたちが勝手に忍び込んだという形をとることにした。
まあカレーの発案者がたまたまカレー鍋に潜んでいた、というのはちょっと苦しいかもしれないが、発案者だからこそ利用しようとしたということで押し通そう。
空っぽのカレー鍋が積まれた荷車がこちらに回され、おれたちはこそっとそれぞれの鍋へもぐり込む。
蓋がされ、やがてゴトゴトと荷車が動き出した。
外の音は聞こえてくるが、それだけで状況を把握するのはさすがに難しい。
順番待ちだろうか、荷車は少し動き、しばし止まり、やがてまた動くという繰り返しだ。
それを何度も繰り返したあと――
「止まれ! これは何だ!」
いよいよ精霊門まで来たが、そこで物資の確認がなされる。
これにボランが答える。
「カレーです!」
「カレーか! よし、通れ!」
おっと、わりとすんなり。
と思ったが――
「馬鹿者ッ!」
一喝があった。
「隊長!?」
「言ったであろうが! これからはより厳重に、しっかりと中身の確認もするようにと! 例えそれが料理の鍋であろうとだ!」
まいった、かなり厳格な奴がいたらしい。
ただ――、なんだ?
どっかで聞いたような声……?
「よいか! 我々はスナークと戦えるほど強くはない! しかし! スナークと戦う者たちの助けになることは出来るのだ! だからこそこちらの不備により、向こうに余計な手間をかけさせるようなことがあってはならん! もしカラの鍋が紛れていたら? 向こうにカラの鍋を送りかえさせるという無用な手間を掛けさせてしまうのだぞ!」
部下を叱咤しながら隊長とやらがこちらに近寄る足音が……!
「そもそも、我々獣人というのはだな! その本質からして浮かれがちなところがあるのだ! 故に、取り締まりを任された者は特にそれを自覚し、冷静で正確、そして適切な判断が出来るよう、常に心を引き締めておかなければならないのだ! そしてその心がけがあればだな、不意に訪れる過酷な試練、運命であっても取り乱すことなく、乗りこえてゆけるというものなのだ!」
なんだ、やっぱりどこかで聞いた声で、そして話の後半は聞いたことのある内容のような……?
どこだった――、とおれはベルガミアに来てからの出来事を思い返しながら、その声の主を捜す。
そして隊長がおれの入った鍋の蓋、その取っ手を掴んだ瞬間、おれの脳裏に閃くように浮かび上がったのは仮面をつけた変態!
出来れば記憶から葬ったままにしたかった――秘密結社SODの代表の声だ!
「よいか! これからはこうして一つ一つ、自分の目でかく――」
蓋が開かれ、隊長と目があった。
「「…………」」
覗きこむ隊長の表情はまず驚愕、そして苦悩に。
「んー……、んんんー……ッ」
やがて隊長はぎゅっと目を瞑り、低く唸り始める。
ものすごく悩んでいるようだったが――
「……無茶はするなよ」
ぼそっと呟き、隊長はカポンと蓋を戻した。
「異常なし! 通ってよし!」
隊長の通行を認める声が響き、遅れて荷車が動き始める。
運命などとは認めたくはないが、あのうんざりするような出来事も無駄ではなかったようだ。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/28
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/24




